病院にいる間は医療従事者に命を握られているも同然なので、下手なことを言わないようにしましょう。ヴァイオレンスなんて以ての外です
街に戻ってから宿屋に戻ると、部屋でケルファーが横になって待っていた。
「おう、おつかれ」
「おつかれさん。そっちはどうだった?」
「ちょうどいいのが見つかった。二人二日で銀貨二枚」
「よくやった。ありがとう」
「なーに、これくらいは当然だ」
心なしかちょっと得意げに見えるな。まあお金に余裕がない状態ならコスパのいい方法を見つけた自分をほめたくなるのもまあわかる。
「そっちはどう?依頼は問題なさそう?」
「ああ、明日ダンジョンに潜ってドロップアイテムのモンスターを倒しに行く」
「俺もついてっていい?」
「そうだな」
正直一人でも問題ないっちゃないが、まあ一つより二つ、一人より二人っていうしな。手錠で繋がられるのは勘弁だが。
「いいぜ」
「っていうかさ、ここのダンジョンで魔物倒してアイテム買い取ってもらえばよくね?」
あ。
「たしかに。なんで気づかなかったんだ。それでいいじゃん」
お金問題に解決の兆しあり。というかマジでなんで気づかなかったんだ俺。
「ギルドで確認が必要だな。今聞いてくる」
「いってら」
あれ、今回は一緒に来ないんだな。
まあいいか。宿屋を探すという重要任務をこなしてくれたわけだし、休んでもらおう。
***
そして翌日。
俺たちはダンジョンの前に立っていた。
「一人銅貨二枚だっけ」
「そ、それが入場に必要な料金」
プファルツより安いことを見るに、相当な供給があるのだろう、つまりダンジョンの生み出す利益が大きく、管理が楽だということだ。
とりあえずは、目当ての階層に向かわないとな。
「すみませーん、七階層までお願いします」
「了解です、念のためギルドカードを拝見しても」
「どうぞ」
カードを受け取った人は、少し目をしばたかせると、それを戻してきた。
「そちらの人は?」
「彼は、僕のサポートです。ギルドカードは持っていません」
「そうなりますと、死亡時に捜索等できなくなりますが」
「かまいません」
食い気味だなおい。クールキャラが猫が好きだとバレたときの返事並みの速さだったぞ今。
「では、こちらに」
そういうと、こちらを指定の場所まで案内する。プファルツと同じようにここも階層に分かれており、なんと行きたい階層へと飛べる仕組みらしい。おそらくダンジョンによって異なるのだろう。
まあそれは重要ではない。
重要なのはここのダンジョンの中がどうなっているかだ。
「おお、結構開けてるんだな」
そこに広がっているのは、プファルツのような入り組んだ迷宮のようなフロアではなく、まるでジオラマで風景をそのまま構築したような荒野であった。
不思議な感じだ。見た目は明らかに現実のそれに近いのに、脳ではここがダンジョンという超常的な場所であると認識している。脳がバグりそうっていうのはこういうことをいうのだろう。
「んで、二種類のアイテムがいるんだっけ?」
「ああ、どちらもこのフロアでとれるものだ。うち一つは、っと。早速来たな」
ツイてる。こっちから探さなくてもいいというのはありがたい。
「シャアァァァ」
シーサーペント。体にコブが三つついている大型の蛇みたいなやつだ。動きが不規則なのが最大の特徴である。あと、舌が長い。
「こいつの鱗だっけ」
「そう。できればコブもあるといいみたいなことが書いてあったけどまあそっちはどうでもいいや」
コブを手に入れるのは結構めんどいので正直諦めている。人生引き際が肝心だ。
「よし、サクッとやっちまおうぜ」
ケルファーが突っ込んでいく。
右から口を開いて噛みつこうとするシーサーペントを華麗によけ、背中に回り込んで胴体を狙う。
上手い。シーサーペントと戦ったことがあるのだろうか。こいつ胴体にダメージを入れるのが一番速く倒せるんだよな。討伐数考えるなら一番効率がいい。
ザシュッっと音がしてシーサーペントが倒れる。いかんいかん、見ている場合じゃない。鱗はがなきゃ。
死体のそばに近寄りナイフで鱗を剥ぎにかかるが、どうしても感じることがあるので言わせてほしい。
めんどくさい。鱗かくのってめんどくさくない?鱗飛び散るし見た目注意しないと分からないのいるし。
「鱗堅えな。ふいに足の小指をぶつけたタンスの角くらい堅え」
「堅すぎだろ」
泣いて許しを請うレベルだぞそれ。
「ちなみに俺は足をあげようとしてテーブルの裏に膝をぶつけたことがある」
「俺もあるわ」
「いてえよなあれ」
「わかる。もうちょい高くしてくれんかなって思うときある」
俺もこいつもどちらかというと背が高い方だ。自然、足の長さも人よりわずかに長い。そうすると、意外と足を伸ばしたり上下に動かすだけでもあちらこちら当たりそうになるのだ。
「そういやどんくらいいるのかって指定あったんか」
「うーん、どうだろう。こいつ一匹じゃ足りんかもな」
「じゃあ取りづれー部分は放置して他のさがそうぜ」
「そうするか」
もったいないような気もするが、まあどうせ何回もダンジョン内でリポップするのでいいだろう。
再び、あてもなくダンジョン内をさまよう。
「さっきのコブとれなかったな」
「まあな。しぼんじまったし」
「よくわからんけど、コブのなかになんかあるのか」
「ゼリー状の黄色いやつがある。なんか重要な素材っぽい」
何に使うかは知らん。
「ふーん、まあでも世の中そんなもんか」
「急にスケールデカくなったな」
虫眼鏡で拡大でもした?いやこの場合縮小か。
「目に映る何もかも知ろうってのは傲慢だろ。自分の信じる事実をよりどころに生きていくしかないんだよ、俺らは」
なるほど確かにそうかもしれない。自分の目に入っているものの何もかもを理解するなんて不可能だ。今朝食べた卵にしろ、どこのなんという鶏が産んでどうやって製品として運ばれたのか気にすることは、ひょっとしたらあるかもしれないがそれを完璧に知ろうとするのは無謀でしかない。
「違います、そこはもっと力を抜いて、腕力だけに頼らないで」
ん、なんだろう。あっちの木の生えているほうから声がする。
「誰かいるんか」
「みたいだな」
まあ公共の場といえば公共の場だし、他の人がいても不思議ではないか。
「のぞくか」
「目に映る何もかもを知ろうとするのは傲慢だとか言ってなかった?」
あと、なんで第一選択肢が覗くなんだよ。お前の性格からして話しかけるとかじゃないのか。あれか、平安時代の男性貴族か?
「俺の好奇心を止めることはできないんだよ」
「そうか」
もうなんでもいいか。
こうなったらこいつは止まらんなと思いながら後に続こうかと考えていたその時。
バサバサという音が聞こえた。
続いてドドドドッという音が聞こえてきている。
なにこれヤバくね!?
「おい、何だこれ!?」
どうやら同じことを思ったらしく、動揺しながらケルファーが周りを見渡している。
集中して聞くと、十時の方向から音がしているのはすぐわかった。
「助けてくれー!」
どうやらなにか段取りをミスってモンスターに襲われているらしい。しかも足音から察するに個体数は多そうだ。
「ミラー」
「わかってる」
どのくらいの相手かはわからないが、放ってはおけない。
よくよく目を凝らしてみると、追ってきている相手は巨体というわけでもなさそうだ。となると、何かしらのモンスターの群れが追ってきていると見るのが妥当だろう。種類がいくらかは知らんが。
どちらにせよ、ここにいて追われる側に加わるのはいただけない。差しあたって、奇襲ができるように身を隠す必要がある。
「こちらです!」
先ほどの木の生えている茂みの方から声がした。
見ると、緑色のかっちりとした服に身を包んだ女の人が手招きをしている。
あれはさっき聞こえた声の主か?
まあいい、向かおう。
相方もそう思ったらしく、同じ方向に向けて駆け出す。
ちらと後ろを見ると、彼らも声に気づいたのか、こちらに向かっている。モンスターとの距離は12メートルと言ったところか。
「《光よ阻め・我は友を守らんとする者・障壁はここにあり》」
あと少しで到達、というところで、女の人が呪文を唱える。
同時に、目の前に魔力でできた障壁が展開された。
しかもあの感じは二重で展開している。かなり高度な技巧だ。
「大丈夫ですか」
「すみません、助かりました」
「いえいえ、これくらいは当然のことです。それで、そちらの二人は」
追われていた冒険者に対しにこやかに対応する一方で、どこか怪しげな目を向けてくる。
まずい、不審者扱いされているな。
「いえ、俺たちもたまたまここを通りがかって、それであのままだと巻き込まれると思ってこっちに走ったら、お姉さんが助けてくれそうだからこっちにきたんですよ」
いかん、ケルファーにフォローを任せてしまった。
「そうですか。まあいいです。ここらで見ない顔だと思ったので、警戒してしまいました。アルバ、できますか」
「いちおう、やってみます」
ん、なんだ?
女性の後ろに立っていた人が杖を握って前に出る。緑色のローブを着た、やや背が低い格好をしている。魔術師だろうか?
「《デクレシェリーステ》」
呪文がくくられると同時に、杖から魔力が放たれるのを感じる。
しかし、炎が出るとかなにか物理的な現象が起こっているわけではない。障壁の向こう側にいるモンスターも、とりわけダメージを食らった風には見えない。
「どうでしょう、このまま放置というわけにもいきませんが、倒せそうですか?」
あれ、もしかして俺たちに言ってるのか?
「どうすかね、あの数は流石に、、。いつもの倍以上はいますし」
あ、あちらの方々に聞いたのか。場にある質問を全部自分へのだと勘違いする悪い癖をまた発揮しちまったぜ。
「モンスターのレベルは、この階層から推測するにレベル40あれば一体ずつ余裕をもって倒せるくらいでしょう。そこの二人はどうです?」
あ、今度はこっちへのフリだ。
「俺は問題ないっす」
「俺も、大丈夫です」
「では、私が障壁の一部を開けるので、皆さん前衛として対応してください。私が後方から魔法で支援します」
なるほど、倒しきれると判断したわけだな。
「アルバ、ギルドへの連絡を一応しておいてください。私の手荷物の中に連絡結晶が入っているはずです」
「わ、わかりました」
おや、連絡結晶なんて普通の冒険者は所持できないはずなんだが。
「では、十秒後に突撃を」
いや、それは後で聞けばいいか。今は目の前のモンスターに集中だな。
背中から剣を抜き、構える。精神統一としての深呼吸も忘れない。
見ると、ケルファーも正眼に構えている。
向こうのパーティーは五人、おそらくレベルは俺とケルファーの方が高いのだろう。であれば先に突っ込むべきか。
じりじりと前へにじり寄る。前にいるのはケルファーだ、魔力の斬撃を飛ばせるので、俺が前にいたら邪魔になっちゃうからな。
「では、行きます!」
合図とともに、障壁が一つ消え、残っている一枚の下にかすかに穴が開く。
ほとんど同時に、俺とケルファーが動き出す。
魔力の斬撃がケルファーの剣から放たれる。
宙を飛ぶ斬撃が、カエル型の魔物を二体瞬時に切り裂く。
相変わらずの精度だな。
そんなことを思いながら、目の前の鳥の形をした魔物を切り刻む。たぶんキラーダックだと思うけど、もう切ったからどうでもいい。障壁を先に抜けて来た魔物はあと二体。コイツらを確実に仕留めてから、奥にいる群れを始末する。
そう思っていると、二体の内一体の額に矢がガッツリ突き刺さった。どうやらあっちの冒険者の中に弓使いがいたらしい。
ナイスだ。
一体残っているやつは、恐れというものを知らないのか、馬鹿正直にこちらに突っ込んでくる。
が、後続とはかなり距離が空いている、後回しでいい。
見たところ、サハギンとスケルトンの群れ、そしてオーガが後ろに二体という感じだ。ふわふわと飛んでいるのはスペクターだろうか。
厄介なのはサハギンだ。あいつらの銛はたまに麻痺毒が塗ってあるんだよな。ここはプファルツのダンジョンではないが、ダンジョンごとに出る魔物は種族で見れば特徴に大きな差はないそうだ。であれば、めんどくさいポイントも同じとみたほうがいいだろう。
「ケルファー、スペクターは俺はあんまし得意じゃない。頼めるか!?」
「分かった。スケルトンとかの数減らせ!!」
「おう」
少し方向をずらして、やや左の方から突っ込む。というかなんで十秒後に突撃なんだよ。多少の打合せみたいな感じで一分くらい用意してくれよ。
後続のなかで少しだけ感覚が広い部分目掛けて突っ込む。
こちらにスケルトンが反応して剣を振りかぶるが、遅い、胴体を両断して隣のスケルトンに切りかかる。
切りつけた勢いでそのまま回転して周りのスケルトンにダメージを入れる。思ったよりもろい。
というか、なんか動きの速度が遅いな。こんなもんだっけ。
ちらと右後ろを見ると、群れの一部が孤立していた。
潮時だな。
そう思い、ジャンプして一体の頭を踏んで脱出。そのまま戻ってケルファーと合流する。
それと同時に、孤立した群れに嵐が襲い掛かった、おそらくあの人の魔法だろう。
「おう、どんな感じ?」
「思ったよりは余裕があるな。おまえだったらもっと楽に行けると思う」
「そうか、こっちは今スペクターを三体」
ズバッと音がして、ケルファーの足元に半透明の何かが落下する。
「倒したところだ」
まともな戦闘はあのワイバーンの時以来だけど、やっぱこいつ強いな。
「おらあ、潰せ」
あ、魔法が直撃した群れにあの冒険者らが集団で襲い掛かってる。
となると、残るはオーガが二体と十二体くらいの群れが一つか。
スペクターはまだいるかもしれないが、ここまでくればだいぶやりやすい。
「みなさん、スペクターはあと三体です。僕とマルレーヌさんでどうにかします!」
サハギンが突き出して来た銛を左手で弾きながら右手を振りかぶると、そんな声が背後から聞こえてきた。
「やれるって保証はあんのかあ!?」
「信じてほしいとしか!」
断定じゃないんかい。いや、まあ俺もそれについては同じこと思ったけどさあ。
右に体を引きながら攻撃をかわし、すれ違いざまに背後から切りつける。一歩踏み込んで連撃を繰り出して空間をこじ開ける。
そして、そのこじ開けた空間に突っ込むのは。
「オラア!!」
力に満ち溢れた一閃。一体のみならず四体ほど巻きこんだその一撃は、敵から見てさぞ恐ろしいに違いない。
「あとちょっとだな」
「ケルファー、おまえ先に言ってオーガ一体の相手してろ。ここはこの人数で大丈夫だ」
オーガの攻撃は食らったらまずい。奇襲でもされたらおしまいだ。それが二体。一体なら常に注意を払うことは難しくないが、二体となると話は別だ。だから一体をこいつに相手してほしい。
「了解。しばらくグチャグチャしてくるわ」
「せめてイチャイチャと言え」
いや、イチャイチャもおかしいっちゃおかしいな。
おっと危ない。
まったく、油断するなんてらしくない。なまっているな。
いや、なまっていて当たり前か。いままでよほどのことがない限り週に最低4回はギルドの依頼を受けていたんだ。つまり一週間のうち半分以上は戦闘していたことになる。それがここに来て戦闘からちょっと離れていたのだから、なまるのも当然っちゃ当然だな。
「リハビリ相手になってもらうぜ!」
痛みで苦しむのはテメーラだけどな!!




