男と女が一対一だからって下種な憶測をしていいのは高校生までだぞ反省しなさい
宿屋に帰って飯を食い、夜を明かした翌朝。
俺たちは再びダンジョンに潜っていた。
「目ん玉だよな、欲しいの」
「身も蓋もない言い方をすれば、まあそうだな」
ウェディ・フィアーというオレンジ色の木の根っこみたいなモンスターが、目玉を落とすのだ。
「俺、そのモンスター見たことないんだけど、どういう感じなの?」
「一言で言うと、キモイ」
木の根っこでできた体、背中に生えている謎の四角柱、なぜかケツについている目玉。そのオレンジ色の体に反してなぜか黒い後ろ足。妙ちくりんすぎる。
「ホントに一言だな」
「俺は素直な人間だからな」
では、一言お願いします、と言われて登壇して長ったらしく喋る偉い人とは違うのだ。
やっぱ一言お願いしますと言われたら新田先生みたいに一言でまとめなくちゃ。
「普通は森の奥にいるんだが、こういうダンジョンにいることもあるらしいぞ」
「根っこだけにか」
「たぶん」
前に倒しに行ったのは、ロムサックさんのパーティに王国のどこかに連れて行ってもらった時だったはずだ。その時も目玉目当てだった気がする。
あの時は探すのに結構時間がかかった気がするが、今回はダンジョンの中だ。それなりに出会いやすいはず。
歩くこと十分ほど。
「いたぜ」
こいつで落としてくれるといいんだけどな。
「なんか気を付けることある?」
小声で聞いてくれるのマジ感謝。
「いや、そんなにない。ただ攻撃に当たると結構飛ぶ」
「意識が?」
「いや、物理的に後ろに飛ぶ」
そう言うと、俺は双剣を構えて前に飛んだ。
向こうもこっちに気づいたみたいだ。
口から赤い光を吐き出してくる。
だが、その特性上、攻撃する前に口が開くという分かりやすい予備動作がある。よけるのは難しくない。
左に回り込む。こっちの方が一手速い。
「せいっ」
高速で切り刻む。もちろん目玉には傷をつけない。
ものの数秒で、地面に倒れる。目玉は落ちなかった。たまに灰になって消えてしまうのだが、運が悪かったか。
「あ、そんな強くないんか」
「そうそう。目玉傷つけないように」
あ、そうか。
「二人で別れて探すか。一時間後にここ集合で」
「オッケー。んじゃあ俺こっち行くわ」
そういうわけで、二手に分かれて探すことになった。依頼には多ければ多くてかまわないって書いてあったし、たくさん集まるといいな。
***
さーて、どんくらいあいつはとれたのだろうか。
袋の中を見てみる。とれたのは二つだけだ。別に勝負をしているわけではないのだが、こういうのは多い方がなんだかいい気分になれる。
「お、来てたのか」
集合場所でそんなことを考えていると、茂みをかきわけてケルファーが現れた。
「いくつ取れた?」
「二個」
お、引き分けか。
まあ依頼書にあったのは1個以上だし、問題ないだろ。
「戻るか」
「いや、どうせなら適当にブラブラして何体かモンスター倒してこうぜ」
「それもそっか」
ドロップアイテムは換金できるからな。というかもともとそれである程度金を稼ぐつもりだったな。
「この階層でいいか?」
「いや、特にどの階層が効率いいとか知らんのだが」
ちなみにプファルツだと18層目が一番効率がいいらしい。俺は一つ下げて17層で狩りをしていた。
まあそれはそれ、ここはここだ。
「まあお前のいう通り、せっかく入ったんだからなるたけアイテム落とさせて帰るか」
ジャリンジャリン稼ぐぜ!!
そんなこんなでモンスターたちと数時間ほど格闘したのち、引き上げてギルドにやってきた。もちろん素材の買い取りをお願いするためだ。
カウンターに並ぶ。二組ほどを職員が消化したのを見送って、アイテムをどーんと机上に置いた。
「買い取りお願いしまーす」
お、担当者が目をまんまるにしている。これは結構いい値段が期待できそうだな。
「すみません、少々お時間をいただくことになるのですが、よろしいでしょうか?」
かまわんかまわん。
「大丈夫ですよ」
「分かりました」
そう言うと、奥の方から人を呼び、アイテムを持って行ってしまった。
「この後どうすんだ?」
「まず飯だろ。まさかお腹空いてないのか?」
気温が低くなってきている。生物としての機能があるならエネルギーのためにたくさん食べようとするはずだ。
「いやそんなことはない。減ってる。超減ってる。馬一匹食えるわ」
「わーお」
なんという粋な返しだろうか。まあ本人は意図してないのだろうが。
「その後は、あれだよ。依頼受けてただろ。それだそれ」
やべえ。指示語しか使わないアホみたいになっちゃった。
「おう、んじゃ。ってあれ?」
「どうした?」
「いや、なんかあの人。ほら、前にすげー魔法バカスカ撃ってたあの人、マルレーヌさんだっけ?似てね?」
「どれどれ」
顎の方向から見るに、向こうか。
目線の先には依頼受付と完遂報告のカウンター。そこにはそれなりの冒険者が並んでいる。二十人いないくらいだが。
「いやいねえぞ」
「ああ、いま奥の方行っちゃった」
「え、奥の方?」
カウンターから動いてる人は一人もいないのだが。
もしかして見ている方向が違う?
「依頼のカウンターの方だよな」
「そうだぞ」
うん?どういうことだ?おかしい。両者とも正しい情報を述べているはずなのに食い違っている。
ミラーは、混乱状態になった!
いや、待て。もう一つ可能性がある。
「ギルド職員の方か?」
いやまさかな。
「おう」
まじか。
「いや、それっておかしくね。なんでギルド職員がダンジョンに知り合い連れて潜ってんだ?」
知り合いというか弟子っぽかったけどまあそこはどうでもいい。あの日たまたま休暇だったのだろうか。だとしても一人の冒険者に肩入れしすぎるのはよくないことのはずなんだが。
「おかしいのか?」
「まあ別に悪いことしてるってわけじゃないんだが、ほら。ギルド職員が特定の一人に肩入れしすぎると割のいい依頼をこっそり回してんじゃないかとか噂になりがちなんだよ。だからたとえそういう事情があっても冒険者と一対一で行動するのは結構避けることが多いんだ」
あるいは、ここ帝国ではそれほどタブーではないのかもしれないな。
まあこの議論に特に意味があるわけではないが。
「いや、あの緑色の方もギルドの職員なんじゃないの?」
「だとしたらなおさら変だろ。お前も見ただろ。明らかに杖術の訓練だった。ギルド職員ならダンジョンに潜らなくてもこの建物内ですればいいじゃないか」
「たしかに」
そういや、あの二人あんまし喋らなかったな。まさかホントになにか隠してたりするのだろうか?
いやよそう。仮に何か隠してたとて、それを無理くり暴く必要があるとも思えない。
「まあいいや。あんま重要じゃないしな。ここで何言っても憶測にしかならんし。この話はここでやめにしようぜ」
「だな」
適当なところで会話を切り上げる。俺たち以外に並んでるやつがいないとはいえ、少ししゃべりすぎたな。
でも確かに、あの二人組をあれ以来見ていないんだよな。ブラウンたちは今日受付のところでチラッと見かけたんだけど。こらそこ、話しかけなかったんですかとか聞くんじゃない。
しかし、思ったより冒険者がいるな。ハニング砦に駆り出されているから寂寞たるさまなのかと思っていたが、なかなかどうして活気がある。もし戦争がなかったらどれくらい人がいたのだろうか。
それとも、まだ出発していない奴らが大勢いるのだろうか。
「鑑定が終わりましたよ」
一瞬そんなことが頭をよぎった直後、窓口からの声で我に返った。
どうやら鑑定が終わったらしい。
「全部で銀貨七枚と銅貨三枚になります」
お、まあまあじゃないか。イイネ。
「どうする?この金で飯食いに行くか?」
「そうしようぜ」
そうと決まれば早い。
「おい、どこ行くんだ?」
「飯を食いに行くんだYO!」
「いや、ここで良くないか?」
ノンノン、それじゃダメなんだYO!
「何を言っている?せっかくデカい街に来たんだ、穴場的なレストランを探そうじゃないか!」
むしろそうであるべきだ。自分だけの場所を見つけることほどワクワクする行為がこの世界にあるだろうか!?
あれ、なんでそんな知らない人間を見るような目でこちらを見るんだい?
***
ふんふ~ん。
「楽しそうだな」
「そりゃ楽しいとも」
「穴場っぽい店を見つけたからか?」
「YES!」
うまいピザ屋さんがあった。いい、とてもいい。
しかし、しかしだ。
「お前、俺に遠慮して頼む量減らしてなかったか?」
「え」
ふむ、その反応から察するに、図星のようだなぁ。
「それは、ちょっと嫌だな。今更それを遠慮するほどの間柄か?俺たち」
柄にもないことを言っている自覚はある。が、それがどうした。
「あー、バレてた?」
実を言うと反応を見て確信を得たわけだが、まあいう必要はあるまい。
「おいおい、ひと月は一緒にいるんだぜ。隠し事の一割くらいは見つけられるさ」
「いやすくねえな」
うん、少なめに申告した。
「そういうわけだ。あとで立て替えようが何だろうが、こういうところで遠慮するんじゃないよ」
「いいのか?俺はかなり食べるぞ」
「おう、やれるもんならやってみろ」
「何を?」
「何をって、アレだよ」
ケルファーの胃袋vs俺の財布vsダークライってところか。
「まあいいや。この後は、受けてた依頼を完遂して、金を引き出せるようにするんだろ?」
「ああ、そのために今日は最初から依頼の品を持ってきてたからな」
これでお金の問題とはおさらばだ!
抱えている問題の一つが解決間近だからか、すこぶる気分がいい。歌でも一つ歌いたいような気分である。
そんな風にして、ギルドに戻ってきた。途中で依頼のブツも宿から持ってきておいた。
昼飯時の後に依頼に繰り出そうとしている奴らがいるようで、依頼受付はそれなりに混んでいたが、完了報告のカウンターはかなり空いていた。そちらに向かっていく。
「すみませーん、この依頼なんですけど」
「はいはーい」
向こうも休憩のタイミングだったらしく、やや遅れて受付嬢が入ってきた。が、これくらいで腹を立てることなんぞない。水を飲んでいたから市役所職員にクレームを入れる人間の屑とは違うのだ。
「ふむふむ、なるほど。こちらの依頼ですね。なるほ、ど?」
え、なに今の間?
「しょ、少々お待ちください」
あれ、何か問題でもあったのだろうか。まあいい。これくらいで腹を立てる(以下略)
「どうしたんだ?」
「さあな」
あれかな、特殊な依頼だったからここじゃだめだったのかな?
ありうる。窓口業務ってたまに分かりづらいのあるよな。割り振る側がそう作ってるんだからしょうがない部分はあると思うが、ややこしいのは事前に周知していてほしい。
いや、でも周知されてても多分見ない気がするな。どうだろう。
そんなことを考えていると、代わりの担当が奥の方からやってきた。
「すみません、こちらで連絡の行き違いがあったようで」
「いえいえ。お構いな、く」
ありゃ、これはいったいどういうことだろう?
驚きながら向かいに立つ担当の顔を見やる。
そこに立っていたのは、あの時強力な魔法をジャンジャカ展開した、マルレーヌさんその人であった。




