ものを運ぶとき辛い表情をしているのは重いのではなく、運んでいるところの尖がっている部分が腕に当たって痛いだけという可能性があることを、もっとみんな認識した方がいい
「なるほど、そういうことでしたかー。でしたら教会に泊まっていって構いませんよぉ」
「よかった。ありがとうございます」
「マジ助かります!!」
よかった。取りあえず今日の宿は何とかなりそうだな。
あらためてマリーと名乗ったシスターを見てみる。いわゆる修道服と呼ばれるような服に身を包み、首元にはスカーフがまかれている。修道服はやや青みがかっており、動きやすそうなシルエットだ。
「しかし、薪が足りないんですよねぇ」
「マキ?」
時間が押しているのかななんてボケは必要ない。純粋に燃料としての薪の方だろう。
「村で一括管理しているのです。もちろん来客時のために多めにあります。今日切らしているのはたまたまなんです。信じてくださいぃ」
「お、落ち着いてください。別に責めているわけではありませんから」
なんだか感情の浮き沈みが激しい人だな。シスターってのはもっと落ち着いた人が多いのかと思ってた。まあでも急に泊るのだからそりゃ相手の用意ができていないのは当然だよな。
「俺らがとってきますよ」
自分のケツは自分で拭く。社会人の鉄則だ。
「しかし、客人にそのようなことをさせるわけには。主神に示しがつきませんよ」
「薪を運ぶのって結構重労働ですよ、シスターにやらせたらそれこそ示しがつきませんよ」
まあ俺信者とかじゃないけど。
いかん、このままでは堂々巡りだ。
「全員で行くってのはどうすか?それで万事解決っしょ」
「ナイスケルファー」
いまいいこと言った。先生が回収してない宿題について沈黙し続ける並みのファインプレー。
「いいですね!いま雨脚弱いですし、ジブンもアトラスについて村長さんと話しておきたかったんで。みんなで行きましょ」
さらにうまい具合にメルカトラさんの援護射撃が加わる。
かくして、四人で薪を取るなどの用事を済ませることになった。
「ほう、そうでしたか」
いちおう村長に話しといたほうがいいでしょうということで、村長の家に来て、今晩宿泊することの旨を告げた。そしたら快く了承してくれた。やったぜ。
「マリー氏が許可したのなら、私がどうこう言うこともありますまい。なにぶん小さな村で、大したもてなしはできないのですが、お許しくだされば幸いです」
柔らかい雰囲気。これだよこれ。上に立つ者はある程度こうでなくっちゃ。
「それで、村長。アトラスなんですけど」
「ああ、前回と同じでいいよ。エサは裏手の納屋のところに……」
メルカトラさんは村長と話すことがあるというのでその間、俺たちは三人で薪を取りに行く。
「マリーさんはずっとこの村でシスターをやっている感じっすか?」
「いえ、1年ほど前にこの村に来たのです。ここにいたシスターが一人お亡くなりになって、もう一人は教会本部に呼ばれてこの地を去っちゃったんです。私のいたところは人手に余力があったのでここに来たというわけなのです」
「へえー、シスターってずっと同じところにいるわけじゃないんですね」
初耳だ。なんかこうずっと一つの教会で信仰の道を邁進するもんだと思ってた。
「どうなのでしょう、そのような方がどちらかといえばマジョリティだと私は思います。しかし、人間というのは時々、自分の慣れ親しんだ地を離れなければならない時がある、そのように私は思います」
古来より、人間は狩猟動物だった、今のように定住するのは農耕生活を始めたからだとどこかの授業で習った気がする。人間というのはどこまでいっても光の屈折すら認識できないアホな生物なのだから、昔の移動しながらの生活を欲するDNAが体に作用して遠出したくなるのも、ごくごく当たり前の話だ。
少なくとも、俺はシスターの意見に賛成だ。というか俺の存在がもう答えだろ。
なんてセリフを述べたらどう考えても会って一時間もしないうちに思想をぶちまけるちょいピーキーな奴になってしまうので、やめておいた。中途半端に尖っているやつが一番ダサい。どうせなら初対面の人に「俺と一緒に世界獲りに行かないか」とかいうくらいのピーキーさがほしいところだ。
「じゃあ、旅を続けている俺たちも、その最中ってことですか」
果たしてこの旅にゴールはあるのだろうか? 一度振りきった疑問が鎌首をもたげる。
そのせいか、妙な質問をしてしまった。会って一時間もしない相手に何やってんだ。
「ええ、そうだと思います。お二人ともひょっとしたら旅に出たのには特に高尚な理由などないのかもしれません。しかし、結局のところ自分の行動に意義を見出すのはいつだって自分なのです。旅を終えたときに、この旅路はこうだったと、何か一つ自信を持って正直にいい切れるのなら、終点が最初にいた場所であろうと全くの新天地であろうと、あなたにとっては良き宝になるはずです。重要なのは、向かう先に何があるかではなく、とにかく進むということにあるのだと思います」
お、おう。なんか思ってた50倍真摯な回答が返ってきたな。
そうなのだろうか、そうなのかもしれない。意味やゴールというものは、なにも与えられるだけではない。自分で見つけにいくものだってあるはずだ。
そう考えると、ゴールがないだけでふらふらしていた自分が笑えてくる。
「いやー、さすがシスターっす。様になってましたよ、今の姿」
たしかに。聖句を述べて民の心を導く、まさに聖職者の鑑と言っていいだろう。あれ、正確には神父の仕事だっけ?
まあ何でもいい。
「時々、村の皆さんの悩みを聞いているのです。手慣れているように見えたのは、そのせいかもしれませんね」
ほのかにはにかみながら、どこか照れたような顔をして、彼女は答えた。
そんなことを話している間に、薪を置いてある場所に着いていた。
「どのくらい持っていけばいいっすか」
「そうですね、お二人とも二抱えといったところでしょうか」
そういいながら、彼女は薪を何本かまとめて抱える。おそらくこれが一抱えという意味なのだろう。
「このくらいですか?」
「ええ、ぴったりです」
「うし、じゃあ教会に戻るか」
村を見て回る、という考えが一瞬頭をよぎったが、そろそろ暗くなってきている。時間的にみな晩飯の用意をしている時期であろうから、やっぱりやめておこう。
手の中の薪の重さを確かめる。あとひと月もたたないうちに秋は終わるだろう。それはつまり冬がやってくるということ。一年の半分が冬、なんて鬼畜設計な世界ではないが、普通の人は暖をとる手段がストーブか焚火くらいしかないのだから、冬を越せるか、というのはなかなか大事な問題ではある。
気前よく薪を使っていいと言ってくれるあたり、おそらくこの村にはそれなりに余裕があるのだろうか。
想像してみる。冬が来て、この村全体が静謐な雰囲気をまとうさまを。
石と木で作られた家々の屋根に雪が積もり、暖炉の煙がそこから空へと上っていく。窓からはうっすらと明かりが見える。村を行きかう人は少なく、地面を踏みしめるたびに霜柱が砕ける音が聞こえる。
うん、なんかいいな。俺ってば都会っ子だったからこういう生活にちょっとあこがれあんだよね。
そうだ、帝国に入ったら雪景色があるところに行こう。前世じゃ子供の頃にスキーに何回か行ったっきりであとは雪景色とはてんで無縁だったからな。この世界で一番広い帝国なら、どこかしらそういう場所があるはずだ。
不思議と気分は軽かった。やっぱ行き詰ったときは一人じゃだめだな。本でも赤の他人でもいいから違う哲学の摂取が必要だわ。
***
ふざけるな。
昨晩、俺とケルファー、そしてメルカトラさんは教会で一泊した。
晩飯は、明日にも帝国入りしているだろうからと質素に済ませる予定だったが、マリーさんの厚意で麦粥と干しブドウをおすそ分けしてもらった。おいしかった。
そしてそそくさと支度をして寝袋に入り、夜を明かした。
そして、今現在太陽はまだのぼっていない。
別に三千世界時計が壊れたわけではないし三千世界時計が電池切れになったわけでもない。シンプルに日の出の時刻になっていないだけだ。要するに起きるのが早すぎたのだ。
……。これ夜明かしてねえじゃん。
まあ要するに何が言いたいのかというと、よくわからん早い時間に目が覚めてしまったということだ。屋根のある場所で寝られたのだから良質な睡眠をたっぷりとろうと思ってたのに、これでは普段よりも寝る時間が短い。イギベルさんのところでは真夜中に目が覚めたからまだよかったが、この時間帯は二度寝を決めこむにはちと遅い。
でも今起きたら絶対寒いんだよなあ。
こういう時は、まず手と足の指をにぎにぎして末端まで血液を行き渡らせる。そうしてから頭のなかで7秒数えてからバッと勢いに任せて跳ね起きる。そうするとかなりマシになる。本音を言えば跳ね起きる瞬間に奇声を上げるとばっちりキマるのだが、隣に人がいるのでやめた。
そうして寝袋からセルフ救出して、周囲を見渡す。
黎明の静かな教会、画家が絵にするにはかなり絶好の光景なのではないだろうか。未明という時間帯による静けさと、教会という場所による清閑さがシナジー効果を発揮している。もしかしたらお互いリスペクトできるパートナーシップが築かれているのかもしれない。
さて、その両者がうまく語らっている間にどうしようかということを考えてみるわけだが、ここは散歩一択だろう。昨日は村をみて回れなかったわけだしな。この時間帯なら人も少ないだろうから好都合だ。
そう思って、ひとまず顔を洗おうと、教会内の水場へと向かう。昨日の夜教えてもらった道なので、だいたいは頭に入っている。
そう思っていた時期が俺にもありました。
どうやら朝っぱらの俺の脳みそは想像以上のポンコツだったらしい。昨晩教わったルートを完全にふっ飛ばしていやがる。
とはいえ、別にダンジョン新宿駅でトイレを探しているわけでもなし。あちらに比べればここは面積も人数もミニチュアレベルだ。ちょいと場所を変えてみればすぐに見つかった。
そんで顔を洗ってすっきりしたので、戻ろうとしたのだが。
「あ」
シスターに遭遇した。しかもなんか慌てている。母親の手料理を持っていこうとしたら、幼馴染の男の子の見ちゃいけないシーンに遭遇してしまった文芸部員なみに動揺している。
はて、もしやこの村では早起きが罪なのだろうか。だとしたら俺向きだな。早起きは三文の徳とか言ってるやつ、あれ絶対体にとって毒だよな。濁点を入れたほうがいい。特に胃。朝食は習慣化しているからこそ食えているものの、もし言われなかったら多分食ってないと思う。だって起きてすぐの胃どう考えても物を入れられる状態じゃないもん。
いや、流石にそれはないか。だってここ農村だろ。むしろ早起きしないやつ人権ないくらいの勢いなんじゃないの? 早起きして作物の状態チェックしてるんでない?
ダメだ。巡り巡ってわけわかんなくなってきた。取りあえずなんか俺がやらかしてしまったのはわかるのでもう「知らない、おれぁなんも知らない。ただジャンプ読んでただけだから」みたいな雰囲気出して通り過ぎよう。そう思ったのだが、そもそもこの世界にジャンプはないし、漫画があるかすらも定かではないし、なんなら本は高級品である。
というか手ぶらじゃねえか。ダメだ。もう何も思いつかない。
「あの」
どうしよう。うまいことなんもなかった風にできないだろうか。
「あのぉ」
うん、なんだかいいにおいがする。うまく表現できないけどなんかこう高次元に至れそうなにおひがする。
「あのお!!」
「ひゃい!!?」
うぇ、なにごと!?
どこか遠いところに行ってしまった頭をたたき起こし、視神経を介して目の前を見てみれば、そこにはマリーさんが顔を赤らめながら立っていた。
さっきのかぐわしさの正体はこの人か。この表現絶妙に気持ち悪いな。
「少し、私の小噺に付き合っていただけますか」
そううつむきながら問うその姿を見せられては、俺は肯定の返事をせざるを得なかった。




