- 約 束 - 愛しい人の為にわたくしは酷い妹を見捨てる。
「フェリシアお姉様ばかりずるいっ」
それがいつもルリリアの口癖。
鮮やかな桃色の髪を持つ可愛らしい妹のルリリア。
それに比べて、銀の髪を持つフェリシア。
似てない二人はまごう事のない異母姉妹である。
妹のルリリアの母はマリン男爵夫人である。
父のブレット公爵がマリン男爵夫人に手を付けて産ませた娘だ。
マリン男爵は、ブレット公爵の機嫌を取るために妻を差し出した。
ブレット公爵は妻を大分前に亡くしている。
マリン男爵夫人は色気があって美しく、ブレット公爵の好みだった。
そうして生まれたのがルリリア。
だが、マリン男爵夫人の娘である。マリン男爵家で育つルリリア。
でも、自分がブレット公爵の娘だって、姉がフェリシアだって知っている。
だから、ブレット公爵家に度々押し掛けて、居座り色々と強請った。
「同じお父様から生まれたのに、どうして私は男爵家にいるの?お姉様は恵まれているのだから、私に色々とくれたっていいでしょう?」
ルリリアはフェリシアのお気に入りの美しい橙のドレスやキラキラ光るアクセサリーを勝手に持ち出した。
父であるブレット公爵は自分のもう一人の娘であるルリリアをとても可愛がっていて、
「お前の妹なのだ。ルリリアは。だから、少しぐらいの我儘、許してやりなさい」
何でも持っていく妹。
フェリシアは辛かったが、父には逆らえなかったので我慢した。
そんなフェリシアが13歳の時、カレント王国の国王陛下から打診が来たのだ。
リディウス王太子の側妃候補にならないかと。
王太子妃ではない。側妃候補。あくまでも候補である。
12歳のルリリアはフェリシアに向かって、
「側妃だなんてー。私は違うの。私は王妃様を狙うの。そして、私はカレント王国の一番の女性になるのよ」
フェリシアから盗った腕輪や首飾りを見せびらかしながら、ルリリアはせせら笑う。
父のブレット公爵は、
「フェリシアは我が公爵家の娘で幼いながらも優秀だ。だから望まれたのだ。我が王国の側妃は王妃並みの役割を求められる」
「何故です?お父様」
「今の王妃様は病弱で寝たきりだ。よって側妃様が王妃としての仕事をしていらっしゃる。それにリディウス王太子の王太子妃、のちに王妃様になる方は決まっているのだ。魔力が高いメルディアナ・バレンルルク公爵令嬢。お前と同い年の令嬢だ。だからお前はもし、メルディアナ様に何かあれば、その代わりの仕事をする為に側妃として、いやまだ候補だがな。王妃教育を受けねばならぬ。それは王命であるからな」
要は王妃様に何かあった時に側妃にも王妃教育をしなければならないという事らしい。
側妃になんてなりたくない。
ブレッド公爵はルリリアに向かって宥めるように、
「可愛いルリリア。王妃になる女性は決まっている事だし、私が良い婿を探してやるからな」
「いやーー。お父様。私は王妃様になりたいのーー」
「ともかく、年頃になったらお前には最高の男を見繕ってやるから。我儘を言うではない」
父親に愛されているルリリアが羨ましかった。
嫌だったが王命とあれば仕方がない。
側妃候補なれども、王妃教育を受ける事になるフェリシア。
王宮に通い、必死に礼儀作法や。王国に必要な知識を学ぶ。
とても大変だ。
屋敷へ帰ればルリリアが、
「お姉様は大変ねぇーー。ねぇ先々、私が王妃になったら、お姉様が実務をやって、私はただ、国王様に愛されてうんとおしゃれをして、贅沢をするの。だからお勉強頑張って頂戴」
「何を言っているの?王妃様はメルディアナ様がなるのでしょう?」
「私の方が可愛いし、お父様も使用人も皆、私が可愛いって言ってくれるわ。だから私が王妃様になるの。王立学園に通ったら王太子殿下に会えるでしょう。そしたらメルディアナなんて女より私の方がとても良いって王太子殿下に解らせてあげるの」
「なんて事なの。お願いだからやめてっ」
「お姉様なんて嫌い。だけど私がお姉様を側妃として認めてあげると言っているの。あ、でもね。白い結婚でお願いね。愛されるのは私だけでいいんだから」
この時、フェリシア14歳。ルリリア13歳。
まだまだ少女な二人だが、ルリリアの言葉にフェリシアは涙した。
愛のない白い結婚。ルリリアは男爵夫人の娘なれども、ブレッド公爵家で愛されて、太陽のように明るくて、それに比べて自分は暗くて。
そして、嫌な王妃教育も受けねばならない。
不思議な事に王妃になるはずのメルディアナ・バレンルルク公爵令嬢は王妃教育を受けている様子はなかった。
王城で彼女と会う事が無かったからだ。
どうして?なんで?私はこんなに大変な教育を受けねばならないのに。
なんでなの?
教育を受け始めて、3年程経過した。
フェリシアは王立学園に通いながらも、厳しい王妃教育を受け続ける。
リディウス王太子とは時折、お茶の席を儲けられて、世間話をする位の間柄になった。だがどこかよそよそしくて。心ここにあらずという感じで。なんだか寂しかった。
とある日、城の廊下で声をかけられたのが、リディウス王太子殿下とその側近のマルディス・アルト騎士団長子息である。
リディウス王太子はフェリシアに向かって、
「側妃教育は大変だろう。フェリシアはよく頑張っているね」
フェリシアはカーテシーをし、
「いえ、これはわたくしの義務ですから」
すると、ふいに隣の騎士団長子息から、
「なんて美しい令嬢だ……」
「え?」
熱のこもった目で見つめられた。
フェリシアは頬が熱くなる。
なんて逞しい、背が高くてとても素敵な黒髪碧眼の青年がこちらを見つめていた。
歳は自分と同じくらいだろうか。
その青年は自己紹介をする。
「マルディス・アルト。アルト伯爵家の次男です。アルト騎士団長の息子と言った方が解ると思います。この度、留学から帰国し王太子殿下付きになりました。あああ、王太子殿下、うらやましい」
マルディスがリディウス王太子をうらめしそうに見つめれば、リディウス王太子は、
「私はメルディアナ・バレンルルク公爵令嬢の事が好きなんだ。本当なら側妃なんて……でも……」
フェリシアはリディウス王太子の顔を見つめ、不思議に思っていた疑問を口にする。
「わたくしはいつでも、側妃候補をおりてもよいのです。メルディアナ様唯一を王太子妃様にすればよろしいのでは?何故にそのようにお悩みになるのでしょうか?」
リディウス王太子は、
「内密に話がある。高位貴族達は知っているがね。ちょっと部屋に来てくれないか?」
そこで聞かされたのだ。
現王妃は、病で寝こんでいるのではない。高い魔力を持つせいで、生贄としてカレント王国の為にその魔力を供給しているのだ。このカレント王国を魔物から守る結界を作る為に。王宮の地下で特殊な入れ物に入って今も苦しみながら、魔力を搾り取られている。それがこのカレント王国の王妃の仕事だと。
フェリシアは涙した。
気の毒な王妃様。たった一人の女性の犠牲の上になりたつ王国の平和。
許される事であろうか。
「それではメルディアナ様は??」
「ああ、メルディアナは次なる王妃になる生贄だ」
「あああっ。そんな……」
メルディアナとは付き合いがない。それでも、努力家で優秀で美しい令嬢なのは知っている。なんて悲しいことなのだろうか?
マルディスがリディウス王太子に、
「魔力が高ければよいのでしょう?そういえば、最近、王太子殿下に付きまとっている男爵家の娘、とても魔力が高いそうじゃないですか」
「ルリリア・マリンとか言っていたな。しつこくて困っている所だ。不敬罪で投獄してやろうか」
「ルリリアですって?」
「ああ、クラスの中まで入って来て、私にしつこくすり寄ってくる」
「申し訳ございません。ルリリアはわたくしの妹です」
「そうなのか?」
「よく言い聞かせますから」
マルディスはフェリシアに、
「君も大変だな。変な妹を持って」
「お気遣いありがとうございます」
家に帰ってルリリアを見つけた。
昔からブレット公爵家に居座っているルリリア。
ルリリアに向かって、注意する。
「王太子殿下に近寄っては駄目」
「私は王妃様になるの。だから、王太子殿下にアピールしなくては。お姉様、私が真実の愛を手にいれるのに焼きもちを焼いているのねぇ」
「違うわ。そもそも王妃様は……」
内密にと言われた話。ルリリアに言ったら言いふらされるかもしれない。
口が軽いルリリア。国家機密に当たる話をリディウス王太子殿下はしてくれたのだ。
「言えないわ。ともかく、王太子殿下に近づかない事。いいわね」
「煩いわね」
ドンと突き飛ばされて転ぶフェリシア。
「私は幸せになるの。お姉様なんて働くだけ働けばいい。私の為にね。私はこんなに可愛いのだから。幸せになる権利はあるの」
聞く耳を持たなかった。
父であるブレット公爵に訴えようとした。
ブレット公爵はフェリシアに向かって、
「国王陛下から手紙が来た。ルリリアの魔力がバレンルルク公爵令嬢よりもお前よりも高いことが判明したそうだ。国王陛下は次代の王妃にルリリアをお望みだ。
あああ、可愛いルリリア。なんて事だ」
嘆き悲しむ父を見て、フェリシアの心は凍り付いた。
もし、フェリシアが次の生贄に選ばれたとしても父は悲しんでくれただろうか?
否、ルリリアだから悲しんでいるのだ。
寂しい。悲しい。わたくしだって娘なのよ。
フェリシアはルリリアの恋を、王妃になるという望みを応援することにした。
メルディアナにリディウス王太子殿下とマルディスと共に全てを話すフェリシア。
生贄になるメルディアナは王妃の仕事は生贄になる事を知らされてはいなかったのだ。ルリリアが新たに生贄に選ばれたので、メルディアナは側妃にしたい。
それがリディウス王太子殿下の希望であった。
フェリシアは先々、自分の代わりに側妃になるだろうメルディアナに自分が教わった王妃教育を施した。
今はまだ、婚約は破棄されていない。メルディアナは王太子の婚約者のままなのだから。
メルディアナはとても素敵な人で、フェリシアはメルディアナと仲良くなった。
「今度、一緒に街でお茶をしましょう」
「嬉しいですわ。メルディアナ様」
心が痛む。ルリリアはこうしている間にも、リディウス王太子との仲を深めて、学園でもイチャイチャして……
いずれ、リディウス王太子はルリリアとの婚約を発表するだろう。メルディアナを側妃とするだろう。
マルディスからは愛を告白された。
「側妃候補ではなくなるのでしょう?フェリシアは。どうか、私と婚約をしてくれませんか?私と先々、結婚を」
嬉しかった。マルディスはとても誠実そうで。
側妃として生きるより、一人の女性として一人の男性の愛を受ける生き方がフェリシアはしたかった。
だが、今は……全てはルリリアが正式に王太子妃に決まってから。
破滅に向かっていくルリリア。
ルリリアに言いたかった。
王妃の地位につけば貴方は破滅するのよ。
でも。言えない。
言ったら、メルディアナが破滅するのだ。
それならば自分が生贄になったらどうだろうか?
酷い妹、憎い妹、父の愛情を一心に受けてきた妹。それでもたった一人の血の繋がった妹。
マルディスとの逢瀬で、フェリシアは涙ながらに訴える。
「わたくしが生贄になります。だってルリリアはわたくしの妹。破滅への道を黙って見ている訳には」
マルディスに唇をふさがれた。
そして、熱のこもった口調で言われた。
「君は妹に虐げられてきたのだろう?君が犠牲になる事はない。君は私に愛されて幸せになる。いいね?ルリリアの事は忘れてくれ。頼むから」
抱き締められて思った。
父も妹も欲しい愛情をくれなかった。
だが、マルディスは違う。
「解りましたわ。わたくし約束致します。貴方様だけの為にこれから生きます」
リディウス王太子は、婚約破棄をメルディアナに宣言し、
「ルリリアが虐めたと言っているのだ。その罪は重い。だが、そなたと婚約破棄をしたが、そなたが心を入れ替えれば側妃として我が傍にいる事を許そう」
と言って、メルディアナを側妃にすると言い、メルディアナはそれを受け入れた。
そして……
リディウスは国王となって、正式に王妃になったルリリア。
結婚式は王国民挙げての豪華な結婚式だった。
皆が二人を祝福した。
でも……あれからルリリアの姿を誰も見てはいない。
王妃は病で臥せっていて誰も会う事は出来ないと、メルディアナ側妃が王妃の仕事をやっていると、言われていて。
ルリリアはどうなったのだろう?前の王妃様は亡くなったと聞いた。
生贄として苦しみながら王宮の地下で魔力を捧げているのだろうか?
そして現在、マルディスと結婚して、彼を婿に迎えて、フェリシアのお腹の中には新しい命が芽生えている。
幸せな毎日。夫はとても優しくて……
同居している父は公爵位をマルディスに譲って隠居した。
ルリリアの事で気落ちをしていたけれども、今はフェリシアのお腹の中の新しい命の誕生を心待ちしている。
それでも・・・・・
ガラスの破片のように胸に刺さるルリリアの事。
酷い妹……憎い妹……それでもわたくしは。貴方が地獄に落ちるのを望んでいたわけではないわ。
貴方にも幸せになって欲しかった。
さようなら。
わたくは約束したの。愛しいマルディス様と幸せになると。
新しい命と共にわたくしはマルディス様と幸せになります。