24.招かれざる客①
おはようございます!
こんにちは!
こんばんは!
その日はロイが領内の視察中で留守だったため、カリーナは誰の視線も気にする事なく、一人で図書室に篭っていた。
図書室はカリーナが使い出してから調度類を一部新しくし、カーテンも変えた。
見違えるように、とはいかないが、手入れも行き届き、なかなか快適な空間となっていた。
カリーナは先日、ロイが呼んでくれた行商人から、最近発行された本をあるだけ全て買った。
今はその目録の作成中だ。
侍女がたまに顔を出して、お茶を入れ、休憩を促してくれる。
その声が聞こえるまではと、集中し切っていたカリーナは、外がにわかに騒がしくなったのに気づき椅子から立ち上がった
「妃殿下。失礼いたします。じきに離宮の敷地内に入る勢いで駆けて来る者が」
「行こう」
カリーナは、留守の警備を任されているクリストフと共に、監視台に向かった。
遠眼鏡を借りて覗くと、確かに、単騎の細身の男、もしくは大柄な女、と見える人物が、馬を駆ってやってくるのが見える。
そして、その後ろから、十騎ほどの集団が追いかけてくるのが見え始めた。
さて、どう対応したものだろうか、とクリストフを見る。
何にせよ、その正体が判明しない限り判断のしようもないのだが。
「さて、こういった急なお客人は敷地内にもお入れしたくないな」
「離宮という特性上、ここには柵と門しかございません。帝都に勘繰られない程度に強化はいたしましたが、本格的に攻められれば、破るのはそう難しい事ではございません」
「では、門越しに相手を見てから考えよう。もしかしたら、敵意のある輩にに追われ、お困りの方かも知れないしな」
「かしこまりました。妃殿下はどうぞ、建物内でお待ちください」
カリーナは階段を駆け降りながら、クリストフを振り返って笑った。
「馬鹿を言うな。門のところで待ち構えて、相手を敵だと判断したら、すぐさま矢で射てやる」
さて、部屋まで弓を取りに行く時間はなさそうだ。誰かの物を借りようか。
「妃殿下! そのような危険な事をされては、私どもが殿下に殺されます!」
「黙っていればいい!」
カリーナは途中で会った弓兵から弓を奪い取ると、閉ざされた門の前で客人の到着を待った。
クリストフに下がるように言われながら、カリーナはそれを無視して弓に矢をつがえた。弦の張り具合を確認し、力加減の見当をつける。
お客人はもう肉眼でも捉えられる。
追っ手よりも馬術に劣るらしいお客人が門の前に着く頃には、追っ手もかなり近くまで来てしまいそうだった。
お客人は、目深に土色のローブを被っていた。そして、おそらく男だ。
カリーナはいつその瞬間が来てもいいように、弓を引き絞り、馬上の人物に狙いを定める。
そして、その人物の顔を捉え……。
「妃殿下?」
「馬鹿馬鹿しい。後ろは近衛だろう。放っておけ」
カリーナは弓をおろして、クリストフに押し付けると、踵を返す。
馬の嗎が聞こえ、その人物が門の前に到着した。
「第五皇子妃! いや、ナシオ王国前第三騎士団長と呼んでやろう! 私がわざわざ手合わせしに来てやったぞ!!」
そう。お客人の正体は、あの身の程知らずの第三皇子だった。
足を止めないカリーナに、クリストフが懇願するように言う。
「相手のご身分を考えますと、妃殿下に対応していただく他ございません」
確かにその通りだった。カリーナは仕方なく、門に近づいた。
もちろん門は閉ざしたままだ。
「これは、第三皇子殿下。本日はお約束もございません。お引き取りを」
「なにっ! 無礼な! 第五皇子はどうした! 出迎えにもこんのか!」
私もお前の出迎えに出て来たのではない、と言ってやりたかったが、それはかろうじて我慢した。
「夫は外に出ております。ああ。近衛の皆様方もお着きですよ。どうぞ、帝都にお戻りを」
ようやく追いついた、第三皇子を取り囲む近衛たちの馬の荒い息遣いを聞いて、カリーナは少しばかり気の毒になった。
とはいえ、離宮に面倒事を持ち込みたくはない。
しかし。
「ここは、皇室の離宮だぞ! 今は第五皇子が使用を許可されているだけで、私にも利用する権利がある! 門を開けよ!」
カリーナはその辺りの事情に詳しくない。クリストフを見やると、彼も仕方ない、と言う風に肩をすくめる。
「確かに我々だけでは、その言葉を拒否する事はできないかと。離宮の主である殿下ならば事情も変わって参りましょうが」
「では、ロイに使いを出してくれ」
クリストフは頷いた。
やがて、使用人たちも急な客人のために駆けつけてきて、カリーナとしては本当に仕方なく、門を開くように命じた。
「客間にお通しいたしましょうか?」
家令がカリーナに確認しに来た。もちろん通したくはないが、他に方法はないだろう。
と思ったら、第三皇子が自ら行く先を決めてくださった。
「もてなしは不要! 私は前第三騎士団長と手合わせをしに来たのだ! 剣を振れる場所に案内せよ!」
「行き先は練兵場だ。馬の面倒だけ見てやってくれ。あと、近衛よりも多い人数は常に練兵場に居させてくれ。何かおかしな動きがあれば拘束する」
そう言ったカリーナに、家令とクリストフが一礼して、それぞれの手配のために歩み去った。
「ご案内しましょう。どうぞこちらへ」
カリーナがそう言うと、大変に機嫌の良さそうな第三皇子と疲れた表情の近衛兵たちが後をついて来た。
「くそ!! もう一度だ!」
「……何度挑まれても同じですよ。もう十回は撃ち込んでいらっしゃいますが、なんの攻撃にもならないうちに、剣を打ち落とされているのはお分かりか?」
「では弓だ! 弓で勝負しろ!」
カリーナはクリストフに視線をやる。相手をしなくてはならないらしい。
外に出てしばらく歩くと、射場が見えてくる。
カリーナがクリストフから弓を受け取り、弓弦の張りを確認する。
その間、近衛に弓の用意をさせていた第三皇子が弓を受け取った瞬間、カリーナはそれを奪い取った。
「なんです? この甘い張り具合は。子ども用ではないのですから。クリストフ。私と同じものを殿下に」
第三皇子は何か言いたそうな顔で、しかし、それを言うのは誇りが邪魔をしたのか、素直にそれを受け取った。
近衛がおかしな細工がされていないか確認する。
問題なしと判断された弓を試しに引いた皇子の顔色が悪くなるが、知ったことではない。
カリーナは早く図書室に戻りたいのだ。
射場で、一つ台を挟んで、カリーナと第三皇子が並び立つ。
カリーナが先に弓を射た。的の中心から少し外れてしまった。やはり毎日練習しなくては腕は鈍る。
そして、第三皇子はと言うと。
「くそ! なぜ当たらん!」
「当たる当たらない以前に、的にも届いていないではないですか」
「うぐぅ……」
さて、そろそろ諦めて帰ってくれるだろうか、と思ったカリーナだったが、相手が悪かった。
「どうしたら、そなたに勝てるのか教えよ!」
ただを捏ねる子どものような発言に、カリーナは平常心を心掛けながら対応するしかない。
騎士団にも時折り生意気な若造が入団してくるが、ここまで相手をしてやれば、基本的には大人しくなるものなのだが。
うんざりしつつも、だがカリーナは本気で第三皇子に付き合ってやる事にした。
生意気な鼻は、早いうちにへし折ってやった方が本人のためだ。
才能が、と言うより身体すらまともに出来ていないと教えてやり、離宮の中庭を走らせる。
庭師達が心配気に様子を見ているのに気づいて、走る道筋を花壇から遠ざけた。少しでも短い距離を走ろうとする皇子が、花壇に近づきすぎるのだ。
第三皇子はたったの十六周で根を上げて地面に転がり、付き合わされていた近衛の二名も、七十周も行かないうちに膝をついた。
なんと軟弱な事だろうか。
カリーナはこの場所を百周する事を、毎朝の日課としている。
誰かに特別に疲れさせられた朝は別として。
やがて昼食の用意が出来たと、執事が呼びに来た。
高貴な皇子殿下が地面に寝転んでいるのを見て顔を青くしながらも、執事は礼儀正しく皆を食堂に案内する。
もちろん、護衛として皇子に付き従う二名を除いた八名の近衛たちは、別の部屋に通される。
すっかり大人しくなった第三皇子は、ちまちまとパンばかりをつまんでいた。
走ったとはいえ、だいぶ長い時間地面に寝転んでいたのだから、休憩はとったはずだ。食欲がないとは言わせない。
カリーナは、彼の皿にどんどんと肉や野菜や果物を追加していく。
「これくらいはお食べなさい。身体が出来ていないのは食生活にも原因がありそうですね」
彼女が率いていた騎士団の食堂で盛られていた量と比べると、今第三皇子の前に置かれている量など小盛りとしか言いようがないのだが、なぜか皇子は涙目だ。
カリーナは彼の倍ほどの量を平らげた。
顔を青くしながら、皿の中身をなんとか腹に収めていく皇子を、カリーナは食後のお茶を飲みながら監視していた。
涙目になりながも、皇子は長い時間をかけて、それを食べ切った。後ろに控えている近衛たちまで顔色を失っているのは、一体どういうことだろうか。
やがて、皇子の前にもお茶か置かれた所で、廊下が騒がしくなる。
カリーナは立ち上がって、急いで戻って来てくれたらしい夫を出迎えた。
汗をかいた額に張り付く髪を払いのけた彼は、食堂の中を見回して、顔面蒼白で口を開こうともしない第三皇子と、ロイに向かって騎士の礼をとった近衛の二人を見て眉を寄せる。
「これは何事だ……?」
カリーナは、事情を説明すべく、ロイにも椅子を勧めたのだった。
つづく……
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!




