いつ目覚めるか分からないからこそ才能はおそろしい
過去一長いです
ああ、今でも思う。彼女が僕の幼馴染であったのは福音なのか、それとも――
そこは、どこにでもあるような普通の田舎。住んでいるのは高々五十人ほどの村だ。
であれば、子どもたちの遊び場も自然と限られる。
「アルちゃーん、こっちこっち」
「まっ待ってよレオノーラ」
ここは、村のはずれにある森の中。
そしてその森の中を駆け回るのは一人の少年と一人の少女。
少女の身のこなしは軽快そのもの。対して少年の足取りはお世辞にも優れているとは言えない。今も足元の木の根に躓きそうになって慌ててバランスを取っている。
その間にも、レオノーラと呼ばれた少女は先へ先へと進んでいく。
少年もそれに遅れまいと、懸命に足を動かす。
やがて、少女は森を抜け出したところで足を止める。そこは森の中でも特に開けた場所だった。おそらくもとは生えていた木が倒れてそのまま空白地帯となったのだろう。
少年もやや遅れてそこにたどり着いた。
「にしし、アルちゃんはもうちょい鍛えないとね」
「う、うるさいな。それより早く始めようよ」
「はいはい、あ、でもちょっと待って」
そう言って、少女は肩にかけた袋を地面に置いた。
「言ったでしょ、私のことはノーラって呼んでって」
「いや、それはなんというか」
「なによ」
「は、恥ずかしいとお、おもう」
「へー、そうなんだ」
にやにやと。
まるでからかうような笑みを浮かべて少女は少年へと近づく。
「も、もうこの話はおしまい。それより、さっさと始めよう」
「はいはい」
くつくつと笑って、少女は背負っていた袋から荷物を取り出す。
そこに入っていたのは杖が二本。とはいっても冒険者が使用するような立派な杖ではない。魔法を習う最初の最初に使用される、ごくごく簡易な杖である。
同時に、少年の方も背負っていた袋をおろして中から荷物を取り出す。こちらは杖ではなく、なにやら白いゴムのような素材でできた案山子のようなもの。
「じゃあはじめるわよ。まずは瞑想から」
「う、うん」
少女の合図で、二人は開けたこの場所の中心に座り込み瞑想を始める。
魔力操作に慣れない内は必要な作業だ。そのためには邪魔されない環境が必要になる。ここに来た理由の大半はそれだった。
十分ほど瞑想をしたのち、体内での魔力を練る訓練を行う。
そしてそれが終われば、いよいよ魔法の発動の練習となる。
「原初の魔力よ、我が意に従い、標的を射貫け、マジアパッラ」
「原初の魔力よ、我が意の下《もと》に、標的を撃て、マジアパッラ」
両者ともに呪文を唱え、設置した先ほどの案山子もどきに向けて魔力で形成した弾丸を放つ。
魔力を弾丸の形にして放つ基本の術だ。初心者はこの術を通じて魔術を行使する際の基本的な事柄を学ぶ。
まだ始めたての二人にとっては、この術がどれくらいの精度で撃てるかというのが大きな指標であった。
「ハァーハァー、僕の勝ちだね」
「むー、ダメだったか」
魔力が尽きかけ、呼吸も乱れたところで二人とも訓練を中断する。
結果は、僅差で少年の方が上回っていた。的に当たった数が多かったのだ。
「うー、悔しいな」
「でも、レオノーラは息切れしてないじゃないか。僕なんてもうへとへとだよ」
「そりゃ、私はアルバと違って小さいころからこの辺り走り回ってたもん。スタミナなら負けないよ」
座り込む少年を横目に、自信たっぷりに少女は答える。
「今度から、僕も走り込みやろうかな」
「いいね、私も付き合うよ」
「それじゃあ差が縮まらないじゃないか!」
「へへーん、そんな簡単には追い越されないよ」
二人は言い合いをするが、そこには親愛の情が見て取れる。この場に第三者がいればきっとこの二人を浅からぬ仲だと判断するだろう。
これが、彼と彼女にとってのいつもの風景である。午後になると、この場所に来て魔法の練習をし、日が暮れる前に村へと戻る。それが日課であった。
「あー疲れた。そうだ。あそこ寄ってかない?」
「えー、もういいよ帰ろうよ」
「なーに?貧弱なアルバはそんな体力も残ってないの?」
「べ、別に全然そんなことないし。いいよ行くよ行けばいいんだろ!!」
「強がっちゃって」
「強がってない!!」
少年はムキになって少女の言葉を否定しようとして、大きく一歩を踏み出し。
「あ」
盛大に転んだ。
地面が近づく感覚と同時に、前方に立つ少女の姿が視界いっぱいに広がる。
次の瞬間、少年の体は少女を巻き込むように倒れ込み――
「きゃっ!」
柔らかな感触と、ほのかな体温が腕の中に伝わる。
そして気がつけば、両手は少女の太ももをがっちりとつかんでいた。
「あ、ご、ごめん!」
「……いいから、早くどけてよ」
顔を真っ赤にした少女は、視線をそらしたまま小さく呟く。
耳まで熱くなっているのは、たぶん少年も同じだった。
「ねえ、機嫌直してよ」
「別に怒ってないよ」
「ごめんって、咄嗟に下に敷いちゃったのも足つかんだのも謝るからさ」
「怒ってるのはそこじゃない」
「え、なんて」
「なんでもない」
やいのやいの言いながら、二人は来た道の途中でわきにそれ、森の中をグングン進んでいく。
やがてその先に見えたのは――
「うわー、やっぱりいつ見てもここの景色はいいね!」
先ほどまでの不機嫌さはどこへやら、晴れ晴れとした表情で眼下の景色を眺めながらレオノーラが感嘆の声を漏らす
「そうだね。ノーラ」
村を一望できる森のはずれの高い場所。二人でここに来るようになってから見つけた、彼と彼女の秘密の場所。
ひょっとしたら、世界にはもっといい景色の場所があるのかもしれない。それでも二人にとってはここが一番の絶景であった。
「あ、ノーラって言った今?」
「え、いや聞き間違いだよ」
「ふふーん、照れちゃって」
「照れてない!」
***
やがて時は流れ、二人は成長し、外の世界を見たいと望み、村を出た。
たどり着いたのは帝国の南の中心都市、フラムバルド。
彼と彼女――アルバとレオノーラはひょんなことから、街で活動していた冒険者ユゼックとその仲間であるサムエルとパーティーを組み、コツコツと依頼を受けてついに一人前と認められるアイアンランクにまで昇格した。
「ふー、今日は疲れたね」
「そうだね」
契約している宿屋に戻り、二人は一息つく。この日受けた依頼はかなりの難易度だった。達成できたのは実力半分運半分というところだろうという認識を、パーティーメンバー四人全員が共有していた。
「ぶっちゃけノーラの風属性の上級魔法がなかったら危なかった」
「私からすれば、アレを発動できたのが偶然だけどね」
「それがやばいんだって。上級魔法だよ。まだ魔法の訓練始めて五年経ってないのに。もう発動できるなんて」
彼らが村にいた頃に魔法を教わった魔法の師匠いわく、上級魔法は軍に属する者でも十年以上修練を積んだ人間がやっと発動できる代物であるそうだ。
ただし、魔法に才覚のある人間はその限りではないとも言っていた。これは通常、上級魔法と呼ばれる魔法はその魔術式は難解であり、理解したとしても発動させるためには基礎的な魔力操作、精神統一といった能力が高い水準で要求されるからだ。とはいっても後者は才能で踏み倒せるのだが。
それを通常の半分以下の期間で発動に成功するというのは、運がいいの一言で済ませていいものでは到底なかった。
「でも、上級魔法の術式自体はお師匠様から教わったでしょ?」
「まあ写本はくれたけど」
そう言えば、写本を渡されこそしたが自分が渡されたのはレオノーラよりだいぶ後だったのではなかったか、と、アルバはふと昔を振り返りながら思った。
「教わったと発動できるは別でしょ」
「発動出来て敵には命中した。それは事実。でもさすがに無茶だったわ。体しんどい。しばらく依頼は受けられなさそう」
ため息をついて、レオノーラはベッドに転がった。
「あ、そうだ。だったら明日付き合ってくれよ」
「何に?」
「僕がたまに手伝いに行く孤児院があるんだ。ノーラも一緒に来てくれないか?」
アルバの言葉に、レオノーラは目を瞬かせた。
「あんた、たまにいないと思ったらそんなことしてたの?」
「なんだよ、悪いか?」
「いや、別に」
一瞬だけムッとした表情を浮かべた後、彼女はまくらにボフッと顔をうずめた。
「まああんたも孤児だったわけだしね。私の家で引き取ったってだけで」
レオノーラの言うとおりであった。魔獣に襲われて死んでしまったアルバの両親を、レオノーラが引き取った。それが彼と彼女の接近する要因だったのだ。
「同情とかじゃないよ、ただ僕でも役に立てることがあるんじゃないかってだけ」
「はいはい」
「さては嘘だと思ってるな」
「違うよ。立派だなって思っただけ」
「にしては返事軽くなかった?」
「気のせいじゃない?」
そう答えて、レオノーラはベッドから跳ね起きる。
「じゃあ私部屋に戻るね」
「あ、うん」
一応年頃の男女であるという理由で、2人の部屋は分けられているが、レオノーラの方はしょっちゅうアルバの部屋にやってきてくつろいでいた。ここの主人も2人の関係については特に何も言ってこず、アルバも最初は嫌がっていたが、徐々に文句をいう気力も失せ、今では彼女が自分の部屋にいるのはごく自然な状態だと感じるまでになっていた。
かと言って、アルバがレオノーラのことを邪険に思っていたということは一切なく、
「あいつ、また僕のベッドで」
レオノーラが去った直後のベッドを見やり、ため息をつく。いつもならそのままベットに寝転がるが、今日はそうせずにそばに立ってベッドを見下ろしていた。
村で一緒の家で暮らしていた頃は、子供用の部屋で二人仲良く一緒に寝ていた。ベッドは分かれていたが、起きたら気づけばレオノーラがアルバの布団にもぐりこんでいたということがしょっちゅうあった。
けれど、そうした距離の近さに意識が芽生え、アルバは自然と線を引くようになった――少なくとも、自分からは。
それでも、レオノーラは変わらない。彼女は昔と同じ顔で、ためらいなく間にある線を踏み越えてくる。
まあ要するに、彼は気恥ずかしかったのである。加えて彼が抱いている感情を考えればなおさらであった。
さしあたっては夕食の時どのような顔をして会おうか、それを考えながらアルバは椅子からずり落ちた白いローブを壁にかけ直そうとしゃがみ込んだ。
***
「すみません、アルバでーす」
「あら、アルバちゃん、いらっしゃい」
「ちゃん付けはやめてください。ラウラさん」
「なーに言ってんの、私からすりゃあんたなんてまだまだ子供だよ。ってその後ろのは?」
「ああ、僕の幼馴染です。今日は休みなので連れてきました」
「レオノーラです、よろしくお願いします」
「ほえー、別嬪さん。なんだいアルバ。ちゃんとやることやってんだな」
「それシスターが言ってていい台詞なんですか?」
「大丈夫だよ、身近な人が人並みの幸せを享受してることを喜んでんだ。文句言われる理由がどこにあるんだい?」
「それは、確かにそう言われると反論できない。というか、ノーラとは別にそういうんじゃ」
「べ、別嬪、えへへ」
「だめだ聞いてない」
「おやおや、幼馴染って言ってたけどこれはもしや」
「違います、違いますよ」
ラウラの茶々をアルバはムキになって否定する。昨晩のことを思い出したからだろう。普段はここまで躍起にはならない。
が、そんなことをラウラが知るはずもなかった。
「まあ、いいや。とりあえず洗濯物取り込まなきゃいけないからそこ手伝ってくんれ。その後はいつも通り適当に頼むわ」
「相変わらず適当ですね」
そうぼやきつつも、ラウラの指示に従いアルバは庭に向かっていく。
ここはフラムバルドの街中にある孤児院だ。街を歩いていたときにアルバがたまたま見つけて、それ以来たまに手伝いに来るようになった。街中なので土地自体は狭いが、養っている子供の数はそれなりに多い。ここで働くシスターたちにとって、アルバの手伝いはかなり助かっていた。
勝手知ったる様で孤児院内を歩くアルバの後ろを、レオノーラはついていく。
「仲いいんだ」
「いや、あの人はもともとああいう性格だよ。誰に対しても気安いっていうか、あけすけっていうか」
「あーわかる。村のデナダさんもああだった」
「話しかけたのがあの人じゃなかったら、いま手伝いとしてここに出入りしてないかも」
レオノーラに返事をしつつ、よどみない動作で洗濯物が回収されていく。
たたむ作業に関しては、レオノーラも協力した。
「へー、じゃあ他のシスターさんとはあんま喋んないの?」
「いや、もう一人よくしゃべる人がいる。って言っても、ここ五人くらいしかいないけどね」
街の中にある孤児院である。もともと敷地も広くないので、勤める関係者の数も少なくなるのは自然な話だった。
「へー、その人は?」
「この時間はたしか食材の仕入れに市場に行って、そこから帰ってくるところだったような」
「すみませーん、今戻りましたぁ」
噂をすれば影。アルバが言及したシスターが、どうやら帰ってきたようだ。
「あ、戻ってきたみたいだ。これ片付けたら会いに行こう。昼食の準備も手伝ってもらうぞ」
「任せて、飛び切りおいしいのつくる!」
「いや、盛り付けと配膳だけやってくれ」
「ひどくない!?」
「あ、アルバさーん。来てたんですね」
「お久しぶりです、マリーさん」
シスター服に身を包んだ、マリーと呼ばれた若い女性がアルバの挨拶に返事をする。
「すみません、わざわざ手伝いに来てもらって」
「お礼なんていいですよ。たまにしか顔を出しませんし。それに、元をたどればただの自己満足。お礼どころか、賞賛すら過分ですよ」
「だとしても、たまに手伝ってくれるだけでもやはり助かるというものですよ」
アルバの謙遜に対しても、にっこりと彼女は笑う。
「そちらは?」
「ああ、僕の幼馴染でレオノーラって言います。今日は休みだったので連れてきたんです。人手は多い方がいいですからね」
「レオノーラです。アルバがお世話になっています」
「いえいえとんでもない。マリーと申します。ここでシスターやってます。ところで、レオノーラさんも冒険者を?」
「はい、アルバと同じく。まだまだ未熟ですけど」
「上級魔法を発動できるやつが、未熟とは思えないけどな」
「だーかーら、偶然だってば」
レオノーラは顔をしかめた。
「へえ、同じ魔法使いなんですね」
「そうなんですよ、同じ師匠に習ったんです。村にいたおじいちゃんに」
「それは運がいいというかなんというか。魔法を独力で習得するとなると、相当困難ですからね」
マリーは納得したように頷いた。
「とりあえず、これからお昼の準備するので、お二人とも手伝ってくれます?」
「オッケーです。何すればいいですかね?」
「野菜の下処理かな。皮むいたり、包丁で切ったり。お肉と全体的な調理は私がやるよぉ」
「了解です」
「アルバ、私どうすればいい?」
「そうだな。あれだ。野菜洗うの手伝ってくれ」
「あれぇ?なんかマリーさんの指示と違くない?」
「違くはないだろ。下処理だよ下処理」
「私も野菜くらい切れるよ」
「いや、お前に包丁は使わせない」
「なんでぇーー」
その後、レオノーラは文句を言いながらも大人しくアルバの指示に従い作業をした。マリーはその様子を見てニコニコしていた。
その後も二人は子供たちの昼寝のために布団を敷いたり、本を読み聞かせたり、ちらかったおもちゃのかたづけをしたりして、時間は飛ぶように過ぎていき。
気づけば、日が暮れていた。
「いやー、楽しかったね」
「そうだな」
二人並んで、宿屋までの道を歩く。
「そう言ってくれると、誘った甲斐があったよ」
どこかほっとした心持で、アルバはそう話す。事実、彼の方からレオノーラを誘うということは、村にいた頃も含めてめったにないことであった。だからこそレオノーラは彼が誘ってきたことに対して驚いたのであるし、彼からの誘いを断ったことは一度たりとてなかったのだ。
二人は歩き続ける。しばし、無言の時間が続いた。
「なんだか、今日のアルバ見てたら、村にいた頃のこと思い出しちゃった」
レオノーラが足を止め、ぽつりと呟く。
「村にいた頃?」
「村にいた頃っていうか、うちのパパとママがアルバを引き取った時のこと。ほら、あのころアルバ片っ端から家事を請け負ってたでしょ?」
彼女の脳裏に、怯えながらも手伝いを申し出る、幼き頃のアルバの後ろ姿が蘇る。
自分と同い年だというのに、自分とは性別も性格も好きなものも全然違う。だからこそ印象に残った。どうして自分の家じゃないのにそこまで必死に頑張るのかと。加えて当時のレオノーラはかなりのやんちゃだったので、その差で一層不思議に思えた。
だが、彼女も時間を重ねるにつれて理解する。あれは受け入れてもらうための精一杯の尽力だったのだと。
「そんなこともあったな、と言いたいがあれは自分のためだったんだけど」
「それでも、周りの役に立つって部分は一緒だよ。だから、私はアルバがどんな理由で努力しても、それが巡り巡って他人のためになるかぎり、アルバは変わらないな、って思える。あの頃と一緒だなって」
タッと駆け出して前に出た彼女が、くるりと振り返って彼を見て微笑む。
「どうしたんだいきなり」
「なんか最近、アルバが昔みたいにかまってくれなくなったから、ちょっぴり不安だったの」
「なんだそれ」
たしかに、村にいた頃に比べると、一緒に過ごす時間は減った。しかし最近は輪をかけて少ない。
もしかして|あのこと・・・・が勘づかれたのだろうか、とアルバは一瞬考えたが、レオノーラの顔を見てそれはないなと思い直した。
「ていうか、さっきの言い方だと、まるで僕が成長していないかのように聞こえるんだけど?」
「そんなことはないよ。いくら成長しても、人の根っこにある大事な部分は早々変わらないよ」
「……、ものは言いようだな」
昔から、言い合いになるとなぜか言い負かされてしまう。途中で不思議と反論する気力が失せてしまうのだ。
いや、その理由は彼も分かっている。おそらく――
「さ、かえろ」
どうやら足が止まっていたらしい。気づけば、彼女との距離が開いていた。
「ああ」
***
その夜。
宿屋の窓からこっそりと抜け出したアルバは、フラムバルドの市街地の外の森に向かった。
理由は至って単純。魔術の訓練である。
先日のレオノーラの上級魔法。たしかに発動できたのはレオノーラの純粋な実力ではない。
だが、それでもアルバは焦っていた。
「もっとだ、もっと。あいつに、追いつかないと」
村にいた頃は、2人の魔術の腕前は互角だった。狙いの正確性と発動速度でアルバのほうが上回っていた分、アルバの方が上手かったと言ってもいい。
しかし、街に来てからおよそ2年弱。今やアルバの優位は照準の正確さくらいしか残っていなかった。発動速度はあっという間にレオノーラに追いつかれて互角に。そして何より、発動する魔術の威力とバリエーションにおいて、彼は彼女に歯が立たなかった。
片や上級魔法をまぐれとはいえ発動ができ、中級魔法もふんだんに使えてしかも安定して発動可能、片や片手で数えられるほどしか習得している中級魔法の発動すら安定しない。パーティーとしてどちらかが欲しいかなど、火を見るより明らかであった。
加えて、幼馴染の贔屓を抜きにしても、レオノーラは容姿端麗だ。欲しいパーティーなどたくさんあるだろう。
そうなると、もうレオノーラとは一緒にいることはできなくなる。よしんば彼女が一緒にいようと言ってくれても、今のふがいない状態で隣に立つのは彼のプライドが許さなかった。
「はあはあ」
中級魔法を累計十本放って、一息つく。成功したのは内六本だ。まだまだ目標である九本には遠いが、それでも訓練を始めた頃に比べれば大きな進歩であった。
だが足りない。こんなものでは到底彼女の隣に立つ資格があるとは言えない。
だが、このまま訓練を続けて魔力切れで倒れるのは、この訓練のことがバレてしまうので、一度中断せざるを得なかった。
一息ついて、頭をリセットする。総合的な魔力量も問題だ。毎日魔力錬成はしているが、どれくらいの効果があるのかははなはだ不明である。それでも、やらないという選択肢は彼にはなかった。
「遠いなあ」
一体いつこれほどの差が開いたのだろうか?受ける依頼に差はなかった。同じパーティーで同じ依頼を受けているのだ。つまり、くぐった場数は同じ。中級魔法の練習も、レオノーラと同じくらいこなしていたはずだというのに。
あるいは、今の自分と同じように隠れてこっそり訓練していたのだろうか? そうおもって一度尋ねてみたのだが、帰ってきた答えは否だった。ウソをついているのかとも勘ぐったが、彼女の性格からしてそれはないだろう。
つまり、差が開いた原因はたった一つのシンプルな結論に帰着される。
「才能の差、か」
それが答えだった。
あるいは、ここで諦めてしまえば、彼は楽になれたのかもしれない。
だが彼はそれをよしとしなかった。中級魔法の発動の成功率は確実に上昇している。追いつける可能性はゼロではない。中途半端な希望ではあるが、ないよりはましである。
だが、そのなけなしの希望も、昨日の上級魔法の発動でかすみかけていた。近づいたと思ったらまた離される。才能とはこうも残酷なものなのかと、彼は夜空を見上げながら思った。
それでも、彼は追いつきたいと願った。たとえ魔術師として彼女に及ばなくても、せめてパーティーにとって役に立つ人材でありたかった。
だから、彼は持ってきた袋の中から魔導書を一冊取り出して、熱心にそれを読み始める。
本の表紙には、『強化魔法と弱体化魔法について』と書かれていた。




