無理なダイエットは禁物です
え、魔女って言った今?
「魔女って本当にいたんすね」
「ええ、いますよ。私を含めて六人。まあ全員が全員知り合いというわけではありませんけどね」
ケルファーの反応も無理はない。魔女なんてそれこそ存在自体が眉唾ものだと、俺も思っていたのだ。ついさっきまでは。
「参考までにお聞きしますが、あなたたちは魔女をどのような存在として認識しているのですか?」
魔女とは。
かつてこの世界の人間のほとんどが魔力の使い方、魔法についてのロジックをすでに魔法を行使している先達から習得するしかなかった頃、極稀に生まれながらに魔法を使える女の子が生まれることがあった。そしてその多くは寿命に逆らえず死んでいったが、生き残ったものがいて、人々離れた場所でひっそりと暮らしている。
それが魔女だ。
という具合のことをケルファーが語った。ちなみに俺は自信がなかったので黙っていた。
「ふむ、まずまずといったところでしょうか。ではこちらから2つほど質問を。1つ目はその説明だと、生まれながらに魔法を使える女子という概念はある時期からなくなったという問題が生じます。もう1つはいつ、その魔法習得の方法が変わったのかということです。この二点についてはどうですか?」
ケルファーの説明は、昔酔っぱらった冒険者の先輩の一人が魔女に会ったときの武勇伝を語っていたときに聞いた魔女の説明と近かった。あの人はもう引退していたはずだ。そしてこの魔女の反応を見るに、概ねその解釈は正しい。
しかし説明に穴があった。1つ目は生まれながらに魔法を使える女の子がどこかの時期を境に生まれなくなったことの説明。2つ目は魔法習得の方法の変化の説明。
魔女が問うてきたのはそこだ。
壁にくっついているランタンの火がボウっと音を立てて揺れる。
「スキルシステムの登場、ですか」
先生から授業中に指名されてから答えるときのような声でケルファーが答える。それはつまるところ不安を一定程度押し殺していることにほかならない。話のテンポもいつもより遅い。
数秒間、部屋に沈黙がおとずれた。
魔女がカップを手に取る。きれいな所作で、カップの中身が口元へと運ばれる。
一口飲んだ後、彼女は口を開いた。
「ええ、そのとおりです。よくご存知ですね」
その一言で、張り詰めた空気がゆるむ。
どうやらとんちんかんな回答で激怒、なんて展開は避けられたようだ。
「スキルシステムの登場により、魔法が使えるかというのは物心ついてから分かるようになりました。基準となるのは魔力量です。先達に頼らなくても自分の感覚と結びついたスキルシステムのおかげで、ある程度までは我流でもできるようになったのです.。基礎的な部分をみな自力で習得できるようになったともいえますね」
へえー、そうなってたんだ。転生者だから多分俺は例外的な処理がされていたのだろうか。ファイヤーボールとかのありそうな魔法は挑戦したんだけど全然できなかったんだよな。せっかくなら魔法剣士になって魔法とか打ってみたかったなあ。
そういえば、ケルファーが魔法を打ってるところあんま見たことないな。でも多分使えるんだろう。そんな気がする。まあ別に今聞くことではないか。
カップに注がれた中身を飲みながらそんなことを思った。どうやら紅茶らしい。あまり詳しくはないがうまい。
「おいしい、ですね」
「ええ、私オリジナルの茶葉を用いています」
そんな会話が横で繰り広げられていた。どうやらイギベルさんは紅茶に凝る系統の人らしい。得意げになって口角が少しあがっているのがわかる。
「でも、オリジナルの茶葉を使うってことは、食べるものには気を遣ってるってことですよね。どうして一週間も食事を取らないなんてことに?」
あ、俺が聞きたくて聞けないこと聞いてくれた。ありがとうケルファー。
正味な話俺も気になっていた。ぶっちゃけこの人が扉の近くであんなややこしい恰好をしていなければ、もうちょいスムーズに行ったはずだ。食事をとっていないから山姥みたいな恰好をしていたのだろうか?
「…エットです」
「「え?」」
なんて言ったんだ今?
「ダイエット、してたんです」
うつむきながら魔女はそう答えた。
「ダイエット、ですか?断食ではなく?」
驚いた。体重計のないこの世界でもダイエットという概念が存在しているとは。いや、よき理想のスタイルを維持するという究極の目的からすれば別に不思議なことではないのか。
ましてや永い年月を生きる魔女だ。美に対する意識はバンピーより高いのかもしれない。
まあそれは別にいい。ダイエットしなくてもあなたは美しいですよなんて言ってもここでは意味をなさないだろう。しかしダイエットの方法が滅茶苦茶で健康に害するのはいただけない。
「ええ、最近食べ過ぎているような気がしたので、食べる量を調節したり、用いる食材を見直したりしたんです」
「王道ですね」
おや、ケルファーもダイエットという概念自体は知っているのか。思ったよりこの世界の人たちは健康意識が高いのかもしれぬ。
「それでも、改善があまり見られなかったのです。原因は私の食べる量にありました。こっそり人里をのぞいてみたところ、どうやら一食当たりの摂取量が多いようなのです」
「つまり食欲が強い、と」
めっちゃストレートに言ったなこいつ。
「しかし、どうしても食欲の制限は難しく、さらにその分野の魔法については私は門外漢。絶辿の魔女ならば詳しいのでしょうが、あいにく連絡手段がないのです」
どうやら魔女といえど万能ではないらしい。名前は知っていても連絡手段がないというのは、そもそも会ったことがないということだろうか。
「そこで私は、食材全てが青色に見える魔法を自分に掛けました」
うん、なんで?
「それは、どういう?」
そりゃそういう反応になるわな。むしろこれでなるほどなるほど成〇堂龍一とか言ってたら多分エスパーか何かだろう。
「私は玄奥の魔女、視覚に関する魔法に関しては得意なのです。そして私の知識を総動員した結果、青色の食べ物は食欲をそそらない、いやむしろ減衰させるという結論に至りました」
へえーそうなんだー。(棒)
「な、なるほど」
多分だけど、自身の常識を超越した研究結果が発表されるのを聞く側ってこういう気持ちなんだろうな。
そしてケルファーよ、君はなんでわが意を得たりみたいな顔してんだ。どう考えてももっとマシな方法があるだろ。
「しかし、術式をどこかで構築し損ねたのか、五日ほど前から視界のすべてが青色に見えるようになってきたのです」
「代償デカすぎません?」
対象が食材だけでなく視界全てに行ってしまったのか。
「暴走した術式を解除するのは少しリスクを伴うため、どうしようかと悩んでいたのでしたが、そうしているうちに空腹によってやる気というやる気が減衰していき、あの部屋の前で倒れてしまったのです」
なんかさも壮大なことのように言っているけど、ただ腹が減って動けなくなっただけだよね。
なんて言おうものならさすがにヤバいことは俺でもわかるので、黙っておいた。
「そこに俺とミラーが通りかかったと」
「ええ、本当に助かりました。あのままだったらどうなっていたかわかりません」
マジでどうなっていたんだろうね。
「あの鏡を割ったのは、なにか意味があるんすか?」
割ったというか割れてしまったというべきか。
「あれはもしものために用意していた魔道具で、この家にかかっている魔術式を全て打ち消すという代物です。一度使うと六日は使用不能になります」
なるほど、俺たちが来なければ自力であれを割っていたということか。
「じゃあ、俺らちょうどいいタイミングで通りがかったんすね」
「そういうことになりますね」
紅茶を一口飲みながらイギベルさんがそう答えた。
ちなみに作者はダイエットをしたことがありません




