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前世の記憶持ちの女伯爵は、嫁ぎ先の国で夫を皇帝にすることにした  作者: 針沢ハリー


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【閑話6】メイドは騎士団長を監視する


 その日、エヴァンは長引いてしまった仕事をようやく片付けて、ただ飯狙いのエドと共に自邸に帰り着いた。


「ご苦労」

 エヴァンではなく、なぜかエドが門番に声をかける。


 騎士団の長となった事で、彼は身辺の守りを固めねばならず、門の前には新しく小屋が建てられており、二人体制で門の番をする者が第三軍から派遣されてくる。交代制だが、大抵は若手の仕事になっていた。


 その彼らから、昼間、使用人を探しているこの家に、その応募者がやってきたと報告を受ける。そして、その応募者はまだ帰ってはいないとも。


 昼間来て、まだ家の中にいると言うことは、執事たちに認められたという事だろう。

 最終的にはエヴァンが直接会って決めることになっているから、こんな時間まで待たせてしまったのに違いない。申し訳ないことをしてしまった。



 馬を繋ぎ、家に入ると、そこには若い健康そうな女性が彼を待っていた。

 立ち上がってこちらに頭を下げた時の所作の美しさから、それ相応の家の出だと思われた。


 そして、微かにだが、見覚えがあるような気がして、記憶の糸を辿る。だが、後ろからエドの声がして、その作業は中断された。


「あれ? リリーじゃないか?」


「お久しぶりでございます」


 ああ、以前カリーナの使いで、何度か詰め所に来たことがある、彼女のメイドだったか、とようやく合点がいく。いや、伯爵邸でも顔を合わせた事があったかも知れない。


 執事たちは、彼女を大変気に入っている様子だった。

 「あのフォイラー伯爵邸で長くお勤めでしたし、きちんとした紹介状もお待ちです。以前王宮で下働きをしておられたそうで、立ち仕事でもなんでも出来ると」「まさに理想の方です」と執事も家政婦長も絶賛している。


 だがエヴァンは正直戸惑っていた。

 なぜ、そのようなきちんとした勤め先から、メイドの仕事だけでなく、下働きのような仕事までこなさなければならない、こんな小さな家にやって来たのか、と。

 もっと条件の良い働き口はいくらでもあるだろうに。


 帰らせようか、という考えが一瞬頭をよぎる。しかし、こんなに長く待たせてしまった上に、夜も遅い。帰らせるにしても、帰り先があるのかも分からない。


「では、こちらへ。話を聞こう」


 エヴァンが即決で彼女の採用を決めると思っていたらしい家政婦長のマルタが、片眉を上げたのが見えた。が、それを無視して彼女を書斎へ案内する。


 彼女は片手で持てるトランク一つだけを持って、彼に着いてきた。他に荷物はなさそうだ。


 後ろで、「やー。お腹すいちゃったなー!」 という、エドの呑気な声が聞こえてくる。

 エヴァンも腹が空いていたが、まずは目の前の問題を片付けよう。



 書斎に入り、ソファを指し示して着席を促すと、はからずもリリーは、彼女の敬愛してやまない女性がお気に入りだった、まさにその場所に腰掛けた。


「久しぶりだな。フォイラー伯爵邸を辞めたとは、大変驚いた。そなたは、フォイラー伯爵夫人を大変敬愛していたようだったから」


 彼がそう言うと、リリーは、先ほどまでの淑女然とした表情を投げ捨てて、眉を吊り上げた。

 彼女の年齢を正確には知らないが、そう言う表情をしていると、先ほどまでは随分と大人ぶっていたのだな、と思う。

 やはり、彼女には、働き口を探すと言う口実の元、彼に会う他の目的があったのだ。


「最近、ヘクター騎士団長様が、王妃様の取り巻きのご婦人方のサロンに頻繁に顔を出していると、もっぱらの噂でございます」


「そうだな」

 エヴァンは、無表情に肯定する。


「本当だったのですね! ご主人様を裏切るおつもりですか!? 長く騎士団のお仲間として支えていらっしゃったのに!」


 彼女は随分と意気込んでやってきたらしい。一息に捲し立てられるが、エヴァンとしては、なんとも答えようがない。


「それを言いにやって来たのか? 使用人を探していると聞きつけて、それにかこつけて、私に会うために?」


「いえ! 働かせていただきたいのは本当でございます! ご主人様のために、あなた様を見張りにやって参りました!」


 彼女の瞳には曇りがない。だが、正直すぎる。


「……おそらくだが、そういった目的があってやって来たのならば、それは言うべきではなかったな。黙って監視した方が良かったろうに」


 彼女は、目をぱちくりと瞬かせると、顔を赤く染めた。自分の失敗にようやく気づいたらしい。頭を冷やして物事を考えるべきだと言う、良い教訓を得ただろう。


「そなたの作戦は失敗だ。監視対象に敵意を知られてしまったのだから。それで、フォイラー伯爵邸に戻ることは出来るのか? なんならば、私が話を通すが」


「い、いえ、こちらで働かせてください! マルタさんは、絶対に騎士団長様も承諾なさるだろうと」


「……なぜ、自分にまともに仕える気が無い者を採用せねばならない? そなたは、伯爵邸に戻った方がいい」


「いえ、お仕事はきちんとします! でも、何かご主人様のお役に立ちたいのです! ですから、ここで雇ってください!」


 エヴァンは、腕を組んで彼女の真っ直ぐな目を見る。その情熱は眩しいものだが、家の中で四六時中監視されるのはごめん被りたい。


「雇うことは出来ない」


「……そうですか……。仕方ありません。お時間をいただき、ありがとうございました」


 彼女は立ち上がると、丁寧なお辞儀をし、荷物を持って扉に向かう。


「宿にでも泊まるのか? もう夜も遅い。部下に送らせよう」


「いえ、必要ございません。ここで雇っていただけなかった場合には、乗り合い馬車に乗るつもりでしたので。夜に出る便に、今ならば間に合います」


「……どこに行くつもりだ? 実家にでも帰るのか?」


「いえ。ディレイガ帝国へ向かいます」


 エヴァンは内心で呆れ返った。


「その軽装で? 女性一人で? 悪い事は言わない。それはやめるべきだ。

無事に辿り着けるとは思えない」


 彼が諭すようにそう言うと、彼女は瞳を揺らした。

 雇わせるための脅し文句かとも思ったが、そうでもないらしい。主人の元に駆け付けたいのは事実なのだろう。だが、それは今の彼女一人では、到底なし得ない事であることも、きっと分かっているはずだ。


「今日はここに泊まるといい。身の振り方は、私が口を出す筋合いはないが、フォイラー伯爵家へ戻るのがいいと思う。明日、私が家を出る時に一緒に送って行く」


「いえ、あそこでは、ご主人様がいなくなった寂しさが募るばかりで……」


 彼女は俯いた。前髪のせいでその顔は見えないが、もしかしたら涙を堪えてでもいるのかも知れない。


 エヴァンとて彼女の気持ちは分かるのだ。騎士団の詰め所の執務室でふと窓際が目についた時、よくそこに寄りかかって外を見ていた、その人の姿を探してしまう。

 一番側で守ろうと決めたのに、ろくな話もせずに、さっさと遠くへ行ってしまった。


 エヴァンは頭を振って、その残像を消し去ると、まだ俯いている彼女に、ため息と共に言葉をかける。

 ここからは、彼女次第だ。


「私は過度に干渉される事は好まない。見張られていると感じたら、即刻解雇する。その条件がのめるか?」


 彼女は、勢いよく顔を上げた。濃い茶色の瞳から、涙が散った。


「よろしいのですか……?」


「条件がのめるのならば、だ」


 彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「はい! バレないように監視します!!」


「…………では、執事たちに雇われた事を伝えて、部屋に案内してもらえ。もう遅い。仕事は明日からでいい」



 彼女が意気揚々と書斎から出ていくと、笑いを噛み殺した表情のエドが入ってきた。相変わらず食事を済ませるのが早い男だ。


 彼はエヴァンが、あのけばけばしい夜会に足繁く通っている理由を知っている。

 書斎の扉をしっかりと閉めると、その瞬間に大笑いし出した。


「……私は家でも監視される事になったようだ」


 エドは、しばらくしてなんとか笑いをおさめると、彼にしては真面目な顔で言う。


「まあ、いいんじゃないか。あの子も寂しいんだろう。他に気を向けないと耐え切れないくらい」


「それは分かっている」


「でも、ここに来る楽しみが増えたなぁ〜〜!」


「毎日毎日、人の家を食堂代わりにしないで欲しいものだが」


「それは無理だなぁ。マルタさんの料理は上手いし。誰かさんにこき使われてるせいで、仕事終わる頃には食堂は飲み過ぎたやつらでうるさくなってて、行きたくないし」


 エドの都合など知った事ではないので、エヴァンは自分も早く食事を済ませるべく、書斎を後にした。


 何もかも、あんな風にいなくなってしまったカリーナが悪い。なぜ彼ばかりが割を食うのだろうか。


 いつか、直接文句を言ってやろうと心に決めるエヴァンだった。



 おしまい。

お読みくださり、ありがとうございました!

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