7-2
上級生の安藤達とは比べ物にならない。今の彼等には無駄がなかった。人を虐げるのに手馴れていた。
「ん……⁉」
錠剤を一粒、口内に突っ込まれた。ぎょっとした皐樹が吐き出せば、男の一人が拾い上げて喉奥まで突っ込んでくる。
(誰が飲むか!)
皐樹は口の中に侵入した指に噛みつき、必死になって錠剤をまた吐き出した。
「あーあ。駄目だこりゃ」
「二見サン、このコの歯、抜いてよかったりしますかね?」
彼等は半グレと呼ばれる準暴力団のメンバーであり、二見が取り分け懇意にしている常連客だった。
「さすがに麻酔なしで抜歯は可哀想というか」
立ち上がった二見は困ったように皐樹を見下ろす。
「吉野君、これは親切心だから。正気のままでいるより、気持ちも体もリラックスさせて楽しんでもらった方が、まだマシかと思う」
皐樹にのしかかっていた男と入れ替わり、また別の錠剤を舌の上に乗せた彼は、身を捩じらせるオメガに口づけた。切れ長な目は限界いっぱいまで見開かれる。全身が総毛立ち、不快でしかない異物感に吐き気が込み上げ、その舌尖に噛みついた。
「ッ……いたた……」
皐樹は咳き込んだ。口内に押し込まれた錠剤を吐き捨てる。唇に血を滲ませた二見は激怒するでもなく苦笑した。
「人の親切心を台無しにして、悪い子だね」
これから人一人の身も心も凌辱するつもりでいる人間とは思えない平静ぶりに、皐樹はゾッとする。暴力を振るわれるよりも精神的にダメージを受けた。
「皐樹を犯すのは二見さんだけにしてください」
それは水無瀬にも言えた。向かい側のソファで、映画鑑賞でもするかのように寛いだクイーン・オメガは冷静に指示を出す。
「二見さんの種がいい。舜が誰よりも嫌悪している貴方だからこそ効果的なんです」
腕にタトゥーを入れた男からタオルで猿轡された皐樹は、抗うのも忘れ、水無瀬を凝視した。
「さすがに俺一人で妊活を遂行させるのは、ちょっとプレッシャーがね」
「貴方の痕がついた体なら、きっと舜は煙たがる。貴方の子どもを孕んだとしたら尚更だ。疎ましくなって離れていくに違いない」
拘束された両手を頭の上で縫い止められる。二見にネクタイを奪われ、シャツのボタンも一つ一つ全て外された。
「身の破滅を招くご指名、有難いね。特別な存在であることを抜きにしても、水無瀬君はやっぱり面白い」
余計な揉め事を増やさないため、水無瀬がクイーンであることは常連客に伏せられているらしい。
「うう……ッ」
頻りに唸る皐樹に覆い被さり、足の間に割って入った二見は、うねる黒髪を掻き上げて滑らかな素肌にキスをする。
「君に恨みはない。もちろん桐矢君にも。むしろ興味が尽きない。あんなに痺れた瞬間は後にも先にもないから。どんなドラッグでも追い着かない極上の瞬間だったと思うよ」
二見自身、薬物に手を出したことはなかった。環境に恵まれたアルファは、極端なリスクを侵さずに人生をそれなりに謳歌し、順風満帆に生きてきた。高望みはしない。今まで通りの不自由ない暮らしが続くのなら、それでよかった。
五年前に何でもすると誓ったとはいえ、身の破滅を招きかねない水無瀬の欲求に応じ、躊躇うことなく罪を犯そうとするのには理由があった。
「桐矢君の安全装置を外してみたい」
初経を来たしたクイーン・オメガの性フェロモンに狂的に興奮し、母校で在校生を襲いかけた二見の暴走は桐矢によって阻止された。蹴り飛ばされた時点で、ほぼ正気に戻った。激昂していた桐矢が自分に跨り、殴りかかろうとしているのを見、完全に目が覚めた。
「先生が止めに入らなかったら、俺のこと殺していたんじゃないかっていうくらい、あのときの桐矢君は獰猛だった。目に焼きついたよ。中学生とは思えない凄味があった」
皐樹の精一杯の抵抗は真上に居座る二見に呆気なく蔑ろにされた。
「彼の本当の姿を見てみたい。だから、ごめんね。産むか産まないかは吉野君が決めていい。もちろん費用は全額出す。警察に起訴するかしないかも、君の好きにしていい」
安定した日々の維持を心がけている一方で、興味を引かれてやまない桐矢の本性を暴くことができるのなら、日常を手離して罪を犯すのも、自分の身に危険が及ぶのも厭わない。
善悪や価値観の天秤が狂っている二見を前にして皐樹は心が折れそうになった。
(二人とも普通じゃない)
そもそも買い被りすぎだ。桐矢にとって自分は狩人ごっこの獲物に過ぎない。大した未練も執着も持たれていないというのに……。
「俺はここで見届ける」
皐樹は横目で水無瀬を見やった。やはり表情一つ変えずにいるクイーン・オメガに途方もない徒労感が押し寄せてくる。抵抗を投げ出し、何もかも諦めたくなった。
「なるべく痛くしないようにするから。長丁場にはなるけどね」
誰の顔も見たくない。皐樹は投げ遣りに目を閉じた。本物の悪夢としか思えない現実から少しでも逃避しようとした。
薄暗い瞼の裏で邂逅したのは桐矢だった。
いつも何かと小馬鹿にしてくる、不遜で、不敵な笑みが似合う上級生。
この心を攫っていった唯一のアルファだった。
(嫌だ)
皐樹は目を見開かせた。馴れ馴れしく触れてくる二見を、ありったけの怒りを込めて睨みつけた。
(絶対に、嫌だ)
どれだけ無様になってもいい。この体を守りたい。
自分が許していない相手に爪の先一片だって明け渡したくなかった。




