23.離宮への訪問者たち
おはようございます!
こんにちは!
こんばんは!
離宮はいつもよりも慌ただしい様子だった。
帝都や各領地から、離宮の主である第五皇子の元へ、客人たちが集まることになっていたからだった。
それに合わせて、その日の昼餐はいつもよりも遅い時間に予定されていた。
女主人として初めての客人を迎える事になるカリーナは、朝から侍女らに囲まれて、貴婦人らしい装いと化粧を施されていた。
カリーナは近頃、図書室の片付けにかこつけて男装ばかりしていた。そのため、ようやく腕を振るえると、侍女たちは大変真剣な様子だった。
やがて、執務を終え、着替えを済ませたロイがカリーナの部屋を訪れる。
手をとって口づけてくるが、はっきり言って、この場では彼はただの邪魔者だ。
彼は侍女らに、にこやかに押しのけられ、渋々と言った体でソファに体を沈めることになる。
彼がここにいると言うことは、カリーナの支度が終わるまでの間、彼の指示を仰ぐ使用人や部下らが、必然的にこの部屋ヘやってくる事になる。彼はそれに当然のようにこの場で対応する。
執務室なり自分の部屋なりで待っていればいいと思うのだが、彼に言わせると、カリーナが着飾って行く様子を見ていたいのだとか。
紳士としてはいかがなものかと思う発言だが、彼はなかなか独占欲が強い。この辺りで折れておかないと、カリーナが余計面倒な目に合う事になる。
そのため、この行動も黙認しているのだ。決して歓迎はしていない。
やがてカリーナの支度が終わり、ロイの手を取って立ち上がると、彼は彼女の美しさに感嘆の声をあげ、侍女たちを労う。
そうしているうちに、来客が告げられ、二人は出迎えるために、手を取り合いながら歩き出した。
昼餐会の出席者は、ロイの最大の支援者であるリンデルク侯爵。
若くして当主の座につき、既存の勢力に組みすることをよしとせず、第五皇子に協力を申し出たというトルイス伯爵。
この場ではやや年長であり第五皇子がマルス将軍として領地へやって来た時に知己を得たというアルドラン伯爵。
以上の三名だった。いずれも当主本人のみの出席である。
昼餐は和やかに進んだ。
ロイは仲間である彼らの前では、その覇気を隠さない。席次を別にしても、この食堂の様子を目撃した誰もが、この場を制するのが誰なのか、すぐに理解する事だろう。
カリーナはと言うと、あまり経験のない事に、微笑みを崩さないようにするのに精一杯だ。
彼女は母親を生まれてすぐに亡くしており、さらには父親の領地である辺境伯領で育ったため、客人をもてなす機会が他の貴族に比べれば少なかった。
特に女主人の姿を見る機会ともなれば、さらに少ない。ごくたまに叔母がその役割を担っていたが、それを見た事があるかないか。
もちろん、知識としては教わるが、それで身につくと言う物でもない。
自らが客人として招かれた先での夫人らの様子を思い出すも、そもそも彼女の故国とこのディレイガ帝国とでは、作法に若干の違いがある。
その辺りは、侍女長らに教わっている最中なので、この場では、とにかく微笑んでおけ、と自分に言い聞かせているのだった。
客人たちは、多くの平和な話題で盛り上がり、昼餐にも供されている、ロイの領地で作られているワインの感想を言い合っている。
カリーナはワインに詳しくないが、彼らの豊富な知識に基づく話はなかなかに面白いと思うのだった。
やがて、彼らは隣室へ移動する。昼餐の後であるため、お茶が供される。
カリーナはロイの手の不穏な動きを察知し、男性らでソファセットを囲ませ、自分は邪魔にならぬようにしております、とうそぶいて、扉の近くのカウチに腰掛けた。
使用人や護衛も遠ざけられているため、まあ、扉の番でもしておいてやろうという気持ちだった。
会話の口火を切ったのは、トルイス伯爵だった。
「そういえば、ご存知ですかな? 第二皇子殿下が、何やらおかしな動きを見せておられるとか。これまでには無いほど精力的に帝都からお出になっているようです。今更、味方作りに精を出すとは思いませんが」
それにアルドラン伯爵が応える
「我が領地に隣接するとある領土拡大派の伯爵家にもお出ましになったとか。しかし、過剰なほどの警戒体制を取っておられ、近衛の一小隊をお連れだったそうですぞ。花嫁探し、との噂も聞きますな」
「いずれにせよ、どのような有力な家と繋がったとて、帝位には手が届きますまい」
第二皇子もまた、その後ろ盾の弱さと、本人の病弱さから、帝位の継承争いからは除外されて考えられることが多い。
この場でも、監視はつけつつ、泳がせておけばいいということで、意見の一致がみられた。
リンデルク侯爵は、何よりも、第四皇子の一派を警戒すべきだと主張する。
第四皇子はまだ三歳という若年だが、母親が領土拡大派の重鎮である公爵家の養女だ。元は伯爵家の出だが、その美貌に目を止めた公爵が、皇帝の妃として送り込むべく、養女としたのは有名な話だと言う。
カリーナは、帝国議会や、夜会の際に確かにその女性を見たのだが、正直言って、あまり印象に残っていない。美貌の持ち主だと言われても、そうだったかも知れない、としか言えない。
いくつかの話題が出ては消えたが、結局は、現在の最大の障壁である、皇太子の話題へと話は収斂する。
カリーナも離宮へ帰り着いてからロイに聞いた事だが、リンデルク侯爵の指示のもと、皇太子にはすでに彼らの息がかかった人間を側に置くことに成功している。
皇太子自身の愛人として。
その女性の影響で、数年前から皇太子は若い頃からその兆しを見せていた享楽にどっぷりと浸かりきっていると言う。
彼に、廃嫡も致し方ないと言うような罪を犯させ、もしくは着せ、排除しようという過激なことをわざわざ口に出したのは、トルイス伯爵だ。
罪人として皇太子が処罰されることになれば、同時に皇太子の息子も罪に連座させることができる年齢となった。その場合は、皇太子妃も同様の運命をたどる。
利発な皇帝の孫、などと言うのもいつか面倒事になりかねない。同時に排除してしまうのが得策だ、と。
それらの話を、鷹揚に聞いていたロイが、ちらり、とカリーナに視線を送った。
カリーナは頷く。
彼らの計画が現実味を帯びていると聞かされた時、カリーナはロイに、別の方法を取るべきだと主張し、ロイもそれに賛成した。
その計画を、この三人に披露せよ、との合図だった。
「失礼」
カリーナは席を立ち、夫であるロイが差し出した手を取り、そのまま彼の横に腰掛けた。手はロイに握られたままだ。どうやら、ロイには、カリーナに触れずにはいられないという病の症状が出始めているらしい。
「その件ですが、より、我らにとって有効な方法がございます」
カリーナはこの場ではロイに次ぐ身分を持つわけだが、新参者らしく、丁寧に口を開いた。
「まずは、皇太子妃殿下と、ご子息を味方につけ、しばらくは皇太子殿下を支持している貴族たちも共に我らの味方につけます。その力を利用してはいかがかと」
「……どのようにしてでございましょうか。妃殿下」
リンデルク侯爵は年齢の割に若々しい顔に、抜け目のない笑顔を貼り付けている。
「皇太子殿下には、駆け落ちしていただきます」
「そのような、生ぬるい事を! それでは、皇太子の息子を始末できない」
トルイス伯爵は、もう少し言葉を選んだ方が良いだろうとカリーナは思った。
「前もって、皇太子妃殿下には、皇太子殿下が地位を捨てて逃げ出す旨をお伝えし、その代わり、ご子息の後ろ盾として、第五皇子殿下がつかれると言う条件を提示し、交渉を行います。
皇太子殿下お一人が姿を消されるだけならば、お一人が廃嫡されるだけで、妃殿下とご子息は皇籍に残ることが可能です。皇太子の支持者も、せっかくのこれまでの投資を無駄にせぬため、お二人への支援は続けられるでしょう。ご子息が皇太孫となられる可能性が高ければ、高いほど」
「しばらくは、皇太子支持の一派の力を利用出来ますな。その案を取りますと。
現状、皇太子殿下の次に勢力が大きい第四皇子は若年です。年長者となると第二皇子ですが、健康問題と後ろ盾の弱さに懸念があります。すぐに後継者を決められる状況ではありませんからな」
リンデルク侯爵が頷いた。
「しかし、第五皇子殿下のお力を強まるのは一時的な事。皇太子のご子息が皇太孫となられたとして、第五皇子殿下にとっては、現在よりも状況が悪くなりましょうな。腑抜けた皇太子ではなく、青年となった利発な皇太孫とを比べれば」
リンデルク侯爵の言うことももっともなので、カリーナはそれに頷く。
「ですので、ここからが、皇太子妃殿下との交渉の肝となります。もし、ご子息が皇太孫、そして、さらには帝位におつきになること叶えば、第五皇子殿下が、宰相の位につかれる事をご了承いただきます」
「宰相、でございますか? ですが、我らが目指すのは……」
トルイス伯爵の言葉を、ロイが手を振って遮る。
「初めから、剣を閃かせていては、相手は近づいては来ない。いつ首を切られるか分からないからだ。
まずは立場はどうあれ、懐に入れてしまえば、あとはどうとでも出来る。私は妃の案を取ろうと思う」
ロイがはっきりとそう言うと、三人は三者三様の表情で考え込んだが、やがて、アルドラン伯爵がカリーナの案に賛成すると言った。
「さよう。殿下のおっしゃる通り、始めから一心に頂上を目指すよりも、その途中途中の休息場を設けておいた方が、成功確率は上がりましょうな。
私は妃殿下の策が、もし皇太子妃殿下の承諾を得られるのであれば、最良であると考えます」
要は、その交渉をカリーナが成功させられるかどうかだ次第だと言われたのだ。
カリーナは、「そうなるよう、最善を尽くしましょう」とだけ答えた。
やがて、話題も一巡すると、客人たちは席を立った。
リンデルク侯爵は、表情を読ませぬにこやかさで、トルイス伯爵はやや憮然とした表情で、離宮を離れた。
領地へ戻ると言うアルドラン伯爵は、ロイが少し離れた隙にカリーナに言った。
「私には、十を過ぎたばかりの娘がおります。第五皇子殿下が相応の地位につかれた際には、妃殿下と共に娘も殿下をお支えする日が来るかもしれません。その際は、よしなに」
一方的に、微笑みを貼り付けたまま、彼はそう言うと、戻って来たロイに丁寧に挨拶をし、馬車に乗って離宮を後にした。
なるほど。こうやって、ロイの側妃候補の親からチクチクと針を刺されるのにも耐えなければならないらしい。
確かに、新妻としては、カリーナは歳を取りすぎている。彼女の歳ならば、すでに子の三人や四人はいてもおかしくない。
その辺りも、彼らにロイの妃として自身の縁者を、という期待を持たせる原因となっているのだろう。
彼女が第五皇子の子を産めば、カリーナの夫に手を出そうとする者たち気も、多少なりとも弱まるだろう。
「カリーナ。何を考えている? 部屋に戻らないのか?」
ロイはカリーナの腰を引き寄せた。まだ使用人の目があるのだが。
先ほども客人らの前で手を握っていたくらいだから、もう例の限界が来てしまったと言う事だろう。
「ロイ。ご相談がございます」
「聞こう。何事かな?」
カリーナは彼に腰を抱かれたまま、階段を登っている。はっきり言って歩きづらい。
部屋に辿り着き、人払いがされると、さっそくロイに膝に乗せられ、抱きしめられる。
「このドレスもいいな。よく似合っている。すぐに脱がせてしまいたいくらいに」
カリーナは小さく笑った。似合っているのなら、脱がせずに着せたまま鑑賞していればいいものを。
「で、相談とは?」
「お子は望まれますか?」
ロイは驚いたように、目を瞬かせた。
「もちろん。そうで無ければ、そなたをあのように抱いてはいない」
カリーナは頷いた。正直、カリーナは子を持つつもりはなく、これまで生きてきた。いずれ跡取りが必要になれば、養子をとるあてがあったから。
彼との子が出来る可能性については、夫婦なのだから当たり前だと、思考に蓋をしてしまっていた。
「私は特別に望んではいなかったのですが、先程、アルドラン伯爵から、私のロイに、伯爵の娘御を嫁がせようとしているかのようなお言葉を頂戴いたしまして」
「なるほど?」
政略のために子を作るのは、貴族社会では当然のことだ。カリーナは、自分にそう言い訳をした。
「私はあなたを誰かと共有するつもりはありませんので、私があなたの子を成せば、そう言った声は小さくなるのでは、と、わっ! ちょっと、いきなり抱き上げないでください、ロイ!」
「そのように誘われてはな。ちょうどそのドレスを脱がせてみたかったところだ」
彼女の夫は嬉しそうに笑っていた。
つづく……
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