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4-3


 歓迎遠足は無事に終了した。帰りのバスは寝ている同級生も多く、行きよりも静かな車内で皐樹は過ぎゆく景色を窓から眺めていた。


 桐矢はあれからピクニック広場に戻ってこなかった。


(あのアルファの上級生も狩人ごっこの獲物だったのか、それとも)


 凜の言葉に倣い、わからないままでいるつもりが、ふとした拍子にどうしても彼のことを考えてしまう。皐樹が気もそぞろでいる内にバスは学校に到着した。教室には戻らず、グラウンドで点呼を取ってクラス毎に解散する。今日は部活動も休みで多くの生徒がぞろぞろと下校を始めていた。


 普段はバスケ部の練習で放課後を費やしている刀志朗から、遠足後に遊ばないかと誘われたが、皐樹は断った。サンドイッチ作りのため早起きしていたカオルの好物を夕食に作ろうと、今日はスーパーへ行くと決めていた。


 下校する前に校舎に寄り、トイレへ向かった。


「吉野君」


 もうすぐ午後四時になる人気のない校内、トイレから出た皐樹は一人の生徒に呼び止められた。


「桐矢先輩が呼んでる。一緒に来てくれる?」


 名前を知っているくらいで然程関わりがない、同じクラスでベータ性の女子生徒だった。次に会ったら中傷の件で桐矢に礼を言おうか、どうしようか、迷っていた皐樹は彼女の後をついていった。


 高等部棟から特別教室棟に移動し、やたらと口数が少ないクラスメートの案内で階段を上る。


 もうすぐ屋上というところで、刀志朗が忠告していた場所に向かっていると、やっと皐樹は気がついた。


「どーもどーも、よくできました」


 施錠された扉。階段を上りきった先にあるこぢんまりした屋上前のスペース。桐矢はいなかった。代わりに安藤という男子生徒を含めたアルファ性の生徒が五人いた。


「急にすみません、オメガの吉野皐樹さん」


 クラスメートが駆け足で去っていく。残された皐樹は安藤に乱暴に腕を掴まれ、壁際に立たされた。


「ちょっとお話がしたくて、ベータに呼んでもらいました」

「吉野さん、桐矢と仲いいですよね?」

「あのグループにオメガがまじって一緒にお食事とか、今まで見たことないんです。しかも外部生ときてる」


 わざとらしい敬語を使用して威圧してくる、自分を取り囲む上級生を皐樹は一人一人見返した。


 桐矢が呼んでいると聞かされて、のこのこ来てしまった。相手はクラスメートであったし、まさか彼等に言いつけられていたなんて考えもしなかった。


「ひょっとして桐矢の恋人だったりします?」

「実は水無瀬も入れて三人でお付き合いしてたり? でも桐矢はやめておいた方がいいよ」

「ゲーム感覚で手当たり次第ですから」


 どうしたらこの場を切り抜けられるか。努めて冷静でいようとする皐樹に安藤達は何故だか得意気に話し続けた。


「しかも人を殺しかけてる」

「中一のときに学校関係者をボコボコにして階段から突き落としたんだろ?」

「確か教師の誰かも巻き添え食らったとか」

「その関係者、重傷で入院したんだよな」


 これまでに聞いたことがない、俄かには信じ難い話だった。


「まー、根暗っぽいけど顔は悪くないか」


 訝しんでいた皐樹は、伸び気味の前髪を安藤に馴れ馴れしく掻き上げられて顔を顰めた。


「いいね、そういう顔された方がいじめ甲斐がある」


 壁際に追いやっていた皐樹の顔を片手で乱暴に掴み、左右からチェックして安藤は言う。


「今日ここに来てもらったのは、桐矢お気に入りの吉野さんをいたぶるためです」


 唐突に奪い取られたリュック。床に跪くよう、二人がかりで押さえ込まれる。三人目が携帯を取り出し、四人目は後ろから皐樹の髪を引っ掴んで顔を上げておくよう強制してきた。


「だいじょーぶ、痛いことはしません」


 五人目の安藤はそう言いながら皐樹の頬を引っ叩く。


「でも抵抗したら痛くします」


 スチールドアの小窓から西日が差し込む空間に二度目の乾いた音が生じた。


「掻い摘んで言うと、これから吉野さんには口でご奉仕してもらいます」

「その様子を撮影して、動画をどうするかは桐矢に決めてもらいまーす」

「土下座の一つくらいしてくれたらネット投稿は控えておきましょーかね」


 悪質で、卑怯で、吐き気がする上級生に皐樹は言い放つ。


「そんなに桐矢が怖いのか」


 大人顔負けの腹黒い笑みを浮かべていた彼等は、両頬の痛みに顔を歪めるどころか、切れ長な目で真っ直ぐ睨んできた皐樹に揃って眉を吊り上げた。


「アイツに直接何もできないから、俺にこんなことをするのか。ずっと同じ場所にい続けて、桐矢を一回も追い越せなくて、他の人間に八つ当たりするのか」


 後ろから押さえつけてくる二人を振り解こうと、全力で抗いながら皐樹は断言する。


「口の中に突っ込まれたら即噛み千切る」


 彼等の顔から笑みが消えた。物怖じしないで抵抗を続け、やめてくれと哀願する代わりに宣戦布告してきたオメガに激怒した。


「このクソ一年、調子に乗りやがって」


 口を開けさせようと手が伸びてくる。皐樹は本気で噛みつこうとした。


「オメガのくせに無駄に力あるな、コイツ」

「無駄な労力使わせやがって」

「コッチはとっくに我慢の限界超えてるんだからな」


 死に物狂いで足掻く皐樹に上級生のアルファ達は思いの外手こずった。遂には四人がかりになって床に捻じ伏せようとした。


「俺も我慢できそうにない」


 標的とするオメガを完全に甘く見ており、苦戦していた彼等は周囲への警戒を怠っていた。


「ただの馬鹿かと思っていたら、桁外れに間の抜けた馬鹿共だったんだな、お前等」


 桐矢が階段を上ってやってきた。


 突然の天敵の出現に、皆、固まってしまう。あれだけ必死になって暴れていた皐樹まで硬直した。


「もう見過ごせない」


 出会ってから初めて見る桐矢の激昂に身が竦む。抜き身の刀身のように研ぎ澄まされた眼光に皐樹は心を射貫かれた。



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