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異世界転生してから八年たった  作者: タリナーズヒーコー
第二章
70/73

首トンは危険なので真似しないでください

一瞬話飛ばしたかなって思った方、大丈夫です。飛ばしていません。

「わあああああぁぁぁぁ」


混乱、恐怖、狼狽。今の彼の状況はまさにそれだろう。


「おい、落ち着けアルバ、俺は平気だって」

「うわああああああああ、僕のせいで僕のせいで」

「だめだ。完全にパニクってやがる」


敵は去った。こちらに重傷者はいない。ケルファーの左腕に敵の風属性魔法が当たったくらいだ。

ユニークスキルを人前ではさらさないので、星芒纏装(アストラルコンバート)で攻撃を無視することもできず、ザックリ斬られてしまったのだ。

だが、別に動脈や骨まで達しているわけでもない。血は思ったより流れているが、止血はした。命に別状はないだろう。

だのに、ケルファーの負傷に対して、アルバがこの通りめちゃくちゃに取り乱した。


「おいどうすんだこれ」

尋常ではないパニクり方だ。いや、どちらかといえば怯えている?


「仕方ない、この手はあまり使いたくなかったが」

なにやら厨二臭い台詞を吐くとともに、ケルファーがアルバの首筋に手刀をストンと入れる。

すると、アルバは気絶した。皆さんおなじみ首トンである。

なるほど確かにあまり使いたくない手だ。昔理科の先生がなぜか急に授業中に首トンについて語りだしたんだよな。実はめちゃくちゃ危険なんだぞ、延髄はあーだこーだとか語りだして授業がまるまる50分吹き飛んだ。

閑話休題。


「それ、できるやつ居たんだな」

「え、これ訓練中に偶然発見した技なんだけど、なんかそういう一般的な技術なのか?」

「あー、いや、昔親が聞かせてくれた物語で、主人公の味方が使ってたんだよ」

「ふーん。まあいいや。取りあえず、アルバの家まで運ぼうぜ」

危ない。首トンが普及して混乱とか想像もしたくないぜ。


「いや、俺ら別に、ああそうか。昨日尾行したんだっけ」

「俺に感謝してもいいぞ」

「今回はホントにお前に感謝だな」

ギルドに連れ戻す、という手もあったが、目覚めて家にいる方がアルバにとってもいいだろう。



「しかし、これはどうすんだ?」



アルバを担ぎながら、ケルファーが先ほどまで戦っていた場所を見る。

そこにはやたら壮大な魔法陣と、それを描くのに使用した触媒、そして割れた瓶と黒いローブの切れ端が残されていた。

魔法陣のそばに近づいて割れた瓶を取ってにおいを嗅ぐ。

間違いない、ゴルベフさんのところで嗅いだやつと同じものだ。それに加えて黒いローブ。

そう言えば、まだ捜索中なんだっけか。


「ケルファー、俺より魔法に造詣が深いお前に聞くが、ここのマナどう思う?」

「濃いな。昨日とか他の場所に比べて圧倒的に濃い」

「まじかー」

魔法陣の解析が終わるまで断定はできない。相手がどういう方法で前回やったのかもわかっていない。だから無関係といわれればそれまでだ。なんなら認めたくないが、最悪の場合には備える必要がある。


「スタンピードがまた起ころうと、いや起こそうとしてるってのか」






***





話は三時間ほど遡る。


「よろしくお願いします」


朝、いつも通り待ち合わせ場所に来たアルバは、ぱっと見いつも通りであった。メンタル不安定なので休みますとか電話してきたらどうしようかと思ったぜ。そもそも電話はこの世界にないけどな。

いやでも連絡用の結晶はあるんだよな、まあ結局俺は持ってないから意味はないけど。

ぱっと見いつも通りではあったが、それがむしろ不安でもあった。明らかに大丈夫じゃない奴が大丈夫と言い張るときはたいていろくなことが起きない。


「おう、よろしく」

「アルバ、昨日はよく眠れたか。悪夢とか見てないか」

「え、悪夢も見てませんし目覚めもよかったですよ」

「晩ごはんちゃんと食べたか」

「アヒージョ食べました」


若いっていいな、ほな大丈夫か、と言いたいところだが、どうにも気になる。


「おいミラー、心配しすぎ。お前はオカンか」

「いやこれくらい普通だろ」

真のオカンというのはけだるげな同級生を小脇に抱えてスーパーの特売日を把握して梅雨前の自分のカビ対策にほくそ笑むような奴のことだぞ。


「えっと、僕のことはいいので、そろそろ行きません?」

「お、おうそうだな」


ここで話してもしゃーない。俺とケルファーは会話を中断し、ダンジョンの中に向かうことにした。断じてアルバが放つ圧に屈したわけじゃない。

いつもどおりモンスターの群れを求めてさまよい、アルバが主体となるように戦い、昼飯時になったら外に出てラーメンを食い、俺が急に叫んで昨日買ったトマトを丸かじりしてアルバがドン引きし、つつがなく訓練は進んでいた。


森の奥に踏み込んだのも、そこなら良い感じの魔物がいるのではないのかという至極シンプルな発想からだ。

結論から言えば、これでいらん要件を抱え込むことになった。


そこにいたのは、やたら壮大な魔法陣に向かってぶつぶつ呪文を唱えている黒ずくめのローブを着た集団だった。

まあ、まだこの段階だったら中二病こじらせた冒険者らが謎の企みをしているなー、くらいで済んだかもしれない。

しかし、彼らは先んじてこちらに呪文攻撃を仕掛けてきた。

ふざけんじゃねーよ、これで完全に敵判定しなきゃいけなくなっただろうが。やましいことがねえならまず会話を試みるよなあ!?



「アルバ、下がれ。弱体化を!」

相手の人数は十名いかないくらいか。ちょいときついが逃走に徹すれば何とかなるか?

幸いアルバの位置は俺たちの後ろ。飛んでくる魔法を何とか剣ではじいてそらす。こういう時は盾が欲しくなるぜまったく。


「オラアァ!」


毎度おなじみ、ケルファーの魔力を飛ばす斬撃が敵に向かって飛ぶ。周囲の葉っぱを巻き込みながらまっすぐ進むその斬撃は、ロープを着た集団のうち2名に直撃した。

ここぞとばかりにもう一発ケルファーが魔力の斬撃を放つ。だが、敵もそれを見越して結界を張りこれを防ぐ。

立て続けにボフンと音がして、視界が白い煙で覆われた。

クソ。あいつら煙玉投げやがった。

ダスダスとここから遠ざかっていく足音が聞こえる。ムカつくので逃げたっぽい方向に鉄杭を投げておいた。

ザスッという音はしたが、おそらく当たっていない。ローブを切り裂いただけだろうな。

もちろん追いかけるあんて無謀な真似はせず、三人でよって固まり、少しずつきた方向へとさがる。この感じ煙はあと二十秒もすりゃ晴れるだろう。


そこで気づいた。

ケルファーの左腕に切り傷ができて流血している。

でも見た感じそこまで重症ではないな、縛って血を止めておけば何とかなるだろう。

そう思って持ち歩いている細布を取り出そうとした時だった。


「あ、ああ」


現状から見て右、ケルファーから見て左に位置して杖を構えているアルバだが、その様子がおかしい。

端的に言えば、めちゃくちゃ動揺してた。こっちが不安になるくらいに動揺してた。


「わあああああぁぁぁぁ」



***


はい、回想おしまい。



「とりあえず、ここどうする?」

「目印着けて残しておくしかないだろうな。あれだ。お前がアルバ担いで家連れてく間に、俺がちゃっちゃとギルドに連絡付けとくわ」


状況証拠として残しておかなきゃいけないが、かといってずっとここにいるわけにもいかない。折衷案と呼ぶにはあまりに稚拙だが、ここで時間を無駄に使うのはもっとだめだ。


「おう、なるたけ早く終わらせろよ。俺一人だと道に迷っちまうからな」

「いやそこは自力で何とかしてくれ。俺だってどんくらい時間かかるかわかんねえんだぞ」

「つっても、せめてある程度は教えてくれよ」


しゃあねえな。


「取りあえず、ダンジョンから道なりの四つ目の交差点を右だ。そこをまっすぐ進んだ後なら、多分見覚えあると思うぜ」


道案内としては下等だが、まあ昨日のことだ。近づけば思い出すだろう。近くの住民に聞くという手もあるしな。


「助かるわ」

「それはアルバを送り届けてから言ってくれ」


言いながら、相方の背中に担がれたアルバを見やる。

あの尋常ではない動揺の仕方、間違いなく過去に関係している。力になってやりたいのはその通りだが、どうやらそうも言っていられなくなったらしい。スタンピードで町がめちゃくちゃになったら前提からおしゃかだ。


「急ぐぞ」

「ああ」


相方の声にそう答え、俺たちは地上を目指した。




***



「なあ、変なことを聞くんだが、ここを黒いローブ来た集団が通んなかったか?」

ケルファーと別れてから、ダンジョンの入り口にいた衛兵に話しかける。


「いや、見てないけど。つーかそんな奴がいたらとっくに別室いきだぞ」

「ですよねー」

やっぱ空振りか。まあ流石に相手もそう間抜けではないわな。


軽くお礼を述べてギルドへと急ぐ。が、途中で気づいた。

プファルツにいた頃と違い、魔物が狂暴化したという認識が冒険者の間で共有されているわけではない。

あの怪しい現場を見たのは俺等だけだ。ましてやこの帝国でのダンジョンの管理の扱いも不明だ。プファルツはギルドと伯爵が共同で管理していたが、ここはどうなっているかわからない。


このまま馬鹿正直に突っ走っていいのか?

頭のなかで意見がぶつかる。自分が何をするべきなのかがわからなくなってくる。

落ち着け。こういう時は深呼吸だ。一回息を吐いて、大きく吸ってまた吐く。これを5回繰り返す。


オッケー落ち着いた。

一旦余分な情報を全て削ぎ落そう。主要なロジックの骨格だけを見るんだ。

今何が起こっている? スタンピードを起こしたかもしれない集団の犯行現場っぽいものに遭遇した。

問題はなんだ? スタンピードが発生する可能性だ。

目指すべきことはなんだ? むろんスタンピードを起こさないことだ。次点でスタンピードが起きても対応できる状態に持っていくこと。

そのためにどうすればいい? ダンジョンへの立ち入りを禁止し、入り口の監視を強化することだ。黒ずくめの集団を捕まえるというのももちろんだが、それは現実的ではないので主要な手段ではない。他に対処方法はあるかもしれんが、少なくとも今考えつくとは思い難い。

その手段は俺が実行可能か? これがわからない。そもそも俺はここのダンジョンについてあまり知らない。


であれば。


俺がすべきはギルドに向かってここのダンジョンの情報を得ること、そしてスタンピードの可能性について知らせることだ。ギルドが対応できるかはわからんが、最低限それをしなくては話にならない。

方向性が分かった、あとは実行するだけだ。


俺は足を頑張って動かしてギルドへと入り、カウンターへと並ぶ。間が悪かったのかすべてに人が並んでいた。一番人が少ないのは、あそこか。

5分ほど経って、順番が回ってきた。


「すみません、マルレーヌさんいますか?」

いきなりダンジョンについて聞いたとて、満足な答えが返ってくるとは思えないのでワンクッション入れる。彼女ならこっちの事情も知っているし話も聞きやすいから一石二鳥だ。


「いえ、課長ならここ数日は休みですよ」


マジかよ。


「ああ、そうだったんですね。じゃあ戻ってきたらまたその時にしますわ。それはそうと、ここのダンジョンってギルドが管理してるんですか?」

「ええ、そうです。資産としては帝国が保有していますが、管理は我々冒険者ギルドが担っています。定期的にここドミランノルトを治める代官様へと報告する義務があります。有事の際には領主様の方が優先的に命令できるという形です」


おーけー、なんとなくわかった。


「実を言うとですね、先ほどダンジョンに潜ったんですが、こういうことがありまして」

取りあえず、先ほど遭遇した黒い集団について話した。ついでにプファルツで起こった際にそれに近しい集団が目撃されたこともあわせて話した。


「ですから、ダンジョンへの立ち入りを禁止して入り口の警備を増やしてほしいんですよ。ついでにギルドの方で調査班を組んでいただけると、助かるんですけど」


「うーん、立ち入り禁止も人の派遣も領主様に確認を入れる必要がありますね」

「え、こっちで動けないんですか?」

「平時ならそうなのですが、何分今は人手が足りていないので」


あーそういやそうだったな。ちくしょう戦争め!


「後者2つは領主様のところの人手を呼ぶので、調査班は明日以降ということになります」

「だったら、せめて立ち入り禁止だけでも」

「それは可能ですが、明日からになりますよ」


まあそうだよな。ここのギルドからすれば俺なんてただの通りすがりだしな。話聞いてくれただけましか。


「取りあえず、それでいいです。ただ、スタンピードを起こそうとしている集団の存在だけは伝えておいてください」


もしこれで何も起こらなかったら。いや、やめよう。それはやるべきことをやった後だ。

俺は受付嬢にお礼を言うと、ギルドを出てアルバの家へと走った。



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