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1-3

 隣慈学園の一日は朝の礼拝から始まる。


 中学部と高等部は各校舎の最上階にある礼拝堂に讃美歌と聖書を携えて移動し、祈りの時間を過ごす。ただし、ミッションスクールと言っても皐樹のようにクリスチャンではない生徒も大勢いた。教職員も然りだ。


 入学してからの一週目はオリエンテーションや、アルファ性・オメガ性の希望者に実施される抑制剤の集団接種などで立て込んでいた。アルファはラット、オメガはヒートと呼ばれる発情期を抑え込むためのものだ。皐樹も迷わず接種を希望した。日常生活に支障を来たさないよう、通常ならば高額である抑制剤を隣慈学園は無償で提供している。辞退する理由がなかった。


 個体差もあるが、発情期は一般的に青年期から成人期にかけて起こる可能性がある。一生経験しない者もいれば、抑制剤を接種していても予防効果は百パーセントとは言い切れず、発情期になる者も一定数いる。あるべき性を捻じ曲げる必要はないと、抑制剤を拒む者もいた。


「第二体育館ってどこ?」

「総合体育館の裏よ。総合の方で着替えて第二に移動しないといけないの」


 四月中旬、新学期の二週目に入って本格的な高校生活が幕を開けた。どこのクラスも内部生が過半数を占め、すでに仲のいいグループが出来上がっており、外部生同士のグループが必然的に形成されていた。


「オメガの割に背、高いよな」


 二限目となる体育はA・Cクラスの合同授業だった。男子はグラウンドで行われ、背の順で並ぶとCクラスの皐樹の前後左右はアルファやベータばかりになった。


「ああ……」


 皐樹は声をかけてきたアルファのクラスメートに気のない相槌を打った。相手は愛想のなさに顔を顰め、そばにいた別のアルファは肩を竦めてみせた。


「ソイツ、誰に対しても反応薄いんだって。根暗なんだろ」

「ふぅん。コミュ障の外部生とか哀れだな」


 中学三年生の「ある騒動」以来、単独行動を好むようになった皐樹は耳に慣れた悪態を冷静に聞き流す。


(昨日、図書館で投げつけられた嫌味程じゃない)




 昼休みになった。


「昨日の放課後振りだな、覗き魔ちゃん」


 皐樹は悪夢じみた邂逅に再び固まる羽目になった。


 中学部と高等部の校舎間に位置する特別教室棟一階。中庭が一望できるガラス張りの壁、カラフルな配色のイスにソファ席まで並び、まるでフードコートのようなレイアウトのカフェテリア。今日、皐樹は初めて利用してみた。見様見真似で日替わりランチの食券を買い、カウンターに並び、いざ自分の番になったところで。


「うわ……!」


 突然、後ろから乱暴に肩を抱かれて驚いた。トレイを受け取っていたなら落としていたに違いない。


 振り返り、昨日と同じモッズコートを羽織った桐矢と目が合い、皐樹は切れ長な双眸を見開かせた。


「無難に日替わりか。冒険心が足りない」

「……」

「一人で食事か? 友達は? 恋人は? 保護者の付き添いは?」


 皐樹はやはり仏頂面と化してしまう。肩に纏わりつく馴れ馴れしい腕を振り払おうとした。


「あの、すみません……」


 ハッとした。メインディッシュや小鉢が揃ったトレイを手にするカフェテリアのスタッフの方へ、慌てて向き直った。


「悪いな、いつもありがとう」


 受け取ったのは桐矢だった。お礼を言われて頬を紅潮させる男性スタッフ、うっとりしている周りの生徒達に皐樹は目を疑う。


(隣慈の人達の目は節穴というやつなんだろうか)


「来い、案内してやる」


 日替わりランチのトレイを持った桐矢は大股でフロアを前進した。


「俺の日替わりランチを返してくれ」

「今日はクリームコロッケがついてたのか。それなら俺も日替わりにすればよかった」


 桐矢はひょいっと摘まみ上げたクリームコロッケを一口で食べた。追いかけていた皐樹は愕然とした。あんまりな暴挙を許せずに、広い背中をついつい小突いてしまった。


「両手が塞がってるのに背中を狙うなんて卑怯者のやることだ」

「ソッチが勝手なことするからだ!」

「そうだな、下級生をからかうのはやめたらどうだろう、舜」


 桐矢がトレイを運んだ先は、窓際の角に位置する、一際広いソファ席だった。


「ここからでも、ちょっかいを出しているのが確認できた。わざわざ食事の途中で席を立ってまですることかな」


 窓側に座った彼は微苦笑まじりに桐矢を咎めた。


 柔らかな日の光を浴びて艶めく、カラスの濡れ羽色した黒髪。白磁の肌。薄墨に縁取られたような艶治(えんや)(まなじり)。すっと通った鼻梁に、かたちよき唇。


 明けの明星さながらに瞬く瞳が桐矢の背後にいる皐樹を捉えた。


「君は新入生だろうか? 舜が迷惑をかけてすまない」

「体育の授業で見かけたよ。Cクラスの子だよね?」


 学園のエンブレム入りブレザーを着用した、眉目秀麗という言葉がぴったり当てはまる彼の隣には、午前中の合同体育に出席していたという男子生徒が座っていた。


 明るいベージュブラウンの髪に健康的な肌艶、よく通る快活な声。生き生きとした表情が程よく甘いマスクを彩っていた。


「コイツの名前わかるか、刀志朗(とうしろう)

「え? 舜君、知り合いじゃないの?」

「名前も知らない新入生の食事を奪い取ってきたのか」


 二人の正面には一人の女子生徒が座っていた。リボンではなくネクタイを締めてズボンを履いている。鎖骨を超すセミロング丈の髪はウェーブがかかっていて、ラフに下ろされていた。


「お兄ちゃんの背中、叩いたでしょう」


 吸い込まれそうなアーモンドアイは先程から皐樹をずっと威嚇していた。トレイをテーブルに置いた桐矢に肩を掴まれ、強引に彼女の隣に座らされる。反対側には桐矢が座り、皐樹の逃げ道は完全に塞がれた。


「図書館で新人司書といい雰囲気になりかけたのに、コイツに邪魔された」


 予想外の展開に硬直している皐樹の顔を桐矢は横から親しげに覗き込んだ。


「なぁ、覗き魔ちゃん」


 揶揄めいた囁きに皐樹はカッとなる。不愉快な隣人を一瞥すると「俺は吉野だ! 吉野皐樹! そんな名前じゃない!」と、勢い余って自己紹介した。


「やっと名前を教えてくれた」


 頬杖を突いた桐矢にニヤリと笑いかけられて皐樹は即座に後悔する。


(まんまと乗せられたような気がする)



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