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13.離宮到着

おはようございます!

こんにちは!

こんばんは!



 カリーナはあまり人通りのない街道を進む、質素だが大きめの馬車に揺られていた。


 今回の行程では、事情により人の多い街には立ち寄らないと言う。基本的には野宿だ。そのため、夜になると彼女の寝室となるのがこの馬車だった。

 途中途中で合流してきた皇子の部下たちも、皇子までもが皆野宿するのだから、カリーナには馬車の中で寝ることには何の文句もない。

 そもそも、カリーナも野宿には慣れているので、それでも構わないと言ったのだが、それは絶対にさせられない、と皇子やその部下たちに言われてしまった。


 そんな広々とした馬車の中、カリーナは座席を一つ独占していた。

 その目の前では、皇子と領地経営を任されているという、ノルガという細身の男が並んで座り、書類仕事をしている。


 彼の真剣に書類を読み込む、少し眉根を寄せた顔や、笑みを浮かべながら、領地の特産品の出来が良さそうだとノルガと話す顔や、資料の不備に片眉を上げる顔も、見飽きる事がない。


「暇そうだな」


 突然声をかけられて、彼と目が合っていたことに気づき、カリーナが気まずくて視線を外すと、小さく笑う声が聞こえる。


「カリーナ」

 彼は、婚姻の儀が終わってから、彼女を名前で呼ぶようになっていた。もちろん、カリーナは彼を殿下と呼んでいる。


「いえ、外でも見ていますから」

「こちらへ来い」

「え?」


 彼は書類を隣の男に押し付けると、自分の膝を叩いた。

「来い。時間など忘れさせてやろう」


 また始まった……。

 目を閉じて額を押さえた彼女は、書類をまとめて馬車から出る準備をしていたノルガを慌てて押し止めて、はっきりと首を振る。


 やめてくれ。

 本当に出ていかないで欲しい。


 皇子はカリーナのその行動に不満そうな顔をすると、再び仕事に精を出し始めた。本当に忙しくはあるのだろう。

 カリーナも、彼がサインをし終わったものでいいからと、書類を借りて読むことにした。

 皇子は、ノルガに「そのうちカリーナも経営に携わるだろう」と言って、それを許可した。


 彼の領地は、実りの多い、なかなか豊かそうな場所だった。

 主な特産は葡萄であり、それから作ったワインや酢がよく売れているようだ。

 ワインに詳しくないカリーナは聞いた事のない名前だったが、帝国内での流通量はいかほどだろうか、と資料をめくっていると、斜め横から声がかけられた。


「恐れながら、妃殿下の語学力の高さには頭が下がる思いです。初め、外国の方を妃にお迎えになるとお聞きした時には、そういう面での不安が多少なりともありましたが、杞憂でしたな」


「私は語学の天才なのだそうだ。聞いたり読んだりした事のある言葉で使いこなせなかったものはない」


「それはそれは」

 ノルガはその言葉を冗談ととったのか、そうでないのか分からない顔で微笑んで言った。

「宮殿の文書館には、既に使われなくなった太古の文書も残っていると聞きます。翻訳が出来ていないものも。ぜひ、妃殿下にご覧いただきたいですな」


「私も入れるのだろうか」

「問題ない。私が話を通しておく」

 急に話に割り込んできた皇子が、そう請け負ってくださった。


 何はともあれ、帝国議会に婚姻を認められなければ、それも叶わない。

 さて、どうなることだろうか。



 もう数日中には離宮に到着すると言う夜のこと。すでに目星をつけてあったらしい場所で野営を組む皇子の部下たちを、カリーナはついつい、かつての部下を監視するように見守ってしまっていた。

 初めはそれに戸惑っていた様子だった彼らも、何度か経験するうちに慣れたらしい。


 皇子と初めて会った時に、彼の隣にいた黒髪の男、チルトという名だという、その男などは、カリーナに気軽に声をかけてくることもあるくらいだ。

 「妃殿下」と呼ばれるのには、カリーナはまだ慣れないけれど。


 それにしても、「妃殿下」はしていい事が少なすぎた。

 火を起こそうとすれば止められ、水を汲むのを手伝おうとすれば座っていろと言われる。

 馬を走らせたいと言っても、それが認められるのは一日に二度、あるかどうかだ。

 運動不足で頭がおかしくなってしまう。

 

 そう抗議すると、皇子は、日が暮れたら、いいものを見せてやるから、と苦笑した。

 手伝わせてくれればいいだけなのだが。



「カリーナ! こちらへ来い。約束通り、いいものを見せてやる」


 日が暮れて食事も終わると、皇子に連れられて、ランプを手に二人で野営地の脇の林に入った。

 二人とはいえ、後ろには護衛のクリストフが少し離れてついて来ている。


 しばらく斜面を登って行くと、彼はカリーナの手を取って立ち止まり、遠くを指差した。


 「ここだ」

 彼が指差す方を見ると、地平線の一部が煌めいている。


「あれは、帝都の灯りだ。夜は都中に、とはいえ場所にもよるが、ああやって火が灯される。人々が働くために」


 その時、カリーナの脳裏に、空高くから地上を見下ろしているかのような絵地図のようなものが、かすめるように現れて、そして消えていった。その図の中には、明るく光る場所とそうでない場所がある。

 ああ。光のある所は、経済的に恵まれた人々が生活をしている場所だった。

 それは、おそらく前世の記憶だ。なぜ、空高くから見下ろせるのかは分からないけれど。


「あの光の中で、人々はどのような暮らしをしているのでしょうね」

 カリーナが言うと、皇子は口の端を引き上げた。


「豊かではある。歪みはあるが」

 彼は、愛しい物でも見るような目で、その光を見つめていた。

「だが、それも帝都や、それに匹敵する勢力を誇る領主が統べる場所だけだ。地方には、夜は灯りなどまるで無くなる場所もある。無駄に広いからな。この国は」


 皇子は、各領主に任せられた、様々な地方の様子について話した。彼がこれまで反乱の鎮圧や、外敵の掃討のために訪れた場所だ。

 そこには、食べるものにさえ事欠き、やむなく武器を取り、勝ち目のない戦いに身を投じる人々がいる。

 外から蛮族が侵入して来ても、まともに戦えない領主もいる。

 それは、どこの国にもあることだろうが、と皇子は苦笑する。


 マルス将軍、つまりこの皇子のことだが、彼の活躍でとりあえずは平和を取り戻した、そういった場所の周辺の村や街では、吟遊詩人が彼の活躍と、実は将軍は正体を隠した高貴なお人なのだという唄を弾き語って周っているという。


「何事も根回しが必要かだからな。混乱を生まないためには」


 カリーナがナシオ王国にいる時に得た情報だけでも、彼の出征数は多かった。きっと、すでに帝国中でその唄が聞かれているのだろう。もともと、吟遊詩人はあちこちを渡り歩くものであるし。


 彼は言った。「いつの日か、その時が来た時の為に」と。


「……殿下は、帝位を狙っておいでなのですよね」


 彼は何も言わなかったが、そのあまりに静かに地平線を見つめる目が、全てを物語っていた。

 カリーナは、彼に言うべきことがあったことに気づいた。


「私は、あなたに協力したいと思い、ここまで来ました。その道を共に歩く相手として私を欲してくれたから。でも一つ、私には出来ないことがある事を、お伝えしておかなければなりません」


「……なんだろうな」


「虐殺、殺戮、言い方はなんでもよろしいが、私は必要以上に人を殺めるつもりはありません。そして、覇道を行くあなたもそうあるべきだと思います」


 カリーナは軍人になりたいと言いながら、昔から、喜びに顔を歪ませて敵を屠る兵士が好きではなかった。

 辺境伯の私兵には比較的少なかったとはいえ、そうした兵士がまるでいなかったわけではない。

 カリーナは、そういった者を見ると、悲しみに支配されてしまうのだ。

 人々が折り重なり死んでいる残像のようなものがよぎり、目の前で倒れている敵と重なる。

 精霊王ナシオラが見せている、前世の記憶だろうか。これを嫌だと思う、その気持ちを忘れるなと、カリーナに語りかけているように思えた。


 仲間を守るため、国を守るため、カリーナが手にかけた者は数えきれない。

 矛盾している。自分でも分かっている。

 でも、()()は嫌だ。ただの人殺しと同じ。あれは戦いではない。


「そなたがそういう人間なのは知っている。だからこそ、側に置きたいとも思った。私はたまに残忍になるらしい。怒りに駆られ、我を忘れると」

 昔の、まだ若い頃の話だが、と彼は苦く笑った。

「もしまた私がそうなってしまったら、そなたは止めてくれるのだろう? カリーナ?」


 カリーナは、彼がこちらに向けた笑顔にほっとして、ずっと握られていた手を握り返した。



 馬車に揺られること十日あまり、ついに目的地が見えてきた。

 山嶺に見下ろされたその地は、緑豊かで、近くには小川の流れも見える、実に風光明媚な場所だった。

 その中央に、静かに、そして厳かにその離宮はあった。

 帝都からは、馬車で半日ほどの距離であるという。


 彼らは目立たないようにと、少しづつ時間を置きながら、離宮の敷地へと入って行った。



つづく……


ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

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