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【閑話4】妻には秘密の手紙

おはようございます!

こんにちは!

こんばんは!



 出立の前の晩。

 つまり、婚姻の儀の当日の晩の事だった。


 なぜこんな夜に、彼は一人きりで寝室にいるのだろうか。


 彼は、妻となったはずのカリーナからの仕打ちに少々腹を立てていたが、彼女に無理をさせているのは自分だという自覚はあった。

 彼女は昨晩も遅くまで執務に励み、朝も早くにまた執務室に戻ったようだとクリストフから報告を受けていた。


 だが後悔はしていない。

 彼女とあのまま離れることは考えられなかった。

 どうしても欲しかった。


 そして、手に入れた。

 だが、容易に腕の中に飛び込んでくる相手ではないようだ。



 この日の昼頃のこと、婚姻の儀が行われる大神殿へ向かう馬車に乗り込むため、彼は玄関で彼女を待っていた。

 メイド達のかしましい声が聞こえ、大階段の上を見上げた時、彼は、今しがた天から舞い降りたかのような美しい女を、そこに見た。


 化粧をしているのも、ドレスを着ているのも初めて見たが、それはカリーナに間違いは無かった。あんなに気位が高そうで、しかし、口元に浮かべた微笑が安心感を与えるように優し気な、あんな表情をするのは彼女しかいない。


 彼は彼女の元に走り出しそうになって、しかし、足を止めた。今の状態で彼女に近づいたら、力一杯に抱きしめて、せっかくの衣装をめちゃくちゃにしてしまいそうだったから。


 階段を降り切った彼女に手を差し出すと、彼女は照れたように頬を染めた。

 なぜあの時、彼女の美しさを褒め称えなかったのだろうか。言葉に詰まり、ただ無言で彼女の手を引くことしか出来なかった。



 そんな女を、せっかく自分のものにしたというのに……。


「寂しいじゃないか」


「何かおっしゃいましたか? 殿下」


 うっかり本音が漏れたのを、扉の側に控えているクリストフに聞かれてしまった。

「なんでもない」と彼が返した時、扉が遠慮がちにノックされた。


 クリストフが応対するが、聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。内容までは聞き取れないが、それは帝国公用語のようだった。


「殿下。妃殿下のメイド長だという女性が、殿下にお渡ししたい物があるとそうです。もし御目通り叶わぬなら、それをお渡しいただくだけでも良いと仰っていますが」


 彼は首を傾げた。メイド長らしき人物とは顔を合わせたかもしれないが、直接話をしたことはないはずだ。

 だがカリーナの事をすぐ側で長らく見てきた人物である事は想像に難くない。


「会おう。入室を許可する」


 部屋にはまず、線の細い学者のような風貌の男が入ってきた。低く頭を下げながら、通訳のレイモンドだと名乗った。なかなか流暢な帝国公用語だった。

 そして、洗練された動作で入室してきたのは、ややふくよかで温かみを感じる中年の女性だった。

 彼女も丁寧に頭を下げた。


「両名とも、楽にしてよい。顔をあげよ」


 女性はラミラと名乗り、カリーナが産声をあげた場にも立ち会っていたと語った。

 そのお嬢様が結婚なさることがあれば、そのお相手には、必ず伝えようと思っていたことがあるのだと言う。


 通訳の男を介さないとその意味は分からなかったが、彼女の声や語り口は柔らかく、しかし、はっきりしている。

 どこか、カリーナの話し方を思い出させた。


「なるほど。それを伝えにきたと言うわけか。先ほど渡したい物があると聞いたのだが、何か関係が?」


 ラミラと名乗った女性は、エプロンから封筒を取り出した。

 彼一人に知ってもらいたい内容の為、手紙にしてあるのだと言う。


 それを受け取ったクリストフが、内容は見ないように注意しながら、それを点検する。

 折られていた手紙は、文字を見ないように下を向けて開いていた。

 疑うようで悪いとは思うが、彼は、それほどまでに用心深くなくては生き残れはしなかっただろう。これはもう癖を通り越して、生き残るための術だ。


 クリストフが頷きながら渡してきたそれを彼は開いた。

 この手紙は翻訳を頼まれた通訳の男が書いたのだろう。文官らしい固い筆致だった。

 だが、内容はそうではなかった。

 それを読み終わった彼は、ラミラを見た。


 そうだ、その顔には覚えがあった。

 彼女の顔は先ほど初めてきちんと認識したわけだが、共通するものが宿る顔を、彼は見たことがあった。

 母親の顔だ。


 カリーナを産んだ母は、その時に亡くなったということは聞いていた。

 だから、このラミラという女性が中心となって、カリーナを育ててきたのだろう。

 彼は、そんな彼女に感謝を込めて言った。


「そなたの心は受け取った。心配召されるな。私は彼女に誓った。私は彼女の半身だと。私は必ず、彼女に安寧を与えるだろう」


 彼女は深くお辞儀をすると、通訳の男と共に部屋を出ていった。


「良いお話でございましたか」

 クリストフが聞いた。

 おそらく、彼が笑っていたからだろう。


 彼は、この手紙をしばらくは妻であるカリーナに見せることが出来ない。

 だが、この手紙を見せることが出来る日が来ることを、そして少しでも早く、その時が来ることを、彼は願うだろう。

 それは、とても幸せな瞬間に違いなかったから。


 その未来を、彼は必ず掴もうと心に決めたのだった。



            おしまい。

なんだろな〜なんだろな〜


お読みくださり、ありがとうございました!



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