48.王妃の断罪。ナシオ王国にて
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ロイトラートが皇帝に即位した後、新たにオーリエ公爵夫人となったアイリスが使者としてナシオ王国を訪れたのは、表向きはナシオ王国出身のカリーナ・ウェイリン・フォイラー伯爵夫人がディレイガ帝国の皇后となったことにより、帝国とナシオ王国の親善を深めるため、という理由付けがされていた。
そのため、オーリエ公爵夫人を主賓とした歓迎の宴が開かれたのもごく自然な事であった。
それは和やかに始まった。
穏やかで自然な美しさを持つ公爵夫人は、周囲に知的な瞳を向け微笑みながら、国王と王妃と共に段上に現れた。
その貴婦人は帝国風の露出の少ない衣装に身を包んでいた。黄色がかった緑のその衣装には帝国風の精緻な刺繍が施されている。
その姿に会場に集まった貴族たちからため息が漏れた。
公爵夫人に気を取られている彼らは知らなかった。会場が第三騎士団と第三歩兵部隊、つまり第三軍全軍によって包囲されていることを。
それを知っているのは、基本的にはオーリエ公爵夫人と、第三軍に命令を下せる立場にある国王だけであった。
第三軍の指揮官であるエヴァンは会場の中にいた。招待されている軍の要人として、騎士の礼装に身を包んでいる。
彼は段上の王妃を見つめていた。
王妃の顔色は厚い化粧に隠されていて分からない。その顔に張り付いた微笑みは優しげだ。
かつて彼女の取り巻きだった、帝国のクリスナー侯爵夫人との連絡が絶えて久しいはずだ。
そのタイミングでの帝国からの使者に何も思わないという事はないだろう。異変を感じていることに間違いはない。
だが彼女は国王の弱みを握っているつもりでいる。そこから来る余裕が感じられる気がしなくもなかった。
通常であれば、集められた貴族達が国王や王妃、そしてディレイガ帝国の貴人への挨拶に列を作り始める頃合いだった。
しかし、そこで国王がある人物を呼んだ事で会場がざわめいた。
国王の横に座る王妃と、彼らの一段下に立ったまま控える宰相が怪訝な顔をする。
彼らは何も知らなかった。国王と第三騎士団が接近し、共に動いていたことを。
国王に呼ばれたエヴァンは何事も起きていないかのような無表情のまま、優雅な足取りで国王の前に進み出て、騎士の礼を捧げた。
国王から顔を上げるように声がかかり姿勢を戻した途端、彼は部下に合図をした。
あっと言う間に、王妃と宰相の周りを、それぞれ第三騎士団の騎士たちが囲む。
カリーナの元恋人のコールタート公爵家の嫡男サイラスも王妃に手を貸していたとして、罪を問われるために父親である宰相の近くに連れて来られた。
とはいえ、彼には大した罪を問えない。王妃からの信頼がさほど厚くなかったのだろう。エヴァンを協力者にする役目を担った事と、第三騎士団の使用していた暗号を悪用するのに手を貸したことくらいしか確認できなかった。
サイラスは味方に引き入れたつもりでいたエヴァンを悔しそうな顔で睨みつけている。
近衛、つまりは第一騎士団が、我が物顔で王族ら要人の警護という彼らの領域に侵入してきた第三騎士団に対して対抗しようとするが、国王が第一騎士団長に下がるように言ったため、そちらは離れた場所に追いやられた。
「ヘクター団長、続けよ」
国王に軽く頭を下げたエヴァンは胸元から一枚の紙を取り出し、読み上げた。そこには王妃の罪状を並べられている。
一つ、ディレイガ帝国の前皇帝を害することを狙った皇妃に仲介者を通して協力し、毒物の調達をした。実際にそれは帝国には持ち込まれていないが、それを企んだ証拠はある。
一つ、自国の第三騎士団の使用する暗号を他国へ漏らした。これは反逆罪に当たる。
一つ、国王の庇護下にあった人物の誘拐と監禁を実行し、国家に害をなした。
それを聞いた会場の各所で驚きの声が上がり、どよめきが広がる。
王妃が間接的とはいえ、先のディレイガ皇帝の暗殺に関わったとなれば、ナシオ王国が帝国に蹂躙されてもおかしくはない。誰にでも分かる事だった。
国王は会場中に、静粛にするように、といつになく凛とした声を張った。
国王はすでに第三騎士団長らから提出された証拠を自身で確認し、更なる調査も彼らに命じていたと説明した。
更には、前第三騎士団長であり現在のディレイガ帝国の皇后でもあるフォイラー伯爵夫人を通じて、帝国が集めた証拠も手元にある事を告げ、オーリエ公爵夫人に顔を向けた。
皇帝の使者である公爵夫人が頷き返すとまたもや会場中が驚きに包まれる。
「ディレイガ帝国に弓を引くとは……愚かな真似を」
そう呟いた国王が玉座に座ったまま隣を向くと、その場で立ちあがり国王に近づこうとしていた王妃が兵士に腕を掴まれ拘束されていた。
「陛下! それは誤解でございます! 私は仲の良かったお友達に手を貸しは致しました。しかし、その方が何をなさるか、まったく知らなかったのです!」
「毒を用意しながら……よくそのような事が言えたものだ。更には第三騎士団の暗号も無断で使用するとは。国家の機密保持をなんだと思っているのか」
国王がオーリエ公爵夫人に向き直る。
「ディレイガ帝国の新たな皇帝陛下は、いかほどの罰をお望みでしょうか」
アイリスが皇帝の使者としての役割りを果たす時が来た。彼女は立ち上がり、穏やかながら意志の強い瞳で会場を見回すと、王妃を見つめながら言った。
「皇帝陛下は、犯罪に加担した当事者においては、死罪でなければ先の皇帝陛下のお命を狙った罪とは釣り合わぬとお考えです。
不十分な罰しか与えられなかった場合、帝国の威信にかけてナシオ王国に対し宣戦布告を行わざるを得ぬと」
またもや会場中がざわめいた。
誰もが、災厄そのものを見るかのような目で王妃を見ている。
「ただし」
とオーリエ公爵夫人は続けた。
「当人がその罪を認め、誰からの指示でそれらを行う事になったのか、その対価として何を受け取った、もしくは受け取る予定であったのか、それらを全て明かし、帝国の調査に全面的に協力するのならば、生涯に渡る監禁程度の罰でも、誠実に対応されたものと判断するとの仰せです」
国王は、すでにエヴァンとも打ち合わせ済みである沙汰を王妃に言い渡した。
「王妃はその身分を剥奪され、その子らは王族として残りはするものの、王位継承権は剥奪される」
その言葉に王妃は、世継ぎはどうするのかと叫ぶ。当然ではある。世継ぎとなれる子を産んだのは正式な妻である王妃だけなのだから。
そのはずなのだから。
しかし、国王は首を振った。
「……陛下?」
王妃の顔に動揺が見えたのは、クラバー隊長らが、ある少女を連れてやってきた時だった。
その少女はつい先ほどクラバーらによって救出されたばかりだった。
当然その知らせは王妃の元に届いてはいない。
国王は、その少女は女の姿をさせられているだけで、れっきとした男である事、そして、国王が王妃と結婚する前に、年上の愛人だった下級貴族の娘と秘密裏に結婚した際に生まれた子であると明かした。今年十三歳になったと言う。
会場中のざわめきは、先ほどの比では無かった。
ここからはエヴァンらに国王が明かした事であったが、国王は秘密の妻を子が生まれると同時に失った。
そして、その何年か後、父親であった当時の国王らによって決められた政略結婚に同意せざるを得なかった。
子どもは亡き母親の両親のもとで育てられていた。ほとんど会うこと叶わなかったが、国王は息子に対する愛情を惜しみはしなかった。母親の両親が相次いで他界した際には、考えあぐねた結果、愛人のふりをさせ庇護した。
ところが、事情を知らなかった王妃に、単なる国王の倒錯的な趣味と思い込まれ、弱みとして彼を握られてしまったのだった。それは不幸中の幸いではあった。少なくとも命を奪われはせずに済んだのだから。
だが、エヴァンからの接触で息子の居所を知った国王は、同時にディレイガ帝国から第三騎士団宛に秘密裏に送られてきた前皇帝暗殺未遂事件に王妃が関与したことを知らせる書簡の内容を知る事になった。
そして息子を救出する準備をさせつつ、王妃を断罪する証拠集めに協力し、この日に臨んでいた。
国王の、当時の王太子の秘密結婚はごく一部の者には知られていた。宰相もそれを知る一人である。
王妃は歳の近い取り巻きは大勢作ったが、年長の味方を作れなかった。
彼らの一人でも仲間内に引き込めていたら、彼女は夫の、国王の実の息子の存在を知る事が出来たかもしれない。
だがそれらの事実を知らない王妃はただ驚きに目を見開いている。
「その者が……陛下のお子……?」
「国王陛下は、ご自身の息子の身分を偽らせ、庇護しておられたのです。あなたが自分の地位を脅かさない者にはたいして興味を持たないのをよく知っておられましたから。
しかし、あなたはご自分の権威と影響力を強めるために、そのお方を隠してしまわれた」
エヴァンは、国王の顔を横目で見つつ言った。
「そんな……! 嘘よ! 私と子供たちを陥れようとする者がそのようなでっちあげを! 離しなさいっ!」
段上で髪を振り乱しながら、兵士らの手から逃れようと暴れる王妃は、国王に許しを得たエヴァンの指示で広間から連れて行かれた。
叫び声が響き、そして静寂が訪れた。
その裏では、王妃の取り巻き達がこっそりと会場を抜け出そうとするのを第三騎士団が阻む一幕もあったが、それらはほとんど認知されることはなかった。
次に国王が目を向けたのは宰相であるコールタート公爵とその息子だった。
宰相は息子の行いに連座して辞任を命じられた。コールタート公爵家は新たな跡継ぎを探さねばならないだろう。
当の息子は蟄居を言い渡された。新たな証拠や証言が出た場合、今後それが変わる可能性は大いにある。
大人しく下を向くだけだった二人も会場から連れ出された。
国王は、これまで世継ぎとなる資格を持った男子を隠してきた事を、会場に集まった貴族たちに詫びた。
その身に危険が迫っていたため、秘密裏に動かすことの出来た第三騎士団と歩兵部隊の諜報部門を使い、これまで動いてきたのだと説明した。
実際のところは、事情を把握したエヴァンやクラバーが話し合って国王に直接話を持ちかけたのだったが、それは一騎士団が単独でするには、かなりでしゃばった真似だ。国王が自ら命じて第三騎士団を動かしていたということにした方が何かと都合がよかった。
何はともあれ、国王は、その息子を王太子とすることを宣言した。
貴族たちはこぞって新たな王太子への支持を誓った。
その様子を静かに見守っていたアイリスは、一連の騒動は例えナシオ王国内では決着がついたとはいえ、ディレイガ帝国ではまだ端緒についたばかりに過ぎず、それが幾人もの人物の運命を変えていく事に思いを馳せた。
それから数日後、ナシオ王国の国王からの正式な皇帝宛の書簡を預かって、アイリスは第三騎士団に守られながらディレイガ帝国への帰途についたのだった。
つづく……
エヴァンたちはもう本編では出てきません。そのうち別枠で彼らのその後に関する外伝を書くつもりでおります。見かけた方は読んでやって下さい!
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!




