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前世の記憶持ちの女伯爵は、嫁ぎ先の国で夫を皇帝にすることにした  作者: 針沢ハリー


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42.前世の記憶

 この話には、死に関するセンシティブな内容が含まれます。苦手な方はページを閉じるか、最後の方まで飛ばして◆マークより先を読むことをお勧めします。



 カリーナは不思議な場所を見下ろしていた。


 巨大な建物が乱立する、美しいとは言えない大きな街。

 それは子供が積み木をばら撒いたように秩序がなく見えた。


 時折太い道のようなものがあり、おかしな格好をした人間が歩いている。

 そして、何か巨大な虫のようなものが滑るように移動して行く。色とりどりのそれは、我が物顔で道の真ん中を占領しているようだ。一定の秩序を持つらしいそれらの虫は、片側づつ分かれて、別の方向へ向かって行っている。



 突如その街がかき消え、別の場所にカリーナはいた。その場所を上から見ている。それは先ほどと同じだ。



 黒髪の女が、こちらも黒髪の男に抱擁され、その腹をさすっている。

 その腹は妊娠しているようで、膨らみを帯びている。


 幸せそうな二人の笑顔に、カリーナはなぜか胸が傷んだ。不思議なことだった。カリーナは身体をどこかへ置いてきたようなのに、それは痛んだ。




 簡素な、小さなベッドと、少しばかりの調度しかない部屋で、先ほどの女が赤子を抱いていた。


『私の代わりで忙しいとは言っても……。顔くらい見にきてくれてもいいのにね?』

 女が腕の中の赤子に話しかける声が頭の中に直接響いた。




 書類が積み上がった、不思議な部屋。やけに窓が大きく、外は空と、何か大きな四角い物しか見えない場所。


 女が泣き叫んでいる。

 あの時、彼女を抱擁していた男は、そんな女を椅子に座って冷ややかに見つめる。


『裏切ったのね! 会社は私の物よ! あなたは秘書にすぎない!』


『君のやり方は強引で、部下に犠牲を強い過ぎた。皆んな僕についてくると言っているよ。

 会社は君のものだ。でも僕が、その中身をそのまま貰った。君は実態のない物に縋りついていたらいい』


『あの子は? 書類は? 婚姻届が出ていなかったの! どういうつもり!?』


『アレはしくじったね。僕は特に子どもは欲しくないから、君に任せるよ。

 それから、婚姻届ね。あれは要らないものだから捨てたよ。ちなみに、君が勝手な真似が出来ないように、役所にはきちんと届け出てあるからね。無駄な事はしない事だね』


『訴えてやる!!』


 男はそう叫んだ女を見やって、哀れなものを見るかのような目をした。そして、残忍に笑った。




 不思議な形なものが多いが、全体的に落ち着いた調度で統一された部屋を見下ろしていた。

 女は虚ろな顔で、暗い部屋の中で横たわっている。女が寝ているベッドは、人が二人は寝むれるほどの大きさだろう。

 上を向いたまま動かない女の目は何も写していないようだった。

 

 そして、その横には小ぶりなベッドがあり、そこに小さな赤子が寝かされている。だが、赤子らしく泣いたり、動いたりする様子は見えない。


 女はしばらくそうしていてから、何かに気づいたように起き出した。力のない歩き方で、小さなベッドに近寄る。それを見るのは、やはり虚な目だ。


 だが、すぐに、その女が狼狽え始める。赤子を揺すり、声にならない声を漏らす。


 何か四角いものを近くから取り、何やらそれをなぞると、大声でそれに向かって泣き叫ぶ。


『赤ちゃんが! 息してない! 早く来て! なんとかして!』


 

 

 また、女が横たわっていた。先ほどと同じ部屋だ。

 小さなベッドはあるが、そこには何者の姿もない。


 カリーナはその空っぽのベッドを見て、なぜだか知らないが泣きたくなった。


『私が、ちゃんと出来てたら……』

 女は涙を流していた。横たわり、やつれた顔で。

『なんで、私じゃなくて、あの子が……?』


 女はおもむろに起き上がり、凄い勢いで走り出した。


 カリーナは振り回されるように、女が移動するたびに目まぐるしく変わる風景に翻弄される。




 女は手すりを握っていた。下にはあのゴミゴミとした街が見える。


 女は迷う様子もなく、それを乗り越えると、宙を舞った。

 カリーナもその女のすぐ横で一緒に下に落ちていく。

 女は涙を流しながら笑っていた。


 カリーナも涙を流していた。そして、なぜか腹が熱い。見ると、カリーナは寝巻きを着た自分の体がそこにある事に気づいた。

 熱い腹の辺りが光を放つ。


 地面が近づいてきた。


 カリーナは「嫌だ」とうわ言のように言った。


 すぐ前にいる女は目を閉じていた。全てを諦めたように。


 カリーナは「やめろ! ダメだ!」と叫んだ。

 地面はすごそこだ。カリーナは腹を守るように体を丸めた。


「違う! 私は違う!」

 カリーナが再び叫ぶと同時にそれは脳裏から掻き消えた。




 ◆




 「妃殿下! ああ、よかった! お目覚めになりました! 妃殿下。心配いたしました」


 カリーナは今、自分がどこにいるのか分からなかった。あの不思議な街ではない。あの女の部屋でもない。宙を舞ってもいない。


 もう腹も光っていなければ、熱くもなかった。

 ただ腕を動かした瞬間に走った痛みに顔を顰める。


「妃殿下は腕を負傷されております」

 と侍医が言う。


「なんと情けない……。ああ、思い出してきた。あの時か。しくじったな。落馬までしたか」


 カリーナは自分の不甲斐なさに舌打ちした。やはり実戦から離れると感が鈍る。敵の腕の長さを見誤ったのだ。


 と、そこへ、侍女長に連れられ、ハンカチを握りしめ目を腫らした侍女が近づいて来た。


「ソフィ。無事だったか」


「あの後、助けていただきました。妃殿下。お目覚めになってよかった」

 ソフィはまた涙を流す。これまでも流していたのだろうに。


「心配をかけた。毒が仕込まれていたわけではないな?」


 侍医に確認すると、彼は頷いた。

 それならば大丈夫だろう。きちんと痛みを感じるのだから、深すぎる怪我でもない。きちんと手当もしてくれているようだから、熱が出る事もないだろう。


 落馬したせいで意識を飛ばしただけか……。


 と、そこでようやく、この場に一番に駆けてきそうな男の事を思い出す。

「……ロイは?」


 チルトが進み出て、言いにくそうに、軍勢を伴って帝都へ行ったと説明した。

 

 カリーナが目覚めたのは襲撃を受けた翌日の朝。

 ロイは夜明け前には帝都についているはずだと聞かされる。


「帝都へ……。襲撃の指示を出した者が分かったのか」


「いえ……。おそらく玉座を得るおつもりかと」


 カリーナは痛みなど吹き飛んだ体を起こすと、ベッドから降りる。


「妃殿下! お体に障ります。まだお動きにならないよう」


「平気だ。この程度の傷、戦場ではいちいち構っていられない。それよりもロイの元へ行かなければ」


「皆ついております。妃殿下が居られなくても事は成されます。ずっと計画してきた事ですので」

 そう言うチルトに、カリーナは首を振る。


「違う。お止めすると約束した。もし、激情にかられてそのような行動を起こしたのなら、すべきでない事もされるかもしれない」

 それに、とカリーナは続ける。

「万が一ロイを失ったら、私はまた生まれ変わらなくてはならないだろう。そのような悔いの残る人生を歩むつもりはない」


「ナシオラ信仰ですか……」

 

 カリーナは意外な思いで、その言葉を発したチルトを見た。

 彼は肩をすくめた。


「今では帝国の一部ですし、信仰を続けるものも少なくなりましたが、俺の出身地でもナシオラは信じられていました。

 俺は別に信じちゃいませんが、婆さんに小さい頃からいろいろ聞かされたので……」


「悔いのない人生を送らなければ、またこの世に生まれ落ちねばならん」


 チルトは一瞬考えるそぶりをしたが、すぐに表情を切り替えて現在置かれた状況を語り出した。 

 

 ロイは目覚めないカリーナを守るために五百もの兵を残していったという。


 この離宮が襲われた場合の対処方法は考えられている。

 籠城などができる作りではないため、基本的には逃げる事しかできない。そしてそのための隠し通路は無数に設けられている。

 本来、兵士が五十名もいれば、家人を逃すだけの時間稼ぎもでき隠れる場所にも困らない。

 あまり人数が多いと隠れ場所が足りなくなるため、兵らは追っ手に追われながら逃げ惑わねばならなくなる可能性がある。


「では彼らには一緒に来てもらおう。着替えたら行く。出発の用意にはどれほどかかりそうか」


「いつでも。援軍の側面もありますので」


「では、私の着替えを待っていてもらおう」


「妃殿下……」

 不安気な侍女たちは、カリーナの着替えを用意しつつも、こちらを見上げてくる。

 カリーナの身長が高いので自然とそうなってしまうのだ。


「大丈夫だ。必ず殿下を連れ帰る。いろいろな意味で、ご無事な状態でな。そのために私はあの人といることを決めたのだから」


 チルトと侍医が部屋から出ると、手早く着替える。包帯を撒き直してもらう時に傷を確認したが、やはりかすり傷だ。

 この程度で意識を失うとは考えにくかった。頭を打った記憶はないのだが。

 それとも、ナシオラがカリーナに知らせることがあって長い夢を見させたのか……。


 カリーナは頭を振って、意識を切り替える。



 部屋を出ると、チルトが彼女を待っていた。いつも通り体が動くのを確認しながら、大股で歩く。


「妃殿下に何かあれば、殿下に殺されます。お付き合いいたしますから、せめて移動だけは馬車を使って下さい」


「……分かった」

 カリーナはさりげなく腹に手を当てて答えた。



 離宮の門前には、四百五十名の兵士たちが整列していた。

 カリーナはこちらに向かって敬礼した彼らに手を振ってそれをやめさせると、彼らの横に止められた馬車の元へ向かう。


「一旦、そなたらの指揮権を預かる。共に殿下の元へ!」


 彼らは馬車に乗り込む前にそう声を上げたカリーナに一斉に敬礼する。


 カリーナは馬車に乗り込み、帝都へ向けて出発した。




 一人きりで乗る馬車の中。カリーナは腹に手を当てる。

 ソフィは一緒に来たがったが、安全が保障出来ない場所に彼女を連れてはいけないので置いてきた。


「あれが夢でなかったら……。本当にナシオラが見せたものならば」

 カリーナは腹をさすった。

「少し、我慢していてくれ。そなたは必ず守るから」


 あれがただの夢でないのなら、ナシオラが見せた悔いを残した前世の様子だったのならば、腹にいるかもしれない子は守り抜かねばならなかった。



つづく……


ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

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