33.国王陛下の弱み。ナシオ王国にて
22話で出てきてから、そういえばこの方、出てきてなかった……。(閑話は除いて)
お久しぶりです。
その夜、一際煌びやかな夜会が開かれている、とある大貴族の屋敷の客間に彼はいた。
そこは、夜会を抜け出して、陰謀や無駄話に花を咲かせるための、あるいは、逢引きに使われる部屋の一つであった。
エヴァンは足を組み、豪華な装飾がされている座り心地の悪いソファの上で、隣に腰掛ける貴婦人にしなだれかかられている。
彼は彼女の肩に手を回し、時折りそこを撫でる。
彼女との逢瀬の場だ。
「なぜ抱いてくださいませんの?」
彼は不貞は出来ないと、彼女らと体の関係は持っていなかった。
一夜の相手に事欠いたことのないエヴァンには、おそらくこの貴婦人を抱くこともできたが、なぜ自分がそこまで身を削らなくてはならないのか、と心の中で舌打ちする。
「万が一の時に、旦那様に言い訳がたたないのでは? 私も今の地位を失いたくはない」
彼はいつものように、もっともらしい事を言った。
だが、貴婦人は小さく声を立てて笑う。
「いざとなれば、王妃様がお味方になってくださいますのよ?」
「ですが……それは特段の……」
「あまり、意味がないとお思い? 皆さんご存知ではありませんけれど、もうすでに王妃様のお力は、国王陛下さえしのぐ勢いでいらっしゃいますのよ……。ですから、ご心配は……」
彼女は、慣れた手つきでエヴァンの騎士服を脱がせようと上半身に手を滑らせる。
エヴァンは半分ほど演技で、驚いたように目を見開いた。そして、彼女の不埒な手を握り締める。
それ以上彼に触ることを、彼女に許す気はない。
「それは、どういう? 陛下をしのぐとは……」
「あら……。陛下は恋多きお方。ご存知でしょう? その方のご寵愛を受ける者を王妃様が握っておられますのよ……?」
「それはそれは…………」
「ですから……」
「ですが、恋多きお方である陛下は、その方のこともすぐにお忘れになってしまわれるのでは? あまり確実とは思えません」
「あら。それがいつもと事情が違うようですわよ? 少し、特別な方だそうですから……」
女が再び体に這わせてきた手を優しく払うと、エヴァンはいとまを告げる。
「そろそろ戻らなければ、部下に怪しまれます」
貴婦人は拗ねたような顔をしながらも、彼を解放した。
社交界の貴婦人方のエヴァンに対する評判を聞き齧ってきた部下によると、「すぐに靡かないところがそそる」との事だ。だから彼は躊躇なく手を払えるし、余計な言葉も捻り出さなくて済む。
「また、会ってくださいますわね?」
エヴァンは何も言わず、期待を持たせるような、魅力的と言われる笑顔を相手に向けると、その部屋を後にした。
彼が会場に戻ると、貴婦人方よりも先に、連れてきていた部下たちが彼の元に集まってきた。
「帰るぞ」
「そうしましょう」
「もう、うんざりです」
エヴァンは苦笑しつつ、部下たちを連れ、会場を後にした。
屋敷と言えるか微妙な大きさの、彼の家に辿り着いたのは、通常ならば彼はもう寝室に引き取っている時間だった。
最近睡眠時間が削られる一方だ。
出迎えてくれたのは、メイドのリリーだった。
「寝ていて良いと言ったはずだが……」
彼女に上着を渡しながら言うと、彼女はそれに付いた残り香に一瞬眉を顰めたが、すぐに笑顔を作り、「まだ起きておりましたので」などと白々しい事を言う。
「お湯のお支度は出来ております。それでは、これで失礼致します」
彼女は、手入れしてくれるつもりなのか、騎士服を持って下がって行った。
通常、着替えの手伝いなどは男性の使用人にさせる事だが、あいにくもうすでに寝てしまっているであろう、老齢に近い執事の他に男の使用人はいないし、リリーも「気になりませんので」と言うので、甘えてしまっている。
もちろん、上着はともかく、トラウザーズは脱いだものを少し開けた扉から差し出しているのは言うまでもない。
それにリリーはエヴァンの行動を監視するために、この家に雇われに来た女性だ。
彼女の恩人であり、エヴァンの元上司である女性を、彼が裏切っているのではないかと疑っているから監視するために雇って欲しい、と馬鹿正直に言ってきたたくらいだ。
彼女は日々の監視の一環として、こうして彼が帰ってくるまで起きていてくれるのだろう。
軽く湯を浴びて、体と髪を拭き、浴室も簡単に片付けると、エヴァンは書斎へ行き、書き物を始める。
これまでに複数人からの貴婦人たちから聞き出した話をまとめていく。部下らの耳に入った情報も合わせて書き込む。
現在はまだ真偽不明だが、国王の愛人の一人が王妃の手の内にある事は明らかなようだ。
そして、国王に対する発言権を強めた王妃が、国政に介入していると見られる事態が散見される。
第三軍が急な出兵を言い渡された件もその一つだった。
さて、と彼は思った。
彼がなぜこのような国家の大事に首を突っ込むような真似をしなければならなくなったのだろうか、と。
一伯爵家の三男坊であるだけの自分が、騎士団長などという役職を押し付けられたせいで、いらぬ苦労をしている。
たが、今のまだ彼女がその地位にとどまっていたら、この件を決して見過ごしはしなかっただろう。
エヴァンはため息を一つつくと、また筆を動かし始めた。
国王の愛人が囚われている場所はどこなのか。そして、その愛人は、ただの愛人に過ぎないのか。国王にとってそれほどまでに大切な人物なのか。
調査のしがいがありそうだった。
つづく……
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