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異世界転生してから八年たった  作者: タリナーズヒーコー
第二章
53/73

絶対にヘラクレスカブトムシよりコーカサスオオカブトムシのほうがかっこいい

「うまくいったみてーだな」

「そうだな」


ケルファーの言う通り、俺たちは街道のそばに立っていた。テレポートが成功した何よりの証である。


「んで、どっちに進めばいいんだ?」

「今の時刻と太陽の位置的に、あっちだな」

「オーライ、行こうか」


ケルファーに続き、俺も歩きだす。

ずいぶんのどかな光景だ。街道とはいえ、おそらく往来はそこまで多くはないのだろう。現に石畳で舗装されてもいないし、馬車のわだちも一つ薄いのがあるくらいだ。


「いやー、平和だわ。旅ってのはこれくらい穏やかなほうがいいや」

「それには完全に同意」

ここのところワイバーンと戦うわ貴族の屋敷から逃亡するわで結構ドタバタしていたからな。イギベルさんの家での一泊は疲れを取るという点でだいぶ助かった。


「この場所から二泊だっけか、帝国ん国境は」

「たしかそうだったはず」

イギベルさんが転送したポイントから三日分歩くと、帝国に入る。


「取りあえず、その手紙があればなんとか通れるんじゃね?」

「行ける、とは思う」

期せずして、託された手紙は入国のキーとなりそうだった。

まあ手紙の宛先は帝国内ではなく、ちょいと東に行った場所にあるのだが。


「なくすなよ、それ」

「なくさねえよ」

「自慢じゃないが、俺はマグロブさんに預かった書類を紛失したことが三回ある」

「マジで自慢じゃないな」

「だからお前に預けたんだ」

無理だと思うことは頼まれてもやらない。大事なことだ。

正直言うと、俺も一回だけギルドの通知書をなくしたことがある。

が、この状況でそれを言っても混乱するだけだろうからやめておくことにした。





一時間ほど歩いて、太陽がいい感じの高さになってきたころ。


「ミラーよぉ、前に馬車いない?」

「いる」

どっかでみた流れのような気がしなくもないが、マジに馬車が道端に止まっている。

御者らしき人が車輪の近くに座って四苦八苦しているのが遠目でもわかる。


「どうする?」

「どうしようねえ」


内心では複雑だ。正直、助けたくないわけではない。が、前回のようなトラブルに巻き込まれるのは避けたい。


「とりあえず、声だけかけるわ。やばかったら全力で逃げる」

少し、うらやましい。多分、主人公に向いてるのはこういう一度嫌なことがあっても全てを見捨てない奴なのだろう。そして少しビビって諦めてる俺は主人公適性が低いのだろう。


それがどうした。主人公適性が低かろうが、火中の栗を拾おうとする友人に対してこんな至近距離で傍観者になれるわけがないだろ。

「俺も一緒に行くわ」

「いいのか」

「あだぼうよ」

もしまたとんでもない結果になるのなら、その時はその時だ。



「すみませーん、お困りですかぁ?」

五メートルほどまで接近したところで、ケルファーが声をかける。


「え、ああはい」

振り向いた御者と思しき人物が答える。いや、御者ではなく持ち主か?見れば馬車の周辺にはこの人しかいない。

「なんか手伝えることありますか?」

「ああ、だったら、ちょっと私の向こう側にある車輪を持ち上げてくれませんか?」

「わっかりましたー」

「了解です」

二人で反対側に回り込む。

「ジブン合図するんで車輪を持ち上げてくれませんかー?」

「オッケーっす」

馬車の持ち主からの指示にケルファーが返事をする。どうやら駆動系がイカレたらしい。止まっていたのはそのせいか。


「いきますよ。せーのっ、コーカサス!!」

いや掛け声なんか変だなおい。

そんなことを考えてると、ゴンッと音がして、車軸が動いた。


「すみません、もう少しそのままでお願いします!!」

もう少しかかるのかよ。これ結構重いぞ。

剣を地面に置いとけばよかったな。そうすりゃ少しは楽になったかもしれん。

「ミラー、大丈夫か」

「まだいける」

クソ、これがスペックの差か。涼しい顔しやがって。


ようやく30秒ほど経った頃だろうか。

「終わりました。もうおろして大丈夫ですよ」

持ち主がそう言ったので、そのまま力を抜いて車輪をゆっくりと下ろす。

「いやー、助かりました。ジブンひとりじゃヤバかったっす」

「いやー助けになれたんならよかったです」

「災難でしたね」


無事に馬車の故障も直り、馬車の持ち主も同じ方向に進むというので、一緒に歩くことにした。

「そういえば名前言ってなかったですね。メルカトラです。商人やってます」

「ケルファーっす。旅人してます。こっちが相方のミラーです」

「よろしくお願いしまーす」

どうやら彼は商人だったらしい。であれば馬車の故障は死活問題だろう。

荷台になにも乗っていないところを見るに、おそらくここからどっかに向かって仕入れを行うものと見た。


「普段からこの辺で仕事をなさっているんですか?」

「ええ。この辺に来るのは年に3回ほどです」

「休暇とかっすか」

「いえ。この先のバート村とツェル村でそれぞれ玉ねぎとブルーベリーが取れるんですよ。それを帝国内に卸しているんです」

なるほど、収穫時期とか確認のためにここに来ているって感じか。

少なくとも、俺たちよりはここの土地勘は強そうだ。



「今の時期だと、ブルーベリーっすか?」

「そうですね。ツェル村のブルーベリーは大粒で、しかも酸味と甘さのバランスがほんとに絶妙なんですよ。そのまま食べるもよし、もちろんジャムにしてもよし。特にケーキに使ったときの調和と言ったらそれはもう、ああそれとケーキといえば帝国に入ったところのドミランノルトでは街の東区画の方に帝国建国時からの味を守っているスイーツ屋さんがあってですね、この前懇意にしている先輩のご厚意に甘えて連れて行ってもらったのですが、これが本当においしくて。でもどちらかというと私がおいしいと思ったのは最近伝わってきたヨーグルトなるものでしたね。私もそこに幾分か卸してはいます。帝国建国から150年ほど経ちますが、古いものと新しいものが共存して繫栄できるくらいには積み重ねてきたんだなあと思うとなんだか感慨深くて」


めっちゃしゃべるやん。

うん、なんだかこの人が怪しいとか考えるだけ無駄な気がしてきた。気楽にいこう。

あと、帝国内にもつてがあるのか。もうちょい話を聞いてみたいな。


「お二人は、どこから来たんですか?」

「プファルツの方からっす」

「ああ、王国のかたでしたか」

「そうっすね。北に来て、ここまで来ました」

「となると、ここから帝国に?」

「そのつもりです」

「でも、国境を越えられるかが不安なんすよねー」

躊躇なく弱点を開示したなこいつ。縛りで性能を底上げでもする気か?

まあちょうどいい。俺もこの人から何か情報を得られればと思っていたところだ。


「でしたら、自分の護衛ということにしますか?そうしたら問題なく通過できるはず」

「え、いいんすか」

あら、思ったよりあっさり解決したな。


「ほら、最近この辺のアローザ子爵、でしたっけ?その屋敷が襲われたとかあったじゃないすか。だから理由としては十分なはずですよ」

あ、やっぱ子爵の屋敷の話は広まってたのか。そりゃそうだよな。


「なるほど、んじゃお言葉に甘えていいっすか?」

「もちろん、しばらくの間、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


いやー、よかったよかった。これで国境越え問題も何とかなりそうだな。

その後、しばらく馬車に乗りながら街道を進んだが、3時間ほど進んだところで急にプールの排水をそのまま捨ててきたのかってくらいの雨が降り始めた。


「やべえやべえ」

「この辺雨しのげる場所とかあったりします!?」

「この先十分弱でバート村につきます。そこまで行きましょう」

「「了解です」」


風も強くなっている。雨宿りするにしてもそれなりにしっかりしたところでなくてはならないだろう。

俺たちは必死に前へ進んだ。まあ頑張ったのは馬なわけだが。

八分ほどして、確かに目の前に村が見えてきた。おそらくあれがバート村だろう。

村のはずれにえらく立派な建物がある。立派といっても華やかさの話ではなく大きさの話だ。ちょっと背伸びした三世帯の一軒家ほどの大きさはあるだろう。周囲とは異なるやや黒い石で築かれたその建物は、正面に大きな扉の入り口を備え、こちらから見て右側に高い塔がある。全体において三角形の屋根をしており、角ばった見た目をしている。


「あの教会に入りましょう」

メルカトラさんの提案に二人そろってうなずき、俺たちは馬車を走らせた。


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