35.晩餐会への招待
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皇族達のみで行われる晩餐会への招待状が届いたのは、急と言えば急な事だった。
皇太子失踪、及び廃嫡決定に関わる騒動で延期されていた、皇帝の誕生祝いの夜会は正式に中止が決定され、内輪だけの晩餐会をすることになったのだという。
「まるで喪に服しているかのようだな」
カリーナが言うと、侍女長からの苦言が降り注いだ。
分かっている。カリーナは言わなくてもいいことを言ってしまう癖がある。
この間もそれで夫に不快感をもたらしてしまい、酷い目にあったばかりだ。酷いというのはもちろん暴力を振るわれたといった事ではなく、別の方法で責め立てられ、カリーナが翌日足腰に違和感を感じた程度である。
何はともあれ、一週間後の晩餐会は、断る事は許されるはずもなく、衣装の選定などをせざるを得ない。時間的に、新調するのは無理だろうから、衣装部屋で侍女たちがあれやこれや言い合うのに、カリーナは大人しく座って耳を傾ける。
黄色い布に金糸と銀糸で細やかな刺繍が施された衣装が選ばれたのは、それから一刻も後のことだった。
「祝いの席ではありますけれど、状況を考えますと……」
「かと言って地味なものを選んでは、皇帝陛下への不敬と取られてしまう可能性が」
「なるべく使われている色が少なく、刺繍が大振りでないものならばよろしいかと」
などと言う侍女らの言葉に適当に頷きながら、何度も衣装替えをさせられ、ようやく皆が頷いた衣装に何か口を挟む元気は、その頃には残っていなかった。
ついでに、忙しそうなロイに頼まれて、彼の衣装も選び、多少の直しをする事を決めると、宝石選びは侍女長に一任する。もうカリーナは衣装替えで気力を使い果たし、限界を迎えていたのだったのだ。
これが軍事訓練であれば、何刻でも集中力を保っていられるのだが。
彼女の夫であり、第五皇子のロイが、通常は大規模な宴となる皇帝の誕生祝いに参加したのは、母親がいた頃が最後だと言う。
「しばらくは呼ばれもしなかったし、その後は戦場にいるようにしていたからな。その時期には」
との事だった。
ロイは気乗りがしないようだ。それもそのはず。皇宮では、口にする物から肌に塗るものまで警戒を怠らないロイだ。
一口も口をつけないというわけにもいかない晩餐会の料理にどう対処するか、部下たちと話し合っていた。
カリーナは、自分が急病にでもなろうか、そうすれば欠席出来るのではないか、と聞いたのだが、その場にはいた方がいいのだとロイは言う。
「何か起こるのですか?」
「そうらしいな」
「……なるほど……」
そのような会話を交わしたのは、離宮を離れる前の晩のことだった。彼は必要以上の説明はしない。
つまり、その件に関してカリーナが何かをする必要はないという事だろう。せいぜい傍観してやろうと心に決める。
その二人は、一日前には帝都に着き、一晩はリンデルク侯爵邸で歓待を受ける予定だった。
その日、リンデルク侯爵邸を出て、そこからほど近い皇宮に到着したのは、晩餐会の始まる半刻ほど前のことだった。
前の晩には、リンデルク侯爵家の家族らとの晩餐と、侯爵とロイによる密談が行われた。
カリーナは、十代後半を筆頭に四人の男児がいる侯爵夫人と、侯爵の長男、次男らと共に話に花を咲かせた。
騎士に憧れているという息子二人との方が、夫人とよりも話が弾んでしまったのは、仕方のない事と言えよう。
そのような、一見平和な時を過ごし、翌日は離宮からついてきてくれた侍女のソフィと、侯爵家のメイドの手を借りて着飾ることに一日の大半を費やしたカリーナは、皇宮に着く頃にはまたもや疲れてしまっていた。
夫であるロイの肩にもたれかかり、その腕に抱かれる。
「無理をさせてすまない。しばらく、忙しい日々が続くだろう。少しでも寝ていいぞ?」
彼は空いている手で、カリーナの手を握っていた。
とはいえ、帝都の一等地にある侯爵邸から皇宮までは近い。むしろ皇宮に入ってからの方が距離を感じるくらいだ。
流石にこの距離では眠れないと小さく笑いながら言ったカリーナは、夫の手を強く握り返す。
「ロイ。無理はなさらないでください」
「分かっている。そなたと早く離宮に戻りたい……」
二人が互いを愛おしげに見つめ合っていると、馬車の速度が落ちる。
「もう着いてしまう。もう一周させようか」
カリーナは夫が心底残念そうに言うのに微笑みながら窓の外を見やって、そして眉を上げた。
「……なぜあの者が……!」
「私を出迎えるとは思えんな。そなたを待っているのだろう」
馬車が完全に止まり、先にロイが馬車から降りて、何事かその人物と話をし、やがて顔を覗かせてカリーナに頷き手を差し出してくる。
カリーナはその手を取って、馬車から降りる。
その人物がいるせいで、腰を折らなければならないが、それはロイとその人物に止められる。
「師匠! お待ちしておりました。遠いところを、大変だったでしょう? そのような礼などなさらないで下さい。私と師匠の仲ですから!!」
カリーナは白けた顔で第三皇子を見やる。礼をしなくてよいのなら、面倒な口上も要らないだろう。
第三皇子はカリーナをエスコートしたがったが、ロイに「妻には近寄らないでください」と言われると、少し残念そうな顔をして、離れて後ろからついてくる。
付き合わされる近衛が気の毒だ。
彼ら一行は、すぐに控えの間に通された。護衛や近衛は一旦この場で離れる事になる。
ここは侍従や侍女を除いては、皇族のみが足を踏み入れる事を許された場所だ。
そこにはすでに、元皇太子妃であり、現在では第一皇子妃と呼ばれるようになったアイリスがいて、カリーナに微笑みかける。
その近くには、その義理の母親である第一皇妃がいるが、そちらは格上の第三皇子と第五皇子であるロイに、挨拶をするとすぐにまた座った。
アイリスも同様に礼をし口上を述べるが、すぐには座らず、カリーナと再会を喜んだ。二人は並んで腰掛け、うるさくない程度に、ぽつぽつと話をしていた。
少ししてから第八皇妃が侍女を一人連れて現れた。少女めいた可憐さを強調するような衣装を身に纏っている。彼女には似合うのだろうが、カリーナの趣味には馴染まない。
その第八皇妃も第三皇子とロイに優雅に礼をし、可憐な声で口上をのべた。
カリーナらの近くを通りかかる際、おそらく第一皇妃に向けて、「よく顔をお出しになれます事」と小声で言うのが耳に届く。隣に座っていたアイリスと思わず視線を交わす。
息子である皇太子が出奔したのに、と言うことだろうが、本来この場では特に言う必要もなかろうに。
本当に出てくるべきではないのなら、そもそも招待者されていないだろうから。
その時に第八皇妃が浮かべていた美しい微笑は、カリーナの故国であるナシオ王国の王妃のそれを思い出させた。非常に不快であった。
カリーナはそれからも、他愛もない会話をアイリスと交わしていたが、侍従が彼らを呼びに来る頃になっても、第二皇子は姿を現さない。しかし、以前の夜会でもそうだったと思い出す。
カリーナはロイに手を差し出され、それを取って、自分たちが呼ばれるのを待ったのだった。
つづく……
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