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5-3


「皐樹、数Aのノート見せてくれる? 何回か居眠りしちゃって」


 七月頭に待ち構える期末テスト。試験前で部活動が休みの刀志朗に誘われ、放課後の図書館で皐樹は勉強していた。


「皐樹のノート、綺麗で見やすいね、それにわかりやすい」


 一階の自習スペースの窓際、真ん中に仕切りがついた四人掛けのテーブルに二人は横並びで座っていた。中央に配置された長テーブルでは中学部・高等部の生徒が黙々と復習に励んでいる。図書委員の桐矢は、今日は当番の日ではなく見当たらなかった。


(刀志朗は知っているんだろうか?)


 水無瀬が二見と接触している。


 表上、五年前の出来事は桐矢と二見の喧嘩として処理された。水無瀬はその場にいなかったことになっている。事実を知るのは当事者と、カオルや養護教諭を含めた極一部の教師だけ。刀志朗や凛は間接的に把握しているらしい。


 未遂だったとはいえ、思い出させるのに躊躇し、皐樹は二見について刀志朗に尋ねるのを控えていた。


(桐矢は二見さんの店について詳しかった……行ったことがあるのかな)


「皐樹、難しい顔してるね。どこかわからないところあったら教えるよ?」


 ノートの余白に無意味な線をボールペンでぐるぐる連ねていた皐樹は、思い切って別の質問をぶつけてみた。


「刀志朗、前に教室で俺に言っただろう? カフェテリアで凛さんがプンプンしていたのは、家族思いで、過去に色々あったからって」

「どうしたの? いきなり何の話?」


 出鱈目な線がノートの端で途切れる。


「何があったのか俺に教えてくれないか?」

「僕の口からは言えない」


 オフホワイトのベストを着た刀志朗はいつになく頑なな口調で回答を拒んだ。


「どうして知りたいの? 舜君のことが気になる?」


 凛ではなく桐矢に対する関心と断定された皐樹は言葉に詰まる。


「今日の昼休み、庭園で舜君に膝枕してあげたんだってね」

「……何で知ってるんだ、いや、あれは向こうが勝手に……」


 刀志朗はテーブルに置かれていた同級生の手を上から握った。骨張った手をすっぽり覆う、バスケットボールの扱いに優れている逞しい手を皐樹は繁々と眺めた。


「舜君は駄目だよ、皐樹が傷つくよ」


 あたたかくて、ほっとして、気持ちがいい。


(桐矢に触られるとヒリヒリする)


 肌の下で火花が散るみたいに、意地悪に刺激されて、心臓まで火傷したっぽくなる。


 連休後、ふとした拍子に生じた校内の死角でキスをされる度、同じ目に遭った。


「刀志朗、前に言ったじゃないか。桐矢を嫌うなって」

「それとこれとは話が違うよ」


 自習スペースの片隅で刀志朗の掌にさらに力が込められる。


「皐樹のことが好きなんだ」


 どうして急に手を握ってきたんだろう。内心、不思議がっていた皐樹は、突然の告白に切れ長な目を見開かせた。


「刀志朗、俺は……」


 包容力豊かな手に自分も手を重ねる。


「久し振りに友達ができて嬉しいんだ」

「友達?」

「うん。大事な友達だ」


 刀志朗は俯いた後、一呼吸して顔を上げると「僕は違うよ」と、はっきり言い切った。




 翌日、皐樹は午前中の休み時間にフロアの違う二年生の教室へ出向いた。


「すみません、凛さん」


 最後尾の席につく彼女は携帯で動画を見ていた。海外のアイドルグループが来日したというリアルタイムの映像で、ボディガードに守られた彼等が集まったファンに手を振っていた。


「ファンなんですか?」


 こちらを一切見ようとしない凛に、出直してこようか迷いつつ、皐樹は聞いてみる。


「私のパパ」


 幻聴か聞き間違いか。皐樹は耳を疑った。


「民間の警備会社にいるの」


 納得がいった。皐樹は凛の手元をおずおずと覗き込んだ。黒いスーツに身を固めたボディガードは数人いて、誰が父親なのか特定する前に携帯は机の中に仕舞われてしまった。


「ついてきて」


 カーディガンにリボン、スカートを履いた凛は皐樹を廊下へ促した。雨天で窓は閉め切られている。遠くで雷鳴がしていた。


「お兄ちゃんのこと、聞きにきたんでしょう」


 壁にもたれた凛は訪問の理由を淡々と言い当てた。物静かな彼女は表情をあまり変えない。激しい感情の色を皐樹に見せたのは初対面の一度きりだった。


「皐樹が私のところへ来る理由なんて、きっと、それくらい」

「……桐矢のことを知りたいんです。過去に何があったのか」


 カーディガンのポケットに両手を突っ込んだ彼女の隣に立つ。教室からこちらを気にしている数人の生徒と目が合い、皐樹は窓の方を向いた。


「人が一人亡くなってるから周りに聞かれたくなかった」


 昨日の放課後、その一点だけ刀志朗に聞かされていた。凛の口から改めて伝えられると皐樹の胸は今以上にざわついた。





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