雨が降ってワクワクするのは子供の時だけ
そんなこんなで二日目がやってきた。
「よ、よろしくお願いします」
そんなアルバの挨拶から始まり、ダンジョンに潜り、モンスターとの戦闘を繰り返す。
昨日と行動パターンはそう変わらない。
しかし、アルバの過去に踏み込むと決めた以上、ただルーティーンワークのごとくこれらの行動を繰り返すわけにはいかない。差し当たってはまず過去のことを聞けるくらいに親密度を上げる必要がある。
よくミッションかなんかで学園に潜入して重要人物の懐に入る、みたいなやつはきっとこういう気分なのだろう。悲しいかな、俺は人からの好感度なんぞ気にして生きてきたことなどないので、こういう時何をすればいいのかわからない。正直心臓バクバクだ。誰かマニュアル書いてくれ、ミッションだけに。
「アルバは、この街に来て長いのか?」
取りあえず、アルバの前に所属していたパーティーがこの街にいるのか、それが知りたかった。だが直接聞いたら地雷どころかグレネードが飛んできても不思議ではない。昨日の20分にわたる考察の末、このセリフなら過去をほじくる印象を与えまい、という結論に至った。
「いえ、来たのは半年ほど前ですね」
「そうか」
アルバの冒険者ランクはアイアンプラスだ。半年でそこまで上げられるのは不可能。となると、この街に来る前も冒険者として活動していたのだろう。
問題のパーティーがこの街にくる以前のだったら厄介だな。
「ちなみに、マルレーヌさんとの訓練が始まったのはいつくらいだ?」
お、ナイスケルファー。めちゃくちゃ自然な聞き方だ。
「そうですね。ひと月ほど前でしょうか?」
「へー、俺らが旅を始めたのと同じくらいか」
「あ、そうなんですね。お二人はもっと長く一緒にいるものだと思っていました」
「へー、ちなみにどんくらい?」
「え、いきなり聞かれると迷いますね。うーん、半年とかじゃないですか?」
ありゃま、思ったより俺とケルファーは仲が良いように見えているんだな。
しかしこれでさらに分かった。どのような経緯でマルレーヌさんが訓練を始めたのかはわからないが、パーティーに入っている冒険者をそう気軽に誘えるもんではない。であれば、この街に来てアルバはしばらく一人だった期間があるということになる。これは前に所属してたパーティーはこの街にいない可能性が高いかもしれん。
というか、マルレーヌさんがこの街のギルドの職員なら、この街にいる冒険者くらい把握しているはずだ。あとでそっちに聞いてみよう。会えるかは分からんが。
ラーメンを食いに行くまでに聞き出せたのはそれくらいだ。というのも、途中結構デカい群れに遭遇してかなり時間がかかったのだ。
***
さて昼食を腹に入れたのちもう一度ダンジョンに潜るわけだが。
一つ問題が発生した。
ひいきにさせてもらっている第7層(ただし流血沙汰アリ)に潜ったら、なんと雨が降っていたのである。
おかしい、ここはダンジョン内でしかも屋内だ。たしかに空が映っているが本物ではない。雨が降るはずもないのだ。
「えっと、アルバ、これってよくあることなの?」
実はこの雨はここで死んでいった冒険者の血だぜぐへへへへとかだったら猛ダッシュで帰るぞ。
「いえ、ぼくもここにきて半年経ちますが、遭遇したのは二回目です。ですが特に悪影響は聞きませんね」
おお、よかった。鬼畜ホラー仕様ではないということだな。いやー、やっぱ自分の知らないものを自分の価値観で勝手に判断しちゃだめだな。
「そんなに頻度低いのか?」
「僕、週に4回はダンジョンに潜ってますよ。だから信頼に足る発言だと思いますけど」
その発言をするならせめて5回って言って欲しかった。
「どちらにせよ、行動するのは結構めんどそうだな。別の階層に行くか?」
「それがいいかもですね」
頼れるケルファー氏の提案で、ひとつ上の階層に向かうことになった俺たち。
そこでは何と、みぞれが降っていた。
「うん、これ多分今日はダンジョンさんがたまった液体をブシャーっと出したい日なんだろ。そうに違いない。もう帰ろうぜ」
「とち狂った台詞をはいてさぼろうとしてんじゃねーぞ」
排水機能付きのダンジョンってそれただの下水処理施設じゃねえか。
「おかしいですね。前回は階層を変えれば天候はごくごく普通だったはずなんですが。というかみぞれなんてちょっと手の込んだ天気、ダンジョン内で再現されるものなんですね」
みぞれが手の込んだ天気ってどういう視点? というか再現ってなんだ?
それを聞いてみると、どうやら最近の偉い人が言うには、ダンジョンないで現実に近い空間がある場合は、なにかしらの作用で似ているというより、ダンジョン外の空間を再現、模倣しているのではないかというのが調査で判明しているらしい。
「アルバってそういう情報詳しいんだな」
「まあなんというか、知識を入れるのが好きなので。基本一人なのでそういう時間には困りませんし」
おっと反応に困る自虐を入れてきたぞ。いや自虐と断定するのは早計だけども。俺も学生時代友人こそいたが単独行動が多かったし。
「パーティーとか、組まないのか?」
それは、アルバの問題に関する情報を得たいからという打算的な理由から出た質問ではなく、俺の本心からの質問だった。
ずっと一人でやってたくせに他の奴が一人で活動するのには口を挟むなんて、偽善もいいところだけど。
「前は、組んでたんですけどね」
俺の問いに対してぽつりと、アルバが寂し気に呟く。
その声に一体どれほどの感情が込められていたのか、俺は知らない。
だが少なくとも、深い悲しみと悔恨が多分に入っているのはわかる。
踏み入っていいものだろうか?
「解散しちまったのか?」
ひょいと後ろから顔を出したケルファーが問いかけた。
おい、俺の躊躇してた時間を返せ。
あまりにも自然に聞くもんだから、一瞬反応できなかったぞ。
まあでもある意味助かったな。コミュ力の高いこいつのことだ。多分アルバがどう返してきてもうまく流せるだろう。
「解散、したんでしょうかね」
ずいぶんあいまいな言い方だな。この言い方だと、アルバが単独で抜けたってことか?
「まあ、昔の話ですよ。過去は過去、現在は現在です。ほら、外に出ましょう」
浮かない顔から一転、ニコッと笑って立ち上がるアルバ。
たしかに笑ってはいる。吹っ切れたように見えなくもない。
だが違う。マリーさんの時とは違う。あれは誤魔化してる笑いだ。鈍い俺でもわかる。
先頭を行くアルバに、俺たち2人でついていく。
会話はない。というか、何を喋ったらいいのかとんと見当がつかない。
横を歩く相方も、普段のおちゃらけた雰囲気はどこへやら、ただ真顔で前を行くアルバの背中を見つめている。
程なくして転送ポータルにたどり着いた俺たちは、ダンジョン外へと転移した。
見ると、かなりの冒険者がそこでたむろっている。話を聞くに、どうやら第一層と第二層を除いて雨かそれに類似する天候になっているそうで。
ここにいるやつらはみんな悪天候で探索を諦めたのだろう。サッカー部が雨で練習中止になるのと同じような状況だ。まあたいていは室内での筋トレになるわけだが。
現にここにいるやつらもその例にもれず、とっととかえって武器の点検でもするかとか、帰って愛しのリアーナちゃんに会わなきゃとか、お前奥さんいなかったっけ?とかそういう気の抜けた会話が聞こえる。
「じゃあ、今日は解散にするか」
普段よりやや小さい声でケルファーがそう言った。
「では、また明日」
アルバはそう言って道を向こうへと歩いていくと、瞬く間に人混みにまぎれて見えなくなった。
その日の予定は、そこで終わった。
「尾行するか」
ケルファーがそう言いだすまでは、俺もそう思っていた。
「び、尾行」
鼻の穴のことか、それは鼻孔だな。花野アナだったらアナウンサーだな。
「そうだ、気に入らない奴の弱みを見つけるためにするあれだ」
「そこは普通怪しいやつを調査するためにする追跡とかじゃないのかよ」
いやそんなことはどうでもいい。
「尾行して、どうすんだ?」
「そりゃ、あれだよ。あんな状態だ。どこかの酒場に入ってマスターに愚痴るんだよ。それを俺らが盗み聞きする。完璧だろ?」
どこが? どう考えてもガバガバなんだが? 初心者がやるキーパーくらいガバガバだぞ。
酒場にいく保証は? と聞いても良かったが、いい案を思いついた! 状態のやつにそういうことを言っても大して意味はないことが経験から分かっているので、そのままにさせておくことにした。
つまりは尾行を決行することになった。どうせなら欠航のほうが良かった。
幸いにしてアルバはそう離れていない。雑踏に紛れて歩を進めていく。
「なんか手慣れてるな」
家屋のかげに隠れる相方にそう尋ねる。
「そうか?これくらい普通じゃね?」
そう本人が言うが、足音を立てない歩き方、対象の視界を把握して入らないようにする立ち回り、どう考えても一朝一夕で身につくものではない。
まあいいか。こいつのハイスペックはもう確定事項みたいなもんだと心のなかで折り合いがついてる。
尾行を始めて五分、アルバが表通りから外れて細い路地に入り、ぐんぐん進んでいく。
そして、こじんまりとした石造りの長屋みたいなところに入っていった。
「あれ、ここ来たことあるよな」
「ああ、俺らが迷子になったときだ」
「迷子っていうな」
そうそう、いきなり街のなかで競争したときに行き着いたところだ。
ってことはだ。
「あいつ、ここに住んでたのか」
「みたいだな、でどうする?お前の目論見は破綻したわけだが」
酒場で愚痴るどころか、酒場にすら行かなかったぞ、とは言わないでおいた。
「しゃーない、帰って今日分かったことまとめとくか」
「ああ、そうしよう」




