45.襲撃の首謀者と、議会の招集
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「ロイ、ここはどなたの館ですか?」
カリーナはてっきり、彼女も知る第一皇妃のもとにでも向かうのだと思っていた。先ほどの、彼の母親を陥れた者を断罪する流れからして。
しかし、そこは彼女がお茶会で訪れた第一皇妃の屋敷からは、だいぶ離れた場所にあった。
「私はてっきりお母上の……」
「それよりも重要な事がある」
ロイはそう言いながら、カリーナの髪を愛おしげに撫でる。
カリーナは首を傾げたが、先程ロイがクリストフに何か命じていたのを知っていた。とりあえず付き合うしかないだろう。
その館のサロンらしき部屋で二人を迎えたのは、第三皇子だった。そして、妙齢に見える女性がその横で優雅に微笑んでいる。
第三皇子に妃はおらず、女性の方が年上であるように見える。愛人だろうか。
「師匠! ご無事で!」
第三皇子はカリーナの無事を喜びながらも、警戒はとかなかった。彼女の隣に怒気を放つロイがいるからだろう。
「先日我らは襲撃を受け、我が妃であるカリーナは怪我を負った。それは知らせたな」
第三皇子は頷いた。彼はロイが自分に何か責を負わせようとしていると考えたようだ。彼は顔を顰めて身構えていたが、ロイの視線はすぐにその横にいる人物に向けられた。
「第六皇妃トリーシャ殿。我が妻に怪我を負わせた責任を取っていただこう」
「……は……?」
第三皇子は目を見開いて、横にいる女性を見た。
カリーナも思わず彼女を見つめる。この女性は第三皇子の母親か。とても成人した子どもがいるようには見えない。
そして、その優しげな顔と澄んだ瞳は、他人を害そうなどとは夢にも思ったことのないように見える。
だが、怒気を放つ大柄な男に、そのような事を言われ厳しい視線を向けられながらも、あのように静かに微笑を浮かべているのは尋常な事ではない。
「は? 何を言って……。母上?」
混乱した様子の第三皇子が微笑みを崩さない母親に奇異なものを見るような目を向ける。
そこに、クリストフがトイルス伯爵を連れてやってきた。あの好戦的な若い貴族だ。
なぜ彼がここに連れて来られたのか。カリーナは首を傾げた。
そこでおもむろに、トリーシャ妃がカリーナに向かって口を開いた。声さえも可憐だ。眉が困ったように寄せられている。
怪我の心配をし、そのようなはずではなかったと、カリーナに心から詫びているように見えた。
「私は、第五皇子殿下に動いていただきたかったのです。日々帝都は物騒になり、いつ内乱が起こるか分からない状況でございましたから。そのきっかけとなる行動を起こさざるを得なかったのです」
「母上……。そのような、事には、何もご興味は無いご様子でしたのに……」
「怪我を負わせるつもりなどありませんでした。そう頼んでおりましたから」
彼女は毅然とした態度で言う。やはり嘘をついているようには見えない。
しかし、襲撃者は本気でこちらに向かってきていた。そうでなければ、カリーナが戦わねばならないほど手こずりはしなかっただろう。いくら多勢に無勢とはいえ、ロイの部下と襲撃者の実力には確かな差があった。
捕虜の尋問を行ったチルトによると、トリーシャ妃は「それらしく装い、交戦したら引くように」と言ったと、元近衛騎士は証言したそうだ。
カリーナは、それはどうとでも受け取れてしまう言い方だと思った。殺せとも言わない代わりに、終わり時も指示されていない。
もし、カリーナがそう命じられたのなら、一定の成果を上げるまでは引くなと言われているものと解釈するだろう。
この仕事を請け負った元近衛の男も、それは隠語を使用しているのだと考えたようだと言う。
そして報酬の額からして、とても怪我すら負わすことなく済ませて良いとは受け取らなかったと。
「まあ……そんな……」
彼女は心底驚いたように言う。
トリーシャ妃は悲しげに眉を顰め、改めて謝罪する。
「ですが、なぜ私だとお気づきに?」
ロイはクリストフに合図して、トイルス伯爵を近くに連れてこさせる。彼はいつもよりも覇気がなく、実に神妙な面持ちだ。
あの襲撃者達を指揮していた元近衛が、トイルス伯爵と接触していた事が分かった時、全てが繋がったのだとチルトは言う。
ロイが引き取って続けた。
「まだ私の勢力がさほど大きくなかった頃に、あなたの元夫の年若い弟が私を訪ねてきた時から警戒はしていました。これを偶然で済ませるほど警戒心がないわけがない。見張らせておくのは当然ではありませんか」
ロイはトイルス伯爵を見やる。
彼は、深く頭を垂れた。
「よくお分かりになりましたわね……。元夫の末の弟で、二度も養子に出され、名も変えております。まさかそこまでお調べになるとは」
カリーナは納得する。
あのように無謀なまでに交戦的で未熟な者を、ロイが離宮にまで招待するのはおかしいと感じていたから。彼の支持者の中にはもっと思慮深い者が大勢いる。
なるほど、彼はトリーシャ妃となんらかの方法で連絡を取り合い、ロイをけしかける役目を引き受けていたのか。
「それに、あの元近衛の男に見覚えがありました。かつて母とこの屋敷を訪れた時に顔を合わせましたから」
「まあ……。さすがロイトラート殿下ですわね。一近衛の顔など覚えているはずがないと、私は驕っておりましたのね」
トリーシャ妃は第三皇子が責任を持って屋敷で拘禁するようにと告げられる。
その第三皇子は、新皇帝の即位より前に一臣下となる事も受け入れた。
トイルス伯爵には追って沙汰が下ることになり、皇宮で拘禁される事となった。
カリーナは釈然としなかった。あの妃は何かおかしい。何かは分からない。害意も無いように感じた。何がこんなに引っかかっているのか自分でも分からない。
カリーナはその館を出て馬車に乗り込んですぐにロイに聞いた。
「なぜ、あのような軽い沙汰に? あの者は何かおかしい。襲撃の指示以外に何かしたという確証はありませんが……」
ロイは、頷いた。
「疑いを向けるためには、確実な証拠を押さえねばな。
皇帝になれば、これまで触れられなかった資料の類も閲覧可能となる。そなたもな。さすれば見えてくるものもあろう」
「第一皇妃や第二皇妃も同じでしょうか」
「まあ、そうなるだろうな。第六皇妃は昔から少し掴みどころがなく、不思議な人だったと思う。母が親しく交流していた妃はあの人くらいだった。何か知ることがあるのなら、いつか証言でもしていただきたいが。
しかし、今しばらくそのままにしておくつもりだ。それよりも重要な事がいくらでもある」
カリーナはほっとした。
ロイが皇帝になろうとまで思うに至った理由は、お母上の仇を打つためだけではないだろう。幼かった頃はともかく、今の彼は志しを持っている。彼の激昂した姿を見て不安に思っていたが、彼がそれを忘れてはいなかったことに安堵する。
まあ、忘れていたらカリーナが思い出させるだけの事だけれども。
「急ぐべきことは他にいくらでもある。大昔の感傷ばかりに囚われてはいられない……そうだろう?」
ロイは窓の外を見た。
「救えなかったが、今後はゆっくり眠らせて差し上げられる……」
カリーナはそう言ったロイの手を取って優しく撫でた。
翌日の事。帝国議会が開会された。
議長を含めた領土拡大派の面々は屋敷に閉じ込められているため、出席者はロイの支持者である内政派の面々と、中立派、そして、領土拡大派から趣旨変えをした者がいく人かいるだけである。
皇族席でそれを見守るのは、ロイを除けば第三皇子だけであった。
カリーナはそれを、かつて婚姻の受理を待っていた時に座っていた椅子から見守っていた。
すっかり閑散とした議会で、皇帝の退位宣言書が受理される。
それと共に、第三皇子が正式な書面で帝位継承権の放棄を宣言した。
第八皇妃は不貞及び皇帝暗殺未遂の罪を問われ廃妃とさた。その協力者であると断定されたグランブル公爵も皇妃と共に投獄される。その息子である第四皇子の帝位継承権も当然の如く剥奪された。
以上を踏まえ、議会は、約一月の準備期間を置き、第五皇子であるロイトラートの即位式の挙行を決定した。
帝国の民達は、皇太子の失踪と廃嫡の流れまでは知らされていたが、この皇帝の退位にまつわる出来事を知らされることはない。
有名な英雄であるマルス将軍として知られる、今まで末席に追いやられていた第五皇子が新皇帝に即位するのは、それほど奇異な事でも無い。
第二皇子は病弱である事も、現在第五皇子として地位を落としている人物が皇帝の三番目の皇子である事も知られていたからだ。
新たに皇帝となるべき者が、健康問題を抱える父親からその地位を譲り受けただけだと、リンデルク侯爵らは宣伝する事になっている。
わずかな疑念は生じるだろう。皇宮で働く者も、今回排斥された貴族の館で働いている者も多い。
人の口に戸は立てられないと言うから、様々な憶測が流れることだろう。
だがそれでいいのだ。人々は生活が豊かになりさえすれば、権力者達の間で起きた事など大して気にかけない。せいぜい酒のつまみにする程度だろう。
そして、皇帝の暗殺未遂事件も、第五皇子夫婦への襲撃も、新皇帝の武力を使った反対派貴族の制圧も、その他の悲劇の数々も、公式に記録されることはない。
この皇帝の交代劇はいつか忘れ去られ、歴史の中に埋もれるのだろうとカリーナは思う。
彼女の夫が今のまま、人々のために心を砕いて政をする限りは。
カリーナは夫が道を踏み外す事のないよう、彼と共にここにいるのだった。
つづく……
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