15.帝都へ
おはようございます!
こんにちは!
こんばんは!
その朝カリーナは早くに起き出した。
夫婦の寝室で目覚め、横で眠るロイを起こさないように、静かに続き部屋である自分の寝室へ移動する。
どうせ使用人たちには昨夜カリーナがどこで過ごしたのかは筒抜けだ。
彼女の寝室の、夫婦の寝室のものよりも一回りは小ぶりなベッドには、使用されなかった夜着が置かれている。それを尻目に、さらに隣の居間に行ってから呼び鈴で侍女を呼ぶ。
彼女らは、何も言わず湯浴みの準備をし、カリーナがそれを終える頃には、食事の用意が出来ていた。さすがに優秀だ。
給仕されたそれをありがたくいただく。やや味が濃い気がするが、口には合う。彼女はもともと味にうるさい方ではないので気にならない。
というよりも、昨日までとは打って変わってのんびりとお茶など飲んでいると、慣れない場所での生活も気にならなくなってくる。
カリーナはもとより戦場暮らしに慣れているので、適応力は高いのかもしれない。
「妃殿下。帝都へお持ちするご衣装はいかが致しましょうか。何着かお選び頂かなくてはなりません。
お国からお持ちになった衣装は全て荷解きが出来ております。また、こちらでもいくつかご用意致しております」
「さて、私にはよく分からないのだが、殿下の妻として、また、婚姻を認めていただく立場として議場に赴く際には、どういった物が適切だろうか」
「僭越ながら、そのような場合には、帝都で貴婦人方がお召しになる類の衣装がよろしいかと」
「では、そなたが見立ててくれ。衣装部屋で試着ができるのか? そうか、ではそちらの部屋に行こう。その方が早そうだ」
帝国風のドレスは、やはり今来ている部屋着と形が近く、しなやかに体の線に沿って、それを覆い、スカートが下に行くにつれて広がっていく。袖口には返しがあり、少し騎士服を思い出させた。
その上から、袖がなく、襟が高い、腿まで覆う丈の上着を着るのだという。露出はほとんどない。
侍女たちはいくつかのドレスをカリーナ本人に当ててみてから、色は彼女の髪に合わせて、上品な落ち着いた赤にすると良いと言う。赤とは言え、襟と袖口、スカートの裾の部分は金糸の刺繍が幅広く施されている。
「よく用意出来たな。私は背が高いから、既成のものではなかろう」
「殿下からの使いが参りまして、大体の事が伝えられましてから十日ほどはございましたので、なんとか。しかし、細かな点ではお体に合わない点もあるかもしれません」
「それくらいは、かまわないだろう。上着を着れば分からないだろうし。あ、これならば……。そこから、シャツとズボンを」
侍女に、国から持って来た、カリーナの体に合わせて作らせた男物のシャツと薄手のズボンを取り出すように頼む。
「こちらでよろしいでしょうか」
「ああ。先にこれを着る」
「は……?」
カリーナは部屋着を脱ぐと、胸当てはそのままに、シャツとズボンを身につけた。
「妃殿下、あの、ドレスは……」
「この上から、着せてくれ」
ドレスは首元が覆われており、生地も厚手なので、持ってきた男装の上に来ても目立たなかった。元々のサイズがカリーナの実際の体よりもやや大きめであったからかもしれない。
カリーナは驚く侍女たちに笑いかけた。
「すまない。万が一のために、いつもドレスの下はこんな感じだった。私の国のドレスは露出が多いから、シャツを着るのは無理だったが」
そんな着方をする人はいないと、侍女長にたしなめられるが、カリーナは、この姿ならば、いざという時に皇子を助けられると主張した。だが侍女長は頑なに反対している。外から見えないのだから、いいのではないだろうか。
「カリーナ。何事だ」
ロイが身支度を整えた姿で現れた。帝国風の衣装もとてつもなく似合う。
「なかなか似合っているぞ」
彼もカリーナの衣装を気に入ったようだった。腰を抱き寄せた彼は、下に何か着ていると気づいたらしい。彼が眉を上げたのを見て、侍女長が告げ口をした。
そのおかげでカリーナは、ロイの護衛の二人、クリストフとチルトからも、大人しく守られていてくださいと言われてしまった。
いいではないか。逆にいけない理由が分からない。
「そなたらは、殿下を守れ。私は自分の身くらいは自分で守れる」
ロイは侍女や部下に、苦笑しながら、外からは分からないのだから、かまわないだろうと言ってくれた。
「私もそなたを守るのだから、そんなに気を張らなくていいぞ、カリーナ」
いつにも増して機嫌が良く、妻に甘い主人の姿に、呆れたように目を見合わせて、笑いを漏らしたクリストフとチルトだった。
カリーナの衣装選びはそれからも続いた。議会の翌日には夜会があり、そこで着るドレスが必要だったのだ。
「婚姻の儀式の時に着ていたドレスは素晴らしかった。ああいったものを持って来ているのだろう? それでいいのではないか?」
知らなかった。ロイはあの水色のドレスがお気に召していたらしい。あの時に褒めてくれればいいものを。
カリーナが侍女長に確認すると「夜会では、お国のものを着られてもよろしいかと」とのことだったので、ロイが選んだ、淡い青に緑色の刺繍が際立つドレスと、それに合う宝石類を持って行くことにした。
そして、一通りの支度をカリーナだけでするのは無理なので、若い侍女を一人つけてくれると言う。
カリーナ一人では、まともな化粧も出来るとは言い難い。気遣いに感謝する彼女だった。
翌日は明け方に出発するため、カリーナは早くに床に着いた。
ロイがうるさいので、触れないように約束させて、夫婦の寝室で寝ることは了承した。彼は不満そうだったが。
「私は睡眠時間はきちんと確保する主義ですので」
「……なぜ触れるのすらいけないのだ」
「我慢出来なくなるからですよ、ロイ」
カリーナがしつこい彼にやや怒りを込めて微笑むと、彼は一拍の無言の後、「分かった」と言って自分の毛布に包まって向こうを向いた。
そう。それでいい。始めからそうして欲しい。
安心した彼女は、自分も彼に背を向けて眠りについたのだった。
翌日、帝国議会に出席するため、彼らは明け方に出発した。
荷物を乗せた馬車と、カリーナとロイが乗る馬車、そして護衛の騎馬の一団で移動すること半日の距離だと言う。
馬車の中で、もう一度、帝国議会の制度や、席次、皇帝への礼の仕方をおさらいするカリーナの隣にはロイが座り、彼女が投げかける質問に答えてくれる。
前の席には、着いて来てくれた侍女か一人。名前はソフィと言う、まだ十代の若い女性だ。彼女は貴族の出身だから、所作もよく、貴族同士の付き合い方にも通じているのでちょうど良い、と侍女長に任命されたらしい。少し表情は固かった。
彼女がいるせいか、ロイの例の軽口は少なめである。
今後は彼女に馬車に同乗してもらおうと心に決めたカリーナだった。
しばらく穀倉地帯が続く中を行くと、次第に集落が、そしてある程度の規模の町が増えてくる。
ロイに窓の外を見るように言われて、カリーナはそこに巨大な壁を見た。
それは、帝国が、もともとはこの一帯を治めていた軍事都市だった頃の名残りだと言う。それが何代もの領主が、王が、そして、皇帝が、版図を広げ続けた結果出来上がったのが、現在の大陸の覇者たるディレイガ帝国である。
彼らは、いくつもあるという小門の一つから、帝都の内側へと入って行った。
つづく……
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