40.第五皇子の復讐の始まり
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第五皇子が率いる、マルス将軍としての彼が作り上げた軍勢が帝都に押し寄せた。
離宮から連れて行った部隊の他に、彼の領地や協力者の領地に分散して配置されていた各部隊も続々と合流する予定である。
とはいえ、街中にはほとんど兵士は置かれなかった。無限に兵士がいるわけではないし、民衆には詳しい状況を知らせるべきではないと彼が考えていたからだ。
これから起こることは権力闘争であり、他国に帝国の混乱状態を悟られる前に早急にかたをつけるべきものだった。
帝都民のほとんどは、整然と秩序を保ちながら進むマルス将軍の軍旗を掲げた兵士たちに恐怖を覚えなかった。
マルス将軍の正体を彼らは知らなかったが、民衆の間で大変人気の高い人物だったからだ。
ただし、これから戦闘が起こる可能性があることが兵士たちから喧伝されると、ある者は早々に店を閉め、ある者はこの後起こる可能性のある物資不足を見込んで商売の算段を始めた。
上位貴族らの屋敷が連なる貴族街などの要所は迅速に制圧された。
他の派閥の貴族達は第五皇子が、しかもこの時期に何か動きを見せるとは予測していなかった。
とはいえ、中には彼らを攻撃しようと自軍の陣容を整えようとした者達もいた。その者たちは力ずくて武装解除させられ、屋敷に拘禁された。
一帯には兵士たちが等間隔に配置され、人の通りも制限された。
彼は『第五皇子ロイトラート』の名のもとに、敵対する可能性のある貴族たちに布告を出した。
逆らう者には容赦をしないが、こちらに害をなす事のない者たちの安全は保証する、と。
彼はリンデルク侯爵邸の敷地内で支持者らと合流した。
味方である貴族達も突然の彼の行動に混乱ぎみだった。
リンデルク侯爵は内心はどうあれ落ち着いており、柔軟だった。
「起こしてしまったのなら完遂させましょう。殿下が今だと決められたのなら、その判断が最善となるよう動くまで」
普段から過激な言動をするトイルス伯爵などの活気盛んな若い貴族達は歓喜に沸く。
彼らは「もともと力尽くで奪うことも視野に入れていたではありませんか!」と高らかに叫ぶ。
今すぐに皇帝に手をかけろと言い出しかねない様子だった。
アルドラン伯爵などの慎重派の貴族たちは、カリーナ妃の回復状況を把握したがった。
「妃殿下がお越しになってからは、殿下は別の道を探っていらした……」
「妃殿下は亡くなられたわけではないのですな?」
「そのような知らせは受けていない」
「では、ある程度お止めすべきでしょう」
「早くお目覚め下さらねば……」
第五皇子が止まるとしたら、彼女に関することだけであるように思われたからだ。
部下らに指示を与えながら進む彼の前に、皇宮の門は難なく開いた。
もちろん異変を知らされていた近衛らは抵抗を試みようとした。
しかし、近衛の内部にも第五皇子及び彼の協力者の息がかかった隊員達が一定数いた。彼らは事態を知るや、事前に決められた通り、近衛の隊長クラスの人物から次々と拘束していった。
捕えられた近衛達は、何が起こったのか分からない状態で一室に押し込められ、床に転がっているしかなかった。
皇宮に乗り込んだ第五皇子は、立会人としてリンデルク侯爵を帯同していた。そして、そこを一定時間は制圧し続けられるだけの兵士も連れていた。
彼は自ら、それぞれの居室や館に閉じ込められ、何事かと外の様子を伺う皇族らにそれぞれの沙汰を下していく。
第一皇子妃とその息子のケイン皇子は、夫を殺した罪により拘束されると告げられた。
アイリス妃は眉根を寄せて口を開きかけたが、何を言っても無駄なのだと悟り口をつぐんだようだった。
しかし、その場を去ろうとする彼らに、彼女は「カリーナ様もこちらにおいででしょうか」と口を開いた。何か嫌なものを感じ、心配しているかのような口ぶりだった。
リンデルク侯爵が「カリーナ妃は襲撃に遭った際に負傷された」と告げられると、彼女は納得したように頷き、第五皇子を見上げた。
彼女は「カリーナ様が悲しまれるような行動だけはご自重下さいますよう」と言い、深々と頭下げた。
彼はそれを一瞥したが、何も言わずに立ち去った。
第八皇妃は家人との不貞と、皇帝暗殺の首謀者である事が露見したために拘禁されると説明された。その幼い息子と共に。
「お義父様にお取次ぎを! そのような事は真実ではございません! この私にこのような事をして許されるとお思いですか!」
その義父であるグランブル公爵の屋敷も包囲され、公爵はすでに拘束されていると聞かされると、彼女は「では陛下に!」と叫んだ。
リンデルク侯爵が「証拠が揃っております。これからそれを持って皇帝陛下に謁見いたします」と告げると、彼女は床にしゃがみ込んだ。
「あ……。クリスナー侯爵夫人……!」
彼女はそれまで便利に利用していた、他国から嫁いできた向上心の強い侯爵夫人からの連絡が途絶えていることや、その夫が彼女の義父の派閥を抜けたと聞いたことを、重く受け止めていなかったのかもしれない。
クリスナー侯爵が夫人を問いただしたことで、皇帝暗殺計画の前段階に第八皇妃が計画した、いくつかの事実が露見していた。
また、彼女の不貞に関しては、彼女が輿入れしてきた頃から、第五皇子の派閥にその情報がもたらされていた。
皇帝にそのために謁見すると言うのは、リンデルク侯爵が咄嗟についた嘘であったけれども。
彼女が弁明らしき事を喚き出した頃には、第五皇子はすでに次の目的地に向かって歩き出していた。
第三皇子とその母親は屋敷で軟禁されていた。
第三皇子の母親である第六皇妃は、彼の母親がいた頃に会ったきりだった第五皇子に「ロイトラート殿下。お久しぶりでございます。ご立派になられて」と、浮世離れした様子で笑顔さえ浮かべていた。物々しい兵士たちを引き連れているのにも関わらず。
第六皇妃のその姿は昔見た時と印象が変わらない、と彼は思った。
ここでは特段の罪状は告げられず、ここから出ないようにと言っただけだった。
二人とも特にそれに不満を言うことはなかったが、第三皇子は探るように彼ら一人一人の顔を見る。
「師匠はこんな事に賛成されているのか?」
「師匠?」
リンデルク侯爵は首を傾げたが、第五皇子はカリーナが近衛の襲撃を受け負傷したと告げる。
「なんと! ご無事なのか!?」
第五皇子は弟の言葉には何も答えずにそこを後にした。
その他の、第一皇妃の館と、すでに拘禁されている第二皇妃の館には立ち寄らなかった。どちらもすでに部下たちによって制圧済みだった。
各皇妃らの館を回り終わった彼らは再び皇宮に戻り、その特別な場所に向かう。
そこは当然ながら、すでに制圧されており、彼を遮る者はいなかった。
クリストフとリンデルク侯爵を両側に従えた第五皇子が進む先には、彼に忠誠を誓う兵士たちしかいない。
彼らは通り過ぎる第五皇子に敬礼をして見送った。
彼は数日ぶりに皇帝の寝所に足を踏み入れた。
前回来た時とは心境がまるで違った。
侍医らが戸惑いと驚きの表情で彼らを迎える。何が起きているのか分からず、戸惑っている様子だ。
皇帝はベッドの背にもたれて座っていた。顔色は相変わらず悪い。だがきちんと話せるくらいには回復していたようだった。
「いったい、何の騒ぎか……」
皇帝は尋常ならざる様子の息子と、その支持者として知られるリンデルク侯爵を濁った目で見ていた。
「……あんたとは話さなきゃならないことが山ほどあるんだ」
第五皇子としての仮面を脱ぎ捨てたロイトラートは、憎しみも露わに父親に言った。
昔の面影などない哀れな男は、だが彼にとっては最も憎むべき存在だった。
つづく……
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