36.皇帝暗殺未遂事件
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晩餐会の会場である大食堂に案内をされる順番は、単に序列順というわけではないようだった。
先に二人の皇妃が。続いて皇子とその配偶者。という具合だった。
皇子の中で配偶者を持つのは末席の第五皇子のみである。また、皇子は廃嫡されたものの、皇帝の孫の母親である第一皇子妃がいる。
その結果、次のような配置でテーブルに着くこととなった。
皇帝の席から見て左の列に、近い位置から、第一皇妃、第二皇子、第一皇子妃。
右の列に第八皇妃、第三皇子、第五皇子、第五皇子妃であるカリーナ、という順である。
全員がそれぞれの席の前に案内されるが、まだ席は引かれない。皇帝の入室を待つためだ。
じきに、すでに酒が入っているような足取りの皇帝が入室してくると、全員が頭を垂れ、微動だにしない。やがて皇帝の声が掛かり、顔を上げ、着席する。
特に挨拶もなく、皇帝がグラスを掲げたのを皮切りに、給仕が始まる。
会話らしい会話は、皇帝と第八皇妃の間でしか交わされない。それすらも、第八皇妃が可愛らしい声で囀るのに、皇帝が頷き、時折り短く言葉を返す程度であった。
第一皇妃が口を挟もうとする様子が見て取れるが、皇帝は彼女を一顧だにしないので、話しかけることが出来ないでいるようだった。
食事は祝いの席とは思えないほど単調に、賑々しさもなく進む。
ロイとカリーナは、形ばかり口をつけ、すぐに給仕を呼び皿を下げさせる。
それを見咎めた第八皇妃が言った。
「まあ。お口に合わないのかしら。私が差配したものに不手際があるならば仰ってくださいまし」
「先日、離宮にて鮮度の悪い食材を使ってしまったようです。胃腸が弱っているため、あまり量を食べるなと医師に指示されております」
ロイは、何でもない事のように言う。
「まあ、それはお気の毒に。あのような場所ですものね。いろいろ行き届かないところがあっても仕方ありませんわね」
その会話が、皇帝が関わらない唯一の会話であったと言ってもいいかもしれない。
カリーナとて、声の届く位置にアイリスがいるのだから話題などいくらでもあるのだが、ここはそういった場ではないと瞬時に理解できるほど、殺伐とした雰囲気があちらこちらから感じ取れた。
そして、もう食事も終わりに近づいてきた時、その異変が起こった。
いくつかの食器が割れる音と共に、皇帝がテーブルの下に沈んだのだ。
誰のものか甲高い悲鳴が上がり、第二皇子が「父上!」と叫びながら皇帝の方へ駆け寄った。
第八皇妃も「陛下、陛下!」と連呼しながら、しゃがみ込んだようだった。
給仕もちょうど下がっていた今、誰の席からも、かがみ込んだ二人と皇帝の様子は見えなかった。
第二皇子の「毒だ」という声が響き渡り、皆が自分の口を押さえる。
もちろんカリーナとロイはそんな事はしなかったが。
ロイが立ち上がって、侍医団の呼び出しと、皇宮の封鎖を命じる声を発する。
「何一つ外に出すな! 人間以外もだ!」
そして、ロイはすぐに誰も動かないように、とこの場の全員に命じる。もちろん、救命に当たっている第二皇子殿下は例外として。
それ以前に、始めに動いた二人以外の人間は、あっけに取られたように動いていなかった。
第一皇子妃のアイリスが目を見開いて口元を抑えている。
カリーナは困惑して立ち尽くす給仕の者たち、駆け寄る侍従たち、そして走り回る近衛たちを冷静に観察する。
第二皇子は自身の病床での経験から医療の心得があったらしく、侍医が到着する頃には皇帝が食べたものを吐き出させることに成功していた。
用意していたかのように、手際が良いようにも思われた。
皇帝は倒れ、第二皇子は救命にあたっているため、序列としては第三皇子が指示を出す立場にある。
だが彼は年若く、人を率いた経験もない。そして、あちらを覗いたり、そちらに足を向けたりと、落ち着かなく動き回っている。
自然と、序列としては低いものの、落ち着いていて的確な指示を出すことが出来るロイの元に、近衛を始めとしたこの場にいる全員が指示を求めて集まる事となる。
侍医らは、皇帝陛下の呼吸は落ち着いていると安堵の声を漏らす。
皇帝は大勢の侍医と、第二皇子に付き添われて担架に乗せられ運ばれて行った。
皇帝が倒れたことにより飛び散った食器の破片が侍従たちにより片付けられている。
カリーナは、一通りの指示を出し終わった夫の側に寄る。
「……ロイ。第二皇子殿下はこの部屋から出してよろしいのですか?」
「構わない。私が命じられる相手でもない」
カリーナは頷いて引き下がる。彼が思考を巡らせているようだったから。
そこで、若い女の声が響き渡った。第八皇妃が、近衛にこの部屋から出ないようにと止められて、それに対して抗議をしているようだった。
「申し訳ないが、貴方にはまだこの部屋にいていただく」
ロイが、困り切っていた近衛に近づき、第八皇妃にそう声を掛ける。
「なぜそのような必要が!? 陛下の元へ行って差し上げなければ!」
「陛下の元には侍医団がついております。ここにいる皆様には、それぞれ身体検査を受けていただく。
第二皇子殿下が毒の存在を示唆しておられた。そのような物を持ち込んだ痕跡が見られないか、確認しておいた方が、互いのためとなりましょう」
第八皇妃は、眉を顰めながらではあったが、一旦引き下がった。
その後持ち物を調べられ、カリーナが部屋に戻ることが出来たのは、それから一刻後の事だった。
しかし、誰も本格的な身体検査などはされなかった。
ロイは様々な指示を下していたが、誰かに強引な調査を命じることはなかった。後でその調査を担当した者が、何者かに危害を加えられかねないからだろう。
抜け穴だらけだが、形ばかりは調査しておいたという事実が必要なだけなのだろうとカリーナは思った。
その夜はもともと皇宮に泊まる手筈を整えていた。
ロイは戻って来ていなかったが、カリーナはソフィの手を借りて正装を解き、寝支度をした。
ロイはその晩、結局一度も部屋に戻っては来なかった。
翌日、皇帝の側近にあたる、帝国議会議員が事の詳細を知らされた後、第五皇子であるロイの進言により、議長名で、近衛を始めとするこの件に関わった者たち全てに緘口令が敷かれたのだった。
つづく……
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