結局自分にどれだけ厳しくできるかってのは大事だから、M属性ってある意味無敵なのかもしれない
「よかったらまた三人で来いよ」
という店主さんのありがたい言葉をいただいたので、明日以降も昼飯はあそこの屋台で食べることになった。
「いい人だったな。いつもあそこで食べてんのか?」
「まあ、そうですね。他のところで食べることもありますけど、長丁場になるときはあそこですね」
ってことは、あのおっちゃん結構な頻度で店を出してるのか。
そして、あそこで昼食をとるということは、たいていはこのダンジョンに通い詰めているということだろう。まあ確かに、一人で活動してるっぽいし、ダンジョンに潜った方が効率は良かったりするのかもな。
ここだと依頼の種類もプファルツとは違うだろうし。
おっと、そうだ。確認することがあるんだった。
「一応午後は一つ階層を下げろって言われてるんだが、どうする?きついって思うならこのままでもいいけど」
「いえ、下げます。自分を鍛えるためですから」
どうやら、俺が想像していた以上に、彼は気合が入っているらしい。
「んじゃあ第七層行くか」
そういうわけなので、午後の訓練は第七層目で行うことになった。
「ちなみに、この階層に来るのは何回目なんだ?」
「どうでしょう?マルレーヌさんが一緒の時を入れても十回くらいなのでしょうか」
十回か、まあアルバがこの街でどれくらい活動してるか分からないから何ともいえんが。
「七階層の適正レベルって50じゃなかったか?」
「ああ、確か警備の人に聞いた話じゃそうなってる」
無論、一人で潜るならの話だ。しかもこの一人は当然魔物との戦闘を一人でこなせるという意味での一人だ。極論言えば、回復専門のプリーストが50レベルを超えていても潜るのは非推奨なのである。
裏を返せば。
「マルレーヌさんのレベルってどんくらいか分かるか?」
「どうでしょう?55はあるんじゃないでしょうか? ギルドの中でもわりかし偉いみたいな感じしますし」
「妥当ではあるな。あの魔術を行使できるとなるともうちょい上でもよさそうだが」
なるほど、確かに勝手に冒険者の面倒を見るというのは下っ端だったら業務の間にちまちまやることは難しいだろう。それが許されるくらいには地位をもっているということか。
「え、どういうこと?ギルドの中で偉いこととレベルに何の関係があんの?」
どうやら会話をつかみきれなかったらしい。まあ無理もないか。
「ギルドの特定のポジションは、一定程度のレベルが要求されるんだよ。戦えない上級職は足手まといだからな。あとはその過程で現場にある程度詳しくなってくれるってのもあるぜ」
「へえ、合理的じゃん」
俺もこのシステムを知ったときは賢いなと思った。ただ知ったときは依頼でやらかしてギルド長に呼び出されたときなので苦い思い出でもあるのだが。
そこでしばらく会話が途切れた。モンスターがわくのを待っているというのもある。
が、それは主たる理由ではない。おそらく、ケルファーはなぜこのように訓練するようになったかを聞こうとしているのだ。そのタイミングを窺っている。
「おいケルファー、いろいろ気になるのは分かるが、後にしろ。多分そろそろ敵が来るぞ」
その時だった。
茂みの向こうからぬっと魔物が現れた。
「シャドウウルフか」
上位個体は影に同化してくるが、この辺でわく程度ならそのスキルは持ってないはず。
「ヴルルルr」
群れの数は八体。まあオーソドックスではあるか。
「アルバ、俺たちが壁になる。弱体化頼むぜ」
「了解、です」
シャドウウルフの特徴は何といってもそのスピードだ。しかも名の通り影みたいな色をしているので視認しづらい。もう忍者ウルフとかに改名した方がいいんじゃないの?
右から飛んできた一体の爪を剣を構えて受け流す。
「我、汝らの退却を希う《デクレシェリーステ》」
ちょうどそのタイミングで、アルバの呪文が括られる。
同時に、明らかに狼どもの動きが遅くなった。
「よっと」
俺もケルファーも、相手の動きが手に取るようにわかる。
繰り出される爪にも、キレがない。駆け出し冒険者のちょいうえ程度。
そんな奴ら当然敵ではないから、ぶっ殺しておーしまい!
となったら、職務放棄で怒られそうなので、二体だけ残す。
「んじゃアルバ、その二体は自分でやれ」
「え」
え、ってなんだ。お前の訓練でしょうに。まさか魔術行使して終わりだなんて思ってないよな。
鋭く地面を蹴って距離をとる。
「んじゃ、お手並み拝見といこうか」
いきなり真正面の戦闘が始まって体を堅くしていたようだが、そこは腐っても冒険者、すぐに態勢を整えてスムーズに戦闘に移行した。
「どう思う、ケルファー」
おそらく同じタイミングで抜けてきた相方に問う。
「わかんねえ。杖術はやったことないんだ」
「でも騎士団で槍術はやるんだろ?その延長線上でいいからよ」
「いや、俺すぐにやめたからあんましやってないんだけど」
「いいからいいから」
ちょいと無理なことを言っているのは分かるが、俺よりもこいつの方が正確に観察できるはずだ。
「どうかね。懐にはいったそれなりの敵なら対処できるって感じかな。それができるのとできないのとでは全く違うし」
「確かにそうだな」
魔術師はその戦い方からして、どうしても遠距離攻撃が主体になりがちだ。近距離に特化したやつなぞ片手で数えるほどしか見たことがない。だから、近接戦闘を達人級とまではいかなくてもある程度まで高めることには意味がある。
「でもたぶん、俺たちに頼んだ本当の目的はそこじゃないとおもうんだよなあ」
「と言うと?」
「ほら、あの時マルレーヌさんが直々に杖術教えてただろ。ってことは杖術を用いた戦闘は骨子なわけだ。それを俺たちが変えるなんてできないわけ。でも俺たちは魔術師じゃないから魔術は教えられない。そうなると、俺たちはこの六日で何を教えればいいのかって話になる」
足元に現れたシャドウウルフの横っ腹を、アルバが右手に持った杖で強く打ち据える。
その衝撃で吹っ飛んだ狼は地面に倒れ、そのまま霧消した。
「近接戦闘はある程度高められるけど、他に目標を設けるべきだと」
「そゆこと」
それが何なのかは分からないけどな。でもたぶん実戦形式で教える内容であるのには間違いないのだろうが。
「そう考えると、結構むずかしいな」
「でもやるんだろ」
途中で投げ出すようなタマでは無いだろう、こいつは。
「まあな」
腰に手をやって、ケルファーはニカッと笑う。
チラッと向こうを見ると、もう一体のシャドウウルフが火の玉を食らって消滅するのが見えた。どうやら終わったらしい。
まあ、とりあえず今日のところは俺とアルバの間の問題が解決して、なんとなくの感覚をつかめたってところか。
アルバが前に所属していたパーティーで起こったらしい問題、マルレーヌさんが要求していること、などなどいくつか問題は残っているが、まあおいおい解決していけばいいだろ。
こちらに向けてアルバが駆け寄ってくる。
「どうでしたか」
その姿に、解いた問題を自信なさげに見せてくる塾の教え子の姿を幻視した。
「特に問題はなかったと思いますが、ミラーさん、アルバ君の動きについて、コメントをいただきたいのですが、いかがでしょうか」
なんだそのスポーツ番組で専門家に解説を請うような喋り方は。無駄に似てるし。
「複数体を相手にするという状況だったが、落ち着いて対処はできていたな。そこはとても大事だし重要だ。できれば戦闘中の行動を思い返して最善だったかどうかを考え、もし最善でないならその原因とどう改善するかを簡単にでいいから考えてほしい」
欠点を補強しろなんて多分聞き飽きているだろうからちょっと別の方向の言葉をかけてみたのだが、大丈夫だろうか。何だコイツ偉そうにとか思われていたら今日布団のなかでジタバタしちゃうぞ。
「ぶっちゃけ俺もミラーも杖術も魔術もあんまし詳しいわけじゃないからな。戦闘の時にどう思考するかってなら教えられなくもないんだが」
ん、どうした。急に黙って。
「そういやよ、アルバの使う弱体化の魔法って具体的にどういう効果なんだ?あんまし使っているやつに遭遇したことないから俺知らんのだが」
あ、そうじゃん。なんとなくデバフかけてんなくらいにしか思ってなかったけど、具体的に何が弱体化されんのか全然聞いてねーじゃん。
故人曰く、敵を知り、己を知れば百戦危うからず。
まあケルファーの言う通り、俺たちは魔術に関してはドがつかないくらいの素人である。聞いたところでどうすんだ?って気もするが、まあ悪いことにはならんだろう。
「僕の弱体化魔法は、敵のスピード、耐久力、反射神経、攻撃力を下げるみたいです。敵の攻撃が弱くなり、防御が利きにくくなり、遅くなると考えていただければ」
なるほど、見事なまでにお手本のようなデバフだ。
「ちなみにどんくらい弱体化させられるのか把握はしてるのか?」
「すみません、そこまでは」
まあそりゃそうだよな。敵のステータスは分かんねえんだから効果のほども数値化できない。感覚で測るしかないのだ。
「あれ、じゃあ強化魔法は?自分のステータスを底上げするやつ。あれは使えねえの?」
「強化魔法は、使えないんですよ」
今ケルファーの質問に答えるまでに間があったな。
ともすれば、たんに相手の質問を咀嚼しているだけとしか捉えようのない間。
たんにどもってしまっただけという線もあるだろう。
だが直感でわかった。あれは何か聞かれたくないことを隠している、それゆえの間だ。そしてよどみなく次の言葉がでてくるあたり、話を作ったのではなく、一部の話して他は隠している、もしくはこう聞かれたときにどう答えるかをあらかじめ決めている、そのどちらかだ。
そしておそらく、アルバが所属していた前のパーティーで起こった問題と関係がある。
根拠はない。だが断言できる。
これをケルファーに話すべきだろうか。
数秒逡巡したあとに気づいた。
これ今考えなくてもいいな。
「なんだ、だめなのか」
「できないんですよね」
ほら、その証拠に、なんか二人で話が進んでるし。
「しかし斬新ですね」
「いや、別にそこまで変な発想でもないだろ。試したことはなかったのか?」
「……、実を言うとやったことはあるんですよ」
「なんだよ」
「でも、やっぱりできませんでした」
まてまて、マジになんの話をしてるんだ?
「え、待って。何の話をしてるの?」
「何だミラー、聞いてなかったのか。せっかく俺の天才的発想が炸裂してたのに」
「そうか、すまんがもう一回説明してくれるか」
まさか忘れたとは言わないだろう。
「えっとですね、僕が自分自身に弱体化の魔法をかけた状態で訓練するのはどうかって話です」
「おい、なんでアルバが説明してるんだ」
相方をにらむ。
「い、いや、違うって。ちゃんと俺が思いついたんだよ」
「ふーん、まあいいや。でも、それはできないんだな」
話に加われなかったのでちょいと意地悪してみたが、あんまこういうのは性に合わねえな。やめよう。
「というより、自分に魔法をかけるというのができないみたいなんですよね」
「あらそうなの」
延々と自分にバフをかけ続けるみたいなんはできないのか。まあそもそも強化が使えないわけだが。
これも前いたパーティーと関係してそうだな。
「そういえば、自分以外だったら何体同時にかけられるんだ?」
「今のところは五体ですね。相手の魔法への耐性とかは考慮しないなら、ですけど」
なるほどね。
「取りあえず、もうしばらくダンジョン回って魔物倒すか」
そのケルファーの一言で、話し合いは終わり、俺たちは再びダンジョン内で訓練にうってつけな魔物を求めて徘徊を再開した。
***
その夜のことだ。
俺とケルファーは宿の一室で向かい合って座っていた。
「みたいに思ったんだが、どう思う?」
悩んだ末、前のパーティーでアルバに起こった「ナニカ」が強化魔法の行使にも影響を及ぼしてるんじゃないかという仮説を話すことにした。
「なるほどねえ。その理屈で行くと、過去のパーティーで起こった出来事のせいで、アルバは普通の魔法と弱体化の魔法の効果がいまいちになってるし、強化魔法も使えなくなっている、と」
「そうなるのかな?」
「そういや、マルレーヌさんがステータスに異常をきたしているって言ってたな」
「ああ、言ってたな」
あれは単純にステータスの数値が下がっているという意味合いかと思ったが、想像以上に深刻な影響を与えているらしい。
「そうなると、そのことをどうにかしないといけないな。だって訓練のために俺たちいまこんなことしてんだろ?もともと正常な実力が発揮できてない状態なのに訓練もくそもあるか。今ある実力をもっと伸ばすのが訓練だろ」
「そのアルバの過去のナニカが与えている異常を取り除くのが大事だと?」
「ああ」
やはりというべきか、こいつは今回も首を突っ込むつもりのようだ。
「冒険者ってのは、依頼外のことはかかわりすぎないってのが鉄則なんだけどな」
余計なことを背負いすぎないってのが長く活動するコツなのだと、初期に教わったのを未だに覚えている。
「なんだ?弱気だな」
「ちげーよ、鉄則なんだけどって言ったろ。逆接だよ逆接」
「頼りにならないやつってことか」
「それは弱卒な」
そういうことか!みたいな顔してんじゃねえよ。
「でも、あの感じそう簡単には話してくれなさそうだけどな」
流石にそれはこいつも感じ取っていたか。たしかにまだ心のATフィールド張ってる感じはある。まあ飯を飯で断られなかっただけ可能性はあるだろう。
まったく会話ができないってわけじゃない。ならば活路はある。
「とりあえず、こういうのはゆっくりやってくのが大事だ。金の問題はめどがついたし、最悪の場合この街に長く滞在するって手もある。おいおいやってこうぜ」
「だな」
ケルファーの返事を最後に、俺たちはベッドに潜って布団をかぶった。




