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前世の記憶持ちの女伯爵は、嫁ぎ先の国で夫を皇帝にすることにした  作者: 針沢ハリー


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25.招かれざる客②

おはようございます!

こんにちは!

こんばんは!


 ロイは渋面を作って、カリーナから第三皇子が離宮へやって来た後のことを事細かに聞いた。


 もちろん、カリーナは、自分が直々に門を守り、第三皇子に向けて矢を射ようとしていたことは黙っておいた。クリストフが気の毒だから。


 そして、彼は実に苦々し気な声で、第三皇子に帝都へ戻るようにと言った。


「離宮は私が皇帝陛下より賜った住居。自分に逆らえない者たちに無理矢理門を開けさせるなど、上の者がとる態度ではありませんな」


 第三皇子は何か言いたげにロイを見たが、口元を押さえたまま黙っている。


 食べさせ過ぎたのかもしれない、と反省したカリーナは、ロイの手に自分の手を重ねて、第三皇子に無理をさせた事を詫びた。

 皇子の方からカリーナに勝つ方法とやらを教えろと言って来たのだから、特に悪いとは思ってはいなかったが。


「そなたが謝る必要はない」

 それは仕方がない事だったとロイはカリーナの三つ編みにしていた髪を撫でた。


「まあ、全ての人間に軍人の基準を当てはまるのはどうかと思うが……」


 ロイが苦笑すると、ようやく喋れるようになったらしい第三皇子が、また戯言を言い出した。


「きょ、今日は調子が良くなかっただけだ……ぅぷ。いつもならば、これくらい!」


 とだけ言うと、また口元を押さえる。


「……隣の応接間にお運びしろ。少し横になっていただけ。このままでは、馬にも乗れますまい」


 ロイが近衛に命じると、皇子は近衛兵たちに支えられながら、応接間に案内されて行く。


 少し休ませてやろうということになり、カリーナは食堂で待機する事にした。

 ロイが着替えを終えて戻ってきた時には既に用意されていた、彼用の昼食を食べるロイを眺める至福のひと時をカリーナは味わった。

 彼はカリーナよりも更に量を食べるので、それを見ているのが気持ちいいのだ。彼は幼い頃に身につけたのだろう、食べる所作も美しい。


「で? あいつを痛めつけてどうするつもりだったのだ?」

 ロイは半分笑いながら言う。


「痛めつけてなど。ただ、私に勝ちたいなどと身の程知らずなことをまた言ったので、続ければそうなれるかも知れない、その方法をお教えしていたまでのことです」


 ロイはまた困ったように笑うと、カリーナを伴って応接間に向かう。


 横になっている第三皇子は多少回復したように見えた。とはいえ、顔色は多少悪いままではあったが。

 彼はカリーナとロイに気づくと、急いで起き上がった。

 

「さて、そろそろお戻りになれそうですかな?」


 第三皇子はロイの言葉を無視して、寝かされていたカウチから立ち上がるとカリーナの方に歩み寄った。

 足取りがおかしいが大丈夫だろうかとカリーナは思った。


「師匠! 私はこれからあなたのお言い付けを守り、騎士として精進して参ります!」


「……それは好きになさればいいが……。その呼び方は?」


「師匠と呼ばれるのがお嫌ならば、カリーナ殿と……私の事は、どうぞ、ユスタフとお呼びくださ」

「却下する。妻の名を呼ぶ事は認めない。妻が第三皇子をお名前で呼ぶこともだ」


 間髪を入れずにロイが彼の言葉を封じると、第三皇子はロイを睨みつける。

 だが、なんの表情も浮かべていないロイの威圧感に押されたのか、やはりまだ具合が悪いのか、それ以上は何も言わず、カウチにまた腰掛けた。


 結局、カリーナはあの変な呼称で呼ばれる事になったのだろうか。彼女は首を傾げた。



 会話が途切れるのを見計らっていたようにお茶が用意される。

 仕方なく、カリーナはロイと共に、カウチと向い合うように置かれたソファに腰掛けた。


「それで、第三皇子殿下は、妻と勝負をしに来られたとのことだが、目的は達せられましたかな?」


 カリーナはロイを見た。

 なるほど、カリーナは第三皇子をただの馬鹿な子どもだと思っていたから、他の目的があるとは思わなかった。


 第三皇子はロイに向かって、ニヤリと笑った。


「あんたが、ようやく旗の色を明らかにしたから、第二皇子が焦ってるよ。いろいろ企んでるみたいだよね」


 そして彼は、貴族たちの動きも慌ただしいし、皇宮は落ち着かないのだとぼやく。


「で、あんたはどこまでやる気なの?」


「何をおっしゃっておられるのか分かりませんな」

 ロイは素っ気なくそう言う。近衛の目がある中で、何を考えているかもわからない相手に対しているのだから、当然の対応だろう。


「その喋り方、変な感じだよ。小さい頃、あんたの事、兄上と呼んでいたのを覚えてるんだよね」

 彼は顎の下で手を組んでそれに顎を乗せた。

「あんたは、あんな目に合いながら、また権力争いに身を投じるつもり? 俺には理解出来ないけど。まあ、好きにしたらいいけどさ」


「……発言をお許しいただけますか?」

 カリーナは二人に聞いた。どちらからも肯定の返事が来る。

「第三皇子殿下は、静観者でいらっしゃるおつもりか」


「師匠。あなたはお会いになったことはないでしょうが。私の母親、つまり皇帝の六番目の妃ですが、その母がいつも言っていたんですよ。あの兄上のようになりたくなければ、権力には近づくな、と」

 皇子は肩をすくめた。


「その時、あの人は後宮内にいて、事の顛末を見ていたはずなので。まあ、いろいろ知っていそうでしてね。あまり話さないので知りませんが。

 私や自分が不遇な状況に追いやられた人々と同じ道を辿ることがないよう、ほぼ館に閉じこもっております。怖い人たちに目をつけられないようにね」


 彼は笑ったが、その笑いは乾いたものだった。

「私は楽をして生きたいんですよ。今怖い人に目をつけられて軍隊に放り込まれたりしたら、すぐに殺されるって言ったの師匠でしょ? もちろん、師匠にいつか勝つために頑張りますけど、それはそれ。弟子がいなくなって、師匠が悲しむのも申し訳ないですしね」


 そう話す第三皇子は、言葉の調子だけでなく、顔つきすらも変わっていた。子ども扱いして申し訳なかったかもしれない。

 しかし、一つだけはっきりさせておかなければならない。


「私に弟子などと言うものはおりませんが」


「では、私があなた様の初弟子ですね!!」


 皇子のはしゃぎっぷりに、カリーナは先ほど少しだけ見直した事を後悔した。この男の相手をしてやったことにも。


 そして、横で黙っているロイを見つめる。

 分かっていたが、ロイの母親はやはり陰謀によって消されたのか。

 彼はその真相に見当がついているのだろうか。

 

 もしそうだったとしても、ロイはカリーナには何も言わない気がした。

 彼は基本的に人を信じていないのだ。カリーナに触れていないと不安だというのもその現れだと思う。カリーナを信用できないから、不安になるのだ。



 第三皇子が立ち上がった。まだ腹をさすっている。


「ま、やたらめったら血生臭い事をされるとアレですけど。基本的に、私には関係のないことです。

 あ、第二皇子ですが、あれには気をつけた方がいいですよ、師匠。あの人、多分結構ヤバい発想の持ち主なんで。まあ、横の人が分かってて、何か手は打っていると思いますけど」


 その言葉にもロイは何も答えない。あの、第五皇子の仮面を被ってしまったらしい。無害そうに微笑んでいる。



「あ、これ、途中で休まないとまずいかもなぁ。ここで一晩くらい休ませてもらったら、元気に帰れそうなんだけどなぁ」


「宿場町が近くにございますよ。休んでいかれるといい。その場所で」


 ロイが微笑みながら言うと、第三皇子は、「ヤなやつ」と言って笑うと、近衛を引き連れて帰って行った。


 

 ようやく日常を取り戻した離宮は、使用人たちが発していた緊張感も程よく無くなり、また過ごしやすくなった。


「視察に戻られますか?」


 カリーナが聞くと、ロイは首を振った。大方の用件は済んでいたし、後はノルガや他の部下に任せて来たのだと言う。


「いつまでかかるか分からなかったからな」


「では、手合わせをお願いしても? お疲れでなかったら」


 ロイは不思議そうに眉を上げた。

「それは構わないが。あの男にしばらく付き合ってやっていたと聞いたが」


 ロイは、カリーナの腰に手を回して、練兵場へ歩き出す。


「だからです。なんの手応えもない相手に、ずっと付き合っていた身にもなってください」


「それはもどかしかったろうな。だが、模造刀だぞ? そなたに真剣は向けられない」


「……仕方ないですね」



 二人は手を取り合いながら、ゆっくりと歩いて行った。


つづく……


ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

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