他人がどう思おうが悩みの大きさは人それぞれ
「あー、いたいた」
教会に戻ると、ケルファーが入り口の前で立ってこちらに手を振っていた。
「起きたらシスターもおまえもいなくなってるんだもん、びっくりしたぜ」
「ああ、わるい。もしかして探してくれた?」
「いや、荷物あったから多分散歩だと思って、外の空気吸おうと思って出てきてボーッとしてた」
そこは探してたっていってほしかったな。
「あれ、メルカトラさんは?」
「ああ、なんか俺の後に起きて、確認したいことがあるつって出て行った。でもすぐに戻ってくるって言ってたぜ」
「そっか」
うーん、朝飯食おうと思ってたんだが、メルカトラさんがいないならちょっと時間ずらすか。
というか、よくよく考えたらまだ太陽が昇り始めたくらいだから、朝飯にはちと早いな。
「そういや、二人でなにしてたんだ?」
今の近づき方、漫画だったらズイッっていう効果音がコマに書かれただろうな。
「え、あー。散歩中に出会ってな。ちょっと相談乗ってもらってたんだ」
別にウソは言っていない。主体と客体が逆ではあるが。
横をみると、マリアさんもこくこくとうなずいている。話がはやくて助かる。
「ホントか? 怪しいな」
む、こいつ。なにかいらん勘繰りをしてるな。
まあこいつのことだ。軽くいじってくるのが関の山だろう。
「実はふたりで山菜採りに山に入っていたんじゃねーの」
「ちがうわ」
なにを想定してるんだ、こいつは。
「あ、でもそろそろみなさん山菜を採りに行く時間ですね」
「え」
「ほら、あちら」
指さす方向を見てみれば、確かに七人くらいが山に入りに行く格好をしている。肌が出ないような長袖に長ズボン。軍手らしきもの。しっかりとしたぶ厚めの靴。いい感じのナイフ。おそらく山菜を入れるための籠に、スコップっぽいものを担いでいる人もいる。マジで山菜採りするのかよ。
「おーほんとだ。やっぱ食糧のためなんすか?」
「そうですね。ここは王国の端の方なので、何かあったときに支援が遅れやすいんです。ですから常に余力のある時に準備をしておくのです」
わかる。いざとなったときに慌てても遅いんだよな。日頃の準備と蓄積マジ大事。
「わたしも、この後の第二班で山に入る予定です」
「シスターも行くんですか!
これは意外。アウトドアな用事もこなせるんやな。
「うえーい。マリーさん、結構やる気じゃん?」
「ええ、村の皆さんの役に立てるのは嬉しいですからね。それに、抱えていた不安が一つ消えたので今とっても気分がいいんです」
おい、なんでこっちを見るんだ。
「ええ、いいなー。俺の不安も早くどっかに飛んでいってほしいわ」
それを言うなら痛みじゃねーか。
「大丈夫ですよ。きっと」
「じゃあ多分大丈夫でしょうね」
軽いな。
にっこにこで会話する二人を見ていると、向こうからメルカトラさんが走ってきた。
「すいませーん、いま話し合いが終わって、ってどうしたんすか三人とも?」
「いえ、なんでもないですよ。ささ、皆さん今日は早めに出発する予定なのでしょう?」
あ、そうだ。メルカトラさんの馬車でツェル村に寄ってブルーベリーの仕入れをこなしてから何とか日没前に帝国国境につこうって話だった。
「朝食、準備してきます。ケルファーさん、手伝ってくれませんかぁ?」
「え、ああ。了解です」
ふむ。昨日は俺が手伝ったからな。まあさっきのこともあるし俺は手伝わない方が無難か。
となると。
「メルカトラさん、馬車の準備、一緒にやりませんか?」
「おー、いいっすね。うまく時間を使えそうだ」
そう言うと彼はニカッと笑ってうなずき、馬車の止めてある方へと歩いていく。
俺も遅れないように、その後に続いた。
***
そんなこんなで準備が終わり、朝食も取って出発と相成った。
「みなさんの行く先に神のご加護があらんことを」
そう言ってシスターは手印を組み、祈りの姿勢をとった。
「神のご加護があらんことを」
俺は信仰していないが、ここは周りに合わせなきゃダメだろうと察したので、同じようなポーズをとっておいた。へたくそだと思われていないことを祈ろう。
「ミラーさん」
そう呼ばれたので顔を上げると、すぐ目の前にシスターの顔があった。
「な、なんですか」
改めてみてみると、かなり整った顔立ちだ。長いまつげに、クリっとした茶色の瞳。
「お互い、前に進みましょうね」
そう、彼女は小声でささやいた。
「はい」
だから、俺はそこに込められた意図を組んで返事をした。
「ケルファーさんも」
俺の返事を聞いて深くうなずいたシスターは、続いてケルファーの前に立って向き合う。
「あなたによき道標と、迷いととともにある強さが宿らんことを」
おや、初めて聞くフレーズだ。この世界の多数が信仰しているガノイア教の一節だろうか?
「ええ、あなたとの出会いに感謝を。主神の恵みが降り注がんことを」
おや、ずいぶんと堅い声だな。普段の話す声からはあんまり想像がつかない声だ。
というか、こいつのこの声前どっかで聞いたな。どこだっけ?
「では、お元気で」
「ちょっとー、シスター!? ジブンには!? ジブンにはないんすか」
「その、メルカトラさんは年に三回は来てるので。今回はお見送りをさせていただきます」
「いや確かにいま見送ってるけど。そうじゃなくて! こうなんかジブンにも一言あるとみたいな?」
ああ、わかるぞ。その気持ち、三人組で自分だけ話題に入れなくてなんかハブられてるように感じちゃうアレ。大丈夫だ。じきに慣れる。
あれ、じゃあなんでマリアさんはケルファーに聖句を手向けたんだ?
まあ何でもいいか。
「では、商売がうまくいくように、こうしましょう」
そう言うと、彼女はスッとメルカトラさんに近づいて、首元のペンダントに手を触れた。
「私の魔力を込めてみました。どうですか?」
「なんだかうまくいきそうな気がします」
「それはよかったです」
え、それでいいのか。
「では、今度こそ。皆さんお気をつけて」
「「またいつか!!」」
俺とケルファーはそう返事をして馬車に乗り込む。
「まあいっか。それじゃあ出発しまーす」
メルカトラさんがそう言って御者台に乗り、馬車が動き出す。
ガタンゴトン、ガタンゴトン、と車輪の音を鳴らしながら馬車は進む。
ふと思い立ち、後ろを振り返ってみる。
すると、マリーさんが手を振っているのが見えた。
俺の言った言葉は、果たして彼女にとって意味があることだったのだろうか。
もしかしたら、ただ自分の考えを吐露するだけのイタイやつだったのかもしれない。
言ってしまえば、どうせ辛いのは変わらんのだから未来見ようぜという、なんの救いにもならないたわ言だ。
それでも。
吹っ切れたような顔をした彼女は美しかったから。
多分、あれでよかったのだろう。
横にいるケルファーを見る。
ウェルダンやゴルベフさんの時は、こいつの一言が前を向かせるきっかけになった。
片や俺は、ふわふわとしたことしか言えず、立ち直ったのもマリアさん本人によるところが大きい。
そう考えると、つくづく主人公みたいなやつだな、こいつ。
改めて思う、やっぱり英雄にはなれそうにないと。
無責任かもしれないけど。
どうか、彼女が明るく笑って過ごせますようにと。
遠くにいる彼女に手を振りながら、そう思った。




