いいですか、三人で過半数が賛成ということは要するに二対一ということです
そして翌日。
俺達四人はダンジョンの前に立っていた。昨日はじゃあその実演に参加しようそうしようということでお開きになったのだ。
「まずは第六階層に向かいます」
というマルレーヌさんの一言に従い、第六階層に向かう。気分は社会科見学の時のそれである。
「この階層にオーガがいるはずです。それと、ヒュージスパイダーが。今回のターゲットはその二体にします」
二体とも純粋に強いモンスターだ。訓練するにはもってこいということか。
「遭遇したら、私たちだけが戦闘に参加します。アルバ、覚悟はいいですね」
「大丈夫です」
かすかに震えた声で彼は答える。
五分ほど周辺を歩き回っていると、オーガ二体に遭遇した。
「行きますよ」
そう言って、彼女は一歩下がって結界を張る。倒すのは彼に任せるということなのだろう。
「《デクレシェリーステ》」
一歩前に出て、アルバが呪文を唱えた。というか、これ初対面の時も唱えてたな。
あの時は効果がいまいち分からなかったが、今回は分かるかもしれない。
そう思ってオーガの方を注視してみると、あることに気づいた。
腕の振りが遅い。
いや、よく注意してみれば、腕の動きだけではない、こちらへと向かうスピードも遅くなっている。
ということはだ。
「弱体化か。珍しいな」
隣に立っているケルファーがそうつぶやく。
おそらくケルファーの推定は当たっている。あの魔法は対象にデバフをかける効果があるのだろう。どのくらい弱体化されるかは全く分からないが。
そうか、だからあの時スケルトンの動きは遅く感じたし、斬った感触ももろかったのか。
俺がそのことをケルファーに話すと、彼も納得したらしい。
「しかし、あれだけじゃ倒せないぜ。なにか他の手段があるんじゃないのか」
確かに。デバフだけじゃ倒すことはできない。衰弱死まで追い込むのはデバフではなく、呪法に分類されるはずだ。
「炎の弾よ。わが前に立つ敵を撃ち落とせ。パーラディフォッコ」
再び呪文が唱えられ、火球がオーガ目掛けて飛んでいく。
その全てが命中し、オーガは叫び声を上げてのたうち回る。
「でも、普通に戦えてるな」
「だな。オーガ二体にこの具合ならまずまずじゃないか?」
「いいえ、足りません」
おっと、いつの間に横に。
マルレーヌさんは横目でアルバを見やる。
「彼のレベルは45。本来ならばファイアーボールをあの弱体化したオーガに放てば確実にとどめがさせるはずなのです。しかし」
「倒せていない、っすね」
「ええ、というのも、彼は今ステータスに異常をきたしていて、正常な実力が発揮できないのです」
「ステータスに異常?」
なんだそれ、聞いたことないぞ?
隣にいる相方も初耳だという顔をしている。
「どうやら前に所属していたパーティーに原因があるようなのです。彼が言うにはメンバーとの間で何か問題があったそうなのですが」
「いえ、それは彼の口からききます。彼自身の言葉で聞きたい」
まるで、そうでなくてはならない、というふうな、それがあるべき姿だとでも言うように、至極真面目な顔で、ケルファーはそう断言する。
それがよほど意外だったのだろうか。
しばらく沈黙が俺たち3人の間に流れた。数十秒ほどの長さに思えたが、実際はもっと短かったのかもしれない。
「風よ、立ちふさがるものを切り裂け。ラマディヴェント」
向こうで、アルバが続けて放ったもう一つの魔術がオーガに命中するのが見える。
「分かりました。ですが一つ確認させてください」
ぽつりと、マルレーヌさんがつぶやく。
「なんです?」
「依頼は受けるということでいいんですね」
あれ、そうじゃん。この流れだと依頼受けるの確定しちゃってるじゃん。
「はい」
おいちょっと待て、まだ受けるなんて言ってないぞ。
なんて割って言えれば良かったのだが、ケルファーは完全に受ける気満々グローブだし、向こうもこちらが受けるだと安心しきっているように見える。2対1だ。
勝ち目なんてステラーカイギュウなみになかった。
「じ、尽力します」
おそらく今世界全体で情けない返事をした男性1位は俺に違いない。世の男子たちはこの不名誉な称号を俺が掻っ攫っていったことを感謝するべきだ。
「おや、どうやらそろそろのようですよ」
見ると、オーガの片方に目掛けて、アルバが向かっている。
近くによって確実にとどめを刺す気か。
そう思ったが、彼は予想だにしない行動に出た。
オーガがやみくもにふるった拳を姿勢を低くとって躱すと、そのまま持っている杖で膝を強く打ったのだ。
右ひざに直撃したその一撃だけではとまらず、流れるように顎へともう一撃、さらに軸を中心に回転させて後頭部へと攻撃を加える。
それがとどめとなったらしい。
オーガは地面に倒れこんだ。その横を見てみると、同じくもう一体のオーガが倒れこんでいる。おそらく体力の差で一体だけ残ったのだろう。
「とどめ、魔術じゃないんすね」
「いざというときに懐に入られたら困りますからね。こういうときのために教えてあるんです。というか、あの子どっちかと言うと格闘センスはかなり高いみたいなんです」
どこの元ニートの魔術講師?
「しかし、あそこは距離をとって魔術でもよかったのでは?」
いくらセンスがあるからとはいえ、近接戦闘が本職ではない人間がむやみにオーガに近づくのはリスキーなハズ。
「魔力を温存したのでしょう。魔力量は平均よりやや上というくらいですから」
この世界の魔力量の基準がよくわからんが、ともかく、アルバは素質はあるということなのだろうか。
「マルレーヌさん、終わりましたよ」
向こうで彼が呼ぶ声がする。
「行きましょう。まだ実演は続けますよ」
「まだあるんですか?」
もう依頼受諾したし良くね?
「このまま帰してもいいことないでしょう?せっかくなのですからもう少し鍛えますよ」
***
そしてその後、アルバ単独での討伐が一回、ケルファーと組んでの討伐を二回終えたのち、俺たちはギルドに戻っていた。
「私はこれから作業があるので」
と言い残してマルレーヌさんが行ってしまったので、俺含めた男三人が取り残されている。
「あの、僕もこ」
「三人でご飯行こうぜ!!」
待ってましたと言わんばかりにキラキラした顔で言うなあ。
「いきなりか?」
「いきなりも何もこれから1週間は一緒なんだろ?今のうちに話しといたほうがよくね?」
まあ1週間といいつつうち1日は休みなわけだが。
「いや俺は別にいいんだけどよ」
問題は彼が同意するかである。多数決でハイ決定ということもできなくはないが、むしろ主役は彼の方なのでそれはまずいだろう。
ちらりと彼の方を見る。
というか今帰ろうとしてなかった?
うーん、頭を下に向けて顎に手を当てている。たぶん迷っているのだ。というかこれで迷っていないのなら逆に何考えてるか気になる。まさか今何食べたいかとかじゃないよな。
「そういえば」
「何?」
こっちはアルバが何考えてるか夢中なんだ、訳わかんないこと言い出さないでくれよ。
「Tボーンステーキ」
「は?」
どうした?まさかお前も行く行かないをすっ飛ばして何を食うか考えてないよな?
「イギベルさんのところで、俺賭けに勝ったよな。あの人何出してくるかで」
「ああ、そんなこともあった。ってまさか」
「ああ、この費用はお前持ちだ」
マジかこいつ!?
「何の話ですか?」
げっ、食いついてきた。
「いや、この前こいつと宿に泊まったとき、晩ごはん何出てくるか賭けをしたんだ。んで負けたほうがご飯一回おごるってことになった。その権利を俺が今行使した」
簡潔な説明どうもありがとう。
「僕もあやかっていいということですか?」
「ああ」
俺は抵抗を諦めた。ここで反対しても見苦しいだけだ。なるようになっちまえ。
「いえ、やはり遠慮させていただきます」
おや、意外だな。かなり頑固なタイプだったか。
え、とケルファーがつぶやく間に、アルバは踵を返してギルドから出て行ってしまった。
「マジかよ」
めっちゃショックな顔しているな、こいつ。
しかしなかなか見どころのある奴だ。こういう時に流されないのは精神力がしっかりしている。
「まあ一週間あるし、どっかで誘えばよくね?」
「そーれもそうだな」
うん今ちょっと戸惑ったね。追いかけようとしてたよね。
まあいいや。これでおごるという話はいったんなしになるわけだし。
「ただ、お前がおごるって話はそのままだからな」
ば、バレてる。




