38.目覚めた皇帝と帝国議会
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その日カリーナはロイの腕の中で目覚めた。
皇宮内に与えられた寝室のベッドは、離宮のものよりやや狭い。
ロイはカリーナが寝た時にはまだ部屋に帰ってきていなかったが、朧げにベッドに潜り込んで来た時のことを覚えている。
疲れているのだろう。眉間に皺が寄っている。
起こしたくなくて、身じろぎをせずにじっと彼を見つめる。
この件に関して、カリーナが出来ることは余りにも少ない。
もともと彼の存在もマルス将軍という名前しか知らなかったほどの部外者である。彼と出会って半年も経っていない。
その何年も前から、ロイやその支持者たちは周到に準備を重ね、陰謀の糸を張り巡らせてきたはずだ。
悪どいとも、卑怯だとも思わない。
戦場と政治の場では戦い方が異なるのは当たり前だ。
カリーナはこれまで軍人として己の命はかけてきたが、国の命運をその手に握ろうと思ったことなどなかった。それは自分の命とは比べものにならないほど多くの人々の命運を預かるということだ。
ロイはそれをしようとしている。カリーナのような新参者の意見も取り入れながら、なるべく穏便に……。
いつか、ロイが血を流すようなことをしようとしたら、止めるか、共に戦うかするだろう。
だが今は、彼らの邪魔をせずに大人しくしているしかない。計画の全貌も知らないのだから、下手に動けない。
だがそれでもいいのだ。この男の近くでその生き様を見守れるのならば……。
ノックの音が響いた。
ロイが目を開き、体を起こしたカリーナをベッドに引き戻しながら「入れ」と声を張った。よく起き抜けでそんな声が出せるものだと思ったが、そう言えば自分も軍を率いていた時はそうだったと思い出す。
「失礼いたします。皇帝陛下がお目覚めになったとの知らせでございます」
クリストフが言うと、ロイはカリーナを腕に抱いたまま体を起こす。
なぜ先ほど引き戻されたのか分からなかったが、ソフィが二人の朝の支度のために入室してきたのに合わせ、カリーナは彼の腕の中から出ようとしてまた体を抱き込まれる。
「ロイ……? 先ほどから、どうしたのですか? 早くお支度をなさいませ。ソフィ。私は行かないのだから、殿下の支度を先に頼む」
ロイはカリーナの首元と髪に顔を埋めている。
「お疲れですか? 何か私に出来ることがあれば……」
「そなたが着替えを手伝ってくれ。髪も、全部。二人きりで」
カリーナは器用な方ではないが、髪を結い上げるでもなし、それくらいは出来るだろう。
「ソフィ。それを置いて、別の仕事をしてきてくれて構わない。軍服は……ああ、そこに置いておいてくれ」
ソフィもクリストフも居なくなると、ロイはようやく動き出した。
そして、とっとと自分で全ての身支度を整えてしまった。当然、全て自分で出来て当然ではあるが……。
「私もいらなかったのでは……?」
カリーナが思わずつぶやくと、またロイの腕の中に閉じ込められる。
「二人きりの時間を少しでも長くとりたかっただけだ……。次、いつ会えるか分からないから」
「なるほど……」
カリーナは寝巻きのまま大人しく彼の腕の中にいたが、このままという訳にはいかない。知らせの内容が内容なのだから。
カリーナはロイ頬に手を当てて引き寄せ、軽く口付けると、「さっさと行ってください」と目で訴える。
「なんだ、その笑顔は……。分かっているさ」
ようやくロイはカリーナを解放し、扉に向かう。
「何かあれば駆けつけますよ? 武器も隠し持っておきますし」
カリーナがそう言うと、ロイは困ったような顔で笑って、「大人しくしていてくれ」と言いながら部屋を出て行った。
皇帝が倒れてから二日と半日ほど経った、早朝のことだった。
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彼は剣を扉の外で待つことになる部下に預け、そこに足を踏み入れた。
皇帝の私室だ。
弟ではあるが自分よりも序列としては上の第三皇子と、帝国議会の議長の姿もある。議長だけが丁寧に彼に対して腰を折った。
侍従に案内され、皇帝の寝室に向かう。
皇帝は起きているのかいないのか分からなかった。侍医が何人も侍り、さらには第八皇妃もいる。
彼女は三人の姿を認めるや、その可憐な声で、皇帝が目覚めていて、意識もあることを告げた。
第三皇子が、犯人として捕まった第二皇子についてもご説明してあるのかと尋ねると、彼女ははっきりと頷いた。
議長が進み出て、皇帝に声を掛ける。
「ご回復に向かわれておりますこと、誠に安堵致しました。議会はすでに召集しております。第二皇子殿下の処遇はいかが致しましょうか。このまま決を採りますれば、廃嫡、と言うことになりましょうが」
ベッドの中からくぐもった声が聞こえた。それに耳を近づけたのは第八皇妃である。
「陛下は、それで構わぬと仰せにございます」
「……」
三人の男たちは互いに視線を交わし合った。この三人に特別な利害関係はないが、第二皇子を庇うものもまたいなかった。
例え、先ほどの皇帝の言葉とやらが皇帝の意思を反映していなかったとしても何ら問題はない。
それよりも、速やかに決着をつけ、この事件の余波を最小限に抑えることが重要である。
どうせ別に犯人がいたところで後でどうとでもなる、というのが共通の認識であったろう。
議長がかしこまって、こちらを見ているかも定かでない皇帝に対し頭を下げた。
「かしこまりましてございます。本日中に結論が出るかと。またご報告に参ります。どうか心やすく、十分な休養をお取りくださいますよう……」
三人は、皇帝の私室を出た。
第三皇子が議長に何やら質問をしていたが、第五皇子であるロイは部下を引き連れて自分の部屋に急いだ。
彼の妻にこの件を知らせなければならない。議会へ出席するための貴婦人の支度には時間がかかるものだ。だが、もうあまり時間がない。
彼は自分に与えられた部屋に戻り、そこで優雅に茶を飲むカリーナが微笑むのを驚いて見やった。彼女は既に支度を終えていた。
「殿下。朝食も召し上がっておられませんよ。何か食べてください。長くかかりそうなのでしょう?」
彼はなんと言って良いか分からなかった。いや、特に何もいう必要はないのかもしれない。
やや毒気を抜かれつつも、彼は妻の隣に腰掛け、言われた通り食事をしたのだった。
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議会は満場一致で第二皇子の廃嫡を決めた。
一瞬の出来事だった。
だが、そこからが長かった。
新しい皇太子を立てるべきだと、第四皇子の祖父にあたるグランブル公爵が議会に提案したのだ。
立太子の可否や選定は皇帝の意思で決められるとされてはいるものの、議会の承認が不可欠である。
各勢力はそれぞれ、次の皇太子にと望む人物は違っても、これ以上の混乱を招かないために早急に皇太子を立てるべきという事で決着を見る。
たが、議会として誰を推すべきかはまったく決まらなかった。
それぞれの思惑を披露し合った各陣営は、とりあえずそれは保留とするとした。そして、それは皇帝に皇太子を決めずにおくようにと言うのと同じだ。
「これでは事態は変わらないのでは?」
カリーナはロイの耳元で囁いた。
「これでいい。今のところは」
軍装を解いている彼女の夫は、第五皇子の仮面のもと優しげに微笑んだ。
カリーナはそれに頷く事しかできない。とりあえず、第二皇子の廃嫡が決定したことが、この段階では必要なことだったのだろうと思う。
本当は、この不安定な状況を一歩進めたいのは皆同じだろう。しかし、それを打破する手段、特に平和的なものに限れば、は誰も持っていないのだろう。今はまだ。
カリーナはすっきりとしない気持ちを内に秘めながら、まっすぐに前を向いたのだった。
つづく……
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