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1-1-出会い

 足音に気を配りすぎたのがいけなかった。


「やめなさい、この間注意したばかりでしょう……?」


 そこは図書館だった。


 幼稚園から大学院まで擁している一貫校・隣慈(りんじ)学園。高等部までの学び舎が同じ敷地内に併設された広いキャンパス、自由な校風、多様性を重んじて様々なデザインの制服が取り揃えられている私立学校だ。


 男女共学のプロテスタント系ミッションスクールである学園の名は、聖書の一節「汝の隣人を愛せよ」に由来しており、隣人愛に倣って「仕切りをつくらず、第二の性の階層を深めず」をスクール・モットーにしている。


 独立した図書館は数年前に建て替えられたばかり、吹き抜けのエントランスホールは開放的で、洒落た内装はブックカフェを彷彿とさせた。


「誰かに見られたらどうするの」


 二階奥の書架スペース。ずらりと並ぶ本棚の狭間で、高等部新入生の吉野皐樹(よしのさき)は固まっていた。


「早く離れて」


 背の高い本棚を一台挟んだ向こう側に一組の男女がいた。女の方は、市立中学から進学してきた外部生の皐樹と同じく学園へやってきたばかり、本年度より採用されたベータ性の司書であった。


 男は司書の真後ろにいた。


 二人とも皐樹に背中を向けており、華奢な彼女の体は長身の体躯にすっぽりと覆い隠されている。天井の埋め込み照明の元、彼の特徴的な髪色はやたらと耀いて見えた。


(月と同じ色だ)


 本の隙間から偶然目にした光景に呆気にとられ、硬直していた皐樹の視線の先で、彼は彼女に触れた。大胆にも太腿に。そのままタイトスカートをたくし上げ、ストッキングに包まれた足を薄明かりに曝していく。


「本当、駄目だから」


 押し殺した声で拒んでいるものの、彼女は彼を一切止めようとしない。それをいいことに不埒な手はさらにスカートを……。


 何の前触れもなく急に振り返った彼と目が合った。


 鋭い眼差しと不敵な笑みを浴び、皐樹は息が止まりそうになった。


「誰だ」


 ダークグレーのシャツに同色のネクタイ、グレンチェック柄のズボン。学園指定の制服の上にミドル丈のモッズコートを羽織った男子生徒は、狼狽するでもなく、本の隙間越しに皐樹を見返してきた。


「お前のせいで逃げられた」


 彼は足早に去っていった新人司書を追おうとはしなかった。俊敏な身のこなしで本棚を迂回すると、皐樹の真ん前へやってきた。プラチナブロンドがとにかく目立つ。精悍な上がり眉、白刃の煌めきを宿す双眸に長めの前髪がかかっていた。


「さっきから反応ゼロだな。立ったまま寝てるのか?」


 秩序正しい静寂に満たされていたはずの夕方の図書館。多くの生徒が勉強や読書に励む自習スペースから離れた隅で、外部生の皐樹は明らかに上級生だとわかる彼に言い放った。


「学校であんなことをするなんて非常識だ。信じられない」

「お前、オメガか」


 確かに「第二の性」がオメガ性である皐樹は、余りにも唐突で不躾な発言に仏頂面になる。


「オメガで悪いか」


 身長百六十九センチの皐樹は均整のとれた体つきをしていた。新調したばかりの制服はサイズにゆとりがあり、長袖シャツとネイビーのセーターは腕捲りされている。シャツは第一ボタンまで留め、ネクタイもきちんと締めていた。


 手つかずの黒髪に滑らかな肌、凛々しく整った顔立ちをしているが今の表情は険しく、切れ長な目は真正面から上級生を捉えている。


「……ああ、そうか、お前は……」


 無造作にネクタイを緩めた、自信に漲る、見るからにアルファだとわかる彼は不敵な笑みを深めた。


「覗き魔のオメガか」

「覗き魔じゃない!」


 つい大声を上げてしまう。周囲に人の気配はなかったものの、皐樹はすぐさま反省した。


「図書館で無駄吠えするなんて非常識だな。マナーがなってない」


 他者を圧倒するオーラを身に纏い、中断されなければ年上の新人司書をいとも容易く手に入れていたであろう彼は、負けん気の強い皐樹を覗き込んできた。


「図書委員の名の元に罰してやろうか」

「は……?」

「小学生の頃から俺は図書委員だ。目に余る非常識行為を重ねるなら出禁を命ずる」


 付き合いきれない。片頬に湛えられた笑みが何とも腹立たしく、皐樹は高圧的な上級生から離れようとした。


「俺は高等部三年の桐矢舜(とうやしゅん)だ」


 高圧的な上級生・桐矢は聞かれてもいないのに名を告げた。


「人が自己紹介してるのに回れ右なんて、重ね重ね非常識な奴ときた」


 後頭部に投げつけられた笑声まじりの一声。言い返したいのをぐっと堪え、皐樹は勢いのままに図書館を飛び出した。




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