【閑話1】女伯爵とメイド
おはようございます!
こんにちは!
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ある国の王宮に、痩せっぽちの下働きの少女がいた。平民で、力が弱くて、役立たずだと自分の事を卑下しながらも、懸命に働く少女だった。
だが、ある日の夜、もうすぐ王妃様になる外国のお姫様の使う部屋の近くで、大きな失敗をしてしまった。その失敗がもとで、少女は体と心に深い傷を負うことになった。
少女は、もうここでは働けないと、治療の後に寝かされた硬いベッドの中で思った。
また、あんなことがあったら……と思うと、足下から冷たいものが這い上がってきて、ガタガタと震えてしまう。
せっかく得た、お給料がとてもいい職場なのに。
しかも、あんな失敗をしたと知られたら、きっと他に雇ってくれる所はない。
涙が勝手に溢れてきて、耳まで伝って中に入ってくるのが気持ち悪かった。でも、腕の傷よりも心が痛んで、それを拭うことも出来なかった。
そんな時、訪ねてきた人がいた。男のような格好をした、とても美しい女性だった。間違いなく貴族だろう。所作から何から自分とはかけ離れたところにいる人だと感じた。
でも、その人は、少女の流れたままになっていた涙を丁寧に拭ってくれた。
少女が信頼する、下女の取りまとめをしているドロシーさんが、その女の人が少女を叩いていた外国人の怖いメイドを止めてくれたのだと教えてくれた。
そして、その美しい人は、自分は伯爵夫人だと名乗った。少女は一瞬身を硬くした。
だが、驚くべきことに、その人は、少女に自分の屋敷で働かないかと言って笑った。給金もそう悪くはないはずだから、と。
「誰しも同じだけれども、そなたはこんな仕打ちを受けていい人間ではないよ、リリー」
その人の言葉に、少女は声を上げて泣いた。
傷がどんなに痛んでも、決して声を出して泣いたりしなかったのに。
その人は少女がとめどなく流す涙を拭い続け、喉を枯らした少女のために水を汲んで飲ませてくれた。
やがて泣き止んだ少女は、その人のもとで働かせて欲しいと、ガラガラに枯れた声で頼んだ。
その人は「これからよろしく」と言って微笑んだ。
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「ご主人様、本日は朝から会議だから早く起こせとおっしゃいましたよね」
メイドは、寝起きの良くない主人のために、何度目かの声をかけた。
よく晴れた、気持ちの良い朝だった。
何ヶ所か開けた窓から、爽やかな空気に乗って、少し甘やかな花の香りが漂ってきて、メイドの鼻をくすぐった。
暖かな日の光が、白を基調とした壁や天井に反射して、柔らかくベッドにも降り注いでいる。
しかし……。
彼女の主は、艶やかな濃い赤色の髪をシーツに波うたせながら、時折りもぞもぞと動くが、うめき声が聞こえるだけで起き上がる気配はない。
一度、「そんなに寝起きが悪くては、夜襲をかけられた時、寝ている間に捕まってしまいますよ」と言ってみた事があるのだが、主人曰く、自分の寝室以外では、瞬時に覚醒できるのだそうだ。
「ご主人様」
「……わかったよ、リリー。だからもう何も言わないで……」
「起きるまで起こし続けろと命令されたのですが、よろしいのでしょうか」
「誰だ……そんな事言ったやつ……」
「……あなた様です。ですので、失礼致します!」
リリーは容赦なく、主人が包まっていたかけ布を勢いよく引っ剥がし、驚いて目を見開いている美しい人に、にっこりと笑いかけたのだった。
おしまい。
寝起きの悪い美女(美男も)って……最高じゃないですか……?
容赦のないメイドも、大好きです。
お読みくださり、ありがとうございました!