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前世の記憶持ちの女伯爵は、嫁ぎ先の国で夫を皇帝にすることにした  作者: 針沢ハリー


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22.策謀。ナシオ王国にて

おはようございます!

こんにちは!

こんばんは!



 ナシオ王国王都の大通りを、ゆっくりと馬車が通り過ぎていく。


 その馬車は派手ではないが、質の良さが随所に見られる。家紋は目立たない場所に控えめに入れられていた。家紋を誇示する事を好まない、堅実な家の持ち物だった。


 エヴァンは、珍しく礼服を着て、父親であるヘクター伯爵と共に、そんな一見質素な馬車に揺られていた。

 宰相であるコールタート公爵の邸宅に招かれての事だった。


 始め父の元に招待状が届いた際、父には心当たりがなく、かなり戸惑ったそうだ。

 あれだけの大きな家とは、商売上何らかの繋がりはあるが、だからと言って個人的に邸宅に招かれるような付き合いはない。


「お前を連れてこいと書かれてあって、ようやく得心がいったよ」


 商売の問題ならば、一番上の兄が跡を継ぐことが決まっている上に、商売もうまくやっている。

 わざわざ兄ではなく、エヴァンを連れてくるように念を押してくるなど、エヴァンに用があると言っているのと同じだ。随分とあからさまな事だった。


「お手数をおかけして申し訳ありません。しかし、お招きの理由は私にも分かりかねます」


「まあ、第三騎士団を率いる事になったのだから、騎士団長として、上手くやらねばならないのだろう? 相手は宰相閣下であるしな」


 エヴァンは曖昧に微笑むしか出来ない。

 父は、宰相の息子であるサイラスと、前第三騎士団長であったカリーナの関係を知らない。


 

 馬車をエントランスにつけると、宰相の息子であるサイラスが二人を出迎えた。

 

 「申し訳ございません、ヘクター伯爵閣下」


 サイラスは、伯爵家の当主である父に慇懃に腰を折った。


「王宮からの急な呼び出しがございまして、父は先程出掛けざるを得ませんでした。

 失礼を承知で、伯爵閣下には、当家の家令よりお話しさせていただきたく思うのですが、いかがでしょうか」


「致し方ございませんな。宰相閣下はご多忙でしょう。お話を伺いましょう」


「寛大なお言葉に感謝いたします。では、ご案内を」


 父と共に、使用人について行こうとしたエヴァンは、案の定、サイラスに呼び止められた。


「騎士団長様には、こちらでお話し申し上げたい事がございます。ご一緒いただけますか?」


 エヴァンは父に目で合図すると、サイラスに従った。彼に近くの応接間に案内される。


 さすが公爵家と言うべきか、王宮にも引けを取らない豪華な装飾の部屋だった。

 カリーナが毛嫌いするような。


「それで? わざわざお父上の名前をお借りしてまで、私を呼び出した理由をお聞きしても?」


「……単刀直入ですね。まあ、いいですけど。あなたにいろいろと教えて差し上げようかと思いまして」


 サイラスは、カリーナの婚姻が、ディレイガ帝国でも認められた事を知っているかと、私に問うた。

 知るはずがない。そんな事をいちいち知らせてくる人間ではない。


 胸に多少の痛みは走ったが、それだけのことと、受け流す。いつもの無表情で。


「帝国貴族に嫁がれた、とある貴婦人によりますと、カリーナが社交界で高飛車な態度をとっているとか」


 何やらどうでも良い噂話を聞かせてくる。これが目的でもあるまいに。


 なんにせよ、彼女はだいたい遠慮というものをあまりしないから、社交界のような、遠慮や配慮を欠かせない場所では、そう見られることが多くても不思議ではない。


 だが、とエヴァンは思った。

 サイラスの情報源はおそらく偏った目の持ち主だ。

 誰経由で吹き込まれたかは、想像ができる。その令嬢と繋がりがあり、こんなに早く帝国議会の議決内容を知る事が出来る人物は限られる。

 サイラスの父親もその一人だが、わざわざ息子にそんな事を聞かせはしまい。

 エヴァンの脳裏には、豪華な衣装を身にまとい、常に微笑をたたえる王妃の姿が浮かぶ。



「あなたもカリーナに、思うところがおありでしょう」


 サイラスは、小首を傾げながら、笑ってこちらを見ている。


 どうやらこの男にも、自分とカリーナとの関係を薄々勘づかれていたらしい。

 この男がカリーナを待ち伏せして愛を乞うていた場にエヴァンもいた。

 カリーナの後ろ姿越しに、この男を見ていた。哀れだと思いだながら。



「あなたは騎士爵しかお持ちでないのに、騎士団長など押し付けられて。今後に不安がおありなのではないですか?」


 ああ、思うところと言うのはそちらの事か、とエヴァンは得心がいった。引き継ぎが紙切れ一枚だった事は、確かに今でも根に持っている。


「私は文官として、一定の地位にいます。何かお困りごとがあれば、後ろ盾になりましょう」


  随分と見下してくださる、とエヴァンは心の中で思った。もちろん、表情を動かすことはない。

 そんなエヴァンの様子に気づかないのか、彼は恩着せがましく話し続ける。


「そのかわり、元騎士団長殿から連絡があったら、すぐにお教えいただきたい。内容はどんな物でも構いません」


「万が一、フォイラー伯爵夫人から連絡があったとして、その内容には帝国側の検閲が入っているでしょう。大した内容とは思えません」


「あなた方は、暗号を使う事が多々あると聞きました」


 エヴァンは当然内心で舌打ちする。どこからそれが漏れたのか、と。


「それが、ナシオ王国のためでしょう? 元騎士団長が、帝国にどこまでの情報を渡しているか、分からないのですから。もしかしたら、我が国を攻めようとする帝国の手先に成り下がっているかも知れません」


「……帝国側に、我が国ヘ侵攻する兆候でもございますかな」


「あ、いえ、これは仮定の話です」


 エヴァンはこの男から早く解放されたくて仕方無かった。

 誰かから吹き込まれた噂程度の情報と、自分を捨てて去って行った元恋人への感情だけで動いているらしい、この子どものような男から。


 だが、とエヴァンはいくつかの可能性を検討する。

 この男の後ろについて、この男を操っているお方に近づくのには、良い機会ではある。

 これまではカリーナとその方の関係が悪く、それが出来なかった。

 だが、情報を得ると言う点では、大変に有益だ。


「……分かりました。そういたしましょう」


「おお、騎士団長殿、では、何か困りごとが有れば、何でも言ってくれ。大抵は力になれるだろう」


 エヴァンは小さく頭を下げる。確かに、その点でも、この男の力を使えた方が騎士団としても助かる事この上ない。

 利用出来るものはすれば良い。相手方の思惑に乗るかどうかは、こちら次第だ。


 満足げな男から、またいくつかの情報を引き出して、エヴァンは父と共にその屋敷を後にした。


 馬車の中で父は、「なぜ呼び出す必要があったのか、全く分からん」と憮然とした様子だったが、息子の表情を見て、「まあ、お前の方に収穫があったのなら、良いのだが」と大変に人の良い事を言った。

 エヴァンは苦笑しつつ、家には迷惑をかけない事と、おかしな噂を聞いても、気にしないでいて欲しいという事を父に伝えた。




 第三騎士団の詰め所に顔を出すと、礼装のエヴァンにあちらこちらから声がかかる。それに適当に返事をしながら、歩兵部隊員を見つけると、クラバー隊長を執務室に来させるようにと伝言を託す。

 

 そして、この日休暇を取っているエヴァンの代わりに執務室で書類と格闘しているであろう男の元に向かった。


 「団長! なんだ、用事が早く終わったんですね。早く代わって下さい。もううんざりです」


「休暇中だ。自分でやるしかないな」


 この度、副団長へと昇格したエドが、落胆の表情を見せる。


「じゃあ、何で来たんですか」


「クラバーが来てから話す」


 エドは大きくため息をつきながら、三人分のお茶を用意するように、従卒としてこの部屋にいる見習い騎士の少年に指示を出す。


 お茶を飲んでいると、クラバーがのっそりと現れた。


「おやおや、団長殿。随分と優雅なご様子ですなぁ」


「クラバー隊長。お願いがあります。エドも、だ。よく聞いて欲しい」


 エヴァンは、見目の良い、爵位持ちの家の出の、婚約者のいない若い団員を何人かづつ見繕ってくれ、と二人に告げた。


「歩兵部隊にはそもそも貴族の出は少ないが……まあ、何人かはいるでしょう。その条件に当てはまる者が」


「騎士団には、何人も思い当たる人物がいるな。俺を筆頭に!」


 エヴァンはエドを見ると、彼以外で頼む、と言い添えた。エドは、見目が良いと言うには、線が太すぎる。


 エドも自覚があったのか、じっとりとエヴァンを睨みつけつつも、その命令を承諾した。

 



 それからしばらくしてからの事。


 美貌の第三騎士団長が、王妃の取り巻きである、とある貴婦人のサロンに出入りしているとの噂が社交界を飛び交うようになる。

 同じく第三騎士団の、若く、見目麗しい部下を連れた、新たな騎士団長は、華麗な騎士服の似合う美丈夫であり、大変紳士的な男性であると、ご婦人方から大変な人気を博すようになったのだった。


つづく……


ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

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