食いながらしゃべるのは見た目がよくないということは、一人で食べるときは食いながらしゃべってもいいのではと考えたが、そもそも一人で飯を食べるときに喋る相手はいないことに気づきました
さらに一日たって。
渡された紙に書いてあった通り、ギルドの門の前で俺たちは突っ立っていた。今日から本格的に訓練開始である。時刻は朝の9時ちょっと前。
相変わらずにぎわっているな。
そんなことを考えていると、通りの向こう側から一人、見覚えのある人影が歩いてくる。
「あれ、お二人ともまだいたんですね」
「ああ、ヒルか、久しぶりだな」
声をかけてきたのはあの時ケルファーにいろいろ聞いていた大盾使いだ。でっかい盾持ってるし。
「待ち人ですか?」
「ああ、まあな。そっちは?」
「これから五人で依頼を受ける所です」
「おお、そうか、頑張れよ」
「うっす」
ケルファーと三言かわすと、彼は中へと入っていった。
「お前、初対面のやつと打ち解けるの早いよな」
「まあな。コツはなるたけ笑顔でいることだ。ただし、意識して笑顔はつくっちゃいけない」
「それ限りなく無理ゲーでは」
なんにも考えるなって指示の方がまだ容易にきこえるぞ。
「まあそンなことはどうでもいいんだよ」
「よくないよ」
初対面の人とどう接するのかという陰キャへの救世主になるチャンスだったのにそれを捨てるとは、不遜な奴である。
んでそのままボーっと突っ立ってたら、間もなくしてアルバがやってきた。約束時間には十分間に合っているが、走ってきたのか軽く肩が上下している。
「すみません、お待たせしました」
「いや、大丈夫だ」
「そーだぞ。こいつのせいで早く来すぎただけだからな」
俺のせいにするな俺のせいに。
いや確かに早く起きちゃったから先に行って待ってようぜって提案したけどさ。
「えーっと、行先はダンジョンでいいんですよ、ね」
どうやら彼も彼で緊張しているらしい。そりゃそうだ。よくわからん冒険者二人組と訓練だなんて、緊張するなという方が酷だろう。
「ああ、そのつもりだぜ」
「いつもはダンジョンで訓練しているから、変えない方がいいって思ったんだが。もしかして他のところが良かったりする?」
ひょっとしていつもと違う依頼が受けられるみたいな感じでワクワクしていたのだろうか?だとしたら選択をミスったかもしれん。
あと、俺も緊張してるな。何だよする?って。砕けすぎだろ。間違ってエコバッグの下に入れちまったポテチくらい砕けてるぞ。
「いえ、大丈夫、です。いつものところの方が、落ち着くので」
そう言うと、彼は下を向いてしまった。
まずい、ファーストコミュニケーションをミスった。いや正確にはファーストではないんだけども。
「取りあえず、ここでたむろってもしゃーねえし、行こうぜ」
「ああ、そうだな」
***
「おりゃああ」
上段からの一閃。ドラマだったら間違いなく締めのシーンに採用されるに違いないくらいバシッと決まったそれは、目の前にいるオークを真っ二つに両断した。
「すみません、効きが悪くて」
「いーや、問題ない。オーク一体に手こずる俺等じゃないしな。失敗がなんだ。肝心な時に成功できてりゃそれでいーんだよ」
正直そのスタンスだと問題があるような気がしなくもないが、まあこの状況で厳しい言葉をかけるよりはましだろう。
ちょうどさっきまでスケルトンの群れを相手にしていたのだが、急にオークが数体現れてこちらに向かってきたのだ。うち数体は弱体化の魔法が間に合わなかったので、ケルファーがこうして倒しにかかったというわけである。
「ちょうどひと段落したし、休むか?」
潜ってから三時間は経っている。休むならこのタイミングだろう。
「そうすっか、アルバは?」
「僕も、ちょっと一息いれたいです」
ケルファーの提案で休むことが決定したので、一度出口へと向かう。
「せっかくだし、三人で飯食おうぜ?」
こいつ、やるな。このタイミングなら断るというのも不自然だ。しかもダンジョン周辺には屋台がいくつかある。流れとしては完璧に近い。
「えっと、その」
「どうした?」
何か言おうとしてるな? けどこれ言ったら迷惑じゃないかという考えが浮上してきて口に出すか悩んでいるな? わかる。俺にはわかるぞ。
そしてケルファーよ。お前の対応はダメダメだ。ここは俺が同族として見本を見せてやろう。成功例かは知らん。
「もしかして、何か自分で食べ物持ってきたのか?」
彼は横に首をぶんぶんと振った。勢いすごいな。
「もしかして、いつも決まって食べるものがあるのか?」
数秒して、彼はこくりと首を縦に振った。
「だってさ。どうする?」
「おお、それっておすすめってことだよな!じゃあそこ行こうぜ」
その一言に、ほっとしたような顔を浮かべたアルバに続いて、三人でダンジョン前に並んでいる屋台の中を歩く。
「ここか?」
足を止めたのは、はっきり言ってしまえば、ごく普通の屋台だった。
看板は木製で、茶色いペンキのようなものでおおざっぱに字が書いてある。
「ハライッパイ」
ダメだ。何の店か想像してみたが全く分からん。こういうのって普通は主力のメニューの名前を入れるもんじゃないのか?
「おう、おまえか。いつものでいいか?」
ぬ、っとこちらを振り向いたおっちゃんが問うてくる。どうやら店主と知り合いらしい。しかもこの感じ、結構通い詰めているのか。
アルバはこくりと頷き、指を三つ立てる。
「三つってことは、後ろの兄ちゃんたちもかい?」
「そうです」
店主の問いかけにケルファーが答える。
「わーった。ちょい待ってろ」
そう言って、店主はテキパキと動き始める。その手つきたるや堂々としており、並々ならぬ腕であることが感じられる。
これは期待できそうだぞ。
「ところで、アルバは食事にはこだわるタイプなのか?」
「ぼくは、そうですね。数少ない娯楽だと思っているので」
顔を下に向けながら、アルバはケルファーの問いに答える。
思ったより、こちらに対して壁を作っている、という感じはない。ケルファーの質問にはちゃんと答えてくれる。
「ちなみに何か好きな食べ物はあるか?」
「…………。タケノコとか」
うん、ケルファーの質問にはちゃんと答えてくれるんだよな。
なぜか俺がなにかを尋ねると決まって数秒開けた後に返してくるのだ。
何でだろう?俺ナニカしたっけ?
思い返してみるが、特に思い当たる節はない。困ったな。コミュニケーションに問題があるとできることもできなくなってしまうのだが。
とはいえ、俺が気づいていない俺の問題があるのかもしれない。
「ほいお待ち」
今後のことについて考えようとしたその時、料理が完成したらしい。コトンという音とともに、目の前に料理が置かれる。
器に満たされているのはやや白濁したスープ。この感じは鶏ガラだろうか。そしてそのスープからちらりと顔を出している細麵。液面にはチキンカツらしきものと、ほうれん草、あとメンマみたいなのがトッピングされてある。
どう見てもラーメンであった。ラーメン以外の何物でもなかった。
「それで、料金は一人銅貨6枚だが、どうする?全員まとめて払うか?」
あ、いかん。気を取られてる場合じゃなかった。
「せっかくだ。俺がおごろう」
正直この程度で好感度を上げられるとは思わないが、まあやれるだけやって損はあるまい。
「まあまて」
「何だ?」
「お前が早くおごるという心残りを片づけたい気持ちは分かる。よーくわかる」
何だコイツ。
「だがだめだ。こんなちゃちなところでその権利をちゅか、つかうことは俺が許可しない。もっと大々的につかうべきだ。そうだろう?」
「噛むくらいならわざわざ似合わない台詞いわなけりゃいいのに」
いや、思ったより似合うかもな。まあでもこういうこと言うとこいつ調子に乗りそうだからやめとこ。
「というかお前の所持金的に俺が払わなきゃだろ」
「あ」
今気づいたのかコイツ。
「すいません、一人銅貨六枚ですよね」
「ああ」
「お釣り、いけます?」
「問題ない」
「じゃあこれで」
銀貨二枚を出し、釣りをもらう。
ふと横を見ると、アルバがこちらを見ているのに気づいた。
「なんだ?どうした」と口走りそうになったのを慌ててこらえる。
いかんいかん、もう少し柔らかい言葉をつかわねば。
「えっと、もしかして代金が気になるのか?」
あ、あたふたしてる。図星だったっぽいな。
「まあまあ、後にしよう。先に飯だ飯」
ご飯を食べるときはご飯のことだけを考える。これ人生を楽しく生きるコツな。何が楽しくて飯を食いながら明日のタスクについて考えねばならんのじゃ。
目の前のラーメンに向かい合う。ケルファーも俺たちを待ってくれたらしい。こういうところ律儀だよなこいつ。
いただきます、と心のなかで唱えてスープを一口。うまい。この濃さからしてカエシは醤油とかではないのだろう。だがこれでいい。これくらいあっさりしてるのがいい。今日はそういう気分だ。
というかこの世界に醤油あるんかな。まあいつか分かるだろ。
今度はフォークで麺を巻いて口に運ぶ。うまい。実際のところ麺料理はスープが本体だと考えてるタイプの人間なので正直麺にこだわりはそこまでないのだが、これはかなり美味い部類に入るのではなかろうか。
トッピングの仕事も抜かりない。チキンカツは堅すぎずちょうどいい塩梅に揚がっている。そしてこのメンマが旨い。
「そういや、タケノコが好きなんだっけ」
「……」
うん、今のは俺が悪い。麺を啜っている途中に聞くべきではなかったな。
「このタケノコを調理したのうまいな。なんて言うんだこれ?」
「……」
あ、良かった。これでケルファーにだけ返事してたら俺の心がダークサイドに向かうところだった。
「そいつぁ、メンマってんだ。うめえだろ」
「ああ、味というか食感が癖になるな」
「ああそうだろ。修行してるときに見つけたんだよ。こいつはきっと伸びる素質があるってな」
そりゃ成長したら竹になるんだから伸びる要素しかないわな。
「あんたら、こいつの知り合いか?」
「知り合いというか、まあ指導担当というか」
「まあよくわからんが、どうだ? うちの飯は?」
「美味いっす」
「おいしいですよ」
世辞抜きに向こうでも通用する気がする。久しぶりのラーメンで感動してるってのもあると思うけど。
え?イギベルさんのとこの?あれは、ほら。二郎系食ったことなかったし。いやアレもあれでおいしかったけどね。
「そいつは良かった」
あ、笑った。
「なんか初めてフィデオ食ったにしてはリアクションが薄かったからな。ビビったぜ。もしかしてどっかで食べたことあんのか?」
「まあ、前に少し」
流石に魔女にごちそうになったとは言えん。
「ああ、魔女におごってもらったんすよ。イギベルって人。量もインパクトも半端なかったっすわ」
「ちょっと!?」
いいの?そんな簡単に話しちゃって?いや別に本人から私に会ったこと黙っててくださいとは言われなかったけどさあ!?
「魔女? 魔女ってあの、なんか、すごい魔法のやつか?」
いや雑。店主のおっちゃん理解度雑ぅ。
「いや、魔女っていうのは」
「旧時代にまだ人類のごく一部しか魔法が使えなかった時代において、生まれながらに魔法がつかえた類い稀なる存在。その生き残りとされていますね。ですが僕の予想では、魔女同士で何らかの秘術を発明し、それに適応したものが生き残ったと考えています。こう考える根拠はいくつかありまして。というのも、文献に魔法の存在が登場する時代から考察するに、あ」
どうやら俺とケルファーの視線に気づいたらしい。ぽっと顔を赤らめると、そのまま麺を啜りに戻ってしまった。
この状態で何か聞いても無駄だろうな。そう思い、俺はラーメンの丼に向き直る。
「あの、覚えてないんですか?」
「何がだ?」
顔を右に向けると、麺を口に運ぶのをやめたアルバがおずおずとこちらを見ている。
「何日か前に、ギルドの前でぶつかったときのこと」
……。そういやあったな。あの時はすぐにいなくなって、てまさか。
「ふぁふほどふぉういうふぉふぉか」
「オッケー、ケルファー。取りあえず口の中のものを飲み込め。話はそれからだ」
多分今そういうことかとかそれに類する台詞を言ったんだろうな。
「正直に言うと、今の今まですっかり忘れてた。あの時は相手の顔も見えなかったわけだしな」
そう言って、メンマをフォークにぶっさして麺と一緒に口に入れる。食感のコントラストが最高だ。
「じ、じゃあ、僕のことは別に嫌いじゃないんですね」
「そりゃそうだろ」
初対面の人をいきなり嫌いになるなんてよっぽどだぞ。嫌いになる要素を打ち消すほどのいいところがあるかもしれないだろう、なんて考えている俺は、甘いのだろうか。
「良かったです」
心底ほっとした顔で彼はそう言った。
そうか、だからなんだか俺に対してぎこちなかったのか。
「お、話は終わったみたいだな」
気づくと、どうやらすでに自分の分を平らげたケルファーが横に立っていた。
「さて、誤解も解けたし、食い終わったら訓練再開するぞ」
「ふぁふぁりました」
いや今度はそっちが食いながらしゃべるんかい。
まあ正直に言うと別に食いながら喋ることをどうこう思うというより、咀嚼中の口の中を見たくないわけなので、どうでもいいっちゃどうでもいい。
俺も丼に再度向き直り、黙々と食べ進める。
気のせいか、さっきよりも味が鮮明に感じた。




