【閑話11】皇帝であった男のぼやき
彼は頂点に上り詰めた。
他の兄弟を陥れ、彼らよりも多くの武勲を立て、彼らよりも有力な家から幾人も妻を迎えた。
本当に欲しいと思った女達も皆手に入れた。
だが今はどうだ。
兵士たちに囲まれ、まるで檻の中に居るかのような有り様で、息子である男が皇帝になる様を見させられている。
その息子は、特に幼い頃は自分によく似ていた。面立ちや体格の良さ、そして活発な性格すらも。
しかも、政略で得た妻ではなく、初めて自分から欲して手に入れた女から生まれた。
特別な存在に思えた。
だからこそ、失脚させざるを得なかった時にも、命は奪わずにいてやったのだ。
自分自身が戦場を駆けていた頃を彷彿とさせるその息子の現在の姿を見て、そして、座っているのがやっとである自分自身の体を見下す。
無様だった。
確かに自分にも、あの様な頑強な身体があったはずだ。
かつて彼の周りにいた武人らは、今の彼を見たら笑うだろう。
彼らを指揮しつつも泥には塗れず、全ての手柄を奪い取って行った男の無様な姿を。
やたらと名誉だの何だとうるさかった男たちならば、このような状況になったら自ら死を選ぶのかもしれない。
だが彼は死ぬのが怖かった。その淵に立っている今でもなお、これまでのように、それを免れる事が出来るのではないかとの思いがよぎる。
第八皇妃の不貞も、毒殺未遂も、本当かどうかは知らないが、わざわざ詳細な報告書を渡されていた。
寵愛していた女に少量づつ飲まされていたという毒は、彼の体と心を確実に蝕んでいる。解毒もできず、このまま体が生きながら朽ちていくのを待つばかりだと言う。
彼は吐息を漏らすように笑った。
皇帝となったあのちっぽけだった子どもと、その男が妻にした、絶世の美女とは呼べない女が、なんと、花の冠なんぞを被って立っている。
馬鹿らしい。
だが、宮殿の内外から響く二人への歓声は、彼がかつて一度も浴びた事のないほどの声量で響き渡る。
何を間違えたのか。
何をすれば良かったのか。彼には分からない。
皇后となったあの赤い髪の女は、ウェイリン辺境伯の娘だと言っていた。あの大昔の戦いで、もう少しであの男に命を奪われる所だった事を思い出したのは、さていつの事だっただろうか。
あの館で、男装のあの女に剣を突きつけられた時、なぜか死神が息の根を止めに来たのだと思った。
あの時に失っていたはずの命を奪いに……。あの女の姿を借りて……。
皇帝ではなくなったその男は、もはや思考を持続させる事も出来なくなっていた。
どうして生かされているのかも、どうしてこの場にいるのかも、彼は考えなかった。
かつて自分のものだった栄光を身に纏う息子を再び見やると、その姿を自らに重ね、その運命をただ憐れむ。
皇帝になど、ならなければよかったのだ。
そうすれば、きっと、もっと自分は……。
おしまい。
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