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異世界転生してから八年たった  作者: タリナーズヒーコー
第二章
52/73

たまには手紙もいいもんだ

その晩。

デザートにクソデカシュークリームが出てきてケルファーがそれにチャレンジするなんてミニイベントもありつつ、就寝の準備をして三人とも寝静まった後。

喉が渇いたな。

そう思って布団から抜け出し、そばにある机に置かれたコップの水を飲んで戻ろうとしたのだが。


気がついたら廊下にいた。


ありのまま今起こったことを話すぜ。俺は布団に戻ろうとしたらいつの間にか廊下に出ていた。何を言っているのか分かるか!?


…わかるわ。さすがにこれを理解できないのはよほどの馬鹿しかない。

まあシンプルに暗闇で方向感覚がバグったのだろう。超能力でもなんでもない。そう結論付けて再び戻ろうとした時だった。


「おや、あなたも起きたのですか?」


そんな声が聞こえてきた。

振り向くと、白い寝巻を着たイギベルさんが扉の隙間からこちらを見ている。

「まあ、なんというか、喉が渇いたので」

「そう言えば、水の入ったコップを欲しがっていましたね」

ふっと微笑みながら、彼女はこちらに向けて手招きをする。

無視する理由も特になかったので、ついていくことにする。

こうして暗い夜に見ると、やはり若干怖い。しかしそれでも安心感があるのは、館の主が悪人ではないとわかっているからだろう。

ものの一分もしないうちに、ベランダらしき場所に出た。


「よき夜です。暗殺にはもってこいですね」

「初っ端から怖いこと言わんでください」


ヨルと暗殺だとどうにもどっかの奥さんがちらついてしょうがない。しかもこの人黒髪ロングだから若干似てるし。あ、でも料理がうまいからそんなことないか。

「ふふ、冗談ですよ」

「あいにく冗談が苦手なもので」

「あら、そうでしたか」

なんでちょっと驚いた顔してんだよ。


「それで、わざわざ外に連れ出して、なにか用ですか」

たった一つだけ、心当たりがある。それ以外は皆目見当がつかんが。

「あなたたち二人は、旅を始めてどれくらいになるのですか?」

「え、まだひと月足らずですけど」

再び、彼女は驚いた顔をする。

「あらあら、思ったより短いのですね。それであそこまで」

後半部分はごにょごにょしていて聞き取れなかったが、何かを分析しているのはわかった。

「どんな出会いを?」

「えーっとですね」

それから俺は、出会った経緯を適当に話した。依頼で一緒に行動したこと、スタンピードに抗ったこと。

一か月前のことなのに、ずいぶんはっきり覚えている。


「ふふ、波長が合ったんですね」

「まあ、そうなのかもしれません。というか、そういうのって分かるんですか?」

「ふふ、女の勘です。でもお二人とも近しい部分はあると思いますよ」

何がでもなのかよくわからんが、究極兵器「女の勘」を持ち出されてはかなわない。俺は素直に

「ありがとうございます」

と返すしかなかった。

「そういえば、本題なんですけど」

あ、いかん。すっかり忘れてた。



「ミラーさん、別の世界からやってきたんですよね?」



一瞬、時間が止まったかと思った。

続いてやってきたのは驚嘆。

悪い意味で心当たりが当たってしまった。

どこでバレたんだ?

まさか最初からか。


「それも、女の勘ってやつですかい」


場合によっては、ここで戦闘となりうる。勝てる見込みは低いが、だからといって何もかも諦める理由にはならない。

動き出しができるように、重心を落とす。


「ええ、その通りです。ですが」

ですが、なんだろう。無駄な抵抗はやめなさいとでもいうつもりか。


「どうやら勘違いをしているようですね」

ため息をつくと同時に、さっと彼女の右腕が動く。

魔法を発動する気か。

そう思い、後ろにひょいと飛んだ。

就寝用のラフな服ではあるが、やってやれないことはない。夜中に襲われることもあるから訓練した方がいいとナイルに言われたことがここで生きるとは。そう自分を奮い立たせ、背中の剣(・・・・)に手を伸ばす。


そこで、ようやく理解した。

「あんた、普通じゃないですよ」

「魔女ですからね、人とは異なる存在なのです」


就寝の途中で起きた俺が、剣を持っているわけがない。であれば、今この背中にある剣は何なのか。

答えは簡単。たった今彼女が俺の背中に転送したのだ。

敵に塩を送る、なんてよく言うがさすがに敵に武器を送るとはかつての虎千代も想像だにしなかったろう。

ゆえに、剣を抜くのはやめた。

というか、動揺しすぎだろ。そういうのは気にしないって自分で決めただろーが。


「どうして隠しているのですか?」


「いや、別にいう理由もなくないですか」


半分は本音だ。別世界から来た。それがなんだ。俺はもうこの世界で生きていくって決めてんだ、だから別世界から来たなんて大した問題じゃない。言いたいタイミングがあるなら俺が言う。自分で決める。

そしてもう半分は言い訳だ。大したことじゃないならなぜ言わないのか。うすうす勘づいている。本音は拒絶されるのが怖いから。現にこの世界に来てから他の人に一度も言ったことはない。無論ケルファーに対してもだ。一緒にいてひと月にもなるというのに、未だに決心が出ない。


「それもそうですね。あなたがいう理由もありません」


夜空を見上げながら語るその表情は見えない。わらっているのだろうか、それとも憐れんでいるのだろうか。

「私からひとつ言えるとすれば、この世界にあなたのような人間は意外といるので、そこまで心配しなくてもいい、ということです」


みんなやっているから。それは本質的な解決案でも何でもない。

それでも、少しだけ心が軽くなった。


「貴重な助言、痛み入ります」


あ、また変なしゃべり方になっちまった。まあ心がぐらついていたということで。

あとやっぱり俺みたいな奴がいろいろ居たんだな。

まあ俺みたいに八年もちぢこまってた奴はあんまりいないのだろうけど。


「もしかして、俺みたいな人間がここに来たことあるんですか?」

ふと、その可能性に思い至ったので聞いてみる。


「私が覚えている限りでは、一人だけですね。160年くらい前だったはずです。あなたたちと同じように、道に迷ってここについたようです」

あ、道に迷っていたの知ってたんだ。明日聞いてみようかな。

というかさらっと流したけど、この人下手したら二百歳超えているのか。リアルに美魔女というわけだ。


「最終的に、彼は一つの国をうち建てて大往生したようですけどね」

「最終的にまでの過程がすごく気になります」

めっちゃ飛ばしたなおい。

「そうは言っても、私とて彼の人生を付きっきりで覗いていたわけではありませんからね」

そりゃそうじゃ。

「ここを出た後に、ある街にたどり着いて、領主の抱える問題を解決したことで領主の娘に見初められ、婚約し、領地の拡大に努めるうちに、領主の属する国で内乱が発生し、彼も戦い、最終的に内乱を収めた彼が新たな王となったくらいですね」

「最初からそれを言えばいいじゃないですか」

そこそこ重要なイベント覚えてんじゃん。

まあテンプレといえばテンプレなサクセスストーリーだな。俺は多分そういうのは無理かもしれないけど。

「長く生きていると、記憶もいろいろたまってくるので、思い出すのに時間がかかったりするんですよ」

「そうなんですか、それは難しいですね」

さすがに二百年以上生きていない人間がなるほどと返すのははばかられたので、すこしだけ申し訳なさそうに返事をしておく。


「まあ、記憶を整理する裏技があるにはあるんですけど」

あ、そうなんだ。


「とりあえず、そろそろ戻りましょう。夜更かしは美容と体の大敵です」

「そうですね」

気づけばずいぶんと話し込んでいたらしい。

腕をさすりながら、俺たちはそれぞれの部屋に戻った。



***



翌朝。

俺たちは家の前に立っていた。イギベルさんが最寄りの街道まで魔法で送ってくれることになったのだ。

朝飯はクソデカフレンチトーストだった。ご丁寧にアイスクリームも添えられていた。例のごとくイギベルさんの分は俺とケルファーの分量を合わせたくらい。もちろん完食していた。

その後、イギベルさんが転移魔法で近場の街道の近くまで送ってくれることになったので、こうして外に出て見送りをしてもらっている。


「あ、そうだ。お二人に頼みたいことがあったんです」


何かを思い出したかのような顔で、ごそごそとローブの裾をあさるイギベルさん。

やがて取り出したるはかわいらしい封筒だった。


「手紙を届けてほしいのです」

「え、でもわざわざ俺たちに頼らなくても、魔法で送れるんじゃ」

ケルファーの疑問はもっともだ。ピンポイントすぎて送れないということだろうか。

「実を言うと、手紙の相手のババ、ゲフンゲフン。あの人はこだわるタイプの人でしてね。これこれはこうだという自分の中のイメージに反することは他人にもさせないんですよ。手紙にしたって、封筒に入れて郵便屋に送らせないと受け取ってくれないんです」


めんどくせー人だな。


「分かりましたよ。これを届ければいいんですね」

「はい、お願いします。とくに急がなくても結構ですよ」

さて、これで旅にひとまずの中間目標が出来たわけだ。

まあ最終目標も特にないわけだが。

「それでは、転送しますよ」

「あの」

「どうしましたか?」


「また、会いに来てもいいですか?」


なぜだろう、急にそう思って気が付けば言葉にしていた。

旅がいつ終わるのかも決めていないのに、終わったらまたここに来たいと、そう強く思った。

前までの俺だったら、たぶん何も言わなかっただろう。一期一会だなんだと言い聞かせて自分の感情から目をそむけるだろう。

でも、そういうのはもうなしだ。もう少し自分に正直になろうと思う。


「ええ、もちろん」


そう言って、彼女はにっこりと笑った。

その笑みに、俺たちも手を振り返す。


「お世話になりやした」

「私も楽しかったです。あなたたちの旅路に幸あらんことを」

杖が振られる。

足元に展開された魔法陣が光る。


「それじゃあ」

「「「またいつか」」」


その言葉を最後に、俺たちは魔法陣により転送された。


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