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14.改めて、誓いの言葉

おはようございます!

こんにちは!

こんばんは!



 カリーナと皇子の乗る馬車は、一番初めに離宮へと到着した。


 皇子に手を取られ降り立つと、大勢の使用人たちが控えていた。全員が低く頭を下げていたのを、皇子が上げさせる。

 皇子は、中央にいる男女を、家令と侍女長だと紹介してくれた。彼らは、男装のような旅装姿のカリーナを見ても驚いた顔を見せなかった。


 まずは旅の汚れを落とすべく、皇子は侍女長に彼女を案内させた。

 カリーナは実のところ、この離宮に着いてから、温泉に浸かる事しか考えていなかった。

 当たり前だ。それに釣られてここまで来たようなところがあるのだから。


 胸躍らせながら辿り着いた浴室は……。普通のバスタブに湯が張られているだけ……。

 カリーナは、彼女から衣服を取り除いていく侍女たちに、これが温泉か、とがっかりしながら聞いた。

 近くの山から引いて来ている温水を使っていると説明され、これも温泉ではあるのを知るが、カリーナの思っていたものとは違う。

 しかし、大浴場は別にあると言う言葉を聞き、彼女は顔を輝かせた。

 よかった。これだけだったら本気で泣いていたかも知れない。


 今回の滞在中は忙しく、あまり時間を取れないので、今度はお使いになれるように用意させましょう、と侍女長がやや驚きつつも請け合ってくれた。

 確かにその方がいいかも知れない。旅の間は水で絞った布で体を拭くのがせいぜいで、彼女の体は汚れているだろうから。

 大浴場の湯を汚すようなことがあってはいけない。絶対に。


 侍女たちに手伝ってもらって入浴を終え、襟首と袖口に刺繍の入った、簡素な部屋着に着替える。

 これは帝国では、というより、帝都の辺りでは、一般的なドレスの形なのだそうだ。

 外出着は、素材が違ったり、上着を羽織ったりはするが、基本的に同じ形なのだという。

 ナシオ王国でいうドレスとは違い、とても動きやすい。もちろん外出着はもう少しきちっとした着心地なのだろうが。


 カリーナは髪を結ってもらうと、別の場所に案内された。

 離宮の中を見回し、道を覚えながら歩く。外観からすると、この建物は三階建てであり、二つの棟と、二階建ての離れのような建物で構成されているようだった。


 「カリーナ、待ちかねたぞ」

 そこは食堂だった。

 カリーナは軽くスカートをつまみ礼をすると、皇子の斜め横の隣に座らされる。


「風呂は楽しめたか?」

 皇子は微笑んで言った。

 本当に風呂好きだと思われている。本当に好きだけれども。

 カリーナは、お湯は素晴らしかったが、浴場が思った大きさと違ったことを正直に話した。


「ああ、大浴場が良かったのか? あそこはいつも使うわけではないからな」

 彼も侍女長と同じく、議会での婚姻の許可を取ってこの離宮へ戻って来たら、いくらでも入らせてやると言ってくれた。


 食事中も、カリーナの領地の屋敷にある浴場の話や、各地に作らせている治療院付属の浴場についてなど、結局風呂の話ばかりして終わってしまった。

 側に控えていた使用人たちは皆、カリーナをただの風呂好きと認識してしまったかもしれない。

 いや、間違いではないのだが。


 その後は、また移動して、居心地の良い、落ち着いた調度の部屋へ通される。

 ここは先ほどの浴室からほど近い。と思ったら、カリーナの部屋の一つだという。いわゆる居間のような部屋だ。

 この他にも、彼女用の寝室、衣装室、先ほどの浴室、客間があるそうだ。


 さすが、王族用の離宮だ。

 大きな建物だとは思ったが、カリーナ専用の部屋がそんなに沢山あるとは思わなかった。


 そして当たり前のように、カリーナの部屋のソファに、しかも彼女のすぐ隣に皇子が腰掛ける。

 非常に魅力的な笑みを浮かべた皇子が、彼女の手を弄びながら唐突に言い出した。


「殿下と呼ばれるのは、少なくとも私的な場では、落ち着かないのだが」


 なるほど。それは気が付かなかった。

 彼の部下や使用人はそう呼んでいるが、それは良いのだろうか。


「では、なんとお呼びしましょう」

 カリーナは、彼の名前を口に出してみる。

「ヨアヒム様?」

 彼は、それはお気に召さなかったようで、眉根を寄せる。


「その名はな、私が十四の時に突然与えられた名だ。いや、説明していなかった私が悪い」

 彼は、真剣な顔で話し出した。妻は知っているべきだろう、と言って。



 彼が十四歳の時、彼の母親である皇帝の三番目の妃が行方不明になった。ある日突然、忽然と姿を消したのだ。

 そしてその翌日、彼女の自室から置き手紙が発見された。かつての婚約者である、愛する相手と共にこの帝国を出る、と。


「書かれていたのは、ただそれだけだ。息子である私に言及することもなかった」


 妃は好き合っていた婚約者と結婚間近だったところを、皇帝、当時の皇太子の目に留まり、無理矢理彼の三番目の妃とされたのだという。

 置き手紙が発見されると、当然かつての婚約者の元に人がやられたが、その人物の屋敷はもぬけの殻であり、誰の姿もなかった。

 そこで妃は、元婚約者と共に逃亡を図ったものと結論付けられ、廃妃とされた。


 彼女の息子は、当然その血を疑われたが、彼は皇帝の子供の頃によく似た面立ちをしており、体格に恵まれている所もまたよく似ていた。

 さらに、母親の懐妊の時期からして確実に皇帝の種だろうと結論付けられ、廃嫡は免れた。


「その時、皇帝には私の他にも二人の男の子どもがいたが、二番目の子は体が弱く、いつ身罷っても不思議ではないと言われていた。だから私は残されたのだろう。

 だが、末端に名を連ねる事を許されただけだったから、第四皇子、第五皇子と呼ばれ方が変わるのには慣れなかったな」


「……なぜ新しい名前が与えられたのですか?」


「元の名は、ロイトラート・ディレイガだった。だが、ロイトラートは母方の家系の名。母が廃妃となると同時に取り潰された家で、よく男子に付けられていた名だった。だからだろう」

「使ってはいけないのですか?」

「いや、そういうわけではない。そうであれば、その名は抹消されていただろうから」

「では、私はそちらのお名前でお呼びした方が? 新しい方のお名前がお好きでないのなら」


 彼はなぜかうやうやしく彼女の手を持ち上げて、唇をあてると、「そうしてくれ」と言ってにやりと笑う。


 そう呼んで欲しいのならば、初めからそう言えばいいのに、とカリーナは思った。この男はそう言うところが少し面倒だ。


「ロイトラート様?」


 彼は口の端を持ち上げると、実に嬉しそうな顔をする。

「様はいらない。長ければ好きに呼んでいい」

「略して呼んでも不敬には? 例えば、ロイ、とか」

「いいな、それ」

「では、私的な場ではそう致しましょう」

「言葉も崩していいぞ? そなたが話しやすいように」


「では、ロイ。そろそろ寝室に案内をお願いしても?」


 カリーナが首を傾げながら微笑すると、彼はびくりと体を揺らした。彼女が彼の足に手を置いたからだ。


「……その言葉の意味、分かっているのだろうな」


 分かっているに決まっている、とカリーナは心の中で彼に悪態をついた。政略結婚とはいえ、カリーナは彼に惹かれたからこそ、この結婚を受け入れたのだ。

 先にやらなければならない事が多すぎただけで、カリーナも彼に触れるのを我慢していたのに、人の気も知らないで、すぐに煽ってくるし……。


「あなたはずっと、初夜をご所望でしたから」


 カリーナが内心とは裏腹に、さらに微笑みを深くし、彼の太ももを撫でると、彼は彼女をあっという間に抱き上げて大股で隣の部屋に進んだ。

 さすがに抱き上げられるとは思わなかったカリーナは、驚いて彼の首に手を回してしがみつく。彼女は一般的な女性よりも背も高ければ、体格もいい。落とされたりしないだろうか。


「重くないですか?」


「全く」

 彼は笑みを浮かべると、続き部屋の扉を開ける。そこは女性らしく飾られた寝室だった。


「ここはそなたの寝室だ。夫婦の寝室は、次の間だ」

 彼が言った通り、まだ先に扉があり、それをくぐると、先ほどとは全く違う雰囲気の、かなり大きなベッドが置かれた部屋に着く。


 彼はそのベッドに彼女を降ろして、自分も乗り上がる。

「待ちかねたぞ、カリーナ」

 彼はそう言って彼女の頬を撫でたが、その手を彼女に止めるように掴まれて、眉根を寄せた。


「ロイ。いくつかお話ししたい事が」

「おい。そういうことはさっきの居間でしろ。ここまで来て……」

「私は誰かと、あなたを共有するつもりはありません」


 彼は、首を傾げた。


「この国には、複数の妃を持つ制度があると」

 先ほどの話では、皇帝は皇太子時代から複数の妃を持っていたということだった。であれば、皇太子ではなくても、他の皇子にも同じようにそれが認められると考えるのが普通だろう。


 もちろん、皇帝が複数の妃を持つ事は知っていた。だが改めて、それが彼と結びつき、自分の事として捉えた時、それは嫌だと思ってしまったのだ。

 カリーナは、そういう関係は望まない。何がなんでも嫌なのだから、彼にそれを納得してもらわなければならない。


「ああ。あるにはあるが」

 彼は不満そうな声を出した。

「私はそなたに私の全てをやる言ったはずだ。あれだけ熱心に口説かせておいて……」


 カリーナは少し驚いて言った。

「……口説いていたんですか? ……勧誘ではなく?」


 そんな彼女の頬を撫でながら、彼が眉根を寄せる。

「勧誘? 妻を勧誘? なぜそうなった」


 カリーナは、顔に熱が集まるのを感じて顔を横を向いた。彼に顔を見られないように。


「私を部下として、味方として側に置きたいから、婚姻を結ぶのだと、そう言っておられるのだと思って……。  こちらは心臓がおかしくなっていたのに、あなたは涼しい顔で……」


 彼は、なぜか少し嬉しそうな笑い声をたてた。

「そんな風に思っていたのか? 私はそなたにすでに夫がいると思っていたから、そんな言い方もしたかもしれんが。

 そうではないと知って、本気で口説いただろう。あの時、そなたはどんな顔をしていたか、自分では分からなかったのだな」


「……どんな顔を……?」


「私が欲しくて仕方がないという顔だ」


 カリーナは、自分はきっと今もそんな顔をしているはずだ、と思った。

 そうだ。この男を自分のものにしたかった。共に彼の野望を追いかけてもいいと思う程度には。


「では、改めて誓ってください。あなたは私だけのものだと」

 カリーナが彼の頬に手を伸ばして言うと、彼は微笑んだ。


「私の全てはそなたのものだ。そして、そなたの全ても私のものだ。そうだな?」


 ああ。本当にこの男の声は心臓に悪い。

「はい。私もあなたに全てを捧げましょう」


 彼は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔にカリーナの顔に熱が集まる。


「こう言う話は、婚姻の儀式の前にするべきだったな」

「確かに」

 カリーナは笑った。忙しすぎて、そんな事を考える余裕はなかった。


「笑い事ではないぞ? 私はそなたに避けられて、不満だったのだからな」


「それは我慢してください。忙しかったら、今後もそうなりますから」


「……その件に関してはまた今度話し合おう。長くなっては困る」


 彼はカリーナのあごに手をかけて自分の方を向かせ、そして彼女に顔を寄せようとした。が。


「おい。またか。何の真似だ」


 いつかのように彼の胸を押し返すと、彼は面白そうな声を出す。

 あの日と同じだ。口づけをしようとする彼を押しとどめた、あの時と。


 その様子に小さく笑みをこぼしたカリーナは、さらに彼の胸を押し、自らも上半身を起こした。

 そして、もう遠慮する必要は無いと知ったカリーナは、彼の肩を引き寄せて耳元で囁く。「私は一方的なのは好きじゃない」と。


「……それは……私も同感だ」

 驚いたように目を開いてから、そう言った彼は、カリーナににやりと笑い返し、彼女からの口づけを受け入れた。



 二人は一緒にベッドに倒れ込み、喜びと期待を込めた目で微笑み合ったのだった。



つづく……


ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

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