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異世界転生してから八年たった  作者: タリナーズヒーコー
第二章
54/73

探し物をするときは焦らずゆっくり探すのがコツ。あと過去の自分を恨まないこと

「うぃー、助かった」

「よかったですね、アトラスがよけられる場所も確保できたし」

「今日はここで一泊することになるかもですね」


なんとか教会の扉口をくぐり、椅子に座って小休止。ちなみに馬車は教会の隣にあった馬宿に預けてある。アトラスというのは馬の名前だ。

中は思ったより暗い。雨が降っているからかと思ったが、見渡してみるとガラス窓がそもそも少ない。装飾も控えめだ。かなり古い教会なのかもしれない。


「ちなみに、お二人は教会の関係者だったり?」

「まっさかぁ」

「まったく違います」

教会関係者というのは、おそらく身内に神父やシスターがいるかどうかという意味合いだろう。


「そうですか。一応ジブンは妹が修道院に入ってるんすよ」

「あ、そうなんですね」

「あの崖の上で別れてからもう五年たちますね。元気にやってるといいんすけど」

すんげー気になる別れ方してんなおい。

どんな感じで別れたのか聞いてもよかったのだが、なんだか聞くのが憚られる雰囲気を出していたので、頭のなかで適当にストーリーを組み立てるだけにとどめた。

ん、ケルファーの様子がおかしいぞ。具体的にはと聞かれると答えづらいが、なんだか堅い感じがする。

いや、だからおかしいのか。初対面の人に緊張するような性格ではないはず。


「どうした?緊張してんのか」

「ああ、いや。なんだか懐かしい感じがしてな」

懐かしい?どういうことだ。

「ガキのころ、孤児院にいたんだ。元シスターの人がやってる孤児院でな。たまにあの人が昔いた教会に連れて行ってもらったんだ。そこに似てる気がしてな」

「おまえ、孤児院にいたのか」

さらっと重大な事実を明かすなよ。どこの扉絵連載だよ。

「まあな、親が五歳の誕生日んとき死んじまってな。いろいろあって孤児院に入ったんだ」


苦労したんだな、と言おうとして、やめた。その同情になんの意味があるというのか。

そもそも孤児院に入ることイコール苦労ではない。確かに他と比べたら相対的に苦労をしたように見えるかもしれないが、個人の苦労を量的に比較するのがそもそもあほらしい話だ。

なので、ほかの質問をすることにした。

「たまには帰ったりするんか?」

「あー、マグロブさんとこに雇われたあとに一回帰ったな」

「ほーん」

しまった。微妙に質問を間違えたな。いまの無職の状態で里帰りするか?なんて提案するのは不自然だしな。むう。


「そういえば、ここの教会にもシスターがいたはずですが、出てきませんね。なんかあったんすかね?」

「あ、いたんですね。割と古いから誰もいないのかと思っていました」

曲がりなりにも教会があるのだから、管理人というか担当者としてひとりはシスターやら神父やらがいるのが普通だ。でなければこの教会は打ち捨てられていることになる。


「どうします、分かれて探します?この教会構造もシンプルだから二人も迷ったりはしないと思うんすけど」

「いいっすね。このままでどうせやることないし。ミラーもいいよな!」

「え、ああ。いいぜ」

もしかしたら何かの罠かと一瞬勘ぐったが、まあ流石にないだろうと考えなおした。


「じゃあ、ケルファーさんが内陣の方を、ジブンが交差部含めた周辺、ミラーさんは入り口のあたりをお願いします。多分ケルファーさんの負担が一番重いんで、僕らふたりは終わったら合流する感じで行きましょう」

「うぃーっす」

「わかりました」

きれいに手前、真ん中、奥と別れたな。まあ側廊がないしこれが妥当か。

椅子から立ち上がって、三者それぞれの担当へ向かう。俺は入ってきた入口の方だ。

改めてみてみると、派手な装飾が少ない。おそらく壁画が描かれていたのだろう部分はあるが、年月の経過によるのかなにが描いてあったのか全く分からない。柱も太く無骨だ。

ぱっと見では隠れられる場所など柱の陰くらいだ。だが、適当に探して見つからなかった挙句、実はこの辺にいましたでは格好がつかないし情けなくて死ねるので真面目に探す以外の選択肢はない。


「でもいないんですよねえ」


なんとなく上を見てみる。暗いからわかりずらいがずいぶんと高い天井だ。

帝国に入ったら何をしようか。手紙を届けるのはまあやるとして、特段にあれがしたいというのは特に思いつかない。なんならこの旅のゴールも不明だ。時間制限で区切るか、目的地で区切るか。

というか旅にゴールはいるのだろうか。大学で金曜を全休にして三連休を作り出し、一人旅に繰り出していた友人曰く、予定通りに行きたい行き先を回り、それを目的とするのが旅行、あてもなくただ現在地とは別の場所へと向かい、その場その場で目的を創造してその過程と結果をすべて楽しみ、吸収するのが旅だそうだ。

こいつバックパッカーにでもなる気かと思いながら話半分に聞き流していたが、なかなかどうして心に効いてきている。

彼の言うとこに従うならば、旅にゴールは不要だ。己の心のおもむくままに行くのが良いのだろう。

もう一度、天井を見上げる。暗い空間はまるで俺のこの先を示しているかのようだった。何も見えず、何があるのかもわからない。まさしく一寸先は闇。これがいろはかるたの一番手だと思うと笑えてくる。どう考えても子供にやらせるには冷酷すぎるぞ。

これ以上考えてもしかたがない。そう思い、俺は目を皿にしてシスター探しに戻った。




さて、しめて五分というところだろうか。シスターは見つからなかった。

まあいないもんは仕方ない。そう割り切り、メルカトラさんの方へと戻る。

「メルカトラさーん、こっちはいなかったです」

「ああ、ミラーさん。ちょうどよかったっす。これ見てください」

そう言って彼は壁のとある一点を指差す。


「ええと、これは」

うん、どうみても隠し扉だったものだな。

おそらく何かの台座の下に地下に続く扉として隠してあったのだろう。見た目は完全に床下点検口だけど。

そしてその台座であったのだろうものは近くに転がっていた。

「ちなみに、なんでこれに気づいたのか聞いても?」

「椅子に座って足を投げ出そうとしたら、思いっきり蹴っちゃったんすよ。そしたらその下からこれが」

この人と寝るときは位置関係に気をつけようと、俺は思った。

「この中にいますかね?」

「どうなんでしょう?」

いたとして、どうやって入り、どうやって台座を戻したのかという点だな。何らかのギミックが仕込んであっても不思議ではない。

そして最大の関心はやはり中になにがあるかだ。


「ちょっと入ってみますね」

「ちょっと!?」

どうしようか考えていると、ドアをガっと開けてメルカトラさんが先に入っていってしまった。

ええい、万が一のためにケルファーを呼んでおこうかと思ったが、その遅れで間に合わなかったらまずい。

そう考え、俺も彼に続いて扉をくぐった。




学校の校舎一階分くらいの階段を降りると、長さ十メートルほどの通路の先にメルカトラさんの背中が見えた。

「ちょっと、なにかやばいのがあったらどうするんですか」

「いや、すんません。こういう隠し通路とかにはどうにもわくわくしちゃって」

「その気持ちわかります」

あ、いかん。思わず本音が漏れてしまった。


「アッヒャッヒャ」

「え、どうしたんですか」

というか笑い方の癖強いな。


「いや、なんだかミラーさん、とっつきにくい感じがしてたから、ちょっと意外で」

え、うそ。そんな堅い感じに思われてたのか。

「なんか話しかけづらい感じとか出てます?」

「いや、多分ミラーさん一人ならそんなではないとは思うんすけど、隣にケルファーさんがいるとそっちに話しかけようって思っちゃう、みたいな?」

なにそのサーモンと大トロだったら大トロ食うよねみたいなノリ。


「そ、そんなことより。なにか見つけたんですか?」

これ以上この話題を続けたら主に俺の精神に影響が出そうだ。早いところここがなんなのか解明してケルファーと合流しよう、そうしよう。

「いや、備蓄の食糧みたいなのがある以外にはここにはなにもないっぽいっす。一応呼びかけてはみたんですけど」

「そうだったんす、か」

ひょいと肩から顔を出して向こうにある空間を覗けば、確かに大きな袋と箱、そしてクソデカい壺みたいなやつが並んでいた。麦、干し肉、発酵した野菜といったところか。

やたら石造りな部屋なのがちょいと気になるが、まあここにはいないだろう。


「戻りますか」

「っすね」

隠し部屋があっても、そこに何か重要なものがあるとは限らない。推理ものなら確実になにか起こるか今後への伏線なわけだが。現実ってやっぱこんなもんだよな。



扉から出ると、二人でなんとか台座を戻して、ケルファーと合流しに向かう。

ここからパッと見た感じには見えない。となると、奥の部屋がある方にいるのだろう。

そう考えを述べたメルカトラさんに同意し、二人で奥の方へと向かう。立ち入り禁止区域なのでは?という考えが一瞬頭をよぎったが、心の中に警察官を顕現させて無視した。

右手側から続く通路から見える部屋は四つある。

そのうち、白い扉をした部屋の前にケルファーが立っていた。


「おう、どうした。二人して」

ここでお前待ちだよというのは簡単だが、クールじゃないな。

「いや、ちょっと隠し部屋を見つけてな」

正解はこれだろう。

「マジで、いいなあ。俺もお宝見つけたい」

「なんでお宝ある前提なんだよ」

ポジティブすぎる。

「隠し部屋にはお宝があるのがお約束だろ」

いやまあ食糧はあったけど。

「なかったよ。手ぶらなんだ、それくらい察せるだろ」

「むう」

「むくれてもダメだ。ないもんはない」

いくら八重歯にあこがれたって、ないもんは生えてこない。痕跡器官の犬歯で我慢しろ。


「そういえば、シスターいたぞ」


お、朗報だな。この流れでいうとシスター=お宝みたいな感じがするけど。

「よかった。なにかが起こってたとかではないんすね」

「で、そのシスターはどこにおるん?」

周囲を見渡すが、当の本人はどこにも見当たらない。

「なんか日誌書いてるみたいで。あと十分もすれば終わるんだって」

日誌か。懐かしい。高校の時はよく書いたな。本人からの一言欄でクラスの全員が先生に対してボケ倒してて、それを読むのが地味に楽しみだった。

でもそうなると、やることなくなるな。雨はまだけっこう降ってるから外にも出れないし。


「ところで、メルカトラさんは帝国に入った後どうするんすか?」

「ジブンはドミランノルトの組合にいったん顔を出してから、ブルーベリーの卸先を探すつもりです。帝国のどこかにはなると思いやすが」

ああ、そうか。別にこの先ずっと一緒にいるわけじゃないのか。


「あ、でも。北部に行くのはやめといた方がいいと思います。近々魔族との戦争が起こるらしいんで。北部のハニングの砦があるんすけど、そこが前線になるっぽいっすね。ジブンも北部はいつもは販売ルートに入ってるんすけど、今回ばかりは外すつもりっす」


え、まじ。滅茶苦茶重要な事態やん。

というか、魔族との戦争もうその段階まで行ってたのか。旅とかやってる場合じゃなかったかもしれん。


「そういや、俺もケルファーもこの道中新聞とか全然見てなかったな」

完全に時代から取り残されている件について。

あ、そうだ。


「メルカトラさん、この手紙のここに書かれた場所なんすけど……」

帝国内で必ずよらなければならない地、それはイギベルさんから預かった手紙の宛先のリコルデなる場所だ。そこまでいく途中は正直なんだっていい。期限とかもないのでめっちゃ大回りしても文句は言われない。1035.4キロくらい大回りしたっていいのだ。

「ああ、ここなら帝国東側の地域のはずです。急ぐんでしたらドミランノルトから帝都ベルクラまでの駅馬車を利用してから、帝都で馬車を捕まえるのが吉っす」

どうやら、思ったより遠いらしい。まあ気長に行くとするか。紛失だけは気を付けよう。

俺はそのまま魔族との戦争について聞こうと思ったのだが。


「すみませーん、お待たせしましたぁ」

シスターが現れたので、中断することになった。



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