30.第八皇妃と秘密の恋人
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第八皇妃であるリルダローザの館は、数日に一度は訪れる皇帝を迎えるため、常に華々しく飾られている。
そして、夜伽の次の日には決まって皇帝から高価な宝飾品が届けられる。
この日も、皇帝の侍従が持参したそれを確認し、礼の口上を述べ、一輪の花を添えた礼状を侍従に託す。
侍従が帰ると、特に何を言うでもなく片手を振れば、侍女たちがそれを彼女の衣装部屋へと運び、目録をつけ、次に皇帝陛下と共に公の場に出る時に使用する候補として、記録する。
彼女は日常の業務をこなすが如く、それをこなした。
やがて執事が現れ、来客を告げた。
第二皇子だ。
つい先日、内々に話がしたいと連絡をよこした。
上位者である第二皇子、皇太子のいなくなった今では皇帝陛下の長子でもある、その人の申し出を無碍にはできない。
敵にもならない相手だけれど。
彼女は第二皇子を迎えるために別のサロンに向かった。
そこへ案内され入室してきた第二皇子に彼女は淑女の礼の姿勢をとる。
第二皇子の服装をちらりと確認し、もう少しまともな物を着れば良いのに、と思う。
少しして第二皇子からの声がかかる。彼女がとっておきの微笑を浮かべながら頭を上げると彼は動揺したようにぎこちない笑顔を返した。
彼は幼い頃は病気がちだったそうだが、現在ではごく一般的な貴公子といった風情だ。
やや顔色が悪いのを除けば、その面立ちは皇帝に通ずるものがある。比較的端正で、整っていると言えよう。
彼はリルダローザよりも歳上である。確か二十八歳になったはずだ。
だが、彼はまだ妻すら持っていない。未来の皇妃や皇后を狙った小物たちは群がって来ているようだが、大貴族からの支持はない。
それは、リルダローザの息子がほぼ独占しているからだ。
あとは、皇太子と第五皇子が、それぞれの支持者を確保していた。
だが、その片方はいなくなった。
宙に浮いたかに見えた支持者の獲得に乗り出した、リルダローザの義父であるグランブル公爵だったが、その前に第五皇子が皇太子の息子を支持すると議会で明言したことで、大半の元皇太子支持者の貴族は、そのままその陣営に残った。
第二皇子は次の皇太子の席を自身が担うために、彼女に、ひいてはその後ろにいるグランブル公爵の支持を求めてきた。
はっきり言って、こちらにはなんの旨みもない話だが、とりあえず手の内を明かさせるために相槌を打ちながら会話を続ける。
彼は自分には子がないから、親子ほども年の違う弟に帝位を譲ることを約束すると言う。
彼女は内心で笑いを堪えた。
彼女の息子は、第二皇子に帝位を譲られる必要などない。
彼女は、「ですが、第二皇子殿下のような素敵なお方に、今後お妃様やお子様が出来ないわけがございませんし……」などと、迷うふりをしながら、多くの男性を魅了してきた上目遣いで彼を見る。
「い、いや、それは、何とも言えない事だが……。しかし、自身の子が健康であるという保証もない。誓約書で、確実に第四皇子に帝位が渡るよう、保証をしよう」
誓約書! これはまた面白い事を言う男だと内心であざける。
そんな物、いくらでも反故に出来るというのに。
だが、と彼女は考えた。
万が一、どこかの有力貴族が旗色を変え第二皇子に付きでもしたら、確かに面倒なことになる可能性があるのもまた確かな事だった。
であれば我が陣営が囲い込み、他の貴族らとの接触を絶ってしまった方が良い。
油断は禁物だが、どうせこの皇子には大した事は出来やしない。
「義父の判断を仰がねば、私などにはお答えのしようのない事でございます。大変恐れ多いお申し出でございますし……」
彼女は困ったように首を傾げ、第二皇子を見る。
彼は彼女の態度に、分かりやすく頬を染めている。
「一度、義父にお会いくださいませ。その手配は私にもさせていただけましょう」
第二皇子は、それを彼にとって一番都合よく解釈したようだ。目を輝かせて「是非、お願いしたい」とおっしゃる。
彼女は笑いを堪えながら、うやうやしく「かしこまりました」と頭を下げた。
第二皇子は彼女に期待に満ちた視線をよこしながら、案内の侍従に連れられて部屋を出て行った。
おそらく早く帰らさせれた事にも、お茶の一つも出されなかった事にも気づいてはいない。
彼女はその滑稽さに一人で小さく笑った。
滑稽と言えば、あの年老いて皇帝の寵愛を失った上に、ご自慢の息子まで居なくなってしまった第一皇妃がいた。
息子が消え、自分の地位がいつ後宮から追い出されてもおかしくないものになった途端、あれほど冷遇していた息子の妃に擦り寄っていると言う。
今では皇太子妃ではなく第一皇子妃と呼ばれるようになったアイリス妃と、皇帝の孫であるケイン皇子は、第五皇子の支持を得た事で以前よりも格段にその利用価値が上がった。
今更、意地悪な義母などに見向きもしないだろうに。
リルダローザならば、今までの仕返しをするために、近くで飼っておくだろうけれど、あの真面目なだけが取り柄の第一皇子妃はどうするのだろうか。
今後も彼女の楽しみのために、面白い動きをして欲しいと思う。
第二皇子を見送った執事がサロンに戻ってきた。
「呼ぶまで来なくていいわ」
彼女がそう言うと、控えていた侍女たちが姿を消す。
残ったのは、公爵家から連れてきた、言うなれば彼女の監視役の執事のみである。
三十を過ぎたばかりの彼は、公爵の遠縁に当たる子爵家の三男だった。
「お義父様にお伝えして頂戴。第二皇子を飼い殺しておいてください、と。一度くらいは公爵邸へ招いておいて下されば、あちらは勝手に勘違いなさるでしょうから」
リルダローザの義父である公爵は、幼い第四皇子を帝位につけ、自分が摂政となる事を望んでいる。
第二皇子など、すぐにでも処分したがるかも知れない。それでも彼女は一向に構わない。
「公爵様にご報告いたします」
「ええ、お願い。それよりも……。余計な来客のせいで、私は辛い思いをし続けていてよ? ジュード」
執事は彼女に近づくと、その隣に腰掛け彼女を抱きしめた。
「昨夜も本当に苦痛だったわ。早くあの老人の感触を忘れたいの」
「ローザさま……」
執事はとうにリルダローザに懐柔されていた。雇い主である公爵よりも、彼女に心酔しているはずだ。信用し切る訳には行かないけれど。
彼女は「ジュード……」と彼の名を囁く。忠実な執事に抱かれながら、そろそろあの皇帝の相手をしなくても良いようにしたい、と考えていた。
息子を産んだあともこんなに頻繁に通われるとは思っていなかった。それだけ自分が魅力的だと思えば悪い気はしないけれど。
そろそろ、アレを発動させる頃合いかもしれない……。
そうだ。適当な者に罪を被せようと思っていたけれど、あの勘違いも甚だしい第二皇子に一働きさせればいい。一石二鳥を狙うのも悪くない。
今の彼女には、その力がある……。
ジュードを抱きしめて快楽に震えながら、男たちを魅了してやまない微笑みを浮かべるリルダローザだった。
つづく……
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