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7.出征。マルス将軍の元へ

おはようございます!

こんにちは!

こんばんは!



 ナシオ王国第三軍が、オルテガ王国の国境を越えても、特に変わった様子は見えなかった。


 オルテガ王国では、大変な騒動が起きている、はずである。

 ここからは離れているが、北部のある砦に、大国ディレイガ帝国の高名な将軍が立て籠り、オルテガ王国はその対応に苦慮しているのだ。


 そこで、ナシオ王国王妃の生誕祭を祝うべくお越しだった、オルテガの王族であるという特使殿を、王都まで警護する任務を、ナシオ王国の国王から命じられたのが、第三歩兵部隊を含めて第三軍と総称される、第三騎士団であった。

 表向きは。


 外国の軍旗を掲げた大軍が街道を行くのを、人々は驚き、怯えた顔で見ている。

 大きな戦争が起こりでもしたら、自分たちの生活が脅かされるのだから当然だった。

 帝国とのいざこざについては、まだこの辺りにまで情報が届いていないのかも知れないし、もし届いていたとしても、砦に立て籠って出てこないでいる連中よりも、目の前の軍隊の方がよほど恐ろしい存在だろう。

 オルテガ王国の特使の旗印を持った自国の騎士がいて、外からは分からないだろうが、オルテガ王国の王族である特使が乗った馬車が行動を共にしていたとしても。


 その大軍の中程を冷静に観察している人間がいれば、そこに濃い赤い髪を靡かせ、一際重そうな勲章をつけた女性が馬上にいるのに気づいただろう。

 彼女が、ナシオ王国第三騎士団の、ひいては第三軍を率いる、フォイラー伯爵夫人カリーナである。


 「エヴァン、もちろん皆も、帝国公用語で話すぞ、ここから」

 カリーナが唐突にそう言うと、エヴァンがほんの少し眉を上げた。


 「なぜだ」

 「お前たちが私が直々に教えてやった事をきちんと覚えているか確かめる」


 「勘弁してくださいよ、団長」

 「お前は貴族だからもともと教わってんだろ。こっちは平民だぞ。それなのに無理矢理頭に叩き込まれて」

 「貴族で、教育受けてたって、使いこなせるかどうかは話が別なんだよ」


 カリーナの周りで、なぜか言い合いが始まった。カリーナは首を傾げた。

 あんなに根気よく付き合ってやったんだから、皆、多少は帝国公用語が話せるようになっていたはずだ。嫌がる意味がわからない。

 あれは一年ほど前のことだったろうか。カリーナに恋人も居なくて、暇を持て余していた時だ。


 「まさか、忘れたのではあるまいな」


 周りを睨みつけたカリーナと、彼女から気まずそうに視線を外した部下たちに、エヴァンの冷静な声がかかる。


 「落ち着け、そなたら。で、団長はなんでまた急にそんなことを? いつも通りの方法を使うのならば、我らが話しをできる必要はない」


 「暇だから」

 カリーナは本音を言っただけなのに、周りからは呆れたようにため息が漏れる。

 「暇つぶしにもなって、勉強にもなる。一石二鳥じゃないか」


 「では、そなたが一人で帝国公用語で話し続けるといい。分かる者は相槌を打つなり返事をするなりするだろうし、そうでない者は黙り込むからすぐに分かる。誰がそなたの教えを覚えているか」


 カリーナはエヴァンの言葉に納得し、この任務に対する愚痴を帝国公用語で吐き出し始めた。 

 その瞬間、エヴァンを残した他の団員たちが、ある者は馬の速度を上げ、ある者は遅らせて、カリーナの側から消えていった。


 『あいつら……。私の警護も兼ねていることを忘れているぞ』

 『皆疲れているのに、そなたが変なことを言い出すのが悪い』


 エヴァンの公用語は、多少の訛りはあるが、そう悪くないとカリーナは思った。


 「それにしても遅いな。あの馬車。もう少しは速度を出せるだろうに。歩兵部隊との距離が離れないのは、まあいいが」

 「もう飽きたのか」

 「ん?」


 エヴァンは、いや、なんでもないと言って、首を振った。


 オルテガ王国特使の馬車の速度に合わせているため、第三軍の歩みは遅かった。

 どうせ、そう急ぎもしないのだから、いいのだけれども。


 『さて、それでもあと二日もすれば王都に着くだろう。先触れは適当な時に出してくれ』

 『……了解した』


 かくして、八日間も馬に揺られ、彼らはオルテガ王国の王都に到着したのだった。



 王都に入るのは簡単だった。

 門番は、自国の特使の紋章を当然覚えていた。

 カリーナら、ナシオ王国の第三軍の軍旗も掲げられていたが、それに関しては特に触れられなかった。そもそも知らなかったのだと思う。

 ただ、先触れを出しておいたので、正体は判明している。なので、特に止められることもなかった。


 期待に満ちた眼差しを向けて来る者もいたから、やはり王都では帝国軍が意味も分からずに国内に留まっていることに対する不安が少なからずあるのだろう。

 さすがに全部隊が王都に入れるわけもなく、カリーナとエヴァンの他には、護衛の十名のみが門をくぐった。

 物理的には可能でも、王都全体を制圧可能なほどの他国の大軍を、まさか受け入れろとも言えない。

 門の外に留め置かれた、ほぼ全部隊は、近くの野原で野営をすることになる。

 痩せた土地とはいえ、広さだけは十分にあるのはありがたい。何せ、こちらは無意味な命令のおかげで、大所帯だ。


 王宮までの大通りを進み、王宮の敷地中をさらに進むことしばらく、ナシオ王国よりは寂れた様子のオルテガ王国の政治の中枢に辿り着いた。


 カリーナらは、国王自ら出迎えに出て来ている事に少々驚いた。

 だが、国王は、感謝に堪えないと繰り返し、オルテガの貴族であろう面々も深く頭を下げていた。


 やがて、広いサロンのような場所に通されたカリーナは、その調度が落ち着いた色合いで揃えられている事に、ひとまずほっとした。

 ナシオ王国の王宮のような煌びやかな装飾が無くて良かった。


 馬車に乗っていただけのくせに、やけに疲れた顔の特使と、オルテガの国王、そして貴族だという複数の男たちと、扉を守る騎士が同席していた。

 第三軍からは、カリーナとエヴァン、そして護衛の二人の騎士のみが入室している。


 「フォイラー伯爵夫人。貴国におかれては、このような大軍を送ってくださり、なんとお礼をお伝えすれば良いか」


 先ほどから同じことばかり言われて、しつこいのは嫌いだと思っていたカリーナは、無難にオルテガ国王の娘を持ち上げて黙らせる事にした。


 「王妃様のご尽力でございます。王妃様の母国をお助けしたいとの強い想いに、我が王が応えられたのです」


 「それはそれは、あのような不出来な娘をそのようにご寵愛下さるとは。いやはや、ありがたいことです」

 あのような者でも役に立ったか、と言わんばかりの表情と言いように、カリーナは心の中で肩をすくめた。

 自国の元王女である人物を褒められたのに、貴族たちも卑下た笑いを浮かべるだけである。

 どうやら王妃は、カリーナが思っていたよりも、自国で軽んじられていたのかもしれない。どうでも良いことだったが。


 そして、馬車の中で酒を飲んでいたのか、酒臭さを振り撒いているあの特使も、王族の中では鼻つまみ者らしい。扱いが大分ぞんざいだ。

 そんな男を、元は自国の王女とはいえ、他国に嫁ぎ王妃となった者の生誕祭に、祝いの言葉を携えた特使として送るとは、ナシオ王国自体が随分と軽んじられている。


 「して、どのように事態を打開してくださるおつもりか、お聞きしても?」

 国王の許しを得た貴族の一人が、身を乗り出して言った。それに、別の貴族も続ける。

 「まさか大軍同士の争いを起こすつもりはございますまいな」

 「我が国にとっても、貴国にとっても、良い事はありませんからな」


 カリーナは、出来るだけ簡潔に説明した。第三軍の一部を砦の周辺の町々に派遣して、監視として置く。そして、それに対する相手の反応を見る、と。

 「目の前を、我が第三国の人間がハエのように飛び回れば、払い除けずにいられないのが軍人の性かと。真正面からの交渉の申し入れは時間の無駄であったとお聞きしておりますし」


 「まったく、あちらは交渉のテーブルにすら着こうとしませんからな。法外な、訳のわからない大金を払えの一点張りで」


 帝国からは、略奪行為への賠償を求められているというが、オルテガ側には略奪行為をした報告は上がっておらず、何を言われているのか分からずに困り果てているという。

 現地の調査はどの程度行ったのかを確認するカリーナだったが、「我が国がおかしな動きを見せれば、何をされるかわからない」と、真正面から交渉人を送るだけで、さしたる調査はされていないという。

 どうせそんなことだろうとは思っていた。

 確かにオルテガの軍を差し向ければ、それを口実に、帝国の侵略を招く可能性はある。が、それは可能性としてはとても低い。なぜなら、そんな事をしなくても、侵略したいのなら、もうしているだろうからだ。

 それ以前に、調査程度なら、軍を動かす必要もないだろうに、そんな事すらまともにしていない。


 護衛に連れてきた一人がオルテガの言葉を解するので、エヴァン用の通訳としてつけていた。そのため、エヴァンも話の内容を理解している。その彼と、何ともいえない表情で、互いに顔を見合わせた。


 まあ、これは想定内だ。


 「なんとしても、あちらから行動を起こさせます。交渉の場を設定出来れば、私自らが交渉役を務めましょう。幸い、言葉は使えますので」


 「ほお、フォイラー伯爵夫人は、オルテガのみならず、ディレイガ帝国の言葉にも通じておられるのか」


 「帝国公用語には。昔から言語の習得が得意なのです」

 カリーナは、嘘ではないが、真実とも言いがたい説明をした。相手が納得するのなら、どちらでも構わない。 



 カリーナが、自分がディレイガ帝国の公用語を話せることを知ったのは、今は帝国の一部となっている、辺境に近い地域からやってきた行商人と会った五歳の時。

 行商人同士で、場所決めをしているのに、しれっと参加していたのがきっかけだった。

 それまでは、自分も、周りの使用人たちも、彼女が他国の言葉を解することに気づく機会がなかったのだ。


 父は驚いていたが、精霊からの贈り物だと喜び、行商人から、装丁の美しい絵本を買ってくれた。

 「ディレイガ帝国では有名な物語ですが、こんなに手の混んだ装丁がされているものは珍しいですよ」と行商人は胸を張っていた。

 そんな事を言われなくても、幼いカリーナはその本の美しさに、そしてその登場人物に夢中だった。

 王子様の絵本だった。虐げられていた王子様が、やがて悪者を倒し、玉座に着くというものだ。

 その美しい挿絵の中の王子様に幼い心をときめかせたものだった。


 他の言語に関しても、その言語を話す人間と対峙すれば、すぐにそれを使いこなせるようになることも、じきに判明した。

 父は、他国からの客人が来るたびに、カリーナを呼んでくれるようになった。


 なぜそんなことができるのかと問われても答えに困る。気づいたら出来ていたのだから、説明のしようがない。

ごく幼い頃は、なぜ皆んなは同じようにしないのか、そちらが理解できなかった。

 

 自分の能力は特別なのだと腑に落ちたのは、十二歳の頃、時折り脳裏を掠める前世のものと思しき知識に触れた時のことだった。

 ナシオ王国の心の支柱である、精霊王ナシオラの元へ行けるような前世を歩まなかったため、ふたたびこの世に生まれ落ちたカリーナに、ナシオラが、今世で成すべきことを成すために、この能力を授けてくださったのだ、とカリーナは思った。

 実際は単なる偶然かも知れなかったが。



 カリーナらは、オルテガ国王から晩餐に招かれた。本来は大変な無礼に当たるのだが、もちろんそれは断った。

 すぐにでも行動を開始し、「王妃様とオルテガ王国の皆様の心の安寧を図るのが我が務め」と適当な事を言って、面倒で無意味な時間を過ごす事を回避した。

 さっそく出発の準備を始めたカリーナらを、形ばかり、貴族たちが見送って下さった。

 こいつらは、もしカリーナが帝国相手に戦端をを開けば、そんな者たちは知らない、と帝国軍に寝返るだろう。


 「そうそう、こちらこそ礼を言わなければ。我が軍がこちらに滞在する間は、食事などはご用意いただけるとのこと。感謝をお伝えいたします」


 「救援にきていただいたのです。当然のことです」


 では、歩兵部隊のほぼ全てと、騎士団のほとんどは置いていくので、よろしく、と言ってやったら、彼らは鼻白んでいたが、知った事ではない。約束は守ってもらおう。


 ナシオ王国の国王からは、オルテガ王国へ全軍を率いて行けと命令されたが、砦まで行くのに全軍を動かせとは言われていない。

 王都の近くに部隊のほとんどを待機させることで、補給の心配はかなり軽減される。

 もちろん、オルテガの王宮の食物庫を空にしてしまえば、結局苦しむのは、食糧を納めなければならない農民たちだから、加減は非常に大切だ。なるべく早く、任務を遂行しなくてはならない。


 一晩、王都と砦との中間辺りで野宿をすると、カリーナらは翌朝からさっそく行動を開始した。

 彼らは二手に分かれて、現地を調査するという名目で、あちこちの町をうろついた。出来るだけ、帝国軍を刺激するように。


 カリーナはすでに、国を出た直後に先行させていた部下たちから、帝国が主張する略奪行為を行った者がいるという点に関しては、だいたいの情報を得ていた。

 オルテガ側の困窮する地域の出身者が、帝国領内、とはいえ十年ほど前まではオルテガのような小国だった、で略奪行為を繰り返していたという。

 彼らにとっては、近隣の町の一つに過ぎず、国境線も曖昧なものだから、帝国を刺激する行為をしたとも思っていなかったのだろう。

 カリーナには今のところ、それらの状況を言い訳に、オルテガ王国が払える額まで、賠償金を引き下げるくらいしかやれる事はない。


 第三国のナシオ王国が出てきた事で、帝国の出方が変わる事を祈ろう、とカリーナは思った。

 まったく、早く済ませて帰りたかった。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 彼は不機嫌だった。この砦は、非常に古いもので、住み心地がすこぶる悪い。

 砦の中に井戸があり、生活用水には困らないが、毒を混入されていないか毎回確かめるのは骨が折れるし、第一、下水というものがなかった。


 彼は戦場暮らしが長いので耐えられなくはなかったが、それにしてもこの閉塞感にはまいっていた。

 諸事情により、帝国国内にはとどまる事が出来なかったため、簡単に奪えそうで、作りのしっかりした砦を選びはした。

 だがその選定基準に、内庭の広さとか、それは馬を放してなお、人間が散歩の一つも出来るか、といった項目は含まれていなかった。


「将軍!」


 呼びかけられた彼は、手に持っていたカードを机の上に投げ捨てて、階段を降りてくる部下を見やった。


 「あ、ずるい! 負けてたからって!」

 彼と共に机を囲んでいた五人が一斉に彼を非難した。もちろん、それは無視する。


 「何事だ。クリストフ」


 「ナシオ王国軍が、王都に到着したそうです。軍旗はやはり、第三軍のものだったと」


 その場にいた男たちの中には、「ああ、あの噂の女騎士団長の」とにやついた顔をする者もいた。彼女の淫猥な噂話を思い出したのだろう。

 その女騎士団長は、ろくに戦えもしないのに、その身体をもって勝利を掴んでいるのだとか、そういう類のものだ。


 近頃、ディレイガ帝国の社交界では、これまであまり関心を持たれていなかった、中堅国家であるナシオ王国の噂話が話題に上ることがある。

 それは、ナシオ王国からやってきた、お喋り雀の仕業らしい。自国の産業や美点を語るのではなく、手っ取り早く人々の関心をひける、不道徳で淫猥な噂話をばら撒いている。

 自身の帝国での存在感を増し、立場を確立するための行動だろうが、なんと愚かな女だろうか。


 彼自身は社交界には一切顔を出さないが、爵位持ちの部下たちから、そういった噂話は耳に入る。

 そんな信頼度の低い噂を鵜呑みにする事はもちろんなかったが、女の身で騎士団長を務めているという所に興味を惹かれ、少しばかり調べさせたことはある。


 まず、その女は、ウェイリン辺境伯という高名な軍人の娘だということが分かった。

 ウェイリン辺境伯については、彼も聞かされた事があった。

 かつて帝国が侵略を繰り返していた頃、蛮族の地に橋頭堡を築き、ナシオ王国に攻め入った事があった。

 しかし、辺境伯によって国境は守られ、帝国はなんの実りももたらさない戦で、多くの兵を失った。

 そのような男に幼い頃から手ほどきを受けていたとしたら、女だろうがなんだろうが、気を抜いて良い相手ではないだろう。


 そして、しばらくしてから、ナシオ王国に潜入している間者からの情報も手元に届いた。

 第一に、彼女が率いるナシオ王国第三軍においては、一度の戦いで出る死者数が異様に少ない。

 戦においては、一定数の犠牲を払った方が楽に勝てると思う者もいるし、そういう面は確かにある。

 しかし、死者が少ない軍は、必ずと言って良いほど強い。熟練者が生き残れば、新兵を無理に戦場に立たせる前に十分な訓練をしてやれる。

 第二に、交戦が実際に行われる日数が短い。

 これは綿密な準備と巧みな戦術を、指揮官が駆使していると考えるのが妥当だろう。それが辺境伯の娘自身によるものなのか、優秀な参謀によるものなのかは確かめる術がなかったが。


 「その第三軍ですが、大攻勢を仕掛けでもするかのような規模です。もしかしたら全軍を動かしているのではないかと」


 「なんだそれは、今ナシオ王国が帝国に喧嘩を売る理由なんてないだろう」

 「本当にそんな大軍に襲われたら、この砦では対抗できませんね。逃げ出す準備でもしておきます?」

 「まさか、こちらの人数も知らんのに、下手な事はしてこんだろう」

 「じゃあ、何のために大軍で……?」


 部下たちが騒いでいる間、彼は黙っていたが、やがて自然と部下の視線は彼に集まる。彼が全ての決定を行うのが当然の事だからだ。


 「なかなか興味が湧くじゃないか」

 彼はその体躯に似つかわしい低い声で言った。


 「将軍、やらしい女、好きですもんね」

 「やめろ、話を脱線させるな」


 そろそろ、カード遊びにもうんざりだ。同じ顔を突き合わせて、どうでも良い話をしているのを聞いているのにも。


 「何か変化があってもよかろうな」


 「あちらが求めてきたら、交渉に応じますか? 確かに、そろそろ頃合いかも知れません。しばらく引き延ばす事を考えれば」

 一人真面目なクリストフが言った。

 それに彼ははっきりと頷いた。

 だが、何にしろ、少しは様子を見よう。なに、どうせまだ国には戻れない。急ぐ事はない。


 それから三日。ナシオ王国の軍人らしき一団が各地で目撃される。その中には、赤毛の女もいると、偵察に出ていた者から報告が上がると、なぜか、特に若い奴らが歓声を上げた。


 「そろそろ、直接拝みましょうよ、将軍」

 「おい、無礼な真似はするなよ」

 「お前もな」


 彼は、それらの声に苦笑しながら、ナシオ王国軍に正式な使者を出し、砦に招く手筈を整えた。



 彼らは指定した時間にやってきた。遠目に見えるのは、中央に一騎、その後ろに十一騎。

 近づいてきたナシオ王国軍の中心にいたのは女ではなかった。彫刻めいた、いやに整った顔をした男だった。

だが、すぐにその隣で馬を駆る、赤髪の女に目が止まる。


 ああ、なるほど。こちらが彼女の存在を認識していないと思っている。

 乗ってやろう。少しの間だけ。

 彼は、後ろの部下たちにも「しばらく黙っていろよ」と小さくない声で言った。どうせまだあちらに声は届かない。


 中央の男が、ナシオ王国第三騎士団団長のフォイラー伯爵だと名乗った。


 嘘つきめ。


 本物の方の赤毛の女は、取り澄ました顔で目を伏せていたが、彼がじっと見つめていると目が合った。

 化粧もしていないその顔は、美しいが、他に見ないほどでもない。若さにものを言わせる歳でもない。だが、成熟したなかなかいい女だった。

 茶色の瞳は時折り不思議な色に輝いている。

 そのまま見つめていると、彼女は目の端を赤くして、また目を逸らした。


 なんだ、その反応は。うぶな小娘のようではないか。

 それとも、それも手管の一環か。


 彼は口元に笑みを閃かせた。是非とも二人きりで話をしたいものだと思った。


 彼は自らも名乗ると、彼らを砦の中へと(いざな)ったのだった。


つづく……


ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

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