朝食はご飯派かパン派か争う前に、もっと大事なことがあるんじゃないか
よし、着いたぞ。
「ケルファー、いるか?」
具体的にどの棟かは分からないので、近くで声を上げて知らせる。インターフォンって便利だったんだなとしみじみ実感。
でもおれ大体居留守の振りしてのぞき穴から相手の正体見てからドア開けてたからあんましこの感慨に説得力ねえな。骨折した時にエレベーターすげえって思うほうがまだ説得力あるぞ。
「お、来たか」
数秒後、うち一つの扉が開いてケルファーがぬっと出てきた。
「容態は?」
「まだ寝てる。時折うなされてもいるな」
「やっぱ、昔起こったなにか、か」
「だろうな。取りあえず、お前も入れ」
「おう」
ケルファーに招かれるままドアをくぐる。
部屋の中はいかにも一人暮らしの男の部屋、と言った感じだった。床は冷たい石張りで、ところどころ不揃いに欠け、古さを隠そうともしない。壁も同じく石で造られており、防音性が高そうだ。これなら隣人にうるさいと壁ドンされても、まず壁を殴った拳がダメージを負うだろう。その壁には釘が打ってあり、魔術師がよく着るローブが無造作に掛けてある。
だが壁の厚さの代償なのか窓は小さく、差し込んでくる光は少ない。今は夕暮れ時前だが、にしたって室内が暗い。空気も心なしかひんやりとしている。
ひょっとしたら、マルレーヌさんもこの部屋のことを知っていて、訓練と称してただ外に連れ出して日光を浴びさせたかったのかもしれない。ビバセロトニン。
窓からさほど離れていないところにベッドが置かれており、足を窓側に向けてアルバが横たわっていた。
そしてそれを立って見下ろす成人男性二人。
「牢獄ン中の看守ってこんな気分なんかな?」
「やめてそういうこと言うの」
いまトラウマ再発してパニクったアルバの目覚めを待つ真面目なシーンだろ。まあこの状態の絵面がやばいのは認めるけど。
「どっか座れない?椅子とかないの?」
「そこにあるぜ」
指差した先を見れば、たしかに壁に向かって小さな机が置かれており、付属品と思しきちんまい椅子が置いてあった。
ほな座るか、と思ってそちらへ行こうとしたが、ひょいと目の前に手が伸ばされたかと思うとドスっと音を立ててケルファーがそこに座った。
おいちょっと待て。
「何をしてんの?」
「椅子に座ったんだ。見ればわかるだろ」
「そうじゃねーよ。おまえさっき俺に座ることを勧めただろ」
「ああ、だが俺が座らないとは言ってない。それにこういうのは早い者勝ちだ。後はわかるな」
「わかんねーよ」
分かったのはおまえの頭のねじがちょっと飛んでいることだけだわ。
椅子を横取りしようと思ったがやめた。椅子取りゲームでパワー勝負に持ち込まれて勝てたためしがない。それにどう考えてもアルバを起こすことになっちまう。
仕方ないので、椅子は諦めて床にあぐらをかくことにした。人の家だが、マナー講師もいないしこれくらいは許されるだろう。
しばし無言の時間が続いた。しゃべってヒートアップしたらいけないからね、仕方ないね。
俺達が見ている間も、アルバは起きなかった。寝返りすらしないとは、やりおる。
そう思っていたのだが、十分ほどたったところで、にわかにうなされ始めた。
「おい、大丈夫かこれ?起こした方がいいのか?」
「わからん、なさけねえがこういうのは初めてだ」
フィクションではうなされてた主人公を気遣うヒロインが「うなされてたけど大丈夫?」と聞いてきたりするものだ。であれば、うなされているやつを無理に起こすのは良くないのだろう、知らんけど。俺も悪夢を見ているときに横に寄り添う幼馴染系ヒロインが欲しい人生でした。
「レオ、ノーラ」
ぽつりと。
アルバの口からその言葉は漏れた。
「聞こえたか」
「ああ」
「んじゃ、行ってくる」
「どこに?」
椅子から立ち上がるケルファーを右手で止める。
「決まってんだろ、買いに行くんだよ」
「何を?」
「グラノーラだよ。さっき言ってただろ」
「うん、それ聞き間違いだね」
うなされている最中に食べたいものの名前をもらす人間がいるのだろうか? 少なくとも俺は知らない。
「俺の耳が正しいなら、レオノーラって言ってたぜ」
「マジ?」
「マジだ」
「誓える?」
「何にだ? 言ってみてよ」
「俺が明日可愛い女の子に話しかけられる確率」
「誓うわ」
俺は即答した。
「オッケー、明日可愛い子が話しかけてこなかったらお前のせいな」
万が一の時はこいつを宿屋に軟禁しておこうと俺は思った。
宿屋といえば。
「やっぱあれだ。グラノーラ買いに行こうか。消化のいい方がアルバにも優しいだろ。ついでに宿屋に今日飯いらない連絡しておこう」
部屋の中に飯を作れる機構は揃っている。この様子だと目覚めるのはしばらく先になるだろう。
「ちょいまち、二人ともいなくなるのはまずくね?」
「たしかに」
いくら自分の家とはいえ、それなりに戸惑うはずだ。それにうなされているとくれば、起きたときにそばに誰かがいた方がいいだろう。
「じゃあ俺が買ってくるわ」
「まちたまえミラー君」
顔と体を入り口の方へと向けて出ようとすると、そんな声が後ろからかけられる。
見れば、椅子に座ってやけにしなを作った様子のケルファーがそこにいた。まあ他のやつがいたらホラーなんだが。
「私が行こう。君はここに残りたまえ」
「え、いやいいよ。宿屋に連絡入れてグラノーラ買うだけだろ。俺が行ってくるよ」
「いや、その理屈だと俺でもいいだろ?」
「たしかに」
本日二回目のたしかにである。ちなみに十回使うとズワイ蟹を食べる権利がもらえないことになっている。もらえないのかよ。
「いやでも道分かってる俺の方が良くね?」
こいつにまた行かせて道がわからないとなったらそれこそ二度手間である。であれば最初から俺が行った方がいいだろう。
「いいや心配ない、もう覚えた」
なにやら探偵漫画にありそうな台詞言い出したぞコイツ。
「つーわけで、行ってくるわ」
そういうと、ドアを開けてケルファーは行ってしまった。まあお金に関しては万が一に備えて渡してあるからいいんだけどね。
ガチャリと音を立てて閉まったドアから目を離して、寝ているアルバを見やる。
正直。目覚めたアルバとうまくコミュニケーションとれるか不安だったので、ケルファーに残ってほしかったのだがやむをえまい。こうなったら自力で何とかするしかないな。
どれくらい時間がたったのだろうか。
もそりと、布団が動き、なかから人の声がする。
「あ、れ」
「お、起きたか」
パチパチという擬音が合いそうな感じで目をしばたかせながら起き上がるアルバを見ながら、なるたけ慎重に声をかける。起きてベッドのそばに誰かがいるなんてよっぽど仲が良くない限り普通にどっきり案件だからな。だからいまいるのはベッドのそばではなくちょっと離れたところの壁だ。そこにもたれかかりながらいい感じの声で話しかけている。
うん、自分で言っておいてなんだが普通に中二病患者の行動だな。もうそろそろ30になるというのに何をしているんだ俺は。
「んあ、ミラー、さん?」
「そうだ。俺だ」
壁から背を放して、ベッドの方へと向かう。
「僕の家?」
「そうだ、ケルファーが運んできた」
「っ、そうだ。ケルファーさん、腕は」
「大丈夫だよ。単なる切り傷だ。明日には治ってるだろうよ」
「そ、そうですか。よかった~」
目覚めてすぐにするのがケルファーの心配か、ずっと敬語だし、真面目なやつだな。
「どうだ、なんか体に変なところはないか?」
「いえ、特にはない、ですよ」
布団をどかして四肢を動かしながら答えるあたり、ウソではなさそうだな。
「そうか」
おそらく体に問題はないのだろう、からだには。
「すみませんでした」
「ん、なにが」
「あんなに取り乱して、お二人にも迷惑をかけました。冒険者たるもの危険な状況下でこそ冷静であるべきなのに」
「まあ正直取り乱したのは結構びっくりしたが、ランクが高いやつでもピンチになれば取り乱したりするさ。まして」
あぶな、いらんこと口走りそうになったわ。どうでもいいけど口走るって動詞の中に嘴が含まれてるよね。マジでどうでもいいな。
「まして、なんです?」
ちくしょう、聞き逃してはくれなかったか。こいつがラノベの主人公だったら良かったのに。
いやでも最近の主人公ってあんま難聴体質備わってないよな。もしかしてあれか、耳かきの意識が高いのか? ンなわけないか。
まあそれは置いておいて。
どうしたものか。あの狼狽っぷりはピンチになったからというより、確実にトラウマがぶり返したからだよな。加えてさっきのうなされ方。
踏み込まなきゃいけないのか。
ちくしょう。あんまりシリアスな話は得意じゃないんだよな。だからコミュ力の高いケルファーに残ってほしかったのだが。
だが、ここで躊躇していても仕方がない。成り行き半分とはいえ、今までも困ってる人の話は聞いてきた。ここでスルーするってのはさすがに道理が通らない。神が許しても俺が俺を許せん。
「そういや、さっきうなされてたぜ。お前。大丈夫か」
「え、そうなんですか?」
「ああ、しかもうわごとのように言ってたぜ。レオノーラとかなんとか」
その名前を口にしたとたん、明らかにアルバの顔色が変わった。
が、すぐに下を向いてしまったので具体的な様子はわからない。というか顔についての俺の語彙そんなにないし。
「そう呟いていたんですか?」
「え、ああ」
うっそぴょーん、なんて言っても多分信じないだろうな。というかそんなこと言ったら多分二度と口きいてくれなくなりそう。
「そうか、結局僕は」
そうつぶやくと、アルバは黙り込んでしまった。
きり出すなら今か。
「実を言うとな、お前さんが前に所属してたパーティーでなんか起こってしまったってのはマルレーヌさんから聞いてはいるんだ。んで、これは俺の勘なんだが、アルバが強化魔法を使えないのもそれに関係してるんじゃないか?」
アルバは答えない。ただ右手を一瞬握りしめたのが見えた。
「力になってやる、とまではさすがに言えないけど、話くらいは聞いてやれるぜ。安心しな、誰かに言いふらしたりはしないさ。俺ら旅人だし、この街に来たのもたまたまだから。壁に向かって話しかけるくらいの気持ちで」
ああ、自分で言ってて分かる。つまるところ自信がないのだ。聞いたところでホントに何かできるのかが分からない。だからこそ力になってやると断言すらしてやれない。
情けないにもほどがある。
それでも。
もがいているアルバをほっとくことはできないと、心の底からそう思ったから。
もう依頼として受けたからとか関係なかった。俺自身がアルバの悩みをどうにかしたいのだ。
だから。
「気楽に吐き出してみな」
横から見ているだけの時間は、ここでおしまいだ。
次回からアルバの過去編に入ります。私の技量が足りないので三人称視点になります
あと、今月から更新頻度が下がります




