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異世界転生してから八年たった  作者: タリナーズヒーコー
第二章
60/73

セキュリティの問題とかがあるのはわかるけどやっぱり手続きはシンプルな方がいい

「一応聞くけど、所持金であって全財産ではないよな」

「ああ、王国の銀行に放り込んである。けど」

「けど?」

「ここ、帝国なんよな」

「オッケーオッケー。完全に理解した」


つまり、王国内に資産はあるけど帝国だから持ってこれないと。

この言い方を見る限り、そこそこ大きな街に行けば確実に支所があるタイプの銀行だろう。

とくれば、不足しているのは帝国内の部分の旅費ということだ。


「なんだそんなことか。気にすんな。ここのギルドで幾分か引き出せる。金が足りないなんてことはないだろ」

「いいのか」

「ただし、後でちゃんと返せよ」

「わかった」

そういうと、ケルファーはカバンの中からなにやら紙とペンを取り出し、文字を記入していく。

「ほいこれ、何かあったらマグロブさんにこれを渡せ」

そう言って差し出されたのは、なにやら借金は必ず返済するとの契約書だった。


「いや別にこんな仰仰しいもん書かなくても」

「なに言ってんだ。金の貸し借りはやるからにはちゃんとしろ。孤児院のシスターがそう言ってたぞ」

「分かった。持っとくわ」

しかしマグロブさんに渡すとはどういうことだろうか。

そのことを聞くと、どうやら王国の法律で、騎士が踏み倒しをした場合、前の雇い主が追跡をすることが可能らしい。初めて知ったわ。

まあ王国の法律はどうでもいい。ある国で別の国の法律について語るのは法学部学生と法曹(ほうそう)関係者で十分だ。


「すみませーん、新聞をお持ちしました」

お、きたか。

「はーい、すぐ行きまーす」

ドアを少しだけ開けて、相手を確認してから開ける。いきなり全開にするなんて馬鹿な真似はしない。

「帝国新聞社の今週号です」

「ありがとうございます」

「では、私はこれで」 

ふう、取りあえず読むか。街歩きはその後だな。


「新聞とったのか」

「ああ、俺ら今の情勢あんま知らないからな」

「確かに。俺も読むわ」

「おう、分担しようぜ。俺がこっちで……」

そうして、しばし俺らは新聞から情報を集めた。

その結果分かったことは5つ。


アローザ子爵の屋敷の火災については、先日子爵を襲撃して牢屋にとらえられていた盗賊の犯行ということになっており、彼らは駆けつけた騎士団により殲滅されたとのことだ。しかし全員とはかかれなかったので、おそらく何人か逃げ出したのだろう。

俺たちについては全く言及がなかった。まあ、疑われることはないはず。

屋敷にいた人間については、子爵と執事が数名死んだらしい。まあこれに関してはご愁傷様という感じだ。子爵領の統治がどうなるか気になるが、いま関わって疑われたらたまったものではないので、どうにもできないだろう。


それと、メルカトラさんとの会話から判明した魔族との戦いの件だが、およそ一月後にハニング砦に戦力を集結させて、迎え撃つという作戦らしい。魔族の領地から侵攻するために通らねばならない場所から少し下がったところにあるこの砦は、昔から戦場として名をはせていたそうだ。


ちなみに勇者も、魔軍将校の1人を打ち倒した後に、この砦の戦いに参加するらしい。正確に言えば、勇者の仲間たちと一緒にということだそうだ。魔軍将校というのがなんだかよくわからんが、まあ魔王軍の中でも強いやつとかそういう感じだろう。こういうのには詳しいんだ。

まあ勇者のことはどうでもいいっちゃいいが、魔王が悪さして旅ができなくなったら困るので、ぜひとも勇者には魔軍将校を倒して、この砦の戦いで大活躍してもらいたいところだ。


プファルツのダンジョンについては、あれ以降特に問題なく運営できているらしい。ただ、黒尽くめの集団は未だに見つかっていないというのがちょいと不安だ。


あとはマッハーフェンとかいう漁港での漁獲量が減ってなんとかかんとかとか書いてあったが、まあ正直これはそこまで重要ではない。


新聞を読んで分かったのは、そんなところだ。



***



宿屋を出て、冒険者ギルドへと向かう。

たんに預けているお金を引き出すだけだから、俺一人で十分な用事だ。

なのだが。

「なんで一緒に来るん?」

「いや、別にいいだろ。今まで別行動とか特になかったし」

単独行動もできないのか。人間としての強度が低いんじゃないの?

「いや、まあそうだけどさ」

ぶっちゃけてしまえば、お金を引き出すのを見られるのがなんか嫌なんだよな。ATMとかもコンビニのは基本つかわない。周囲に仕切りがないのがなんかいやなのだ。

まあそれはいい。こいつに見られたとて、なにか悪いことが起こるわけでもないし。

そんなやり取りがありつつ、五分ほどしてドミランノルトのギルドに到着した。


「結構デカいな」

「だな」

ケルファーの反応もわかる。プファルツと同じ、いやもしかしたらそれ以上に大きいのではなかろうか。

その感覚は、中に入ることで一層補強された。

プファルツは、ギルドの受付などの業務を行う場所が半分、もう半分が、冒険者が集合したり適当に話したりするためのスペースであった。

だが、ここは空間のおよそ七割が業務のためのスペースだ。受付、素材買い取り、その他諸々の手続きをおこなうカウンターがずらりと並んでいる。

結構細かく分かれてるな。預けたお金の引き出しだから、

「あっちか」

「俺もついてくわ」

もうここまで来たらなにも言うまい。胸に浮かんだ感情をいったん捨て去って、目的のカウンターへと向かう。

運のいいことに俺の前には一人しかおらず、すぐに順番が回ってきた。


「冒険者ギルドへようこそ。ご用件をお伺いいたします」

「すみません、預けてあるお金の引き出しをお願いしたいんですけど」

「はい、ギルドカードをご提示お願いします」

「これです」

「失礼します」

受付のお姉さんは慣れた手つきでカードを受け取り、よくわからない魔道具にかざす。

数秒後にピピッと音がすると、彼女はカードの向きを直して差し出してきた。


「ミラーさんは、プファルツのギルドで活動していたのですか」

「はい、そうです。いま旅行中なのですが、金銭面で不安があるので引き出しをと思いまして」

あれ、なんか様子がおかしい。

「実はですね、数日前に規則が改正されまして」

「というと」


彼女の話を要約するとこうだ。

活動休止期間中に預けたお金を引き出すときは、普段活動しているギルド、もしくは活動休止届を提出したギルドでは無制限で引き出すことが可能だが、国を跨いだ場合は、そのギルドが抱えている依頼を一つクリアしたのちでないと引き出せないとのこと。加えてシルバーランク以上は銀貨一枚の支払いが必要なのだそうだ。


「なるほど」

まあめんどくさいと言えばめんどくさいが、引き出しができません残念でしたーとかよりは全然ましだ。

ポジティブ思考。ダイジ。

「そういうわけなので、一つ私共の抱える依頼を一つ引き受けていただきたく」

「あー、いや、まあそれは別にいいんですけど」

「ありがとうございます。少々お待ちください」

頭を下げた彼女は、彼女の後ろにいた後輩らしき若い子に何かを伝える。すると、その個は奥の方へと向かっていき、そして戻ってきた。


「できれば、この三つの中から選んでいただきたいのです」

差し出された依頼の紙をみる。

ははーん、なるほど。コスパの悪い依頼を整理するための手段ってことか。

見れば、うち一つはすぐに終わるやつだ。おそらく緊急で引き出したい奴のために用意してあるのだろう。

だが、別にそこまで急いでるわけでもない。

俺は一番報酬の高いやつを指さす。

受付嬢は目を丸くした。それもそうだ。報酬こそ3つの中で一番あるが必要な時間からすればコスパが悪い。これを受けるのは相当の物好きだ。

しかし、こっちは別に即金で欲しいわけではない。コスパが悪くとも別に時間が押しているわけでもないので条件としてはこの依頼が一番良いのだ。


「これでお願いします」

「か、かしこまりました」

少々困惑したようだが、そこはさすが熟達者。すぐに気持ちを切り替え、必要な段取りを済ませてゆく。

「では、一週間以内に、お願いします」

「了解でーす」


さて、用事はすんだし、時間もあるし、この依頼のための下準備を。

あ、いかん。ケルファーのこと忘れてた。

そう思い、並んでた方向を振り向くと、そこに相方はいない。

すわ迷子か。

いや、もういい年だし室内だしいくら初めての土地だとしても迷子にはならんだろ。

そう信じて辺りを見回すと、依頼の掲示板の前に立っているのを発見。

「おい、こっちだこっち」

「お、終わったのか」

「まあな。つーかお前急にどっか行くなよ心配しただろ」

「いやー、なんかこういうデカい建物の中ってワクワクするよな」

「その言い方でごまかせると思うなよ」

勝手に動き回るんじゃありません。

「ああ、わりい。んでどうなった」

「なんかこの依頼達成すれば引き出しできるって」

「おお、そーか。俺も手伝おうか」

「いや、一週間あるし今日は大丈夫だ。それより別の宿屋を探してくれないか」

出口へと向かいながらそうお願いする。

「え、なんで」

「あの宿屋高いんだよ。今夜はあそこだけど」

明らかに富裕層向けの宿だ。あのオシャレなバーのそばにあるから気づくべきだった。

「あー、まあ仕方ないか」

「頼むわ。俺は依頼のための準備してくるから」

「オッケー。俺の方で決めていいんだよな」

「心配しなくてもケチなんかつけねーよ」

そんなことを言い合いながら出口に向かっていたからだろうか。


ドン。


歩いてきた人にぶつかってしまった。

やべーやべー、相手がヤクザさんとかだったら面倒だぞ。

そう思い、「すみません」と謝ろうとしたが、

「す、すみませんっ」

ぶつかってしまった相手に先に謝られてしまった。恐ろしく早い謝罪、俺でなきゃ聞き逃しちゃうぜ。

ああ、向こう行っちゃった。

「ありゃ、速いな今の人」

「だな」

むう。そこまで勢いつけたわけじゃないし、相手も転んでいなかったからケガしてなさそうとはいえ、ちょっと後味悪いな。

「おい、なに止まってんだ。行こうぜ」

まあ気にしても仕方ないし、行くか。

そう思って、ギルドを後にした。


***



街の入り口でケルファーと分かれ、近くにある林へと向かう。

依頼の内容としては、薬草数種類の採取と、この街のダンジョン内にある魔物のドロップアイテム二つだ。これらをなるたけいい保存状態でほしいとのことだった。

報酬はこれで銀貨四枚。

……。うん、そりゃ渋られるわ。時間かかりすぎるもん。

この薬草だって見つけるの結構めんどくさいんだよな。


「あー、ここにはないっぽいな」

取りあえず、今日はどこに生えているのか確認するだけだ。なるたけいい保存状態とかいうから取ってすぐに納品した方がいいだろう。

となると、こっちか。

頭の中にある薬草の生息条件と照らし合わせながら、生えていそうな場所を探っていく。むろん、自分の現在地を把握することも忘れない。

十分ほどして、目当ての薬草をすべて発見した。


「見事にばらけてるな」

ちくしょうめ、場所を三か所覚えないといけないのか。結構めんどいな。

まあいい。木に傷をつけておいたからそこまで苦心はしないだろう。

あとは。


「ん?」

今なにかいたな。

木陰に身を隠す。大きさからして人ではないだろう。しかも俺の目が狂ってなければ空中にいた。

もっとも可能性が高いのはスカイアットリというリスみたいな奴だ。めちゃくちゃ強いというわけではないが、尻尾に当たると軽いマヒ状態になり、そのうえ森の中を高速で跳ね回るので、正直厄介な相手ではある。

まあ攻撃はそこまで痛くないので、脅威にはならない。

なるたけゆっくり出よう。

そう思って、おそらく林の出口に最も近い方向へと歩き出す。

もちろん木の枝を踏んで居場所をばらすなんて馬鹿な真似はしない。


二十歩ほど進んだその時だった。

ゴッという音がして頭が殴られたような衝撃を受ける。

何だ?

後ろから殴られたのかと思って見てみるが、誰もいない。代わりに、そこには謎の木の実が落ちている。

……。まあ単純に考えるならこれが頭に当たったんだろうな。俺がニュートンだったら多分万有引力に気づけていたのに、俺がニュートンじゃなかったせいでこの木の実は歴史に名を残すこともないし博物館に飾られることもない。可哀そうに。ごめんな、俺が一般通過冒険者で。


シュッ。

「あ゛」


まずい、馬鹿なこと考えてる場合じゃなかった。今のでスカイアットリに気づかれた。

カサカサと、やつが通り過ぎる度に木の葉が揺れる音がする。

ちくしょう、いくら転生特典で視力を増したとはいえ、動体視力についてはあんま上げてなかった。そもそも項目にあったかも覚えてねえし。

まあいい、確実に攻撃を中てられるタイミングで一撃ぶちかませば奴は死ぬ。それを待つだけだ。デートを彼女にすっぽかされたときの哀れな男子高校生のように忠実に待つのだ。彼女いたことないけど。

程なくして、奴が右手から突っ込んでくる。


「オラァ」

ち、躱された。だが今ので姿は大体覚えた、次は外さねえ。

しかし思ったより速いな。久しぶりに見るとはいえ、こんな速かったっけ?

再び膠着(こうちゃく)状態に入る。だがさっきと違い、相手の大きさが分かっているので、間合いの管理でだいぶ利を得ている。

なにより、こっちに仕掛ける前には、脚力を伝えるために木の幹を踏んで飛んでくる。そのことに俺は気づいている。

それが貴様の敗因だ!!


ダッ。

その音が聞こえた向きに反射で剣を向ける。視界にはばちこりと奴の姿が映っている。

確実に当ててやる。

そう思いながら構える。

しかし、奴は飛んでこなかった。いや、より正確に言えば、木から飛んで二メートルほどの場所にポトリと落ちたのだ。

まるで急に脚に力が入らなくなったと言い出すバトル漫画のキャラみたいだった。

スタミナ切れか?

そう思って奴が落ちているところに近づく。

確かに見た目だけはスタミナ切れを起こしてあえいでいるようではある。

だが、それにしては衰弱しすぎだ。

もしかして、誰かの獲物だったのだろうか。

だとしたら、ここは立ち去るのが賢明だろう。他人の獲物を横取りするとろくなことにならない。

少し不安はあったが、俺は森を後にした。


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