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前世の記憶持ちの女伯爵は、嫁ぎ先の国で夫を皇帝にすることにした  作者: 針沢ハリー


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18.身の程知らずな弟君のお相手

 随時、本筋に影響のない範囲で、誤字脱字の修正、文章の追加、削除等を行っています。



 議会でロイとカリーナの婚姻が認められた翌日、カリーナは午前中から、夜会に向けた支度に時間を費やすことになった。

 彼女は正直なところ、かなり()()()()していたのだが、侍女のソフィが一人で頑張ってくれているのだから、もちろん文句は言わない。

 ドレスを着て、化粧をされている間も、衝立の向こう側には、護衛としてチルトがいる。


 彼も暇を持て余しているようで、カリーナやソフィに軍隊内や又聞きだと言う社交界での面白話とやらを披露していた。

 だが、真剣なソフィは聞いていないか無視をしているし、カリーナもおいそれと口を、と言うより顔面を動かせる状況では無かったため、彼は一人で話し続けることになる。

 それでも話すのをやめない根性、もしくは鈍感さは評価してもいいのかもしれない。


 やがて髪を結いあげ、宝石を散りばめた装飾を全て身につけ、支度は終わった。

 その頃には、ソフィは汗だくになっていたが、彼女はやり切った表情で、「お疲れでしょう、妃殿下。お茶を入れてまいります」と部屋を出て行ってしまった。

 働き者の彼女に何か褒美を考えなければと思っていると、チルトから支度が終わった事を聞いたらしいロイが支度部屋に入って来た。


 彼は、カリーナの近くまで来ると、手を差し出し、それを取ったカリーナを立ち上がらせ、上から下まで満足そうに眺めやる。


 「いかがです? 殿下」


 ロイは彼女の手に口づけると「素晴らしく、美しい」と褒めてくれた。

 化粧と髪型は帝国風だが、ドレスはナシオ王国で主流の、首や鎖骨から肩までを大きく露出したものだ。カリーナの鍛えられた肩を華奢に見せるよう、肩の一部を覆うレースやドレス自体の切り込みの入れ方など、細部までこだわって作られている。

 基調は淡い青だが、濃淡をつけながら施された緑の糸を使った刺繍が印象的な、カリーナが世話になっていた服飾職人の渾身の作品だ。

 

 夜会の会場では、多少、人目を引いてしまうかもしれない。帝国風のドレスとはかなり違う形だから。

 ただでさえ、カリーナは背が高く、悪目立ちしがちだ。


 夫であるロイは、帝国風の全体的に黒っぽい夜会服だ。この男は何を着ても似合うが、カリーナのドレスに合わせてくれたのだろう、青や緑の装飾を身につけていて、それが少し嬉しい。そして同じくらい恥ずかしい。


 「殿下も、とてもお似合いです」と彼女が言えば、ロイも微笑み返してくれる。


 まだ時間があると言うことなので、ソフィが入れてくれたお茶を二人で飲む。

 もちろん、孤軍奮闘してくれたソフィには、自分の部屋で休憩するように命令することも忘れない。


 「カリーナ。もう分かっているだろうが、皇族内での私の立ち位置は非常に微妙だ。今回の夜会は、私に好意的な家もたくさん参加しているから、目も当てられないと言う事態にならないように根回しはしてあるが、嫌な思いをさせるかもしれない」


 「構いませんよ。私は夜会に限らず、社交界ではいい思いをした事はありませんから」


 ロイは苦笑しつつ、カリーナの手を握った。





 皇宮は広い。カリーナはいつもの、装飾が施された踵の低い靴で歩いていたが、かなり難儀していた。ドレスは歩きにくいし、カリーナよりもずっと背の高いロイの歩幅は広い。

 もちろん、ロイも気づいて歩く速度を緩めてはくれるが、そのエスコートぶりはイマイチだ。彼は社交界とは無縁だったと言うから、こういった経験そのものが少ないのだろう。

 後でみっちり仕込まなくてはいけない。カリーナが歩き辛い。


 やがて控えの間に辿り着くと、皇族は会場に最後に入場するため、しばし待つことになると、侍従に告げられる。


 その部屋の、装飾が美しい扉が重々しく開かれると、そこにはすでに、皇太子と皇太子妃、第三皇子の三名がいた。

 扉のところで、格上の彼らに礼をとる。それだけを済ませると、三人とは離れた場所に腰を下ろす。


 ロイの左手はカリーナを導くために腰に添えられていたのだが、座ってもまだそれはその位置にある。もう離しても問題ないのだが、と思ってロイを見やると、彼は大変機嫌が良さそうにカリーナを見下ろしている。

 

「……ロイ、この手は?」


「不慣れなそなたに何かあったら大変だ。すぐ近くにいた方がいい」


 彼はそう言いながら腰をさする。また面倒な、と思う。だが、夜会服姿で、さらには整えて後ろに流した髪を耳にかけたロイは格好が良すぎる。ついついそれを許してしまうカリーナだった。


 それにしても、思いの外、空気の重い場所だった。

 和気あいあいとしていろとは言わないが、皇太子は隣に座る自分の妃に見向きもしないし、その妃もどこか緊張したような顔で床を見ている。

 第三皇子は、窓辺に腰掛けて外を見ているが、足でトントンと床を叩き、イラついた様子だ。


 それだけならばともかく、カリーナを嘲るような笑みで見やると、声をかけて来た。


 「女騎士とやらも、そのような格好をすると、ただの女だな。本当に剣など振れるのか? 私が手合わせをしてやろうか?」


 カリーナは、子どもの戯言など無視しようかと思ったが、相手が格上であったことを思い出して、仕方なく応対することにした。

 エヴァンがここにいたら、きっと止めていただろうけれども。


「第三皇子殿下は騎士の叙任を受けておいでですか?」


「当たり前だ」


「なるほど。では、それは、殿下の身分に対して与えられた物ですね。手合わせの相手をお探しならば、帝国騎士団の見習い連中の中に最適な者がおりましょう」


 カリーナは事実を教えて差し上げた。第三皇子の身のこなしや体格を見ていれば、それはすぐに分かることだ。

 しかし、親切なカリーナの言葉に、第三皇子は顔を赤黒く染めた。


「私を侮辱する気か!」


 第三皇子は怒ると抑制が効かないたちらしい。本当にただの子どものようだ。

 さて、とカリーナは思った。ここで引き下がるか、さらなる親切心を発揮するか。だが、引き下がるという選択肢を無くす発言を第三皇子がした。


 「女の分際で、身の程知らずだぞ!」


 それは完全にセクハラだ。カリーナは昔からその類の事を何度となく言われて来た。そして、それを微笑で流すことは、夜会の最中など、場を乱す恐れがある時くらいしかない。

 ロイも止める気はなさそうだ。相変わらず腰を撫でているから。


 「その言葉、そのままお返しする。身の程をわきまえられよ」


  カリーナがよく通る低い声で言うと、第三皇子は体を揺らした。言い返されるとは思っていなかったのかも知れない。


 「もし私の部下にあなたの様な者がいたら、一からその性根を叩き直すところです。あなたが戦場に出たら即座に亡き者にされてしまいますので。

 ああ、今のあなたの立場ならば、周りは護衛の騎士が一部の隙もないように取り囲むでしょうから、せいぜい矢傷を負う程度でしょうか」


「なんだと! 私の実力は、騎士団の皆が認めている!」


 本当に謙虚さなど微塵も持ち合わせていない若者だ。きっと周りに彼を本気で気にかけてくれる者がいないのだろう。

 そのせいで、部外者であるカリーナがこういう面倒な目に合う。


「そう言わざるを得ないでしょう。その者たちは。ご自分の立場をお考えになれば分かること」


「まだ言うか! 手合わせしろ!」


「……教えを請われるならばともかく……」


「何!?」


 カリーナは改めて、今ではカリーナに向き直り、完全に立ち上がっている彼の体つきを確かめた。


「よろしいか。あなたのその細い足腰では、私の一撃にも耐えられますまい。そう思われませんか? 第五皇子殿下」


 穏やかな様子でカリーナの腰をさすっていたロイに、急に話をふる。

 お前も助けろ。この面倒な弟を私だけに押し付けるな。


「もちろん。そうなるだろうな」


「なんだと! 私は、兄上たちの誰よりも筋が良いと言われているのだぞ!」


 カリーナは盛大にため息をついた。


「よろしいか? 私はロイ……第五皇子殿下と手合わせをしたことはないが、それでもわかる」

 カリーナは夫の逞しい肩を撫でながら言った。

「剣技だけではなく、体術にも優れておいでだろう。いわゆる騎士としての訓練はそこそこに、実戦から学ばれたと思われる。傭兵などには良くいるタイプの戦士だ」


 ロイはそれを肯定するように、カリーナの手袋をした手を取って撫でている。


「そして、貴方は、基本も出来ていない、騎士もどき、だ。

 お分かりか? あなたは私と手合わせをする資格はお持ちでない」


 顔を大きく歪め、肩を怒らせた第三皇子がカリーナに掴み掛かろうとした。

 「この、無礼者が!」と叫びながら。


 部屋のあちら側で、皇太子妃が口に手を当てて、驚きに目を見開いてこちらを見ていた。

 お騒がせして大変申し訳ない、とカリーナは思った。


つづく……


ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

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