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異世界転生してから八年たった  作者: タリナーズヒーコー
第二章
56/73

ドラマとかアニメとかで主人公が決断するシーン、どっちの道を選んでも主人公は苦しむ的な仕掛けになってたりすること意外と多い

***




案内されたのは村の中心にある広場っぽいところだった。おそらく平時なら、村民の憩いの場となっているその場所は、早朝のこの時間帯ではどこか寂れた駅前のロータリーを思わせる。

まあそもそも寂れた町には鉄道駅なんてないのだろうけど。

おあつらえ向きな石造りのベンチが一つ、広場の中央にあった。マリーさんはそこに腰掛けると、左の手で空いた場所をぽんぽんと軽くたたく。

というか、教会内では話さないのか。


「座ってください。少し、長くなると思います」


小噺っていってませんでした?

なんて野暮な台詞をはくほど、俺は阿呆ではない。おとなしく言われるがままに、ベンチに腰を下ろす。


「私がこの村に来たのは一年前であるという話はしましたでしょうか?」

「ええ、昨日薪を取りに行く途中に」

あ、これ過去編に入るやつだ。いままでジャンプを散々読んできた俺がいうんだから間違いねえ。


「私、逃げてきたんです」

「と、いうと」


なにから逃げてきたんだろう。責任かな?それとも締め切りかな?


「この村に来る前も、私は孤児院で身寄りのない子供たちの世話をしていました。ここよりずっと大きな街で、同僚も数人いました。活動資金に余裕があるとは言えませんでしたが、それでも幸せな日々でした」

そう言って、マリーさんは空を見上げる。その表情は分からないが、昔日を懐かしむ表情をしているのはなんとなく想像できた。

「子供たちも本当にいい子で。十三人いたのですが、年齢が上の方の子たちはちょくちょく私たちの手伝いをしてくれたりしましたし、下の子の面倒も代わりに見てくれたりも。おかげでずいぶんと助かったのをよく覚えています」


子供というのは大人が思っているより責任感が強い。意外と自分のやらなくちゃいけないことを言語では現せなくてもなんとなく感覚で察している子供というのはかなりいるものだ。むしろ、子供のころそういう感覚がなかったやつが、大人になって子供のできることを舐めているのではないかとすら思う。


「彼らは、しまいには自分たちは冒険者になって大稼ぎして、この孤児院を大きくしてやると。そう言って出ていってしまったんです。そのほうが食い扶持を減らせるから、と。私も彼らが決めたことならと応援をしました。彼らを慕っていたのが多かったので、下の子たちも冒険者になると言いだすのが増えました」

めちゃくちゃいい子たちじゃん。おやつがなくても文句を言わないくらいしか良いことしなかった俺よりよっぽどいい子たちじゃん。


「でも、彼らは死にました」


うん、まあ滅茶苦茶深刻な雰囲気と逃げてきたってのでなんとなく想像ついたけど。でもやっぱ聞いてて辛いもんは辛いよ。さっきまでの幸せな雰囲気がずっと続いててくれよ。現在完了形仕事しろよ。


「ズラトロクの角を採るために、南の大陸の奥地へ向かって、そのまま帰ってこなかったんです。ちょうど送り出してから五年半くらいたった頃でした。彼らの訃報が届いたその日、ちょうど午前中に彼らの後輩で、同じように冒険者になりたいと言っていた子二人を送り出していました」


落とし方半端ねえよ。ラクサって麺料理だよねなんていう暇もないくらい落差えげつねえよ。


「私は自分を責めました。私が不用意に背中を押したから彼らは冒険者を目指し、そして死んでしまったのではないか、と」


まあ、自分を責めてどうすんだってのはあくまで第三者で冷静な判断ができるやつがのたまえる台詞であって、当事者からすればそう考えるのはまったくもって当たり前の話だわな。


「ですが、困難はまだ続きました。ズラトロクは貴族の依頼で取りに行ったらしく、他の冒険者も関わっていたそうなんです。その結果、依頼不達成になったと何人かの冒険者と、その貴族の私兵が孤児院にさ晴らしに来てしまったんです」


なんでだよ。孤児院にいる人たちなんも関係ないやろ。


「めちゃくちゃでした。幸い近くにいた人たちが警備兵を呼んでくれたので、子供たちにけがはなく、建物への被害も最小限で済みはしたのですが」


「それは、まあ最悪の事態には至らなくてよかったというかなんというか」

ちくしょう。俺のコミュ力が低すぎる。こういう時どうリアクションしたらいいんだ。下手にそれは大変でしたねみたいに言ってお前に何がわかるみたいに返されたら詰みだし、それならと反応を限りなく薄くしてもお前俺が悲しんでるのになにか一つくらい声かけせんかいみたいな言葉が飛んで来たらやはり詰みだ。うまいやつはこの中間を狙うことができるのだろうが、いかんせん俺がそのうまいやつだとは思えない。


「でも。結果的にけが人は一人出てしまったんです。同僚の一人が、私をかばって重傷を負いました」


滅茶苦茶責任感じるやつやん。


「私は絶望しました。自分の認識の甘さがこの事態を招いたんだと。怖くなりました。こんな人間が子供たちを育てる資格なんてあるのかと。そう思った私は置手紙を残して孤児院を去りました。そして教会に頼んでここのシスターとして生きることにしたのです」


そこまで語ったシスターは再び天を仰いだ。


「ここの村の人たちは、みないい人です。そこまで農地として優れているわけではありませんが、創意工夫をって生活を堅持しています。全員がなけなしの力を以って自然と向き合い、抗い、共存し、その力をふり絞って前進しています。そのせいか見知らぬものに対してもまず真摯な態度で臨む。私がここでうまくやれているのは、半分以上が彼らのおかげといってもいいでしょう」


「そんなことはないですよ」


この人はきっと、真面目なのだろう。真面目であるがゆえに、子供たちが死んでしまったこと、それに連なり同僚が重い負傷をしたのを背負いこみ、自責の念を抱え続けている。

自信過剰だ、あなたが冒険者になることをすすめなかったからといって彼らが死ななくなるとは限らないというのは簡単だ。

とはいえ、それを言ったところで何かが好転するわけでもない。なにより子供の夢を否定するのはこの人の性格からして禁じ手であろう。

正論というのは、あくまで一般的に正しいことを述べているだけで、何かを解決するために役立つかというと必ずしもそうではない。いま重要なのはマリーさんが過去を引きずって自分を責めるのをやめさせることができるかどうかという点である。

正直自分で自分を責めているというのは、それだけ後悔しているということであり、もうむりくりやめさせる必要ないんじゃないの? と思わなくもない。が、だからといってその過去に縛られるだけではいつまでたっても人生という川の中流でとどまり続けるだけだ。川の水は下流部の平野に行って人々の生活の役に立つという義務がある。

要するに、マリーさんはいつまでも悩んでいるが、それがbestな状態ではないということだ。


「昨日、薪を取りに行く途中にした話、覚えていますか?」

「昨日ですか?」

「はい」

「たしか、 自分の行動に意義を見出すのはいつだって自分という話でしょうか」

「そうです、そしてあなたはそのあとこうも言いました。重要なのは、とにかく進むということだって」


その言葉に、マリーさんがベンチに座ってから初めてこちらを向く。


「俺はあのときのあなたの言葉に感銘を受けました。救われたといってもいい」

勝手に悩んで勝手に救われた。言ってしまえばそれだけだ。悩んでいたのは俺のいたって個人的な問題だし、ひょっとしたらマリーさんのことばも聖書か何かの引用だったのかもしれない。ちっぽけな何かとちっぽけな何かがクラッシュしてうまいところに落ち着いたようなものだ。

それでも事実は事実。いくらちっぽけだろうと、論理を組み立てるための武器となる。


「迷える人一人を導けたんです。シスターとして十分立派だ。立派だからこそ、この村に受け入れられている。違いますか?」

「そう、なんでしょうか?」


いやそこは自信持ってくれよ。


「そうです、それに」

言葉を切る。


「重要なのは、とにかく進むということだっていったのはあなたじゃないですか。過去の自分を責め続けて、一体どうやって前に進むっていうんです?」

正直、相手の矛盾を突いて説得するというのがあんまり好きじゃない。説得というのはあくまで相手を納得させることが重要な目的である。矛盾をついただけでは相手が折れるかがわからない。それがこわい、というかめんどい。


「では、どうすればいいのでしょう?」

マリーさんの顔が歪む。


「いくら考えても、あの日私が彼らに冒険者になることを勧めた自分に非があるのではないか。その思考が頭の片隅から離れないのです。うぬぼれだと言われればそれまでなのですが、ふと、この村で日々を過ごしていると、時折あの頃の彼らの顔を思い出して、むねが苦しくなるのです」



「別に思い出してもいいんじゃないですか?」

「え」

「進むってのは、別に思い出すなって言ってんじゃないですよ」

まあ思い出さないで楽になれるってんならその通りなんだろうけども。


「それだけ辛いことがあっても、それを抱えて未来に向けて次の一歩を、シスターとしての別の役目を全うしようとする。俺が言った『進む』ってのはそういう意味ですよ」

人はミスをする。失敗をする。いくら万全を期そうとも完璧などありえず、人である以上どこかに穴がある。場合によってはそれがとんでもない被害を生み出す。

俺たちにできるのは、成功するために死力を尽くして、0.1%でもその確率を上げることだけだ。

別に許されるからそうするってわけじゃない。結局のところ、自分で感じる自分の責任の荷ほどきをできるのは自分だけなのだ。浪人だってそうだ。みな浪人して受かるわけじゃない。それでも、みながどこかで自分に課された重荷をほどいて自分を許して、次に進んでいくしかない。


己の失敗は己の所有(もの)だ。捨てるのも抱えるのも勝手だが、ひとたび抱えるならば相応の覚悟をせねばならない。

楽になれる方法などありはしない。


「私の精神がもろかった、ということなのでしょうか」

「どうなんすかね。精神力なんてのは他人と比較できるようなものじゃないので。ただ、前の孤児院でのような出来事があったら、誰しも逃げたくなりますよ」

誰しもというのは過言だったろうか。まあいいか。


「私、この村のために役に立っているのでしょうか」

「役に立っているんじゃないんですか?皆さんから信頼されていたみたいだし」

信頼、それは積み重ねによる部分が大きい。信頼があるということはこれまでの蓄積を買われているということであり、畢竟それは役に立っているということである。たぶん。


「わたし、この村のために何ができるのでしょうか?」

「それは、しりません」

こちとらコンサルではない。そしてどこぞのラッコのごとくカリスマコンサルを名乗るほど図太くない。


「ひどくないですかぁ?そこは普通何か提案をするものなのでは?」

それができるならやってるよ。何も浮かんでこなかったんだしょうがないだろ。

「俺がそういうデキル男性に見えます?」

おい、なんだその顔は。


「アハハハ!」

わ、笑われた。何というか若干ショックだ。多分今なら愛で空が落ちてくるかもしれない。どゆこと?


「忘れなくてもいい、ですか」

「というより、忘れることの方がよっぽど無理だとも思いますけどね」

どうでもいいことにかぎってなかなか忘れない、ともいうが、なんやかんや大事な記憶ってのは覚えているものだ。ふとした瞬間に思い出してしまう。

しばらく無言の時間が続いた。が、気まずくもなんともなかった。

俺はといえば、大学の途中で死んだから浪人無駄になっちまったなとかどうでもいいことを空をぼんやり眺めながら考えていた。まだ日が昇っていない空は特段美しいようには思えなかったが、その落ち着いた色合いはかえってこの雰囲気に合っているような気がしてくる。


「さっきの話なのですが」

「えっと、具体的にはどの?」

会話のなかで過去の発言覚えてるか聞かれると結構答えられなかったりするんだよね。だから俺は弁護士になれないんだろうなって子供のころ思ったこともあったっけ。

でもタイム〇ョックの今何問目?はなんとなく正解できるんだよな。

「私の精神が強靭ではなかったという話です」

「ああ、それでしたか」

「やっぱり、私は軟弱なのだと思います」

「そう、なんでしょうか」

え、もしかしてここから闇落ちルートとかあるのか?それは勘弁なんだが。


「真に頑強であれば、自分で立ち直れたと思うんです。たとえ世間的には軟弱でないとしても、私がそう思うから軟弱なのです」

なるほど、自分のことはまだ許し切ってはいないと。

どうやら、俺は物語の主人公にあるような、他人の自己肯定感を上げる能力を持ち合わせていなかったらしい。

「私をシスターに育ててくれた人が前に、こう言ってたんです。何か自分に自信を持ちたいのなら、ある一つのことに時間と労力をかけろって」

なるほど確かに。一理あるな。

「取りあえず、この村のシスターとして立派に務め上げます。手始めに、いま悩んでいらっしゃる方が一人いるので、その人に真摯に向き合おうと思います」


ベンチから立ち上がって数歩歩いた彼女は、振り返って俺にそう言った。


きれいな目だと、ふと思った。

今まで目なんて会話の時に見てもきれいかどうか分かるわけないだろおまえ視力良すぎだろくらいにしか思っていなかったが、なるほど確かに、人間の瞳というのはきれいに見える時があるのかもしれない。


「ああ、まあ。その、前向きになれたんならよかったっす」

あまりに美しいと感じたせいか、滅茶苦茶女子と話し慣れていない男子高校生みたいな返しをしてしまった。

「いえ、二割くらいはミラーさんのおかげですよ」

「そこは普通五割とかいうところなのでは?」


思ったよりすくねえなおい。


「冗談です。案外、私は誰かにわたしの話を聞いてほしくて、強くなにか言ってほしかっただけなのかもしれませんね」


そう言って、彼女は明るく笑った。

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