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3-3

 桐矢が話していたことは本当だった。


 幼稚園から高校まで併設されているキャンパスにおいて、第二体育館裏は貴重な死角と言ってもよかった。


「言っただろ、デートスポットだって」


 足音の主はアルファとオメガの生徒だった。体育館裏手に回り込んですぐの通用口前で、昼休みの学内デートにしては、なかなか過激な行為に二人は及んだ。


「中断させるのも悪い、俺達は大人しくしておこう」


 園舎に最も近い通用口前にいる皐樹と桐矢は、数メートル離れた場所で束の間の逢瀬に没頭しているカップルに気づかれないよう、柱の出っ張りの陰に身を潜めていた。


「それとも、もしかしたら。俺達に気づいた上での、そういうプレイなのかもな」


 ずっと桐矢に口を塞がれている皐樹は切れ長な目を見開かせる。


 耳朶に触れる低い囁き。背中にぴたりと重なる彼の体温。


 不本意な密着に胸がやたら騒いだ。


(学校で、こんなこと……信じられない)


 落胆、呆れ果てながらも、初めて間近にした秘め事の現場に皐樹は……。


「――もう終わりか」


 過激な逢瀬は十分程度で終了した。


「あの二人、付き合い始めたのは最近か。昼休みにああも盛り上がるくらいだ」


 カップルが去り、平然としている桐矢は皐樹に耳打ちしてきた。


「そういう場所なんだ、この第二裏は。いくら探検好きだとしても、あんまり一人で入り浸るなよ?」


 低めの笑い声の振動が鼓膜にまで届く。背筋がゾクリと震え、皐樹は彼の鳩尾に肘鉄を一発食らわせた。


「ッ……不意打ちは卑怯だぞ、皐樹」

「もう……いなくなったんだろ、いい加減、早く離れろ、俺にくっつくな」


 自分よりも大きな手を口元から乱暴に退かし、皐樹は涙目で桐矢を睨んだ。


「ここからすぐに離れていれば……あんなの、聞かずに済んだ」

「セックスの効果音は一匹狼ちゃんのお耳にはまだ早かったか。それは悪いことをした」


 まだ真後ろにいる桐矢に皐樹は苛立つ。早く離れたかった。戻りたくなかったはずの教室へ、この上級生の懐から今すぐにでも避難したかった。


「もしかして()ったのか」


 ひどく生々しい性に初めて接して独りでに興奮した下半身。


 いけ好かない桐矢に言い当てられて皐樹は死にたくなる。前屈みになって、羞恥心で顔を真っ赤にしていたら、彼は板についた片笑みを浮かべた。


「そのまま教室に戻すのも先輩として気が引ける」


 離れるどころか、さっきよりも密着してきた桐矢に皐樹はぎょっとする。


「ああ、これだと一目でバレるな。ただでさえ注目の的になってるんだ、処理しておくに越したことはない」

「何、言って」

「俺が手伝ってやる」

「ふ、ふざけるな! 変態! やめろ!」


 喚いていたら、また、口を塞がれた。


「あんまり騒いだらヒヨコの群れが来る。黄色の帽子かぶったヒナ共に、こんな状況でピヨピヨ群がられて平気か、皐樹?」


 最悪だ。


 嫌がる皐樹に桐矢はさらにのしかかってきた。通用口のドアと上背ある自分の体で下級生を挟み込むと、過剰に慈悲深い掌で……。


「う」


 桐矢を振り払えずにいた皐樹は呻いた。めげずに何回か肘鉄を食らわせたが、今度はビクともしない。攻撃がくるとわかっていて注意深く構えているのだろう。


「うう、ぅ」


 性感帯の扱いに長けた桐矢の利き手。

 嫌なのに興奮が増していく。

 顔の半分を覆う掌の下で皐樹は吐息を洩らす。

 こもる微熱に唇が湿った。


(どうして、こんなことに)


 初心な体は慣れない刺激を素直に受け入れ、発熱に拍車がかかった。一方、理性がまだ余裕で残る頭は混乱する。片手で器用にベルトを外されると底が知れない懐で皐樹は身悶えた。


「もう嫌だ、今すぐやめろッ」


 口元から手が遠ざかると、すかさず桐矢を非難した。


「こんなのひどすぎる、頭おかしいのか!?」

「お前の方こそ、おかしいんじゃないのか。こんな状態で神聖な授業に出るつもりか?」

「もう嫌だ……」

「イヤイヤ言う割に……」

「っ……んん」

「俺の手にちゃんと応えてる」


 皐樹にとっては屈辱以外の何物でもなかった。制御できない自分の下半身さえ憎らしくなった。


「俺に触るな」

「強情な奴。オメガにしてはいい反応だぞ。使い道がありそうだ」

「やめろ、耳元で喋るな、笑うな、くすぐったいんだ……ッ」


 予鈴が鳴り渡る。昼休みの終了が近づいていた。


「それは感じてるってことなんじゃないのか……?」


 体育館裏で人知れず、オメガの皐樹は上級生のアルファによる不埒な指導を受けさせられる。


「そこ、嫌だ……ッ」

「しー……」


 桐矢は身を捩じらせる皐樹の耳元目掛け、わざとらしく息を吹きかけた。


「あ」


 もう触るなとも拒めずに皐樹は屈した。早く終わってほしいと、抵抗を投げ出して桐矢に身を委ねた――。





(こんなの不謹慎極まりない)


 呼吸が落ち着き、興奮が冷めてくると、皐樹は悔し涙をボロリと流した。


「俺の前から早くいなくなれ」


 この上なく無防備だった解放の一瞬を目の当たりにされ、今は顔を合わせたくなく、俯いたまま桐矢に願う。


「泣いてるのか。可愛いな」


 皐樹はカッとなった。顔を合わせないつもりが、我慢できなくなり、あんまりな上級生を腹いせに目一杯睨みつけようとした。


 上を向いたらキスされた。

 罵倒する準備が万全だった唇に。


「ごちそうさま」


 乱れたズボンのポケットにポケットティッシュを突っ込むと、桐矢は、やっと皐樹の元から離れていった。


 ファーストキスを三秒間でさらりと奪われた下級生は、五限開始のチャイムが鳴り渡っても、体育館裏で一人放心していた。




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