39.襲撃
おはようございます!
こんにちは!
こんばんは!
つい先日、議会で第二皇子の廃嫡が決まり、それに伴って第二皇子とその母親の拘禁の継続も決まった。
第五皇子であり、将軍として皇帝暗殺未遂事件の捜査の指揮を押し付けられていたロイの任も解かれた。
新たな皇太子を立てるべきとの議会の意見が皇帝に伝えられたが、候補者を議会は絞らなかった。
皇帝としても決め手に欠ける状況である事に変わりはない。
序列から言えば第三皇子が皇太子となるべきところだ。しかし、あえて支持者も作らずきた、まだ若く実績もない第三皇子を推す声は極めて少ない。
第四皇子は支持者は多いが、幼すぎる。もし近いうちに皇帝が死にでもしたら、彼の外祖父であるグランブル公爵が裏で実権を握るのが明らかだ。
そして、近頃その公爵の陣営から大物が抜けるなどの動きもあった。議会から絶対の支持を受けているとは言い難い。
第五皇子は、母親である第三皇妃の件で序列を落とされてはいるものの、年齢も一番高く、軍人としての実績も、領地経営の手腕についても申し分ない。年々支持者を増やしている。
しかし、その彼自身は、廃嫡された第一皇子の息子であるケイン皇子を次の皇帝となるべき皇太孫として推している。
第五皇子の支持者もそれに倣っているため、第五皇子は自ら皇太子の地位を放棄していると見られている。
そのような膠着状態を打破するためには、あまり例のない事ではあるが皇帝が直接、議会で宣言するという方法がある。
だがその指名者が議会の勢力図と乖離していた場合、それは議会で認められない。悪しき前例が多数あったために、現在では、例え皇帝の命令であったとしても、そのままその意思が通るとは限らない。
もう一つの方法は、一名を残した他の候補者が何らかの形で候補から降りる事だ。もちろん、自身の支持者がそれを許すはずはないのだから、こちらもそう簡単なことではない。
このまま皇帝が死ねば、議会は機能停止に陥り、内乱となる可能性が高まっている。
これは過去にも例があることだ。
だが現状、皇帝は生きている。
議会は一旦解散となり、皇帝の体調の回復状況をみて、近いうちに再度議会が開かれる予定である。
そのような状況のため、束の間の休息をとるために、第五皇子であるロイと妃のカリーナは離宮に戻ることを決めた。
支持者のリンデルク侯爵の家に滞在し帝都に残る選択肢もあったが、それはロイが拒否した。
離宮で自らの軍勢を手中に収めているほうが安全であるとの判断だった。
だが後に、ロイはこの判断を下したことを、酷く後悔する事になる。
✳︎ ✳︎ ✳︎
それは、帝都と離宮のちょうど中間辺りで起こった。
三十騎ほどの騎馬と、ロイとカリーナ、そして侍女のソフィが乗った馬車が並走していたところに襲撃者が現れた。
草原の広がる、開けた場所だった。
そのような動きがあれば、前もって察知出来るはずだった。そんな情報は無かった。
そして、思いの外人数が多い。少なくとも八十名はいる。
馬車を取り囲んだロイの部下らは強者揃いであり、守られる立場のロイも、さらには妃であるカリーナも戦える。だが相手の数が倍以上となれば話は変わってくる。
何の情報もなかったため、さらなる敵の増援も警戒せざるを得なかった。
相手に打撃を与えた後、馬車を捨て迅速にこの場を離脱する事が最善であると、ロイもカリーナも、部下らを実質的に束ねているクリストフも考えた。
ロイはカリーナと侍女のソフィを馬車に残し、兵の一部に馬車の護衛を命じると、自分自身は愛馬に跨って馬車から離れて行った。
カリーナは帝都からの帰り道もドレスを着ていたが、とっとと上着を脱ぎ、スカートを切った。ソフィは悲鳴をあげて止めるように懇願したが、下にズボンを履いているのだからと、当然カリーナは取り合わない。
座席の下から弓を取り出し、窓をわずかに開け、無理のある体勢ながら、それをかまえる。狙いをつけられる範囲を確認するためだ。
「妃殿下! そのような事をされては、馬車が狙われてしまいます! 妃殿下に何かあれば……!」
「心配するな、ソフィ。私が居る事を知らぬはずがない。何もしなくても、馬車は狙われる。それならば、こちらから攻撃してやる」
カリーナの矢は百発百中だった。先日第三皇子に勝負を挑まれた際に自分の腕が落ちていることを思い知ったカリーナは、それから毎日の修練を欠かさなかった。
その矢に怯んだ敵は、カリーナの死角から馬車に近づこうした。だがその者たちは、直ちにロイの部下たちに討たれる事になった。当たり前だ。自分達でわざわざ密集状態を作ってしまったのだから。
そのような状況から、すぐに馬車は遠巻きにされるようになった。
カリーナはその後も、届く範囲の相手を戦闘不能に陥らせたが、矢はそのうち底をつく。
さて、外に出て暴れるかと心の中で彼女がつぶやいた時、ロイの周りから巧みに彼の部下が引き離されて行くのが見えた。
ロイは一人で何人もの相手を屠るが、また彼の元に数名の敵が向かって行くのが見える。
「人が足りないな」
カリーナは弓矢が入っていた座席の下にソフィを隠すと、馬車から飛び降り、主を失った敵の馬に声を掛けながらそれに跨った。護衛たちは止めたが、カリーナは剣を抜き去ると、ロイに向かって行く三名に襲いかかった。
仕方なく彼女の護衛も後を追う。
カリーナは二人を切り付け馬の上から落とし、残りの一名は馬の首を切り付けて馬の方を倒れさせる。片足を愛馬に潰された男の叫びを聴きながら踵を返す。
その頃には混戦状態となり、カリーナの護衛たちも散り散りになっていた。
カリーナは馬を巧みに操って、ロイの背後から隙を狙っていた敵を後ろから叩き切る。
「ロイ!」
「カリーナ! どうせ大人しくはしていないと思ったが」
「弓で二十は仕留めましたよ」
二人は互いに馬を操り、相手に背後を任せながら、切り掛かって来る敵を屠る。
明らかにロイが狙われている。
カリーナは自分の体を使ってでもロイを守るつもりだった。
そして、また数名の敵が向かってくる。その後ろからはクリストフらの姿が見えた。このままならば挟撃出来る。
そう思った時、ロイの死角から彼に剣を突き立てようとする者が目についた。
カリーナは迷うことなくその男を切り殺したが、前からやってきた敵に腕を切りつけられ、落馬してしまった。
冷静に状況を判断出来る状態であったため、咄嗟に体を捻り、地面にぶつかる衝撃をやわらげようとする。
落ちていく瞬間、その光景はゆっくりと流れ、そして彼女は半身への強い衝撃と共に意識を失った。
襲撃者一党はそれからすぐに制圧され、または逃亡した。
ロイは妻の姿を探した。混戦の中見失ってしまったのだ。そして、地面に転がる見慣れた赤い髪を見つけ、血の気が引いた。
「カリーナ!」
カリーナは腕から血を流し意識を失っている。
ロイは彼女にいち早く駆け寄り止血すると、彼は単騎でカリーナを連れ、離宮へ戻ると周囲へ告げた。
当然、後を追うつもりのクリストフは、チルトにこの場に残るように命じる。
そこにカリーナを自分にくくりつけているロイの声が届く。
「中に見覚えがある者がいた。近衛にいたやつだ。大昔だが、おそらく間違いない。指示を出してたやつだ」
「かしこまりました! こちらはお任せを!」
チルトは叫び返した。
幸いというべきか、カリーナに矢で射られた者達は動ける様子はないものの、急所が外されていた。
クリストフはその様子を確認し、馬に跨りながら呟く。
「……これは意図的だな。妃殿下は恐ろしいほどの腕をお持ちだ」
「意識を取り戻したやつらを締め上げます!」
チルトは掛け出す寸前のロイとクリストフに向かって叫んだのだった。
ロイが怪我を負ったカリーナを連れて離宮に辿り着いたのは半刻ほど後の事だった。
離宮で主人らの帰りを待っていた者たちは驚愕し、二人と、少し遅れて到着したクリストフを迎え入れた。
「殿下いかがされましたか!」
「妃殿下!? お怪我を!? ご容態は!?」
「医者を呼べ。止血し、頭は固定してきたが、どこを打ったか分からん」
担架が用意され、すぐに寝室に運び込まれたカリーナは、腕の傷以外はかすり傷が所々にあるだけだった。
ロイはそれに安堵すると同時に、襲撃者をよこした者への怒りが湧き上がるのを感じていた。
彼からカリーナを奪うことは赦されない。
もう二度と大切な者を奪わせてなるものか。
そのために力を蓄え、機を見ていたのではなかったか。
ロイは寝室を後にして、部下らを集める。
そこに、帰り着いたチルトらやってきた。
彼は襲撃者達を捕え、クリストフが離宮からよこした増援部隊と共に、それらの者を連れ帰っていた。
もちろん、増援部隊が来るまでにあらかたの情報は引き出し終わっていた。
彼は、この者達を率いていた男は、元近衛に間違いはないと報告する。
「雇い主は白状しません。拷問してもいいですが、吐くかどうか」
チルトは彼が忠誠を誓う相手に判断を仰いだ。しかし、その人はそれには答えなかった。
チルトがこれまで見たことのないような恐ろしい形相で、帝都の方角を睨みつけている。
「……赦しはしない……」
クリストフは主の顔に久しぶりに浮かんだ怒りの表情に、昔の事を思い出させられた。
「殿下……何をお考えですか……」
ロイは、いや、第五皇子は高らかに宣言した。
「諸悪の根源を断つ!」
それに兵士たちが呼応する。もともとならず者たちも多く混じっている軍だ。基本的に戦いを好む。
クリストフは皇子を止めようとして、そしてやめた。
こうなるのは時間の問題だった。むしろ遅いくらいかもしれない。
カリーナ妃との出会いで、第五皇子は確かに路線を変えていた。
あの時、女騎士団長に出会っていなければ、以前のこの人ならば、そろそろ帝位に手をかけている頃だったかもしれない。
クリストフは皇子に命じられるまま、軍の陣容を整えた。
そして、見届け人として、リンデルク侯爵にも早馬をとばさせる。
軍装を整え寝室に戻った彼は、目覚める気配のないカリーナの負傷していない方の肩口にしばらく顔を埋めた。そして、血を失ったためか顔色の悪い彼女の頬にくちづけた。
彼女が目覚める時に側にいたかった。だが彼にはしなければいけない事がある。
思い知らせなければ。けっして手を出してはならない相手がいるという事を。
そうして、第五皇子は高らかに自軍の軍旗を掲げさせ、離宮の警備を任せた一部を除いた、ほぼ全軍を率いて離宮を出発して行った。
つづく……
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!




