26.皇妃様方のお茶会
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カリーナ宛に、第一皇妃、つまりは皇太子の母である皇妃が開くお茶会への招待状が届いたのは十日ほど前のことだった。
侍女長によれば、これは正式で完全に儀礼にのっとった招待であり、断ることは基本的に出来ないものだと言う。
ならば、カリーナに否はない。早速出席の返事を書いた。
が、それに反対したのは夫であるロイである。彼は、寛いで本を読んでいたいたカリーナの部屋にわざわざやってきて、腕を組んで仁王立ちになりながら言った。
「そんな所に行く必要はない。そなたにそこまでの犠牲を求めてはいない」
カリーナは首を傾げる。
「殿下は私が、仕方なく出席を決めたと思っておられるのですか? 私は社交界には馴染みませんでしたが、伯爵家の当主としての義務を蔑ろにしたことはございません。
これもそれと同じこと。あなたの妃として、やるべきことをするのです」
ロイはカリーナの隣に座ると手を取って、不満顔でそれを弄ぶ。
「それに、皇太子妃殿下にお会いするために、近く帝都に向かう予定だったではありませんか。それが少し早まるだけです。出来るだけの事をしてきます」
ロイは彼女の言葉に渋々と言った体で頷いたが、当日の朝早くから支度をするカリーナの側で、くれぐれも無理をしないようにと言い募った。
侍女たちに邪魔にされながら。
ついには、自分も変装をして着いて行こうかなどと言い出したので、それにははっきりとダメだと言ったカリーナだった。
護衛はチルトが。侍女のソフィも一緒に来てくれる。
これで、馬車の中での暇つぶしの心配もないし、結い上げた髪が乱れても、化粧が崩れても安心だ。
そして、出来ることなら数日中の約束を取り付けて、皇太子妃殿下とお話がしたい。
皇宮に滞在する事自体をロイは反対していたが、効率を考えればそうするのが一番だ。
玄関先まで、カリーナに叩き込まれたエスコートぶりを披露しながら、ロイはカリーナの隣でずっと浮かない顔をしている。
「心配しすぎですよ、ロイ」
「分かってはいるのだが、心配なものは心配だ。早く帰ってきてくれ。そうでないと、私が仕事を放り出して帝都まで迎えに行ってしまうから」
大真面目にそう言う彼に笑いかけると、ロイがつけた兵士たちの一団に取り囲まれた馬車に乗り込んだ。
ロイはギリギリまでカリーナの手を放そうとせず、馬車の中まで指先を触れ合わせたままでいる羽目になる。
皆の目が気になるからやめて欲しい。
カリーナはロイに軽く手を振ると、この後のことに気持ちを集中させたのだった。
後宮にある、第一皇妃の館の庭は、非常に手間暇をかけられたことが分かる場所だった。
皇后という位はこの帝国にも存在するが、現在の皇帝はどの妃にもその位を授けてはいない。
そのため、名目上妃らは全て同列である。
もちろん、皇帝の妃たちと、皇子の妃たちとの間には大きな隔たりがある。
薔薇園の中に据え付けられた楕円形のテーブルを、色とりどりのドレスを身に纏った貴婦人たちが囲んでいた。
会の主役は、主催者である第一皇妃である。皇太子殿下の母親であり、長いテーブルの端においでだ。
名目はともかく、一番後宮に長くおいでであり、次の皇帝の母親である以上、妃たちの中では一番格上扱いされるのが自然なことだろう。
セスタリア様とのお名前がカリーナに届いた招待状にあった。
取り巻きを大勢呼んでいるらしく、カリーナが到着した時には、その夫人たちと値踏みをするような目でカリーナを舐めまわし、そのあと朗らかに笑って迎えて下さった。
ごく平凡な貴夫人といった佇まいだ。
その対抗馬となるのが、第四皇子の母であり、現在皇帝の寵愛を受ける八番目の皇妃、リルダローザ様だ。二十歳をいくつか過ぎた年頃で、若々しく華やかな装いと化粧がよく似合っている。
この方は、以前夜会で皇帝陛下の横にお座りだった。
この方の取り巻きはほとんど招待されていないのだろう。三人に囲まれただけだ。しかし、同じ年頃の夫人らの集団の若さ溢れる笑い声は良く響いて聞こえる。
その中には、カリーナと同郷のクリスナー侯爵夫人もいる。
このお二人の皇妃には、ゆうに親子ほどの年齢差がある。
落ち着いた雰囲気のご夫人たちと、華やかに着飾って若々しい笑い声をあげるご夫人たちとが、このように内々のお茶会を開くというのは、珍しい事のように思うカリーナであった。
ちなみに、招待されたものの、第二皇妃、第六皇妃は欠席だと言う。
それに対して「無礼ではございませんか」と言う取り巻きに、第一皇妃はにこやかに「体調不良では仕方がありませんよ。お二人ともよく体調をお崩しになるようで心配だわ」などと話している。
離宮で受けてきた授業で習った事によると、この他の皇女を産んだ、もしくは子を持たなかった皇妃は、皇帝の寵愛を失うと同時に臣下に払い下げられ、すでに後宮を去っているという。
皇妃として正式に輿入れした者はまだいい。そのように、今後も不自由のない生活を送ることが出来るのだから。
しかし、侍女などの身分の低い者が皇帝の目に止まっても、妾として囲われるだけだ。皇帝に飽きられれば、子を産んでいようが、その子が男であろうが、子はどこかにやられ、女は姿を消すという。
その話を聞いた時、とてつもない嫌悪感を抱いたカリーナだったが、大帝国の主であり、世継ぎとなる男児が幾人もいる以上、そうしなければ混乱を招くという事なのだろう。
ロイは、カリーナの夫は、本当に運が良かったのだ。
さて、出席者である、お二人の皇妃様、取り巻きの夫人らの中で、カリーナと皇太子妃だけが浮いた存在である。
テーブルの真ん中から少しずれた辺り、つまり、第一皇妃と第八皇妃の勢力の緩衝材となるような位置で、二人はテーブルを挟んで向かい合っている。
話を向けられるのは嫌味を言われる時くらいのものだ。
「第五皇子妃は騎士でおられるとか。そして、故国では辺境伯のご令嬢でいらしたのね。それから考えると、随分と高い身分を得られたこと、皆様お喜びでしょうね」
だとか。
「まさか、あのようなお噂のある方が皇子妃になられるだなんて。第五皇子殿下は随分と寛容なお心の持ち主でおられますこと」
だとか、まあ、そんな事だ。
カリーナは慣れたもので、微笑みながら聞き流している。
目の前には大変美しく盛り付けられた菓子やパイか並ぶが、もちろんそれらには手をつけない。
お茶も口を付けたふりをするだけだ。
カリーナのそれらの行動にも気づかれての嫌味だろうか。
だが、嫌味を向けられる頻度は皇太子妃の方が多い。
第一皇妃にしてみれば息子の妻なのだから、勢力に取り込んでも良さそうなものだが、先の皇帝の皇后に気に入られて輿入れしたという所が気にくわないのだろうか。
「皇太子妃がもう少し、皇太子殿下をお慰め出来ていれば、あのように身分の低い者たちにうつつを抜かしたりしないのでしょうが」
第一皇妃はそんな事を言うが、それを聞いた瞬間カリーナは笑いそうになってしまい、慌てて顔を引き締めた。
完全に自分の事を言っているようなものなのに、ご本人はそれにお気づきでない。
第八皇妃とその取り巻きはクスクスと笑い声を上げて、小声で何かしら話し込んでいる。
カリーナと同じことを考えたのだろう。
それを見て怪訝な表情をした第一皇妃が、彼女らの笑いの対象が自分だと気づいた時、顔色が次々と変わるのも面白かったし、取り巻きがほぼ同時に他所を向いたのも面白かった。
これで気兼ねなく飲み食いできる場であれば、それなりに楽しめただろう。それだけが残念なカリーナだった。
「それにしても、第五皇子殿下の、妃殿下へのご寵愛は大変なものだと、もっぱらの評判ですわね。その秘訣をお教えいただきたいわ」
第八皇妃が、例の侯爵夫人と囁きを交わした後、突然そんな事を言い出した。
「政略とは関係なく結ばれる事など、一定の身分以上の者には、まず起こりませんものね」
「それだけでは無いのではなくて?」
「ああ……。第五皇子妃殿下は以前から男性方と……」
「それは、淑女には参考に出来ないような秘訣なのでしょう」
雀が囀るように彼女らは笑っている。
本当に、彼女たちは危機意識が薄い。
実行するつもりはないが、カリーナにかかれば、目の前に並んでいるカトラリーで、彼女らの口を永遠に塞ぐことも可能なのに。
カリーナは苦笑して、そのカトラリーを眺めるだけだ。
と、そこで、手応えのない相手に飽きたのか、攻撃の方向が変わった。
第八皇妃たちが皇太子妃に対して無礼なことを言い始めた。
「皇太子殿下も、いずれ他の妃を娶られる可能性が高いですわね」
「ご子息お一人では……。またお生みになればよろしいのに」
「皇太子殿下はもう妃殿下以外の方に夢中でいらっしゃるそうですもの……」
「まあ。ではお子は無理ですかしらね?」
「あら……。でも、それを言ってしまったら……」
若い雀たちが、そう囀りながら第一皇妃たちを見る。
つまりは、彼女らから見れば年老いてしまい、皇帝の足も遠のいた第一皇妃への当て擦りに皇太子妃を使ったのだ。
そして、なぜか第一皇妃も、嫌味を言ってきた当の本人ではなく、皇太子妃に顔を向ける。
「そういえば、孫がほとんど顔を見せませんのよ。息子はよく挨拶に来るというのに」
「まあ。それはおかしな話ですわね」
「教育者を変えた方がよろしいのでは?」
「いえ、それよりも、もっとお可愛らしいお孫様が近いうちにお生まれになるのでは? 皇太子殿下の妃に相応しいご令嬢がたくさんおられますもの」
第一皇妃が、感情のない視線をよこした皇太子妃に微笑みかけながら言う。
「まあ。それもそうですわね。皆様、息子の妃に本当に相応しい方がいらっしゃれば、是非お会いしてみたいわ。ご紹介いただけるかしら」
カリーナはもう帰りたかった。
ここまで一人を、それもなんの咎もない相手を、対立相手を牽制するために攻撃するのはとても卑怯で汚いやり方だ。
皇太子妃は、嫁いできてからずっとこのような仕打ちに耐えてきたのだろうか。
「もう何も役に立たない者には、早く隠居生活でもしていただきたいものだわ」
第一皇妃は言ってはならない事を言ったと、カリーナは思った。
あんなに才気に溢れ、しかしそれを活かす場を与えられない方に対して、そのような事を言うとは。
あまりの酷い言われように、顔色を無くした皇太子妃は、それでも姿勢を崩すことなく、スッと立ち上がった。
「皆様。体調が優れないようです。大変失礼ですが、退席させていただきます」
皇太子妃は誰からの返答も待たず、侍女も連れず、この館の出口の方へ向かって歩き出した。
「まあ。なんという無礼な」
「やはり新しいお妃を……」
カシャン。
お喋りは止まった。
カリーナが持ち上げていたカップを傾けお茶をこぼしてから、割れない程度の高さからカップを落とした音が響いたからだ。
「ああ。なんという粗相を。私のような身分の者がこのような事をしでかしては、もうここには居れませんね。では、皆様、これにて失礼する」
カリーナはごく自然に騎士の礼をとると、皇太子妃が去って行った方向へ大股で進む。
後ろから何やら声が聞こえるが、知ったことか。
カリーナは角を曲がると、彼女を追って走り出した。
つづく……
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