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前世の記憶持ちの女伯爵は、嫁ぎ先の国で夫を皇帝にすることにした  作者: 針沢ハリー


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34.元第三騎士団長からの暗号文。ナシオ王国にて

おはようございます!

こんにちは!

こんばんは!



「エド様がいらっしゃいました」


 エヴァンが書斎で仕事をしていたところに執事がやってきて、そう告げた。


 今日は他所で食事の約束があるからと、エドはこの家には来なかった。ほぼ毎日食堂代わりにしているのに珍しいと思っていた。

 何事かあったのでなければいいと思いながら玄関に出向く。



 エヴァンが到着した時、ちょうどエドが扉から入って来るところだった。


「夕食はもうないぞ。ああ、これは、クラバー隊長もご一緒でしたか」


 エヴァンはやや驚いた。

 歩兵部隊のクラバー隊長は、いつものように人好きのする笑顔を向けてくる。

 対してエドの顔は、やや気難しい。


「……何か問題が?」


「どこか、三人で話せるところはあるかね?」


「……もちろん。リリーお茶はいらない」


 早速湯を沸かそうと動き出したメイドに彼は声をかけ、二人を書斎へ案内する。


「こんな時間にすまないね。団長」


 エドがしっかりと書斎の扉を閉め、それに寄りかかるようにして腕を組んだのを、エヴァンは嫌な予感に襲われつつ見やった。


「いえ。いつなりとお越しいただいて結構ですよ。クラバー隊長ならば」


 彼はクラバーにソファを勧め、自分もその正面に腰掛けた。


「実はね」


 クラバーは、懐から紙切れを取り出した。どこにでもある、安物の紙だ。

 四つ折りにしてあったが、さらに折れ目がついてしまっているのが気に食わないようで、クラバーはそれを少し伸ばしてから紙を開いた。紙は一枚だけだった。


「これなんだがね」


 差し出されたそれを、エヴァンは引き寄せて目を通す。

 そして、目を見開いて目の前の人物を見た。


「団長からですか」


「いや、今の団長はあんただからね。正しくは、ディレイガ帝国第五皇子妃か、フォイラー伯爵夫人だね」


 そんな事はどうでもいいとエヴァンは思った。何の便りもなかったくせに、急に、しかも人を経由してこんなものを寄越すとは。


「暗号文だったのですね」


「そうだね。フォイラー伯爵家への領地経営に関する指示書と共に、私宛の私信が届いたというから何事かと思ってね。何、内容は温泉がどうとか、どうでもいい事だったんだが、それだけな訳はないからね」


 エヴァンは再びその紙に目をやった。

 その内容を目で追う。



『近く帝国で政変が起きる

備えよ


この暗号は今後使うことなかれ

悪用されている

団長の名と共に』



「これ以上の事は書かれていませんでしたか……」


「ああ。まったく。後はこちらに丸投げにするおつもりだろうねえ。まあ、これ以上はどこにも仕込めなかったんだろうが」



 帝国で政変が起きるというのは、考えられる事だった。すでに、このナシオ王国にも、皇太子が行方不明であるとの情報が入って来ている。

 その捜索はよほど大規模に行われたのだろう。情報が漏れるのも早かった。



「さて、私の名前が暗号文を使ってやり取りされていたとしたら、ナシオ王国と、帝国の間という事になりますが、そんな事をしそうな人物には心当たりが、ほんの僅かしかありませんね」


「さて、そこが問題だね。分かっていても手が出せる相手ではない。さて。どうしたものかと思ってね」


 無害そうに言うクラバーに、エヴァンは苦笑した。本当に食えないお人だと思う。

 クラバー隊長は分かりきった事は言わないつもりか。しかし、それでは、エヴァンが面白くない。


「クラバー隊長は、これを受け取ってからしばらく、私の動きを見張っておられたのですね」


 クラバーは普段は穏やかな笑みを浮かべている目に、一瞬だけ光を宿らせて、そしてまた笑った。


「まあ、念の為にね。例の計画は聞いていたが、人は変わるものだからね」


「結局、私は変わっていないと判断してくださったのですね」


「もちろんだとも。まあ、始めから念のため、だったからね」


 エヴァンは扉に寄り掛かっているエドにも声をかけ、こちらに来るように言った。

 エドは一番扉に近い、一人掛けのソファにだらけた様子で腰掛ける。


「はぁ……。まったく、ここしばらく、団長を見張んなきゃなんないし、でも普通の顔してなきゃなんないし、疲れたのなんのって」


 エヴァンは苦笑するしかない。エドは実に自然体に見えていたからだ。


 二人には少し待ってもらい、エヴァンはお茶を頼みに行く。キッチンへ行くと、すでにお茶を入れる寸前まで用意がされていた。

 それを入れてもらい、メイドに礼を言うと、エヴァンは自らトレーにそれをのせて持って行く。

 何か事情があると察したらしいメイドは、自分が持っていくとは言わなかった。


 さて、どうしたものだろうか、と考えながら書斎に入ると、二人はすでに話し合いを始めていた。

 おそらく、ここへ来るまでも多少は話をしていたのだろう。


 エヴァンが、差し出したカップとソーサーを二人とも礼を言って受け取る。


「団長。暗号は新たなものを開発させるとして、それまではどうしますかね」


「それならば、これまでとは違う形式のものをすでに作り始めさせてある。そろそろ出来上がるだろう」


「……なんでまた……。あ……。団長、じゃなかった、フォイラー伯爵夫人が帝国にその情報を渡す可能性を考えて……?」


「それもなくはなかったが、あの人はまあ、いちいちそんな事はしないだろう。

 例の計画を立てるに至った経緯を説明したが、宰相の息子に協力者となることを約束したと言ったでしょう?」


「ああ、確かに言っていたねえ」


「その際に、宰相のご子息が第三軍の暗号のことを知っていると言うので、新たに作らせる事にしたのです。出来上がって実用に耐えると判断してから、お話しするつもりでした」


 エドは大きなため息をついた。

「団長の名前が何らかの陰謀にでも使われてるんでしょうかね。

 まあ、その辺りの人物を繋いで行くことに変わりはないので、調査自体はこのまま続けるしかないでしょうが。

 団長は気をつけてくださいよ、いろいろと」



「その件なのだがね」

 やや唐突にクラバーが話し出した。彼には調査の実働部隊を任せてある。

「今の所、まだ国王の愛人の居所については突き止められていないのだがね。でも、その正体は分かるかもしれなくてね」


「えっ!」


「クラバー隊長。その正体とやらを今教えていただくことは?」


 エヴァンが言うと、クラバーは二人に顔を近づけるように手招きする。

 そして、ボソボソと呟く。


「「…………」」


「いやはや、隠されている場所を探していたら、おかしな情報にぶつかってしまってね。だがまあ、裏どりもほぼ出来ているからね」


「おいおい、マジかよ……。それ、王妃は知ってるんですか?」


「さあねえ。だが知っていたら、私ならば早く殺すね」


 クラバーはにこやかにそう言った。


「こわ……」


「……それは、知らないでいていただきたいものです」

 エヴァンは意外な情報に、頭の中のピースを組み替える。

「この王国にも、政変をもたらしかねない事ですから……」


 エヴァンの言葉に、クラバーとエドは頷き返す。



 備えだけはしておこう。いつ、その時が来てもいいように。



つづく……


ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

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