二度寝は自分との戦いである
「ダンジョンがあるんだっけか、ここ」
「ああ、なんかメルカトラさんがそう言ってたな」
「ダンジョンかー。街の人たちはどう感じてんだろうな」
「どうって。そりゃ街の大事な資産だろ。プファルツと同じだ。ダンジョンと持ちつ持たれつで発展したんじゃねえの。まあここは国境の街だから戦略的な地位もあるだろうけど」
「そういや、馬車でメルカトラさんに聞いてたな」
「まあな、結構地図をみるの好きなんだよ」
学生時代も一番好きな科目は地理だったしな。
「ああー、まあそれもあるけど、俺が言ってんのはスタンピードのことよ。あれ、結構デカいニュースだったわけ。あれ以来、冒険者ギルドと連携を密にしてダンジョンの監視を強化したんだよ。人員も増強したし」
「あ、そうなんだ」
まあ死者が出ちまったしな。しかも騎士団がまるまるいないタイミングで。
「デカい事件を引き起こす危険な場所。普通に暮らしてる市民からしたら、邪魔だと思うのは自然だろ?」
なるほど確かに。いわば危ない箱ものが大っぴらに喧伝され、人寄せパンダに使われているということだ。まあ実態はパンダどころかヒグマ級に危険をはらんでいるのだが、56人殺しなんて目じゃないくらいに。
「つってもなあ。スタンピードって別に頻繁に発生する現象じゃないしな。だからあのときたまたま気づいたってわけだし」
頻繁に発生するなら、そもそもダンジョン内の魔物狂暴化で上の人も気づいてたはずだ。
「まあそれはそうだが、人ってのは一回起こった危険を知ると、次は起こるに違いないだからそんな危ないものは排除するべきだって考えがちだからな」
飛行機の事故みたいなもんか。起こったら死ぬから乗りたくない、でも自動車の事故にあう確率のほうがよっぽど高い。だから飛行機事故を怖がるのは感覚的には正常だが、確率的にロジカルに考えると矛盾した行動をとっているかもしれないってやつ。
危険が起こりうる、だから排除する、それは間違ってはいないのかもしれない。しかし、あくまで自分の観測する世界から排除するのが道理であって、この世界から排除する必要はないのだ。飛行機事故が怖いから飛行機という存在を世界からなくそうとするやつがほぼほぼ存在しないのと一緒だ、そんなことを実行に移す奴は頭がイカレているとしか言いようがない。
なおかつ、その危険というかリスクをなくすことで起こる自分の便益のマイナスを許容しなくてはならない。あれも嫌だこれも嫌だで最終的に自分の利益がまったく増えないのに文句を言うクソガキと一緒だ。
便利なものにはリスクがつきものだ、リスクとリターンを天秤にかけながら、うまく落としどころを探っていかなくてならない。極論いえば、近所のコンビニに行くのもそうだ。万が一の確率で自分の言ったコンビニに強盗が来るかもしれない。そういうリスクと、コンビニで自分の欲しいものを手に入れるというリターンを天秤にかけ、コンビニに行くことを決定する。実際にこれを考えている人間はいないだろうが。
しいていうなら、リスクによる被害を予測し、それを最小限にするのが、我々が取れる最善策なのだろう。もちろん、リスクをとることを選択した場合の話だが。
「お前の言うこともわからんくはない。だが、結局それでもダンジョンがこの街に貢献していると考えている人が多くいるからまだ閉鎖されていない、違うか?」
「いいや、多分そうだと思うぜ。さっきから街行く人たちに冒険者っっぽいのがちらちらいるし」
なるほど確かに。
「ちなみに、そのうち金髪の美女は三人いた」
「そりゃいい観察眼だな」
商会の正面で街行く人々を観察しながらそんなことをケルファーとだべりつつ時間を潰していると、20分ほど経ってからメルカトラさんが表からやってきた。
「いや、すいません。お待たせしちゃって。ささ、こっちです」
そう言って歩き出した彼に、俺たちはついていく。
十分ほどだろうか。
案内されたのは、石造りのしっかりとした建物だ。店先にもいくつかのテーブルが置かれており、複数のグループが料理を楽しみながら一杯やっている。店の扉の上には木製の看板が掲げられている。あの荒削りの形から見るに、どうやら木製らしい。
こうして店の外に立っているが、騒々しさというものは感じない。思ったより落ち着いた雰囲気だ。
「おお、結構イイ雰囲気だな」
ケルファーの言う通りだ。オシャレっていうとなんか違うような気もするが、何というか2ランク上の場所に来たって感じがする。床が濃い色の木材になっているのも、梁に年代を感じさせる木の節目が走っているのも、天井に設置してあるシーリングファンも、個人的にポイントが高い。
「お、あそこ空いてるぜ」
内装について見ていると、ちょうど空いたテーブル席を見つけたらしく、他二人はそこに向かっている。
突っ立ってるわけにもいかないので、そのままついていった。
「どうする、何頼む?」
「そうですね、ジブンは取りあえずワインで」
うーん、これはアレだな、俺も酒を頼まないといけんやつだな。
「俺はエールでいいかな。ミラーはどうする?」
「俺もエールでいいぞ」
大事なのはゆっくり飲むこと。じゃないと俺の強度じゃ酔いかねん。
「アテは?」
「ジブンはチーズで」
「あー、俺はスティックでいいや」
「んじゃ、俺はジャガイモサラダで。すみませーん」
そういや、ポテサラじゃなくて茹でたジャガイモをなんか胡椒と謎のドレッシングで和えたのがこの世界の定番だったな。
声を上げて店員を呼ぶケルファーを横目に、俺はそのことを思い出していた。マヨネーズは卵がそこまで大量生産できないので、あまり普及していないのだ。
***
パーティーはかなり盛り上がった。メルカトラさんの過去の失敗談から、ケルファーの辞めた経緯、俺のどうでもいい話などをしゃべりながら場は賑やかになっていき、最終的に解散となったのは夜になった頃だった。
「じゃあ、ジブンは商会に戻るので」
「お疲れ様でしたーー」
いやー楽しかった。なかなかこういう機会ってないからな。
「気をつけてくださいね」
「大丈夫ですよ」
終わったあと楽しみが急速に萎んでいく物事は多くあれど、終わったあとも心地よい満足感が得られる物事はそう多くはない。なればこそ、そういう満足感は貴重だ。
「ホントに大丈夫なんすか」
「大丈夫ですって。俺が今前後不覚なふうに見えます?」
意識ははっきりしている。むしろ少し冷えた空気で鋭くなってるかもしれない。
「いや、ミラーさんではなく、隣でぐったりしてる方について言ったんすけど」
そう言って、目線を右斜め下に向ける彼。
「うぅぅ」
そうなんだよなあ。こいつが酔いつぶれていなければ、万々歳で喜べたんだけどなあ。
「なんで俺よりお酒に強いお前がつぶれとるんじゃ」
と、声を大にして言いたい気分だった。近所迷惑だからやらないけども。
さすがにこいつを連れて宿屋を探すとなると難易度が高いが、そこは心配ない。ちょうどここに来る途中に宿屋があったので、すでにチェックインしておいたのだ。
いやー、運が良いとはまさにこのことよ。
「まあ、吐いているわけでもないし、水も飲ませたし、大丈夫でしょう。明日の朝にはピンピンしてると思いますよ」
してるといいなあ。
心配そうな顔をしていたメルカトラさんだが、これ以上心配しても無意味だと悟ったのか、この街か別の場所ででまた会えたら会いましょうみたいなことを言って帰っていった。
***
そして翌朝。
「おはよう」
「おおー、おはよーう」
やたらテンション低いなこいつ。
目覚めたばかりだからだろうか? というかそうであってくれ。二日酔いはちと対処がめんどい。
「頭痛いのか」
「いや、シンプルに眠いだけ」
「そうか、ならいいんだ。出発急いでるわけでもないし、もうちょいゆっくりしとけ」
この街はデカい。今日一日使ってまわるというのもいいだろう。
「そうする。いやーしかしこのベッドマジでふかふかだな」
「わかる」
前世含めて今までで一番ふかふかなベッドだった。寝具だけは金かけとけっていうやつの気持ちが今なら理解できる。
「んじゃ俺顔洗ってくるわ」
「りょーかーい」
マジで眠そうだなコイツ。
まあ何にせよ二日酔いでないのは朗報だ。
そう自分に言い聞かせつつ、俺は水場に行くために扉を開ける。
十分もたたずに、部屋に戻った。
「おー、おかえり」
「あり、起きたのか」
「んんー、なんというか。二度寝したら負ける気がしたんだ」
「何にだよ」
自分かな。それとも得体のしれないナニカかな?
まあ言わんとすることは分からなくもない。
「まあいいや、朝飯は下だから、下りるぞ」
「うぃー」
***
階下に降りると、そこの光景は俺が想像していたのとは少し違っていた。
「お?」
同じくこの宿屋に泊まっていたのだろう他の客たちが、各々皿をもって、大皿に盛られた料理を取り分けていたのだ。
まあ、早い話がバイキングスタイルだった。
おそらく、どこかのタイミングで転生者が導入して、それが一部の宿屋で採用されているのだ。
「え、これどうするん?」
どうやら俺の相方はバイキングスタイル初めてらしい。
これはな、ヴァイキングスタイルといって、海賊が採用していた方法で、目当てのものを食べるためには戦って手に入れるんだ、なんてジョークを言ってもよかったのだが、流石に人間としてダメすぎるのでやめておいた。
「あれだろ、自分の食べたい奴を自分の皿に取って食えってことだろ」
「おお、なるほど」
どうやら得心したようで、そのまま近くにある皿をとって人の群れの中へと分け入っていく。
俺も後に続いた。
品数はそこまで多いというわけではない。が、パンにソーセージ、サラダ、牛乳と果物があった。
これだけあればむしろ御の字だろう。
「いただきます」
空いているテーブルを見つけ、二人で座り、朝食を食べる。
「うまいな」
「だな」
パンは柔らかいし、ソーセージはしっかりしたうま味が感じされる。野菜もかなり新鮮だ。
うまさのおかげか、少し早めに食べ終わることになった。
長居してもアレなので、自室に戻る。
とはいっても、自室でやることはない。
「ほわぁ」
やることはないので、相方がベットのふわふわ感の虜となって、妙な声を出しながらベットの上でフゴフゴするやばいやつになってしまった。
そういえば。
この宿屋、後払い制だったな。入るとき部屋空いてるか聞いたときは料金聞かなかったんだよな。
今払っておくか。ついでに延長行けるか聞いてみるか。
そう思い、トイレ行ってくるとだけ言って、部屋を出た。
階段を下りているときに、従業員の人とすれ違った。
見ると、手に新聞を持っている。
そうだ。
「すみません、新聞ってもらえますか?」
メルカトラさんとの話で、だいぶ世間の情報を取りこぼしていることに気づかされた。ここは結構デカい街なのでおそらくかなりの情報が手に入るはずだ。
「ええ、かまいませんよ。後で部屋にお持ちします。部屋番号を教えてください」
「205です」
「かしこまりました」
お辞儀をして、彼女は去っていった。
よし、他にも情報を入れる必要はあるが、まあこの行動が損になることはないだろう。
そう思って、俺は受付に向かって歩く。
「すみません、205の者なんですけど、一日延長するのってできますかね」
「はい、少々お待ちください」
受付のお姉さんはにこやかに笑うと、手元の書類に目を通す。
「二人で二泊ですと、金貨一枚になります」
え、今なんて言った?
金貨一枚?
マジで?
「ちなみに、延長しない場合は」
「銀貨五枚になります」
なるほど。
俺は財布の中身を確認する。
金貨は八枚入っている。だから正直払っても特に問題はない。
だがしかし。
思ったより残金が少ないな。
いや、ギルドで引き出せばいいのか。活動休止中とはいえそれくらいはできるだろう。
「どうかしましたか」
受付さんの声で我に返る。
いかんいかん。今の俺は完全にお金が足りないぞどうしようみたいな奴にしか見えない。
「あ、いえ。なんでもないです。金貨一枚ですよね」
取りあえず、この場は払わねばならない。金貨一枚を取り出してカウンターへと置く。
特段怪しまれることもなく、支払いは完了した。
***
部屋に戻ると、ケルファーが神妙な顔をしてベッドに座っている。
「え、なに?どうした」
「お前に謝らなければならないことがある」
「お、おう。そうか」
なんだろう。特に被害をくらった記憶はないのだが。
「実は」
ごくり。
「今、俺の所持金が銀貨二枚しかない」
なるほど。
……なるほど。
昔、パンケーキの写真につられて喫茶店に入ろうと思ったら扉を間違えてしまって、隣のステーキ屋さんに入ってしまい、所持金がギリギリだったので一番安いステーキを食って何とか耐えたみたいな内容の文章を読んだ記憶があります。
私の記憶が正しければ、手塚治虫先生のエッセイだったはず




